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秘めた心
0.優しい時間
しおりを挟む「亜紀羅。亜樹十は絵に集中しているだろうけど、
誰が来ても開けないように。変な人が来たら知らせなさい。
電話にもでなくていい。留守番、まかせたよ」
「亜樹十、
帰ったら描いた絵、楽しみにしているからね」
「「はい、お父様。お母様」」
朝日が昇り、早くから仕事で出かける両親を扉が閉まるまで見送る。
次にその扉が開くときは、いつも知らない香りを纏って敷居をくぐる。
お父さんは、お母さんではない香りを。
お母さんも、お父さんではない香りを。
両親は扉の向こうで知らない香りを纏う人と話している。
扉が閉まる音がすると、足早に来た廊下を戻る。
知らない声が少しでも遠くになるように。
「今日の夕ご飯、何にしよう?」
「オムライス。ソースは僕がかける」
「だったら、私は卵を巻くところまで。
作っている間にサラダを頼んでもいい?」
「うん。スープも作るよ」
隣並びで前を見たまま話す明るい声が、広い廊下に響く。
「ありがとう。今日は何を描くの?」
「くだものを、鉛筆だけで描く」
「だったら、おやつはカットフルーツにしよう。
頑張って切るから、よかったら色鉛筆も使って?
私の部屋に飾るから」
「わかった。楽しみにしてる」
「うん」
目の前にある扉を前に歩みをとめ、取っ手に手をかける。
その先に待つのは、
子供専用のリビングにあるたくさんの道具たち。
リビングの中に作られた他人も大人もいない世界だけが、
冬椿 亜樹十の心の居場所。
平日しかない学校は、両親がいない貴重な時間だ。
「亜樹十、亜紀羅。おはよー」
「和馬。おはよう」
「おはよ」
妹の亜紀羅と家を出る。
近所に住む、小さい頃から友人の秋風 和馬と一緒に行く。
それも残り一年くらいだろう。
高校も同じとは限らない。
亜紀羅と和馬の後ろを歩き、
他愛ない話をしながら学校が見えてくると、
忙しない足音が聞こえてくる。
「冬椿先輩、秋風先輩。おはようございます!」
「「「おはようございます」」」
「公祐、今日も元気だな」
「夏木野さんを見ていると、明るい気持ちになれますね」
「夏木野の良いところだよな」
公祐が、僕の隣で歩幅を合わせながら楽しそうに話を続ける。
前を歩く亜紀羅は、生き生きとした表情で友人の和馬と話をしている。
公祐の話を聞いていると、高い声が三つ聞こえてきた。
「あ、冬椿様よ!」
「秋風様と夏木野様もご一緒なのね。
いつみても麗しいわ」
「一人でも綺麗だけど、揃うと神々しい絵になるよね」
「私、今度ね。亜紀羅様にお料理を習う約束をしているの」
「わ、私だって。亜樹十様から絵を教えていただくわ」
「二人とも、すごいよね。私、眺めるだけで精一杯だもの」
「へえ?でも、この間、夏木野様とお話してたの見たわ」
「あれは、偶然。
花の世話をしていたら、手伝っていただいて…」
「そうなの。私もよ。
草抜きをしていたら、秋風様に手伝っていただいたの。
花の名前を聞かれたからお答えしたけど、緊張した」
花、草…通り過ぎていく言葉に、この間のことを思い出す。
部屋に飾るから…と言って、
和馬が見た目はコケ玉に似せた草玉に花が添えてある器を。
公祐が小さな鉢に植えてある野草をもってきたので、描いて渡した。
受け取った二人は、とても嬉しそうだった。
学校の門を過ぎ、靴を履き替える。
放課後に会う約束をして、それぞれの教室へ向かう。
とても優しい時間だった。
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