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町の日常
18.過ち~傷痕
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同じ孤児院で育った歳が一つ下で幼馴染の翠。
一方的な恋慕を抱き、隠し続けている。
同じ時期に偶然、俺は黒鐘家へ、翠は白崎家に引き取られた。
交流は続き、成人しても、仕事を始めても幼馴染として接していた。
翠が高校生になると、年ごろらしく恋の話も混じるようになった。
辛かった。
恋の相手が自分でないことも。
それ以上に、翠が楽しそうでないことが。
話を聞き、時には男だから分かり言えることを告げた。
たまに質問もされたが、自分がされると好ましいか嫌か程度しか分からない。
あまり他の男子と恋の話をしてこなかったのが原因だろう。
どうでもいいと避けていたことを、初めて後悔した。
ある日。
仕事が終わり、いつものように一人で馴染みの友人がいる飲み屋に行った。
すると、いつもの二倍笑顔の友人がつまみを一品多くもってきた。
注文していないので焦る。
「これは頼んでないが?」
「これはな、今日だけの特別だ。
今日来るお客様には無料でつまみを一品だけ追加する決まりだ。
店長が言うんだから大丈夫だ。
さっき、大盤振る舞いのお客様が来てな。
愉快に皆で記念写真を撮ったんだ。
とても賑わって楽しかった」
「わかった。ありがとう」
ふいに、友人が俺の耳元に口を寄せた。
「お前の友人だ。
もう一軒行くと言っていた。
ここで記憶が飛んでもおかしくない量を飲んでいたが、酒が強いんだな。
気になるなら、探せばいい」
返事の代わりにうなずくと、友人は厨房へ戻った。
帰り際に写真を見ると杯を持った酔っ払いの翠がいた。
同じように酔っ払う知らない男の隣で笑っている。
痛む胸を無視して、友人の言葉を思い出す。
帰り道の歓楽街で男といる翠の背を見つけたが、
入っていったのは愛を交わすために造られた宿。
翠が決めて行動しているのだから、追いかける理由はなかった。
翠を歓楽街で見た二か月後。
仕事帰りに偶然に会った翠は、顔色が悪かった。
「大丈夫か?」と聞いても、明らかに何かあった表情で「なんでもない」と笑っていた。
用があると去った翠の様子は、いつもと何か違う気がした。
さらに一か月後。
ある日の温かく陽気な空の下。
翠が青い顔で道を歩いていたので、声をかけた。
久しぶりに部屋へ連れられ、翠の妊娠の可能性を知る。
「でも、産んではいけない」と辛そうに言う翠は、愛おしそうに腹を撫でている。
産みたいのかもしれない。
相手に知らせるには難しいのかもしれない。
だったら。
「自分の子として産み育てればいい」
翠は、「ありがとう」と泣いていた。
脱力した翠を抱きとめると、すがるように背へ腕を回された。
愛しい温度に、心の中で抑えている欲望が暴れ始めた。
もしかすると諦めていた恋慕が報われるかもしれない、と。
同じように愛してもらえなくても、永遠を誓う相手に選ばれる可能性に。
翠が辛い状況を好機と思う自分が嫌だったが、我慢もできなかった。
さらに二か月が過ぎ、翠は妊娠が確定した。
翠は、俺と結婚して育てると言ってくれた。
知らない男に感謝した。
翠と永遠を過ごせる機会を与えてくれたのだから。
何かの不安を確認するように俺の名を呼ぶ翠が愛おしい。
どんな理由であれ、俺を求めてくれることが嬉しい。
無事に生まれた子供を養父母は慈しみ愛してくれている。
幸せだ。
翠も幸せを感じてくれていれている、と願う。
あれから一年が過ぎ、翠のお腹に新たな命を授かった。
無事に生まれ、時は穏やかに流れ、めでたく三歳になった。
容姿の違いで、先に生まれた子と父親は違うのが分かる。
しかし、翠も、俺も、養父母も気にしていない。
等しく同じ我が子として、我が孫として育てると決めている。
俺を呼ぶ声に不安は薄くなり、甘い響きが増してきた気がする。
願望がそう思いこませているのかもしれない。
だが、幸せだ。
愛を我慢しないで伝えられることも。
同じ愛ではないが、確かな愛情が日常の小さなことに感じられることも。
気のせいかもしれないが、少しずつ向けられる愛が俺に近づいているかもしれないことも。
翠が頬へ口づけをくれるようになったが、無意識かもしれないので指摘はしていない。
あの日にあった偶然の出会いがあるから、今がある。
翠の無防備すぎる一夜を咎めることはしない。
責任をとったことに後悔はない。
二児の母親になった翠は、さらに魅力が増した。
女性らしい芯のある優美さと、母としての強さが美しくするのだろう。
夫婦だけになると現れる女の色香は、日ごとに増していく。
最後までわずかな理性を保ちながら、些細なことですら自分色に染めたくなる衝動を抑えるのは大変だ。
子供たちが幼稚園に通うようになった。
「お父さんに似て頑張り屋さんね」と嬉しそうに子供たちを褒める翠は、可愛い。
「お父さん」と慕ってくれる子供たちも可愛い。
孫が可愛い養父母は、週末だけでもと自ら預かってくれる。
自然とできる夫婦だけの時間は、嬉しい誤算だ。
今日も、湯上りの翠の色香に我慢ができなかった。
ベッドへ連れ、柔い体を潰さないよう覆いかぶさる。
「愛している」
「私も、愛してる」
初めて聞く、はっきりと色恋劣情がまじる声だった。
「それは、幼馴染の好き?それとも…恋人の?」
怖かった。
でも、聞きたかった。
「恋人、として。
同じ好きで過ごすのが、こんなに幸せだなんて想像していなかった」
泣きそうな笑みの翠を抱きしめると、背に温かな腕が回る。
幸せだ。
諦めていた夢は、考えていた以上に甘く幸せだと知った。
一方的な恋慕を抱き、隠し続けている。
同じ時期に偶然、俺は黒鐘家へ、翠は白崎家に引き取られた。
交流は続き、成人しても、仕事を始めても幼馴染として接していた。
翠が高校生になると、年ごろらしく恋の話も混じるようになった。
辛かった。
恋の相手が自分でないことも。
それ以上に、翠が楽しそうでないことが。
話を聞き、時には男だから分かり言えることを告げた。
たまに質問もされたが、自分がされると好ましいか嫌か程度しか分からない。
あまり他の男子と恋の話をしてこなかったのが原因だろう。
どうでもいいと避けていたことを、初めて後悔した。
ある日。
仕事が終わり、いつものように一人で馴染みの友人がいる飲み屋に行った。
すると、いつもの二倍笑顔の友人がつまみを一品多くもってきた。
注文していないので焦る。
「これは頼んでないが?」
「これはな、今日だけの特別だ。
今日来るお客様には無料でつまみを一品だけ追加する決まりだ。
店長が言うんだから大丈夫だ。
さっき、大盤振る舞いのお客様が来てな。
愉快に皆で記念写真を撮ったんだ。
とても賑わって楽しかった」
「わかった。ありがとう」
ふいに、友人が俺の耳元に口を寄せた。
「お前の友人だ。
もう一軒行くと言っていた。
ここで記憶が飛んでもおかしくない量を飲んでいたが、酒が強いんだな。
気になるなら、探せばいい」
返事の代わりにうなずくと、友人は厨房へ戻った。
帰り際に写真を見ると杯を持った酔っ払いの翠がいた。
同じように酔っ払う知らない男の隣で笑っている。
痛む胸を無視して、友人の言葉を思い出す。
帰り道の歓楽街で男といる翠の背を見つけたが、
入っていったのは愛を交わすために造られた宿。
翠が決めて行動しているのだから、追いかける理由はなかった。
翠を歓楽街で見た二か月後。
仕事帰りに偶然に会った翠は、顔色が悪かった。
「大丈夫か?」と聞いても、明らかに何かあった表情で「なんでもない」と笑っていた。
用があると去った翠の様子は、いつもと何か違う気がした。
さらに一か月後。
ある日の温かく陽気な空の下。
翠が青い顔で道を歩いていたので、声をかけた。
久しぶりに部屋へ連れられ、翠の妊娠の可能性を知る。
「でも、産んではいけない」と辛そうに言う翠は、愛おしそうに腹を撫でている。
産みたいのかもしれない。
相手に知らせるには難しいのかもしれない。
だったら。
「自分の子として産み育てればいい」
翠は、「ありがとう」と泣いていた。
脱力した翠を抱きとめると、すがるように背へ腕を回された。
愛しい温度に、心の中で抑えている欲望が暴れ始めた。
もしかすると諦めていた恋慕が報われるかもしれない、と。
同じように愛してもらえなくても、永遠を誓う相手に選ばれる可能性に。
翠が辛い状況を好機と思う自分が嫌だったが、我慢もできなかった。
さらに二か月が過ぎ、翠は妊娠が確定した。
翠は、俺と結婚して育てると言ってくれた。
知らない男に感謝した。
翠と永遠を過ごせる機会を与えてくれたのだから。
何かの不安を確認するように俺の名を呼ぶ翠が愛おしい。
どんな理由であれ、俺を求めてくれることが嬉しい。
無事に生まれた子供を養父母は慈しみ愛してくれている。
幸せだ。
翠も幸せを感じてくれていれている、と願う。
あれから一年が過ぎ、翠のお腹に新たな命を授かった。
無事に生まれ、時は穏やかに流れ、めでたく三歳になった。
容姿の違いで、先に生まれた子と父親は違うのが分かる。
しかし、翠も、俺も、養父母も気にしていない。
等しく同じ我が子として、我が孫として育てると決めている。
俺を呼ぶ声に不安は薄くなり、甘い響きが増してきた気がする。
願望がそう思いこませているのかもしれない。
だが、幸せだ。
愛を我慢しないで伝えられることも。
同じ愛ではないが、確かな愛情が日常の小さなことに感じられることも。
気のせいかもしれないが、少しずつ向けられる愛が俺に近づいているかもしれないことも。
翠が頬へ口づけをくれるようになったが、無意識かもしれないので指摘はしていない。
あの日にあった偶然の出会いがあるから、今がある。
翠の無防備すぎる一夜を咎めることはしない。
責任をとったことに後悔はない。
二児の母親になった翠は、さらに魅力が増した。
女性らしい芯のある優美さと、母としての強さが美しくするのだろう。
夫婦だけになると現れる女の色香は、日ごとに増していく。
最後までわずかな理性を保ちながら、些細なことですら自分色に染めたくなる衝動を抑えるのは大変だ。
子供たちが幼稚園に通うようになった。
「お父さんに似て頑張り屋さんね」と嬉しそうに子供たちを褒める翠は、可愛い。
「お父さん」と慕ってくれる子供たちも可愛い。
孫が可愛い養父母は、週末だけでもと自ら預かってくれる。
自然とできる夫婦だけの時間は、嬉しい誤算だ。
今日も、湯上りの翠の色香に我慢ができなかった。
ベッドへ連れ、柔い体を潰さないよう覆いかぶさる。
「愛している」
「私も、愛してる」
初めて聞く、はっきりと色恋劣情がまじる声だった。
「それは、幼馴染の好き?それとも…恋人の?」
怖かった。
でも、聞きたかった。
「恋人、として。
同じ好きで過ごすのが、こんなに幸せだなんて想像していなかった」
泣きそうな笑みの翠を抱きしめると、背に温かな腕が回る。
幸せだ。
諦めていた夢は、考えていた以上に甘く幸せだと知った。
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