町で噂のあの人は

秋赤音

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町の日常

7.帰りたい。~姉妹

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私の身体から優しい誰かの気配が消えた。
それと同時に、眠っていた私は引き戻される。
目が覚めると、見慣れた空気。
違うのは、なぜか姉が私を懸命に起こしていること。
重い瞼を開けると、体を預ける前に見た顔色が嘘のように明るい姉。
青白さのない陶器のような肌が、窓から入る白い日差しに照らされている。

「友理奈、起きてー。ご飯作るって約束したのに」

優しい誰かが姉と言っていたことを思い出す。
眠っている間は、窓の外から家の中を見ているように眺めていたので、
知ってはいたのだ。
しかし、自分の意思で約束してはいないので、忘れていた。

「そうでした。ごめんなさい」
「いいの。ねえ、私は筑前煮が食べたい」

生き生きと食を語る姉を見て、食欲不振の改善を実感した。
私が今までやってきたことが繋がったのだとしたら…
そう思うと、安心と嬉しさがこみ上げる。

「それは、お母さんたちにも聞かないと。皆で食べるんだから」
「そうだった。友理奈は覚えてて偉いね」

そう言って、先に両親のところへ行った姉を、
着替えた後に追う。
居間に入った瞬間の朗らかな空気感に驚いた。

「お父さん、筑前煮より里芋の煮っころがしがいいな」
「それは一昨日に食べました。
莉里奈、今日は筑前煮にしましょう」

甘えるように話す父と呆れながらも楽しそうに話す母に、
姉を腫れもの扱いする緊張感はないようにみえた。
声が以前と違っている。
ぼんやりと、そのやりとりを入り口で立ったまま見ていると、
姉が私に気がついた。

「友理奈。今日は筑前煮だって」
「よかったね」
「うん」

嬉しそうにうなずく姉を見ながら、学校の存在を思い出す。
カレンダーを見ると、休みと書いてあった。

「友理奈。よかったらランニングに付き合ってほしいな?」
「ランニング?大丈夫?」

カレンダーから姉に目を戻し、最近の姉を思い出して思ったままを口にする。
運動をしていたところは覚えがない。
歩くことから始めた方がいいのでは、と考えた。

「部屋でできる運動はしていたから大丈夫。
お願い?」
「…わかった。無理はしないでね」
「うん。ありがとう」

眩しいと感じる満面の笑みを見せ、
おそらく支度をするために部屋に戻った姉。
私も支度をしようと、部屋に戻ろうとする。

「友理奈」

廊下へ一歩踏み出したとき、背中から少し強張った声で父から呼ばれた。

「なんですか?」

振り返らずに答える。何を言われるのか、見当もつかない。

「気をつけて、行ってきなさい。お茶を忘れないように」

それは、子供の頃に姉と運動する前に言われていた言葉。
どんなに季節が巡っても、変わることのなかった言葉。

「お弁当、いるかしら」

母が慌てたようにそう言った。
昼食をはさんで遊んでいたこともあるが、
今日はおそらく昼食までには戻ると思うのでいらないと思う。

「昼食までには戻ります」
「わかった。支度して待っているね。
気をつけて、いってらっしゃい」

嬉しそうに言う母を肩越しにみてうなずき、
目を細めてうなずく様子を確認すると、今度こそ部屋に戻った。
ちょうど支度を終えたとき、扉から控えめな音が三度。

「友理奈。準備できた?」
「今行くー」

楽しそうにはずむ声へ扉越しに返事をすると、おそらく先に玄関へ向かう姉。
これからは再び私が姉を元気づける。
一度は枯れかかったが再び芽吹いた蕾に花が咲くことを願いながら、
扉を開けて一歩ふみだす。

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