従僕と柔撲

秋赤音

文字の大きさ
6 / 28

番外「剣火に燃える」

しおりを挟む
いつもの休日。
のどが渇いたので、と自分に言い訳しながら自室を出た。
自室にある小さな冷蔵庫は夜間に飲み食いしたい非常用、と半分事実の言い訳も加えて。
カーテン越しに明るい日が差す居間。
長椅子には、お気に入りの飲み物を机に置いて読書に集中する彼女がいる。
ちょうど読み終えたらしく、閉じられた本が机に置かれた。
あくまでついでの用事だから、台所に向かい飲み物を取り出して自室に戻る。
途中、長椅子に座る彼女に声をかける。
見下ろす彼女が自分に気づいていながら、肩を震わせ、息を殺し、知らないふりをしている。

「羅輝亜」

「…!」

こちらを向きそうになった顔が、瞬時にそらされた。
しかし、視線は持っている本にしっかり向いている。
裏表紙に書いてあるあらすじが気になるのか、首を傾けている。
習慣になってしまったやり取りは、一日限定の制約を忘れさせるらしい。
「返事はできないし受け取れないが、気になる」と解釈されても仕方ない行動。
我に返った彼女が慌てて顔を反らしたが、視線がほんと自分を行き来する。
期待で赤らむ頬と、憂いを示すように伏せられた瞼。
吐息のような音で葛藤する声。
もう実験は十分ということで、終わりにしてもいいだろう。

「そろそろ読み終わる頃かと思って。
よかったら、これ」

「…っ」

彼女の手が、読み終わった本を掴んだ。
いつもなら交換するが、今日はできない。
してはいけない。
彼女はやり場を失ったような手が抱えるように本を持ち、立ち上がる。
場を去ろうとしているのか、足は彼女の自室に向いている。
しかし、最短ルートを自分が立ち塞いでいるからか、困った表情を浮かべる。

「実験は終わりにする。
だから、いつも通りにしよう」

「はい。では、読み終わったのでお返ししますね。
いつもありがとうございます。凪都」

安堵したのか、細く息を吐いた後で可憐に微笑んだ彼女。
本を受け取り、机に置いて。
首をかしげる彼女を、空になった腕で掴み寄せて抱きしめ、その温かさに心和らぐ。
仕事の延長で始めた関係が、こんなにも安らかな時間をもたらすと思わなかった。
腰にある指先で、ゆっくりとくびれを撫でる。
隠されている温もりが恋しくてしかたない。
彼女の艶やかな吐息と悲鳴は、なぜか心地よい。
合わせてピンと反る背中を上になぞり、首筋を支える。
自然と目が合い、空いている手で赤らむ頬を撫でれば、目を細めて笑む彼女。
このまま致そうか。
あえて焦らすか。

「凪都…っ」

苦しそうに喘ぐような声と、押しつけられる体。
キスだけで絶頂もできるし我慢もできる彼女だが、今に相応しいのは。

「キスでイったら、もっと気持ちよくしてあげる」

「…っ!ぁ、…っ、…っっ!!」

絶頂連鎖が始まった彼女の腰が砕けた後、抱えて自室に向かった。


事の始まりは、また、担当者の気まぐれだった。
明日からは貴重な週末だからと、自室で楽しく過ごすために策をめぐらせていた月夜。
今夜は抱かないと約束した。
身体が敏感になりすぎて辛いと言ったので、互いに休息をとる。
静かに過ごそうと思った直後。
聞きたくない呼び出し音が鳴り、仕方なく出た。
同棲している恋人に別れを告げられる寸前の男というお題を一方的に言って音声連絡を切ったことが、悪夢の始まり。

まず、よくある別れの前兆と展開を調べた。
そして、自分が見聞きした事柄も思い出す。
より正確に知るためには実験がしたかった。
幸いにも相手はいるから、現状でできる方法を選ぶだけだった。
できるだけ大げさではなく、簡単で、物理的に怪我がなく安全な方法。
行きついたのは、やはり無視。
今回は自分が無視されることで、新しい実体験を得る。

翌日。
彼女に求めたのは、相手をいない存在と扱うくらいの無視。
同棲している恋人に別れを告げる役に合わせて、度合いを決めた。
相手を認識し、さらに絶対拒絶を前提で行う、最も最悪な無視だろう。
結果的に彼女は相手を認識していないから無視にならないが、された相手からすれば不快を極めるかもしれない。
前回にした無視をする経験と合わせれば、きっと胸やけがするような甘い物語になる。
別れたいと相手に思わせるくらいの悪行を考えながら、一人食べ終えた朝食を片付けた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一条さん結婚したんですか⁉︎

あさとよる
恋愛
みんなの憧れハイスペックエリートサラリーマン『一条 美郷(※超イケメン)』が、結婚してしまった⁉︎ 嫁ラブの旦那様と毒舌地味嫁(花ちゃん)....とっ!その他大勢でお送りしますっ♡ ((残念なイケメンの一途過ぎる溺愛♡))のはじまりはじまり〜 ⭐︎本編は完結しております⭐︎ ⭐︎番外編更新中⭐︎

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

処理中です...