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曇天と棘
2.変革
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幼い頃から母親しか知らない。
母親は綺麗で、常に香水と知らない煙香をまとっていた。
中学に入ると日常にある母親の気配は無いに等しいほど薄くなりった。
卒業すると、アルバイト禁止の約束と生活費と渡された私名義の通帳だけが残された。
ついに一人きりになった家に、ある日の夜。
突然に現れた、久しぶりに会う母親は男を連れていた。
あれは偶然にも、高校の入学式の日だった。
「この子、面白かったけど飽きたからあげる。
らきあ羅輝亜より二つ上のお兄さんよ。
この家はこの子にあげたけど、名義変更の手続きが面倒だからこのままにするわ。
これからも生活費は振り込むけど、この子の世話はしなくていいから。
さよなら」
そして、母親に連れられ、飽きたからと母親に置いていかれた彼。
母親が玄関を出てすぐに聞こえた男は、母親の名前を艶やかな声で呼んでいた。
彼を居間に案内して、椅子に座る。
掃除だけはしていた対面にある椅子が久しぶりに使われた。
「はじめまして。かなき きらら海南木 羅輝亜さんの愛人でした。
くせち なぎと空西地 凪都と申します」
「はじめまして。娘のかなき らきあ海南木 羅輝亜です。
お食事はすみましたか?
お風呂、使いますか?」
世話はいらないと言っていたが、気になった。
知らない人が家にいるのは、落ち着かない。
でも、知らないうちに家主になっている人にどう接すればいいか分からない。
「では、お風呂だけ。
使う部屋は、前にきらら煌羅螺さんが使っていた場所です。
間取りは聞いてるので、案内は不要です。
言われていた通り、世話はいりません。
後日、冷蔵庫や必要なものは部屋に運ぶので共有するものは無いです。
風呂場とトイレは、使った後で掃除します。
顔を合わせることも、おそらくないので安心してください」
「はい。失礼します」
母親の部屋だった空き部屋を思い出す。
掃除だけはしているので、おそらく寝るには困らない。
念のため、彼が部屋の扉に鍵をかける音がするまで起きていた。
彼がきて七日が過ぎた。
世話のいらない同居人は、本当に気配だけの人だった。
何もなく時間は過ぎ、気づけば一か月。
落ち込んでいた、ある日。
偶然、初めて彼に手料理を求められ、振る舞った。
自己紹介しかしていない私の名前を呼んで、私が作った料理本に習っただけの料理を美味しいと微笑んだ。
また作ってほしいと言ってくれた。
それから、忘れた頃に食事を振舞う機会ができた。
寂しいときは、居間の長椅子でテレビを大きめの音でつけるのが習慣だが、やめた。
彼の部屋の扉からこぼれて聞こえる音に気づき、それが綺麗だったから。
同居して六か月。
少しずつ、暮らしの中に彼の気配が当たり前になった。
ある日の夜。
偶然つけていた番組に部屋へ戻ろうとする彼の足音がとまって、静かに微笑んでいるのに気づいた。
あるとき。
ため息をついていると、何も言ってもいないのに、なぜか同じ部屋にいてくれた。
見慣れた居間の、見慣れた食事机と対の椅子。
そこに誰かがいる光景を、長椅子から音と気配で見る。
沈黙の中でかすかに聞こえるのは、紙がめくれる音。
音の先を見れば、彼が本を読んでいた。
なんとなく見ていると、目と口が三日月を描いた。
「読む?」
声に誘われて、近づいた。
「あ…いえ。難しそう、ですね」
めくられているページにあるのは、知らない言葉が多かった。
自分が知らない世界にドキドキした。
「難しそうに見えるだけ、かもしれない」
柔らかな笑みの目と合ったときには、手にわずかな重さがのっていた。
「読みたくなったら、読んでください。
ここに置いてくれたら、回収します」
作者の名前は、せと なぎさ瀬戸 渚。
クラスで話題の作家だった。
題目は話題にされていないものらしく、知らない。
「あの「よければ、感想が聞きたいです」
なぜか、その目に哀愁を感じた。
「はい。三日後に、お返しします」
考える前に、答えていた。
「ありがとう」
嬉しそうな笑みだった。
彼の部屋の扉が閉まる音で、ぼんやりとしていたことに気づく。
深夜三時。
目が冴えて眠れる気がしなかった。
借りた本を思い出し、手に取った。
話題になっていないなら面白くないと、思い込んで開いたページ。
予想を裏切られた。
どこにでもある話だった。
よくあることだった。
幼少期から始まる主人公の物語。
母親の自殺と父親の育児放棄と親族による言葉と性的な暴力を経て、施設に身を落ち着かせた。
子供は成長し、誰にでも愛されながら、誰にも心を開くことなく独りで死んだ。
最後のページを閉じると、窓の外から朝を知らされた。
母親は綺麗で、常に香水と知らない煙香をまとっていた。
中学に入ると日常にある母親の気配は無いに等しいほど薄くなりった。
卒業すると、アルバイト禁止の約束と生活費と渡された私名義の通帳だけが残された。
ついに一人きりになった家に、ある日の夜。
突然に現れた、久しぶりに会う母親は男を連れていた。
あれは偶然にも、高校の入学式の日だった。
「この子、面白かったけど飽きたからあげる。
らきあ羅輝亜より二つ上のお兄さんよ。
この家はこの子にあげたけど、名義変更の手続きが面倒だからこのままにするわ。
これからも生活費は振り込むけど、この子の世話はしなくていいから。
さよなら」
そして、母親に連れられ、飽きたからと母親に置いていかれた彼。
母親が玄関を出てすぐに聞こえた男は、母親の名前を艶やかな声で呼んでいた。
彼を居間に案内して、椅子に座る。
掃除だけはしていた対面にある椅子が久しぶりに使われた。
「はじめまして。かなき きらら海南木 羅輝亜さんの愛人でした。
くせち なぎと空西地 凪都と申します」
「はじめまして。娘のかなき らきあ海南木 羅輝亜です。
お食事はすみましたか?
お風呂、使いますか?」
世話はいらないと言っていたが、気になった。
知らない人が家にいるのは、落ち着かない。
でも、知らないうちに家主になっている人にどう接すればいいか分からない。
「では、お風呂だけ。
使う部屋は、前にきらら煌羅螺さんが使っていた場所です。
間取りは聞いてるので、案内は不要です。
言われていた通り、世話はいりません。
後日、冷蔵庫や必要なものは部屋に運ぶので共有するものは無いです。
風呂場とトイレは、使った後で掃除します。
顔を合わせることも、おそらくないので安心してください」
「はい。失礼します」
母親の部屋だった空き部屋を思い出す。
掃除だけはしているので、おそらく寝るには困らない。
念のため、彼が部屋の扉に鍵をかける音がするまで起きていた。
彼がきて七日が過ぎた。
世話のいらない同居人は、本当に気配だけの人だった。
何もなく時間は過ぎ、気づけば一か月。
落ち込んでいた、ある日。
偶然、初めて彼に手料理を求められ、振る舞った。
自己紹介しかしていない私の名前を呼んで、私が作った料理本に習っただけの料理を美味しいと微笑んだ。
また作ってほしいと言ってくれた。
それから、忘れた頃に食事を振舞う機会ができた。
寂しいときは、居間の長椅子でテレビを大きめの音でつけるのが習慣だが、やめた。
彼の部屋の扉からこぼれて聞こえる音に気づき、それが綺麗だったから。
同居して六か月。
少しずつ、暮らしの中に彼の気配が当たり前になった。
ある日の夜。
偶然つけていた番組に部屋へ戻ろうとする彼の足音がとまって、静かに微笑んでいるのに気づいた。
あるとき。
ため息をついていると、何も言ってもいないのに、なぜか同じ部屋にいてくれた。
見慣れた居間の、見慣れた食事机と対の椅子。
そこに誰かがいる光景を、長椅子から音と気配で見る。
沈黙の中でかすかに聞こえるのは、紙がめくれる音。
音の先を見れば、彼が本を読んでいた。
なんとなく見ていると、目と口が三日月を描いた。
「読む?」
声に誘われて、近づいた。
「あ…いえ。難しそう、ですね」
めくられているページにあるのは、知らない言葉が多かった。
自分が知らない世界にドキドキした。
「難しそうに見えるだけ、かもしれない」
柔らかな笑みの目と合ったときには、手にわずかな重さがのっていた。
「読みたくなったら、読んでください。
ここに置いてくれたら、回収します」
作者の名前は、せと なぎさ瀬戸 渚。
クラスで話題の作家だった。
題目は話題にされていないものらしく、知らない。
「あの「よければ、感想が聞きたいです」
なぜか、その目に哀愁を感じた。
「はい。三日後に、お返しします」
考える前に、答えていた。
「ありがとう」
嬉しそうな笑みだった。
彼の部屋の扉が閉まる音で、ぼんやりとしていたことに気づく。
深夜三時。
目が冴えて眠れる気がしなかった。
借りた本を思い出し、手に取った。
話題になっていないなら面白くないと、思い込んで開いたページ。
予想を裏切られた。
どこにでもある話だった。
よくあることだった。
幼少期から始まる主人公の物語。
母親の自殺と父親の育児放棄と親族による言葉と性的な暴力を経て、施設に身を落ち着かせた。
子供は成長し、誰にでも愛されながら、誰にも心を開くことなく独りで死んだ。
最後のページを閉じると、窓の外から朝を知らされた。
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