町で噂のあの人は

秋赤音

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町の日常

10.残り時間~ほの暗い道

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人物
朔夜 透(さくや とおる) 

朔夜 澄風(さくや すみか)

照月 灯夜(てるつき とうや)



___


※道具は正しく使いまょう。



また、死に損じたらしい。
目を開けると見慣れた天井と対面する。
動く手足で起き上がる。
夢や希望の持ち方も分からず、進路調査の五年後の自分は空欄。
二十歳にはなったけれど、大人になるには時間がかかりそうだ。
今日も、平穏が始まる。



「おはよう」

「あ、おはよう」

キリっと鋭い目の整った顔立ちの友人は、
怠そうな声で昨日ぶりの再会を告げた。

「抜き打ち試験、面倒だった…」

「そうですね」

「そう言ってさ。満点だっただろ」

揶揄うような明るい声に苦笑いを返す。

「ぐ「偶然」

言葉を被せてきた友人は、
笑みを浮かべて静かに僕の頭を撫でた。

「また勉強教えてくれよな」

「わかりました。僕でよければ」

「透だから言ってるんだよ」

無邪気に笑う友人に、笑みを返す。

「ありがとうございます。灯夜」

もし僕が死んだら悲しむかもしれない人。
どれだけ僕が出来損ないだとしても、
友人だけは悲しませたくないと、今では思う。
死に焦がれる感情は、今日も揺れている。

「透。約束、だからな」

朗らかな笑みに強くまっすぐに僕を見る友人に、小さくうなずいた。
あの日も、そうだった。



「なにやってんだよ!」

「え」

寮のベランダの窓にいる生徒に驚いた。
月明かりに照らされ、命の危機を救った瞬間だった。
それだけを見れば物語の王子様らしいが、そうではなかった。
窓を叩く音が隣室へ響いている、かもしれない。
それは避けたいので、手にしていた物をテーブルへ置いて窓へ向かう。
鍵を開けると、勢いよく生徒が入ってくる。
靴だけはベランダに置いたまま。
律儀な人だと思った。

「これ、おかしいだろ」

「おかしいのは、あなたです。
門限は過ぎているはずです。
どうして土足でベランダにいるんですか」

「少し、遊びすぎてな」

少し、というには長いと思った。
本気でそう考えているとしたら、
一時間を少しと考える感性と初めて会った。
とりあえず、今日は無理だと思い、出していた物を整頓する。

「そうですか。
分かっているとは思いますが、部屋を間違えています。
自室へお帰りください」

「待て。どうして、そんな慣れたように片付けている」

「どうして…と言われても、あなたには関係ないです」

「ある。
目が覚めたら隣人が死んでいた、とか気分が悪い」

じっと僕を見る視線が痛い。
知らなければ、知っても聞き流せばいいだろう。
世間でもよくある話だ。

「今、知った。
知らなかった、とはもう言えない。
ちょうど捨てたい雑誌があるから、
頂いてもいいだろうか」

「はい。どうぞ」

まだ予備はあるので、早く帰ってもらうために渡す。
受け取った生徒はその場で質感を確かめている。

「ありがとう。丈夫な紐だな。
これなら安定してまとめられる。
俺は照月 灯夜。
この恩は必ず返すから、それまでは生きていてくれ」

「わかりました」

満足そうに笑みを浮かべている生徒は、大きくうなずいた。

「約束だからな。
ええと…朔夜さん、だったかな。
これから、よろしく」

この生徒は、普段から関りが薄い隣人の名前を覚えているらしい。
真面目な人だと思う。
颯爽とベランダから出る背を見送った。


翌日。
登校しようとドアをでると、隣の部屋からも生徒がでてきた。

「朔夜さん。おはよう。一緒に行く?」

朝の光と同じくらい眩しい笑顔は爽やかだ。
照月 灯夜は、本当に隣人だった。
面倒なことになったと、内心でため息をついた。


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