従僕と柔撲

秋赤音

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曇天と棘

9.消無

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睡魔が体を支配する直前、ひっかかる言葉を思い出した。

「愛人の子供らしく?」

うっかり口に出した言葉は、きっと、理想の事後らしくない。

「女は、快楽さえ満たされれば楽しい。と、思っている」

「そう、ですか」

「そう、だった」

なんとなく、寂しい気配がした。
少しでも寂しくなくなればと彼に腕をのばして背中を抱き寄せた。
最後の抗いを食いつくした睡魔に従い、意識を放した。


彼のベッドで目が覚めた。
薄暗い部屋だから、光だけで今が夜か朝かを確信することは難しい。
ぼんやりと、覚えている記憶の欠片にひっかかる言葉があった。
女は快楽さえ満たされれば楽しいと思っている、と言った声色も気になった。
が、まずは自室に戻ろう。
動こうとするが、背中から抱きとめられてしまった。
彼の手が妖しい動きで体を這う。
片手で胸を、片手で陰核をそっと刺激されて疼く。
逃げようとするが、彼の腕に甘えるだけになっただけ。
じわりと快楽が体を支配し始める。
彼が起きているのか、寝ぼけているのか分からない。
でも、前戯のような触れ合いでは足りないと叫ぶ本能が内で暴れる。

「ぁ…んぅ、ふぁあ…っ、あっ、…っ…んぁっ」

どのようにすれば、どうなるか。
考えるより先に腰を動かして、彼だけを求める。
これでは自慰と同じようなものだけれど、自分の指や玩具とは違う温度と質感。
やはり本物がいい。
このまま熱の解放を、と思った。
でも、体に触れていた腕から力をぬけていく。
甘えてはもらえない。
やはり、私は恋人役でしかないと思い知る。
持て余す熱を抱えながら、できた隙間から抜け出し、部屋を出た。

いつもの休日と同じ時間の流れに安心した。
約束がなければ一人きりの食事。
居間で読書をしていると、たまにすれ違う影。
見上げれば返ってくる優しい笑み。
ついでに借りた本を返すと、新しい本が手にある。
売るほどあると錯覚する程度には読書に困らないことに感謝した。
一人きりになった居間に過去を見た。
思い出すのは生活費と、用が無ければ近づくことを禁じられていた母親の自室から聞こえる音。
勉強すれば、何をしているのか分かってしまった音。
自分が女だから、血とお金だけの関係になったと、近くにいるだけで身に染みた。
家から気配が完全に消えたと確信できた瞬間に、失ったも何かと得た何か。
ようやく訪れた穏やかな時間。
なのに、どうして。
あれとは別の何かが、私を狂わせている。
これは本当に恋だけ?
別の、過去に置き去ったはずの私的な感情も混ざって穢れている気がする。
でも、ただ好きなだけ、なのに。
彼の全てを求めているだけなのに。
恋が、世間で語られる綺麗さをもたないことを知った。
私も母親と同じに、なった。
誰かだけしか想えない、自分に甘く、自分が中心で、自分だけで終わる感情。
想いを伝えなければばいい、と思っていたが違った。
相手がいることだからなおさら増えるばかりの吐き出せない感情が、身の内から何かを壊していく。
世間が他愛なく話を聞いているだけなら問題なかった。
自分事になって初めて知った。
想いを通い合わなければ甘さの欠片もないことを。
記憶が飛ぶほどの衝動と、行動を。
触れ合っている間だけは得られる安堵感を。
満たされても渇き飢え続ける何かを。

「…ぅ」

彼と目が合うだけで、彼の思い出すだけで、お腹の奥からとろとろと熱い何かが流れてくる。
たまるばかりの何かは、しだいにじくじくと痛んでくる。
カーテンの向こうには夕日があることを知らせる鮮やかな橙色が空に見えた。
栞を使い、読書をやめる。
本は近くにある私用の机に置く。
一瞬できた間に、彼を思い描いた。

「ぁ…ぁ、…ん、ぅ…っ」

気を抜けば思い出す彼の笑顔、彼の眼差し、あらゆる指使い、彼の声と息遣い。
そして、繋がる事の無かった、昂る本能。
知ってしまった体は、備わっている性能に忠実で男の精を求める。
少しだけ足を開いて、小さな音がしたところを見たら下着が濡れていた。
熱くて、たまる水をすぐにでもかき出したかった。
でも、触ればどうにもならなくなる、と思った。

「…っ、ぁっ、い…い、たぃ…っ」

苦しい。
お腹が痛い。

「…ぁ、は…っ、夕食、作らないと」

気を晴らしに呟いた。

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