13 / 28
曇天と棘
4.錠情
しおりを挟む17歳の誕生日、初めてキスをした。
使った食器を洗って置き終わった瞬間に、声をかけられて。
ゆっくり顔が近づいてくるから驚いて、目は開いたまま。
唇と唇が触れ合って、優しく頬を撫でられた。
「初めて、だった?」
優しい仕草とは反対に、揶揄うような声で彼は言った。
「初めてでした」
正直に答えると、驚かれた。
先日に知った愛人という職業と、誇らしそうに雑誌に載っている母親の写真を思い出す。
「生まれる子供は男がいいから、諦めるまでは、何度も産んでは養子に出した」と書かれていた。
だから、娘の私も同類に思われていたのだろう。
「意外」
「そう、ですよね」
「したいと思ったこと、なかった?」
彼の問いで過去を辿るが、やはりない。
クラスメートから聞くたびに嫌悪感が募るばかりだったのを思い出す。
「ないです」
「そうなんだ。だったら、気持ち悪かった?」
彼は、確信があるような声で私を見た。
見透かされているようだった。
でも、なぜか安心した。
「わかりません…っ!」
「…わかった?」
不意に触れた温度は唇。
でも、嫌ではなかった。
どうしてだろう。
「嫌では、なかった、です」
「だったら、同じ事して?恋人さん」
閉じられた瞼。
恋人役の仕事。
でも、失敗したら?
でも、今なら見られることはない。
少しだけ背伸びをして、初めて自分からしたキス。
離れようとすると、いつの間にか腰を抱かれて動けなくなっていた。
「もう一回」
甘えるような声に、胸が高鳴った。
返事をする代わりに、もう一度キスをした。
腰から腕が離れ、彼の瞼が開く。
「良い資料になった。ありがとう」
背を向けた彼は自室に向かって歩き始める。
目が向けられなくなったことに安堵していると、足音が止まった。
「そうだ。今度、お祝いの品を渡そう」
「お祝い、ですか?」
「誕生日。
世間では、一応めでたく祝い、記念に残ることをしている。
知っているよね?」
知っている。
だが、私には関係の無い出来事だった。
他者の話は聞いたことがある。
が、自分の誕生日会をした経験はない。
憧れた時期は短く、したい人だけがする行事だと認識している。
「そう、らしいですね」
「自分には関係ない、と思っていた?」
「…!」
「仕事にも関わるから、僕が手本を示す。
僕は、次の誕生日を恋人に、らきあ羅輝亜さんに、祝われなければいけない」
誕生日そのものに興味はなさそうな回答だった。
でも、言い直したように呼ばれた名前が耳に残った。
「…そう、ですね。しっかり、勤めます。
誕生日、いつですか?」
「一か月後」
呟くように言い残し、今度こそ、彼は足をとめることなく自室に戻った。
扉が閉まって、ようやく詰まっていた息を吐き出した。
0
あなたにおすすめの小説
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される
山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」
出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。
冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
聖女は秘密の皇帝に抱かれる
アルケミスト
恋愛
神が皇帝を定める国、バラッハ帝国。
『次期皇帝は国の紋章を背負う者』という神託を得た聖女候補ツェリルは昔見た、腰に痣を持つ男を探し始める。
行き着いたのは権力を忌み嫌う皇太子、ドゥラコン、
痣を確かめたいと頼むが「俺は身も心も重ねる女にしか肌を見せない」と迫られる。
戸惑うツェリルだが、彼を『その気』にさせるため、寝室で、浴場で、淫らな逢瀬を重ねることになる。
快楽に溺れてはだめ。
そう思いつつも、いつまでも服を脱がない彼に焦れたある日、別の人間の腰に痣を見つけて……。
果たして次期皇帝は誰なのか?
ツェリルは無事聖女になることはできるのか?
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる