幸せという呪縛

秋赤音

文字の大きさ
71 / 147
哀しても、愛してる

2.偶然を重ねて、

しおりを挟む

会ったことはないが興味があった、試験の成績が同位な白崎 咲音さん。
初めて会ったとき、
一番に知ったのは、声が出せない人だということ。
少しだけ驚いたが、会話には問題はなかった。
身ぶりと一枚のボードにスラスラと書かれる文字のおかげか、
仮面のような表情でも関係なかった。
それからは、講義の度に咲音を探した。
見つければ声をかけ、隣に座って講義を聞く。
話すうちに、ゆっくりと緊張感が和らいでいる咲音の表情に惹かれた。
咲音がいそうな項目を選ぶこともあった。
俺は、俺が話す言葉で動く咲音の表情を見るのが楽しみのひとつになった。
しだいに、咲音と共有する時間が増えていく。

初めての休日ランチは、予想外の連続だった。
しかし、おかげで咲音との距離感が近くなった気がする。
新たな一面も知った。

"美味しい"と言う口先と"美味しくない"という音。
"違う"と動くのに"そうです"と聞こえた音。
咲音の口先の動きと、聞こえる言葉が違いすぎる。
何より、俺の知る咲音だけで考えても、言葉と表情と合っていない。
感極まるような嬉しそうな様子で"あれ"を言えるなら、まず人格を疑う。
そうだとしたら、すでに他でも影響はでていそうなことだ。

なんであれ、咲音の声を初めて聞いたことに間違いはない。
言葉と表情が主張する感情が正反対なことには戸惑ったが。
必死に書かれた文字と態度から予想すると、
書かれてあることが言いたいのだと思った。
言われた言葉は辛いものだが、
不思議現象としか言いようがない"何か"が起こったのも確かだ。
無理に聞こうとは思わない。
それよりも、ペンを強く握りながら
大粒の涙がホロホロと静かに落ちていた姿に、胸が痛んだ。
交換でもらったボードにある、
少しだけ滲んでいる書きなぐったような文字が必死さを伝えている。
このボードは、一生の宝物だ。

美味しそうに食べる咲音に満足した昼食を終えて、
約束通りにボードを買った。
あとは帰るだけ…だったが、
帰り道に見事な花が咲く樹に目を奪われた。

「綺麗…」

思わずつぶやいたことに、掴まれた服の裾で気づく。
咲音を見ると、泣いた後の赤い目で穏やかに俺を見上げている。
そして視線を樹にやり、楽しそうに眺めている。

「風が冷たい。冷える前に帰りますよ」

"あ"と、咲音の口先が音を出さないまま動いた。
そして、俺を見てうなずく。
空が薄暗くなってきた。
肌を撫でる空気と風が冷たい。

「暗いので、よかったら…ですが。
家の途中まで送ります」

咲音はキョトンとした目で俺を見る。
そして、慌てたように口先をパクパクとさせた後、深呼吸をしている。

「どうしますか?」

眉間にシワをよせた後、鞄から買ったばかりのボードにペンが滑る。
そこには"申し訳ないですが、近所の公園までお願いします"と書かれた。
しょんぼりとしながらも、嬉しそうに上がる口角が見える。

「はい。安全に帰るのが一番です。
気にしないでください」

それからは、他愛ない話をしながら歩く。
客観的に見ると、俺が一方的に話しているだけだろう。
咲音は、話を聞きながら笑ったりうなずいたりする。

約束の公園が見えてきた、その時。
驚いた表情の男性が、俺を見ていることに気がついた。
咲音は立ち止まると、ボードを出した。
"お父さんが来てくれたから、もう大丈夫です。ありがとう"
その文字に、思わず目をそらしたくなった。
その男性から感じる殺気が怖い。

「見送り、ありがとうございます。
君が霧森さんですね」

「はい。霧森 陸です。
今日はありがとうございました。
帰りが遅くなって申し訳ありません。
では、失礼します」

「待ってください。霧森さん、君の家はどこですか」

呼び止められると、思っていなかった。
見上げる空は、暗い橙より暗い青が広い。
こうなると分かっていたから、言っていなかった。

「隣町です」

そこは、現在地点と真逆にある。
言えば気を遣うと思い、咲音にはあえて言わなかった。

「わかりました。一緒にきてください。
家まで送ります。
子供をもつ保護者として、親御さんのところまで送ります」

驚く咲音と俺を観察するように見るその人。
まるで予想していたように、驚かないが、一つ、ため息をついた。

「申し訳ありません。ありがとうございます」

下げた頭をあげると、その人は、優しい笑みを浮かべていた。

初めて会う親御さん、初めて知る家の場所。
緊張して足の歩みは、情けないくらいカクカクだ。
二人の後ろを歩いていると、自宅に着いたらしい。

「あ…!」

門の外で待っていると、玄関から綺麗な女性が現れる。
そして、俺を見て花が咲いたように笑った。

「こら…咲音と部屋に戻ってください」

「う…」

その女性は、名残惜しそうにボードを見せてくる。
少し遠くても見えるような大きなの文字だ。
"ありがとう。気をつけて帰ってください"

「こちらこそ、ありがとうございます」

返事を聞くと、女性は咲音と一緒に玄関の中に入った。

「さて。車に乗ってください。道案内をお願いします」

「はい。失礼します」

手入れの行き届いている車。
靴裏の土を落とすのが申し訳ないくらい、内装も綺麗だ。

走り始めて数分。
曲がる道はなく、残りはまっすぐ進めばいいだけになる。

「咲音のことで、なにか思うことがあるようですね」

男性の確信ある声が、静かな車内によく響く。

「気になることは、あります」

「聞かせてください」

誤魔化すことはできないと思い、
感じたままを話すことにした。

「口先の動きと聞こえる言葉の意味が反転している…気がします。
今日、初めて声を聞いたとき、思いました」

「そう、ですか…話してくれて、ありがとうございます」

それから家につくまでにしたのは、タイヤが路面を走る音だけ。
見慣れた駐車場へ足をつけると、男性はすぐに立ち去ろうとする。
当然だろう。
家に家族を残してきているのだから。

「あの…」

暗いので早く帰ってほしいと思いながら、引き留めてしまう。

「はい」

「少し、待ってていただけますか?
親は挨拶したいと言いそうなので…お願いします」

「わかりました」

怒られないことに安堵した直後、
玄関からバタバタと足音がした。

両親は待っていたらしい。
菓子折りを渡した後、何度もお辞儀をしている。

「送っていただき、ありがとうございました」

「いえ。遊ぶのを禁止はしませんが、
遅くならないようにお願いします。
では、失礼します」

「はい。明るい時間に帰ります」

返事を聞いたその人は、満足そうな笑みを浮かべた。
そして、颯爽と駆けていく車を見送った。

その一週間後。
なぜか周囲に人の気配がない二人きりの休日ランチで、
咲音の声を聞いた。
互いの好きなことや苦手なもの…そんな他愛のない話だった。
俺は友人として咲音を尊敬している、と言った後だった。
咲音は、「陸のそういうの、嫌いです」と、
耳を澄まさないと聞こえないほどに小さな声でつぶやいた。
"好き"と言う口先で。
聞こえた言葉が持つ意味だけを考えると辛いが、
困惑する俺に慌ててボードの文字を見せる姿が、それを否定する。
"私も尊敬しています"
恥ずかしそうに真っ赤に染まる頬が、じっと俺を見つめていた。

さらに一週間後。
咲音の家に呼ばれた。
そこで聞いた咲音からの話で疑問は解決するが、
"娘をもつ父親からの殺意"という新しい悩みが増えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敏腕SEの優しすぎる独占愛

春咲さゆ
恋愛
仕事も恋愛も、兎に角どん底の毎日だった。 あの日、あの雨の夜、貴方に出逢うまでは。 「終わらせてくれたら良かったのに」 人生のどん底にいた、26歳OL。 木崎 茉莉 ~kisaki matsuri~ × 「泣いたらいいよ。傍にいるから」 雨の日に現れた、30歳システムエンジニア。 藤堂 柊真 ~Todo Syuma~ 雨の夜の出会いがもたらした 最高の溺愛ストーリー。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...