町で噂のあの人は

秋赤音

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町の日常

12.残り時間~灯の差す場所

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「いらっしゃいませ」

馴染みになった店主と注文のやり取りを終える。
飲み物と小鉢料理が先に運ばれ、適当に食べながら他の料理を待つ。
友人がいなくても来るようになった『定食屋 剛』。
一人できて、静かに食べて、「美味しかった」と会計をして帰るだけ。

今日も、目が合った。
示し合わせたわけでもないのに、なぜか注文が同じになる女性。
いつも黙々と食べ、会計まで静かに立ち去るその人。
あの日、目があってから気になっている。
学生の勤めを終えると夕食のために来るが、
慣れた席に座れば隣にいるその人と目があって微笑みを向けられる。

「いらっしゃいませ」

「本当だったんだ」

背後から聞こえた覚えのある声。
振り向けば朗らかな笑顔を浮かべる友人がいた。

「朔夜さん。
最近一人で食べてるらしいって聞いて」

「そう、ですね」

思い返すと確かにそうなっていることに気づく。
しかし、それに何の問題も思わない。
適当に愛想笑いをしていると、隣に座って注文をしている。

「で。なんで、隣の席を見ている?」

「そこに女性がいて、目が合って」

「いないけど…どこに?」

確認するように視線を向けた後のその言葉に驚いた。
隣を見るが、やはりいる。
静かに食事を食べている。
しかし、あまり言うのもなんとなく違う気がした。

「気のせいかもしれません。
あ、料理がきました」

「今日も美味しそう。いただきます」

店主が去っていく前の一瞬、懐かしむような視線と目が合った。気がした。
友人が空席という場所と、自分とに視線が揺れていた。気がした。
違和感は、友人の一声で出された料理の香りに移る。

「ここの料理は何でも美味しいです。いただきます」

友人の愚痴を聞いていると、帰ろうとする女性が物を落とした。
偶然近くにあったので拾おうとするが、掴めない。
戸惑っているうちに女性の手が回収した。

自分が見ているのは、何かの残像か?
幻影を見る程に疲れているのか?
疑問が浮かびながら、食事を終え、友人と別れて部屋へ戻る。
手早く風呂を済ませると、ベッドに寝ころび目を閉じた。

頭が痛い。
成績が平凡なことに叱る言葉が聞こえる。
なにより、何かを責めるような視線が痛い。

「もっと、きちんと、行動をみていればよかった」

「どうして、あなたが生きて、あの子はいないの?」

そんなの、こちらが知りたいくらいだ。
言われても困る親としての嘆きに頭が痛い。
ふと、写真が飾ってあるのが見えた。
風景の一部でしかないそれに、覚えがある。
『お母さん』と言われているが覚えていない。
しかし、あの女性とよく似ている気がした。
目が合ったときに見た微笑みと同じ表情の、両親の支えになっている人物。
どうして、

今さら、

なんのために、



視界には見慣れた部屋の天井。
見渡せばあるのも見慣れた部屋と私物。

「あー」

意味は、あまりない。
ここが現実だと分かった時点で用は済んだ。
残念ながら目覚めた朝というだけ。
いつものように身支度を整える。
学生の仕事の始まりだ。
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