町で噂のあの人は

秋赤音

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変わらない日々と新たな出会い

0.謎の男、現る

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「カチコミじゃー」

その男は、若い男を後ろに二人連れている。

「今日は、どちらまで」
「どこまでもついていきます」

黒いサングラスと、手入れの行き届いている艶のある黒い短髪。
体つきのしっかりしているその男は、周囲へ確実に恐怖感を与えていた。

「今日は…待て。やつを仕留めてからだ。
お前らは警察呼んどけ」

歩いていた近くで、ひったくりが発生した。
若い男の返事を待たずに駆けだして、
あっという間に犯人を捕まえる。

「おばあさん。
荷物は斜めにかけるか、道がない方の手で持ってください」
「ありがとう。お礼に食事をご馳走したいのだけれど」

その男は、犯人から荷物を取り返し、それを持ち主に渡した。
穏やかな会話の背後にできている野次馬の壁の向こうでは、
犯人が警察に連行されている。

「アニキ、任務完了です」
「次のご予定は」

額に汗をかいた若い男たちが、その男に駆け寄った。

「あら、ご友人の方かしら。
よければ、ぜひ、一緒にきてね。
私に、大切なものを取り戻していただいたお礼をさせてください」

「アニキ」
「ご決断を」
「ありがとうございます。お気持ちだけ、」

男が断ろうとした瞬間、誰かの腹から音がした。

「アニキ、申し訳ありま…」
「お腹がすいているのね?
いつも一人の食事で寂しいから、一緒にいてくれると嬉しいです」

儚げに笑う女性の姿に、その男たちは視線を交わし合った。

「では、よければ、ご一緒させていただきます」
「まあ!ありがとう!嬉しいわ。早く帰りましょう」

その道中、いかにも怖そうな男たちと女性という組み合わせは
人の目を集めていた。
一軒の民家に入っていくと、息をのむ民家のご近所の方たち。


「「「失礼します」」」
「片付いてなくて、ごめんなさい。
今から作りますから、居間でお待ちください」

そういって老いの鱗片がみえる女性は、台所へ入っていった。

「…手伝ってくる」
「いってらっしゃいませ」

一人の若い男に見送られ、女性の背を追った。

「あの…よければ、手伝います」
「いいの?ありがとう。
ちょうど、息子もあなたと同じくらいで…あ、ごめんなさい」

女性は、嬉しそうに笑った後、何かを思ったらしく、目を伏せた。

「いえ。何をすればいいですか」
「そうね…野菜を切っていただけますか?
手に力を入れ続けるのが難しくて…特にカボチャが。
できなくはないのですが」
「はい。他にはありますか?」

そうして、楽しい共同作業でできた食事。
四人で卓を囲む。
食べ終えて帰ろうとすると、女性は玄関まで送っていた。

「美味しかったです。よければ、また遊びに来てください」
「ごちそうさまでした。機会があれば。失礼します」
「「美味しかったです!失礼します」」

偶然居合わせた近所の方が、女性が明るい声と笑顔で見送る姿をみた。
男たちがいなくなり、その女性に駆け寄る。

「大丈夫?何も盗られてない?」
「大丈夫。いつも気にかけてくれて、ありがとうね。
あの方は、ひったくりから荷物を取り返してくださったの。
お礼に食事をご馳走したかったけど、作るのも手伝ってくれてね。
息子がいるみたいで嬉しくて、久しぶりに美味しくご飯が食べれたわ」

柔らかな笑みを浮かべて話す姿に、近所の方は戸惑う。
カチコミじゃー、と言っていたと、噂で聞いていたからだ。

「本当に、食事を作って、食べただけ?」
「うん?ええ。包丁の使い方も綺麗だったわ」
「…あのですね。大変言いにくいのですが。
あの方、カチコミじゃー、と言いながら歩いていたそうですよ」

不安そうな顔で話すご近所さんを不思議に見ながら、
女性は首をかしげた。

「カチコミじゃー?確かに、急なことだったわ。
炊飯器と同じくらい手際もよく作っていましたし」
「と、とにかく。知らない方には、お互い気をつけましょうね」
「そうね。何かあってからでは遅いですもの」

そうして、二人は別れた。
数日後、どこからか噂は伝わり、謎の男はこう呼ばれていた。

「剛様、うちにも来ないかしら。一食でも楽ができそう!」
「母さん、あの噂を信じてるの?
『カチコミ料理人の剛』って怖い人らしいじゃん」
「こら!見た目で人を判断するなんていけません。
さて。今日の夕飯、なにがいい?」

その都市伝説は、静かに広まっていた。

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