幸せという呪縛

秋赤音

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明けた夜の向こう側

5.穏やかな海

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「ディロ。
番を見つけたのだから、天へ戻るのよね?」


「いいえ。姉さん。
私の居場所は、海だよ」

「確かに、ザラスは海に落とされた。
あなたも海へ身を投げて…亡くなるまで添い遂げた。
きっと、もう十分よ」

「いいえ。
私の海に馴染んだ体が、再び空で暮らせるとは思えない。
そして、エアスは陸から海へ落ちてきた。
海の生活へ順応しているようだから、
私はこのまま共に歩きたい」

その声は、とても強く固い意志をもっていた。

「そんな顔で言われると…ね。
ちゃんと、幸せになりなさい」

「はい。私は、幸せだよ。姉さん」

「エアスさん。
できるだけ、長く、妹の傍にいてくださいね」

天使は、僕に問いかけた。
すでに、答えは決まっている。

「はい。この体が朽ちて終えるまで、
できるだけ長く必ず傍にいます」

その後、国王様と最後の言葉を交わし、
ディーちゃんと海に帰った。

あっという間に夜が来る。
当たり前になっている添い寝。
リアさんとルドアさんが、
初めて魔女の所へ案内してくれた日から始まった習慣。
海の世界ではそれが常識だと知ったのは、その翌日だった。
初めは眠ることができなかったが、
最近は精神を無にして眠ることができるようになっていた。
今日も同じことをするだけだ。

「エアス」

いつものように、布団をかけ…られなかった。
布団をつかんだ手は、
わずかに艶を含んだ声と細い指先と潤んだ赤い瞳に阻止される。

「はい」

「色々、片付いたでしょう?だから…」

「はい。おかげさまで。ありがとうございます」

「うん。どういたしまして。だから…ね?」

空いていた片手が、ディーちゃんの片手につかまれる。
そして、その手を恥ずかしそうに、
しかし確実に、柔らかなふくらみに押し付けている。

「ディーちゃん…わかった」

「優しく、してよね?」

「はい。優しく、します」


翌朝。
目が覚めると、体に変化があった。
内に感じるディーちゃんの温かな魔力と、
魔女…さらには天使だと知り、ある程度は覚悟していた、
真人間ではなくなった体の感覚。
一人になって落ち着こうと思い、布団を出る。
ディーちゃんが冷えないように、かけ直そうとするが。

「えあす…どこ行くの」

目が覚めたディーちゃんは、まだ眠そうにゆっくりと動き、
僕の腕をつかむ。
目に入った何も纏わない素肌に、思わず目をそらす。

「喉が渇いたから、水を…」

「みず、ここにあるよ?」

立ち上がろうとした先には、たった今魔法で出されたものがある。
台の上にのせてある、
水の入ったガラスボトルと飲むための器が二つ。
せっかく用意してくれたので、
ガラスボトルから器へ水を注ぐ。

「はい。ディーちゃんも、どうぞ」

「ありがとう」

ディーちゃんは、渡した器を嬉しそうに受け取った。


その日の昼。
リアさんとルドアさんが、小さな包みを三つ持ってきた。

「これが、私たちからで…黒い包みがアイズさん。
白い包みは、天界からのお祝いです」

包みを渡すと、二人はその場で帰っていった。
相変わらず、手を繋いで。

二人を見えなくなるまで見送った後、包みを開ける。
リアさんたちは、湯に溶かして使う優しい香りがする物。
アイズさんは、二人分の魅了避けの小さな部屋飾り。
鉱石で作られた花が美しい、壁に飾る用だと思われる形状。
『妻が迷惑をかけた。
申し訳ない。
商品見本なので、感想よろしく』…と言葉が添えてある。
天界からは、ジュリスさんのお兄さんからだと、
ディーちゃんが言っている。
中には、二人分の魅了避けの小さな部屋飾り。
本物の花と間違いそうになるような素材でできた、
置いて使うと思われる花の飾り。
『弟がお世話になりました。
ありがとうございます。
商品見本なので、感想よろしくお願いします』…と言葉が添えてある。

「魅了は怖いですけど、実際はどんな感じですか?」

「そうよね…使ったこと、ないから分からないけど。
聞いた話だと、理性を緩めたり、相手の思考を鈍くさせると。
でも、それだけ。
洗脳したいなら、さらに色々と…都合のいい状況や、
話術や拷問とかも必要よ」

ふと、国王様を思い出す。
この銀の髪は、国王の愛しい人の色だった。
エアスの名前も、
男につけるにはどこか女性的だと思ったこともなくはない。

「魅了の後、洗脳されても残る感情…あるんですかね」

「あると思うよ。
保護者の国王がそうだったよね。
エアスの名前、国王がつけたそうだし。
銀の髪の乙女探しは、本当にあったから。
海まで来たときは、必死に隠れてたよ。
だから、悪魔がわざわざ銀の髪の器を選んだのも、
弱っていた国王に近づいて油断させる良い材料になったはず。
国王が姉さんのことを忘れていなかったことは、
とても嬉しかったよ。
それに、天界にいたときはジュリスとザラスは親友でね。
偶然だけど、二人が傍にいたことに驚いたよ」

表情がよく変わる横顔を眺めながら、
ディーちゃんと生きていくためにも、
魔法についてもっと知ろうと思った。

「それより、エアス。
お腹がすいたよ?
ご飯にする?お菓子にする?それとも…」

ディーちゃんは、
僕を色っぽく見上げながら体を寄せてくる。
柔らかな誘惑に葛藤するが、
今は互いの空腹を満たすのが最優先だ。

「ご飯とお菓子を、ディーちゃんと食べる」

「む。せっかく人間が読むもので勉強したのに…」

少しだけ拗ねたようにとがらせたディーちゃんの下唇を、
口づけるつもりで柔らかく指先でそっとなぞる。
続きを求める赤い瞳が揺れている。
名残惜しいが、そっと指先を離す。

「その気持ちは嬉しいです。
けど、好きな相手が一番なのは種族に関係ないかもなので…」

「それは、確かに…でも、エアスが嬉しくなること、したい」

うなだれるディーちゃんは、困った表情で僕を見上げた。

「はい。なら、本を読む時間を僕にくれると、
もっと嬉しいです。
僕に聞いた方が早いと思いませんか?」

「そう、よね!エアス、愛している!」

勢いよく抱きしめられ、身動きが取れなくなる。
体は、空腹の限界を訴えている。

「ディーちゃん、あとでたくさん抱きしめていいですから…
僕も、愛しています」

大切な人が、当たり前のように傍にいる幸せを、
忘れないでいよう…そう強く思った。
ディーちゃんが現れて、暗い独りきりの夜は、終わった。
自分から独りになっていたことに気づいた。
愛されるためには人を、
自分も大切にしないといけないことを教えてくれた。
これから、たくさん失敗するだろう。
それでも、すべてを抱えて生きていく。

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