町で噂のあの人は

秋赤音

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町の日常

8.時巡り~楽園

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「セツナ様。今日の食事です」

今日のご飯は、魚の薄切りと野菜の塩漬けと、
最小限の加熱で作られたお米。
冷めても、そのままでも食べられるのが良い。
温めることも可能だが、
手間と魔力の消費で得られるものは少ない。
栄養がとれれば…ということで、
大切な力は街のために使うことになっている。

「いただきます」

「いただきます」

私は、物心つく頃にはここにいた。
魔力が多いと選ばれた瞬間、私の命は道が決まった。
この部屋で鍵となり、魔力が尽きるまで、
街を動かす心臓になる。
必要なものは全て自動で運ばれてくるので、
私を除いた人間はリンしか知らない。

「セツナ様。これはなんですか?」

「作ってみた。私が死んでも、
片付けですぐに代わりを入れることはできないだろうから、
その間に鍵となってもらおうと思って」

「良いですね。元気なうちに蓄えてください。
憂いなく命を終えるためにも」

鉱石の本を見て思いつき、やってみた。
一回で成功してできたのは、魔力石。
自分の魔力だけで作る、水晶のような欠片。
小さな煌めきを放つそれを、リンは大切そうに見つめている。

「そうですね」

そろそろ眠ろうとした、その時。
突然、部屋の扉が開いた。

「セツナ様。お待ちください。
人の気配が、ない?どういう…」

その場で探知魔法を使ったリンは、動揺して驚いている。
人の気配がない、ということは、
今なら外に出られるということ。
私は、一度でいいから自分の目で街を見たかった。
私は、すぐに魔力石を大きくした。

「少しでいいから、街に行きたいです。
リンは、私を監視しながら、
異変が起きていないか確認もできます」

「まあ…そうですね。行きましょう」

魔力石に留守番させて出た先にあったのは、
人が全くいない街。
水がひいているので、皆は外へ行っているのかもしれない。
食料を蓄えるための買いもの時間は、潮が半分満ちるまで。
半分を超えると外へつながる水門が閉じる。
リンの後ろを歩いていると、小さな露店を見つける。
すると、リンは迷わず耳飾りと腕輪を2つずつ選ぶ。
無人会計機にお金が吸い込まれた。
それぞれに魔法を付与されたものが渡される。

「これらは必ず、つけていてください。
居場所がわかるように、
万が一には守れるようにしてあります」

「わかりました」

再び歩き出そうとすると、突然吹いた風。
思わず目を閉じる。
かぎ慣れた潮の香りに包まれ目を開けると、
私たちは水辺にいた。初めてみる光景に驚いた。

「ここは…」

「とりあえず、歩きます。立ち止まると危険です」

「はい」

鋭い気配をまとうリン。歩いても、ただ水辺が見えるだけ。
空気感が違うので、知らない場所だとわかっているが、
だんだんと眠くなり、お腹もすいてきた。

「セツナ様。少し先ですが建物があります。
行きますか?」

「行きます」

念のために魔法を使わずにいるが、体力限界を感じ始めた。
こうなるくらいなら少し鍛えておくのだったと後悔している。
歩いて、やっと建物が見えると、体がふらふらした。

「ごめんなさい。私、もう、ねむい」

リンに抱きとめられた感覚を最後に、私は意識を手放した。
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