幸せという呪縛

秋赤音

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始まらない御伽噺

3.恋、始め

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通い始めて初めてかもしれない。
頭が沸騰しそうなほど緊張して、
心臓が止まるかもしれないほど高揚して、
それと同じくらいの落ち着いた思考を働かせている。
原因は、長年の片思いに一つ区切りがついたこと。
そして、左手に感じる小さなぬくもり。
時折、見上げてはそらされている恥じらいのこもった瞳。
用意された弁当を右手に抱え、夢いっぱいだ。

幸せをかみしめていると、
いつものように慌てた足音が聞こえてくる。
温度の低い笑みを浮かべて、それを待つ枝創子。

「枝創子さん!今日の昼食こそ、ぜひ一緒に!」

「ごめんなさい。
食事は必ず磨希子と食べる約束をしていますので」

私たちが入学してからずっと繰り返される光景。
その根気強さに、感心はしている。
もちろん、隣にいるのは私だが。
昔から仲が良い三姉妹は、
食事を共にする…という決まりを、
暮らしが分かれても守り続けていると話してくれたことがある。
今は、枝創子と妹の磨希子さんの二人が必ずそろっている。
半年前からは、磨希子さんの誘いで、
私も同行させていただいている。

「そこをどうか!今日だけでも、お願いします!」

今日は、枝創子の誕生日だからかもしれない。
いつもはあっさりと去る男子生徒は、
珍しく強引だ。
私を睨む目つきも、鋭さを増している。
そして、繋がれた手をみて、
無言で絶望したような表情を浮かべた。

「ま、さか…お二人は、こ…」

「こ?確かに、婚約しますが…どうされましたか?」

「婚約!恋人…婚約…」

「大丈夫ですか?」

青白い顔をした生徒を心配そうに、気遣う枝創子。
声をかけられ、俯いていた顔を上げた生徒の表情には、
様々な感情が混ざっているように見えた。

「は、はい…幸せになってください。
失礼します…」

枝創子は、足早に立ち去った生徒に見向きもせず、
私を見上げて微笑んだ。

「巳化牙。私、お腹がすきましたわ」

待ち合わせの場所へ行くと、すでに揃っていた。

「お姉ちゃん、遅い…って、え?ええ?」

皆が、こちらを見て、とても驚いている。
磨希子さんは、驚きと感動で泣きそうだ。

「御主人…!」

「帝…!」

なぜか、同性の後輩たちは私を見た後に目を合わせ、勝利の動作。
華紅夜さんは、その様子を不思議そうに眺めている。

「おまたせして、ごめんなさい」

「話は、食べてから聞いてくれるだろうか」

「「「もちろん(です)」」」

その日の昼食は、とても不思議な光景だった。
いつにも増してじゃれあう磨希子さんと御主人さん。
見慣れた弁当の食べさせ合いだ。
磨希子さんたちを見た帝さんが、華紅夜さんへ同じことをする。
適当にかわす華紅夜さんだが、
今日は意外にもそれを受け入れていた。
二人にも、何か変化があったのかもしれない。
せっかくなので、私も便乗することにした。

「枝創子」

作ったのは枝創子だが、それを口の手前に差し出す。
何がしたいか察したらしい枝創子は、
わずかに頬を染めながらも食べてくれた。

「巳化牙」

小さな声で呼ばれ、同じように差し出された食べ物を頂く。
その頬は、とても赤い。
今すぐ人の目から隠したいと思うほどには、可愛い。
これは、確かにいいかもしれない。
二人が習慣でしている理由が、少しだけ分かった気がする。
時間はしっかりとあるので、これから一つずつ実践しようと決めた。
やっと始まる婚約生活。
そして、その先にあるのは二人の心が寄り添う未来だと信じたい。
私と同じ気持ちでなくてもいい。
互いに尊重し合える夫婦になろうと、誓い合ったのだから。

食事が終わると、
穴が開きそうなほど見つめてくる輝いた眼差したち。

「私から言う」

「お願いします」

枝創子は、恥ずかしそうに赤いままの頬で笑った。
可愛い。
早く帰って、二人きりの空間で思いきり抱きしめたい。

「私たちは、婚約する」

すると、歓喜あふれる祝いの言葉が次々に聞こえてくる。
この学び舎で、この寮を選んでよかったと、皆に心から感謝した。

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