従僕と柔撲

秋赤音

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泥雨の棘

3.雨と雨宿り

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「羅輝亜さんの、手料理が食べたいです。
よければ、作ってください。
お願いします」

初恋の相手に手料理を振舞われた感動を、再現しなくてはいけない。
世間の見解をみて感情的に書いた、つもりになっているだけの文字を直さなければ。
しかし、これ以上の直し方が、わからない。
世間の苦労を逆転させて理想を書くには、限界が近かった。

突然の願いを受け入れた彼女が作ったのは、料理本に習っただけの料理らしきもの。
普通に美味しかった。
今だけは「初恋の相手に手料理を振舞われた人」になり、よく語られる理想の反応をすればい。
意識して笑みを作り「美味しい。ありがとう」と言った。
戸惑う彼女に重ねた言葉は「また作ってほしい」にした。
せっかくなので「初恋の相手に手料理を振舞われた人」のその後を体験することにした。
忘れた頃に食事を振舞うよう願い、受け入れる彼女によって幸運にも体験が叶えられた。

ある時。
偶然に貸した本を、彼女は「面白い」と言った。
趣向が合う者がいないと思うくらい悪い評価の一冊目だった。
本当に読んで帰ってくると思っていなかったこともあり、意外の連続だった。
けれど、嫌な気分にはならなかった。
初めて、僕の人生を「面白い」と言ってもらえたからかもしれない。


ある時。
もう少しで書き終える作品の途中で鳴った電話。
一冊目から世話になっている担当者に「理想だけの恋愛をかいてください」と言われた。
望み通り書いたが、要望は増えていくばかりだった。
嫌な予感が当たり、ついに、より強い現実性を求められるようになった。
理想だけの物語を維持しながら、感情をより現実に近づける作業は、思った以上に面倒だった。
「これでもいいけど、まだ良くなる」言われることも増え、書くのをやめたくなっていた。
だが、書き始めたものは終わらせないと気持ち悪い。
ちょうどよく帰ってきた彼女に恋人役を願ったのは、効率がいいと考えたから。
「頑張って演じようとしないで、ありのままで行ってください」と言えば、安堵したように肩の力をぬいていた。
少しだけ、自分の中に生まれた好奇心が、結ばれた恋人契約に悦び、静かに燃えていた。

彼女のおかげで乗り越えた執筆。
しかし、残念ながら気に入られたらしく、新しい恋題が向けられた。
「好評なので、次も売り上げが良ければシリーズ化するかも」と楽しそうに語っていた。
「初々しい恋になる前の淡い恋」に始まり、主人公を変えながら成長する恋物語。
ありがたく、面倒なことに、シリーズ化の検討が進められていた。
「とりあえず、結婚するまで書く流れは決定です。没になっても私が買うから、よろしく」と担当者は言っていた。
別で書いている作品と同時に進む、綺麗なだけの恋。
恋人役にしてもらうのは、婚約者が限度だと決めていた。
結婚した誰かの暮らしは知っているから、いつものように理想と世の感想だけで書けばいい。
愛と恋の差を熱心に語る担当者の言葉を聞きながら、恋物語でよかったと、心から思っていた。

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