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曇天と棘
3.解革前夜
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予定がある休日は少しだけ楽しいと、初めて思った日だった。
約束通りに本を返し、面白かったと言えば驚かれた。
そして、安堵したようなため息と泣きそうな声の呟くような「よかった」。
どうしていいか分からなくて、彼の手にあった本を借りたいと申し出た。
躊躇いながら手渡された本の作者は同じだった。
その日に読み終わって、翌日返した。
よくある展開で、どこにでもある終わりだった。
でも、なぜか面白い。
翌日。
瀬戸 渚の新作の話題で盛り上がるクラスメート。
聞こえてくる単語に覚えがあった。
彼は、瀬戸 渚のファンなのかもしれない。
家に帰ると、玄関から彼が居間で電話をしている声が聞こえた。
音をたてないように部屋へ向かおうとするが、足が動かない。
「なんだ。そんなこと。
で?用事はそれだけ?」
無邪気な声と笑い。
凍るような低い音。
初めて聞く彼の声に戸惑った。
電話が机に置かれた音がした。
「せと瀬戸さん、お願いします。
あなたなら、絶対に書けますか」
電話が切れた無機質な音。
はっとして、ようやく靴をぬいだ。
居間に入ると、彼が椅子に座って本を読んでいた。
「おかえりなさい」
初めての挨拶は、いつもの優しい声だった。
電話の声を思い出し、戸惑う。
「ただいま、です」
「あ…もしかして、聞かれました?」
返事に悩んでいると、ため息をつかれた。
「だ、誰にも言いません。安心して「らきあ羅輝亜さん」
優しい声で呼ばれた名前は、知らない人のように思えた。
「らきあ羅輝亜さん。お願いがあります」
「僕の恋人役をしてください。
作品のイメージがつかめなくて…らきあ羅輝亜さんなら、なにか分かる気がします」
私に向けられた声と視線で、自分のことだと認識した。
その瞳は冷たいのに、なぜか離せなかった。
「私で、よければ」
「ありがとうございます」
私をそっと抱き寄せた彼の手は、冷たかった。
報酬は、家計の手助けだった。
減るばかりの通帳残高に焦る私は、彼の僕になったことで、ひとときの安心を得た。
同居していることすら利用した、初恋物語の始まりは順調に進んだ。
彼に指定された条件に従い動くだけだが、やってみれば、よくある理想の物語のようだった。
好きになるまでの工程も。
つき合うきっかけになる告白も。
そして、健全な男女交際の幕の開け方も。
用事がないのに合う目と、自分だけに向けられる笑み。
繋ぐ必要のない場面でも、そっと差し出される手。
優しく撫でられる髪と、包むように抱きしめてくれる腕の温度。
全てが綺麗で、ひとつの欠けもないように思えた。
約束通りに本を返し、面白かったと言えば驚かれた。
そして、安堵したようなため息と泣きそうな声の呟くような「よかった」。
どうしていいか分からなくて、彼の手にあった本を借りたいと申し出た。
躊躇いながら手渡された本の作者は同じだった。
その日に読み終わって、翌日返した。
よくある展開で、どこにでもある終わりだった。
でも、なぜか面白い。
翌日。
瀬戸 渚の新作の話題で盛り上がるクラスメート。
聞こえてくる単語に覚えがあった。
彼は、瀬戸 渚のファンなのかもしれない。
家に帰ると、玄関から彼が居間で電話をしている声が聞こえた。
音をたてないように部屋へ向かおうとするが、足が動かない。
「なんだ。そんなこと。
で?用事はそれだけ?」
無邪気な声と笑い。
凍るような低い音。
初めて聞く彼の声に戸惑った。
電話が机に置かれた音がした。
「せと瀬戸さん、お願いします。
あなたなら、絶対に書けますか」
電話が切れた無機質な音。
はっとして、ようやく靴をぬいだ。
居間に入ると、彼が椅子に座って本を読んでいた。
「おかえりなさい」
初めての挨拶は、いつもの優しい声だった。
電話の声を思い出し、戸惑う。
「ただいま、です」
「あ…もしかして、聞かれました?」
返事に悩んでいると、ため息をつかれた。
「だ、誰にも言いません。安心して「らきあ羅輝亜さん」
優しい声で呼ばれた名前は、知らない人のように思えた。
「らきあ羅輝亜さん。お願いがあります」
「僕の恋人役をしてください。
作品のイメージがつかめなくて…らきあ羅輝亜さんなら、なにか分かる気がします」
私に向けられた声と視線で、自分のことだと認識した。
その瞳は冷たいのに、なぜか離せなかった。
「私で、よければ」
「ありがとうございます」
私をそっと抱き寄せた彼の手は、冷たかった。
報酬は、家計の手助けだった。
減るばかりの通帳残高に焦る私は、彼の僕になったことで、ひとときの安心を得た。
同居していることすら利用した、初恋物語の始まりは順調に進んだ。
彼に指定された条件に従い動くだけだが、やってみれば、よくある理想の物語のようだった。
好きになるまでの工程も。
つき合うきっかけになる告白も。
そして、健全な男女交際の幕の開け方も。
用事がないのに合う目と、自分だけに向けられる笑み。
繋ぐ必要のない場面でも、そっと差し出される手。
優しく撫でられる髪と、包むように抱きしめてくれる腕の温度。
全てが綺麗で、ひとつの欠けもないように思えた。
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