従僕と柔撲

秋赤音

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曇天と棘

4.錠情

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17歳の誕生日、初めてキスをした。
使った食器を洗って置き終わった瞬間に、声をかけられて。
ゆっくり顔が近づいてくるから驚いて、目は開いたまま。
唇と唇が触れ合って、優しく頬を撫でられた。

「初めて、だった?」

優しい仕草とは反対に、揶揄うような声で彼は言った。

「初めてでした」

正直に答えると、驚かれた。
先日に知った愛人という職業と、誇らしそうに雑誌に載っている母親の写真を思い出す。
「生まれる子供は男がいいから、諦めるまでは、何度も産んでは養子に出した」と書かれていた。
だから、娘の私も同類に思われていたのだろう。

「意外」

「そう、ですよね」

「したいと思ったこと、なかった?」

彼の問いで過去を辿るが、やはりない。
クラスメートから聞くたびに嫌悪感が募るばかりだったのを思い出す。

「ないです」

「そうなんだ。だったら、気持ち悪かった?」

彼は、確信があるような声で私を見た。
見透かされているようだった。
でも、なぜか安心した。

「わかりません…っ!」

「…わかった?」

不意に触れた温度は唇。
でも、嫌ではなかった。
どうしてだろう。

「嫌では、なかった、です」

「だったら、同じ事して?恋人さん」

閉じられた瞼。
恋人役の仕事。
でも、失敗したら?
でも、今なら見られることはない。
少しだけ背伸びをして、初めて自分からしたキス。
離れようとすると、いつの間にか腰を抱かれて動けなくなっていた。

「もう一回」

甘えるような声に、胸が高鳴った。
返事をする代わりに、もう一度キスをした。
腰から腕が離れ、彼の瞼が開く。

「良い資料になった。ありがとう」

背を向けた彼は自室に向かって歩き始める。
目が向けられなくなったことに安堵していると、足音が止まった。

「そうだ。今度、お祝いの品を渡そう」

「お祝い、ですか?」

「誕生日。
世間では、一応めでたく祝い、記念に残ることをしている。
知っているよね?」

知っている。
だが、私には関係の無い出来事だった。
他者の話は聞いたことがある。
が、自分の誕生日会をした経験はない。
憧れた時期は短く、したい人だけがする行事だと認識している。

「そう、らしいですね」

「自分には関係ない、と思っていた?」

「…!」

「仕事にも関わるから、僕が手本を示す。
僕は、次の誕生日を恋人に、らきあルビ羅輝亜さんに、祝われなければいけない」

誕生日そのものに興味はなさそうな回答だった。
でも、言い直したように呼ばれた名前が耳に残った。

「…そう、ですね。しっかり、勤めます。
誕生日、いつですか?」

「一か月後」

呟くように言い残し、今度こそ、彼は足をとめることなく自室に戻った。
扉が閉まって、ようやく詰まっていた息を吐き出した。

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