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福の音は、その先にある幸
0.戻らない日々
しおりを挟む午後7時。
仕事から帰ったお母さんが、
ご飯を作り終える時間。
しかし、目の前の画面ではダンジョンの中間にいる。
終わりに近いので、ついでにクリアしたい。
志摩は、すでに終わって二週目を始めていると言っていた。
友人だからこそ、つい、張り合う気持ちが生まれてしまう。
幸いにも明日は休日。
宿題も終わっているし、
文句は言わないだろう。
お母さんが、
怒ったところを見たことがない。
僕のお母さんは叩かないし、
怒鳴ったりしない。
たまに困ったような顔はするけど、
それだけ。
友達のお母さんは、
時々怒鳴るし手を叩くと言っていた。
遊びに行った時に、見たことがあるけど、
友達を睨みながら、手の甲を軽く叩かれていたのは怖いし痛そうだった。
僕のお母さんは、
怖くないし痛いことをしない。
とても優しいのだと思う。
「ご飯の時間だよ」
「後で行くー。
今いいところだからー」
画面の時計が
15分経ったことを知らせてくれた。
ふと、ドアの向こうから足音がする。
そして、ドアを叩く音が三度。
「止莉ー。ご飯冷めるよ?
お風呂もまだだよね。
お父さんが帰る前に食べて、
入る約束だよね」
「わかったからー。
本当にもう少しなんだよー」
何も返事がないまま、遠のく足音。
それと同時に、
やっとダンジョンの一面をクリアした、そのとき。
ドアの向こうから、
お父さんが帰って来た音がした。
今日は、いつもより早い。
そういえば、先週もそうだった気がする。
「何時だと思っている。
まだ、食べてなかったのか。
待っていないで、先に食べたらどうだ。
寝不足、続き過ぎだ。鏡を見ろ。
明日は休みだろう。少しは休め。
片付けは、私がするから。
食事は済ませた。
風呂、いってくる」
お母さんへ一方的に話をした後、
返事を聞かないまま風呂へ入るお父さん。
週末になると繰り返される日常だ。
やめないと、とは思う。
でも、好きなことができる楽しさは、
やめられない。
あっという間に月曜日。
いつものように、家に帰る。
珍しくお父さんが先に帰っていた。
しかし、様子がおかしい。
「あ?止莉か…そうだよな」
「ただいま。お母さんは?」
急な仕事がないなら、
もう帰っているはずだ。
そのお母さんの姿がない。
「お母さんは、死んだ。
俺は、今、病院から帰ってきたところだ。
すぐに、戻るけど、
止莉は一人で留守番できるよな」
お父さんは、壊れかけた人形のようだ。
いつものように話しているが、
その目には光がない。
お父さんは、言葉を言い切ると、
鞄を持って家を出た。
返事をする間も与えてもらえなかった。
お腹がすいたので、
テーブルの上を見る。
そこには、お母さんがいつも用意してくれているお菓子がある。
添えられている紙には、いつもの言葉は違う言葉。
"おかえりなさい。
今日の夕食は、まだ決まってません。
一緒に考えてくれますか"
その言葉に返事をすることは、
できない。
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