幸せという呪縛

秋赤音

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始まらない御伽噺

6.初めまして

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「真路 健渡です。
家業は鳥類の研究をしています。
私は高い場所が苦手ですが、
お手伝いできることがあれば言ってください。
夜間に外出することもありますが、研究のためです。
なるべく静かに出入りしますが、ご迷惑をかけて申し訳ありません。
よろしくお願いします」

馴染んだ台所に、馴染んだ顔と新しい生徒。
その生徒は綺麗な礼で終わり、愛想よく可愛い笑みを浮かべている。


「「「「よろしくお願いします」」」」

住み慣れた四人は、新たな住人の自己紹介に内心で絶句している。
自分たちは、自己紹介らしいものすらしていなかったからである。
互いに、名前も評判も社交上だけのものだが知っていたから。

磨希子は考え、寮長として何をするべきか決めた。

「私たちも、自己紹介しますね。
寮長の皇 磨希子です。
家業は美術関連だけど、美術的なことは苦手。
一般的なことならできるから、
困ったことがあれば声をかけてね。
この寮の卒業生で姉の枝創子も同じく、美術の分野はあてにしないこと。
よろしくね」

「御主人 化煙です。
家業は炭細工ですが、僕は苦手です。
そうでないことならお手伝いできることもあると思います。
よろしくお願いします」

視界の隅で、帝が華紅夜へ目をやり、何か合図をしているのが見えた。

「華紅夜  姫羅です。
親は音楽関係者だけど、私に歌のセンスは期待しないでください。
できることがあれば、手伝います。
よろしくお願いします」

「帝 和真です。
親は音楽関係者だけど、俺は苦手です。
困りごとには、できることでお手伝いします。
よろしくお願いします」

自己紹介が終わり、
この場は解散するような空気が馴染みの三人に漂っている。
すると、黙って聞いていた真路さんが目を瞬かせ、口を開く。

「意外、ですね。
みなさん、家業が得意だと思っていました。
でも、困ったら相談してもいいですか?
苦手だとしても、知識は詳しそうです」

私たちは、出会って初めて、同じ日に同じ感想を抱いたかもしれない。
自分も、他の三人も、誰ともなく馴染んだ顔へ視線を漂わせ、
同じ顔をしている。

「はい。できることなら。
まずは、聞いてからになるけどね」

「ありがとうございます!
聞いてもらえるだけでも、嬉しいです」

初めての反応に戸惑っていると、電話が鳴った。
席を立ち、電話をとると、相手は真路さんのご両親だ。

「真路さん。お電話です」

「はい!誰だろう…ありがとうございます」

席を立ち、礼をして電話へ向かった真路さん。
残された私たちは、この場を解散した。
顔合わせという役割を終えたと判断したからだ。


それから一か月が過ぎた。
ある日、住人が出払っている寮の掃除をしていると、
真路さんの部屋を示す札に目がとまる。
それは、少し前まで”御行”だった。

「あっという間、だね。お姉ちゃん」

届かないと分かっていても、なんとなく、言いたくなった。
ずっと変わらないまま卒業すると思っていた日々は、変わった。
まだ、新しい色に対して不安が消えたわけではない。
窓越しに見上げる空は、心中を映すように曇っている。

「磨希子。向こうは終わりました。
次はどこですか?」

いつの間にか傍にいた化煙は、そっと私の手をとり、
案内を促している。

「ありがとう。次は反対側の方」

「わかりました。行きましょう」

温かな手に包まれながら廊下を進む。

「あの、手を…」

「今日は、少しだけ寒いので…嫌ですか?」

不安そうな声と少し緩んだ指先に、自分の指を絡めて繋ぎ直す。

「こうしたかっただけ…嫌?」

「いえ。温かいです」

自分がどんな音で話したかは分からない。
けれど、化煙の嬉しそうな様子に、私も嬉しくなった。
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