従僕と柔撲

秋赤音

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曇天と棘

5.触間

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後日。
私の誕生日は、本当に祝われた。
絵に書いたような一日だった。

目が覚めると、外扉の持ち手にかけられていたのは綺麗な包み。
メッセージカードも入っていた。
かなき らきあルビ海南木 羅輝亜様。
これを着て、10時に駅の噴水前にきてください。
くせち なぎとルビ空西地 凪都」
読みやすい字で書かれていた。
そういえば彼は作家だった、といまさら思った。
包みをあけると、雑誌のモデルが着こなしていた袖なしのワンピースが入っていた。
一昨日に放送されていた季節のファッション特集に映っていた。
クラスメートとの話題に困らないための時間だったが、なぜか彼もみ始めたのを思い出す。
大人っぽいから似合わないと思いながら見ていた品が、目の前の、手の中にあるのは不思議だった。
合わせて選ばれたらしい上着は、普段使いにも困らないデザインだった。
小さなイヤリングと、ワンピースを引き立てるようなネックレスもある。
ふと、合わせる靴がないことに気づいた。
慌てて玄関に行くと、目立つところに箱がある。
「足が痛くなった時は、遠慮なく言ってください」と同じ文字で書かれたメッセージカードがついてある。
おかげで、これも贈り物だと確信できた。
化粧はどうしよう、と悩みながら身支度をして家を出た。

指定された場所に着くと、私を見つけた彼が歩いてくる。
グレーのシャツの襟元にネクタイがあれば、そのまま仕事に行けそうな黒色の上着とスラックス。
そして、当たり前のように磨かれている靴。
少しだけ着崩されている襟元と、持っている鞄だけが仕事でないことを示していた。

「おはようございます」

「おはようございます」

目が合って、笑みを向けられ、なんとなく居心地が悪くなって、目をそらした。
初めて見る彼の姿と、着慣れない装いのせいにした。

「どこにいこうか?」

困ったような彼の声に驚いた。
手慣れていそうな用意だったから、聞かれると考えていなかった。
でも、よくある恋人のやりとりであることを、なんとか思い出す。

「お腹がすきました」

「僕も。緊張して、何も食べていなくて」

タイミングよく同時になった体の小さな主張に、彼と笑った。

せっかくだから、と行ったことが無いお洒落な店を選んでみた。
けれど、緊張して味が分からなかった。
目の前で優雅に食べる彼と、私の差に自分の子供っぽさを感じた。
店を出て感想を聞かれ、正直に言えば髪を撫でられた。

「大丈夫。そのうち、慣れるから」

流れるように頬を撫でた指先が、迷うことなく私の手を包んだ。

「せっかくだから、互いの装いを見立て合う?」

「そうですね」

ありふれた恋人同士なら、一度くらいするだろう。
互いの好みを反映し選ばれた品は、綺麗に包まれて彼の手にもたれている。
遅めの昼食とデザートを食べると、慣れないことをした疲れで痛み始めた足。
手を繋いで歩いた帰路は、同じ道なのに違った景色に見えた。
家に帰り、傷の手当を終えると、彼の自室に呼ばれた。
扉が閉まって、完全に二人きりで、初めて見る男性の、彼の部屋。
正面から抱きしめられて、彼の唇が耳元に触れた。

「…っ」

らきあルビ羅輝亜さん。僕の服、脱がせて」

服を、脱がせる。
思わず、知っているだけの卑猥な空想が頭をよぎった。

「上着を。恋人らしく、して」

上着。
上着を、脱がせる。
離れた彼の肩に腕をのばした。
与えられた指示に従い、安堵と緊張で考えがとまった手を動かす。
するりと音をたてながら布が彼の肩から離れる様に、男女の色を感じて目を逸らす。
ようやく脱がし終え、持ち主に渡そうとする。

「だめ。らきあルビ羅輝亜さん。僕をみて」

「…ぁ、…っ」

寄せられた腰。
首筋を支えられ、近くなった瞳。
意外と、まつ毛が長いことに気がついた。

「名前を、呼んで?」

なぎとルビ凪都さ…っ」

塞がれた唇。
突然で、息が苦しくなって、酸素を求めた。
でも、何かが口の中に入ってきた。
舌を弄ばれて、なんとか離れたのに、また奪われて。
足から力がぬけた瞬間、ようやく息苦しさから解放された。
何が起こったのか、わからない。
のぼせたように熱い体とめまいに抗うことはできないまま、意識を手放した。

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