幸せという呪縛

秋赤音

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哀しても、愛してる

1.初めての友人

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きっかけは、貼り出される成績表。
入学して初めて試験からずっと同位の霧森 陸さんが気になっていた。

卒業まで一年を切っているある日。
廊下で人とぶつかった。
その人は、よろけた私の腕を持って倒れないように支えれくれた。

「すみません。大丈夫ですか?」

男性に離れてもらえるよう手振りをすると、すぐに離れてくれた。
私は、いつも持っている意思表示カードを見せる。
「問題ありません」を伝えるためのメッセージ。
男性は、それを見て安堵したように微笑んだ。

私は、声をあえて使っていない。
"使えない"と人に伝えて、生活している。
先代から受け継ぐ"言った言葉の意味が反転する呪い"を持っているからだ。
両親からは、
"声を使って会話していいのは家族や親族だけ"と言われている。
恋人は、"理解が得られれば例外"と言われたが、
面倒なので友情や色恋とは無縁の生活を選び続けている。

「俺、霧森 陸って言います。
怪我がなくて本当によかったです。
次の講義はどこですか?」

名乗られた名前に驚いた。
名乗られたからには…と、私はフリーボードを鞄から出す。
ペンで、伝えたいことを書く。
名前と次の講義がある部屋を見た霧森さんは、
驚いたあと静かに笑みを浮かべる。

「白崎 咲音さん…あなたでしたか。
会えて嬉しいです。
あと、陸って呼んでください。
俺も同じ講義なので、
よかったら、一緒に行きませんか?」

私は、肯定の返事を示す。
咲音と呼んでいいことも書いた。

「咲音。ありがとうございます。
では行きますか」

歩幅を合わせようとしている陸の隣を歩きながら、
いつもとは何か違う気分で講義へ向かった。

それからは、陸と会うことが多くなった。
他の講義でも、陸が私を見つけると、自然に隣の席へ座る。
講師の目を気にしながら、時折交わすノートの隅の筆談。
講義の分からないことや、
他愛ない趣味の話まで…日に日に増えていく文字。
復習のために見直すノートは、以前より彩りがある気がした。
講師が書く文字の板写と関連する雑談、
その隅にある楽しそうな文字が、より講義の記憶を定着させてくれている。

しだいに、昼食も一緒に食べるようになっていく。
講義が終わって昼食に…という決まった流れだが、
なぜか嫌ではなかった。
それを書いて伝えると、とても嬉しそうだったのは、よく覚えている。
気づけば、学舎にいる時間で陸がいない時を数えた方が早くなっていた。
勉強の成績が上がり、1日の中で楽しいと思える時間が増えている。
初めての友人と過ごす時間は、大切なものになっている。
両親に陸のことを話すと、
華々とした笑顔で「また聞かせてほしい」と言われた。
それからは話すようにしているが、いつも、
とても嬉しそうに聞いてくれる。

「咲音。よかったら、どうぞ。
好きそうだと思って買ってきたから、一緒に食べませんか?」

今日の昼食は、陸の希望で私が作ったサンドイッチのランチボックス。
料理が共通の趣味だと知ってからは、料理の話題が多くなった。
そして、先週にお願いされたもの。
人の気配が少ない学舎の庭にある長椅子に座ると、
陸は不安そうな表情で、甘い香りがする綺麗な包みを見せてきた。

"ありがとう。いただきます。
先にご飯です"

そうボードに書くと、陸は目を瞬かせた。
昼食が入っている箱を渡すと、静かに目を細めて無邪気に笑った。

「確かに。順番は大切です。
今日は希望を叶えてくれて、ありがとう。いただきます」

私も、手を合わせて食べ始める。
黙食。
会話はないが、たまに見上げると目が合う瞳には温かさがある…気がする。
綺麗に完食された空の容器を回収し、
「お粗末さま」と「ご馳走さま」を込めて手を合わせる。

「ごちそうさまでした。
美味しかった!よかったら、今度は俺が作ります。いいですか?」

"はい。楽しみにしています"

その返事を見た陸は、目を大きく開けて驚いた。
どうして驚かれるのか分からなく、つい、首をかしげてしまう。

「ありがとう。俺も、楽しみにしています」

その言葉に、その嬉しそうな眩しい表情に、全てが嬉しかった。
浮かれている。自覚はあったが、今だけは、
しっかり心に刻みたかった。
初めて知る、二度とないかもしれない会話と心の温かな高揚感を。

後日。話し合いにより、陸の手作りランチは休日の公園に決まった。
私は飲み物を用意する。

初めて休日に友人と遊ぶので、服装にはとても悩んだ。
見かねたお母さんが手伝ってくれる。
お父さんは少し拗ねていたが、
気をつけた方がいいことを改めて教えてくれた。
そうして、あっという間に当日になった。

「早く帰ってきなさい」

「早く帰ってきてねー」

やはり少しだけ不機嫌なお父さん。
そんなお父さんを楽しそうに見ながら、
お母さんは「ゆっくりしてきていい」と言う。
和やかに見送られながら玄関を出ると、
まっすぐに待ち合わせ場所へ向かった。

「おはよう」

人が行き交う場所なので、軽くうなずいた。
それだけなのに、陸は嬉しそうに目を緩めて笑う。
最近は、そういうのが増えた気がする。とても不思議だ。

行こう…とは言えないので、陸の服の裾を軽く引く。
じっと見ると、なぜか表情に赤みがさした。
それが不思議で、首をかしげるとますます赤くなる。

「出発しますか」

困ったように笑みを浮かべながら、私の手をとった。
その行動に驚く。

「人が多いので…離れたら大変です」

改めて周囲を見て、その意見に同意した。
触れている指先に力を入れて、握り返す。
そして、しっかりと陸の目を見てうなずいた。

「ありがとう。行こう」

結局、目的地へ着くまでは手を繋いだままだった。
広い公園にいるのは私たちだけ。
シートを広げて座ると、ちょうど良くお腹の虫が鳴く。
恥ずかしさに思わずうつむく。
しかし、陸の小さくこらえるように笑う声で顔をあげる。

「あ…嫌ですよね…微笑ましくて、つい。
ごめんなさい」

私の視線に気づいた陸は体を硬直させながら謝るが、
気にしていないことを文字にすると、安堵したらしく肩の力が抜けた。

「ありがとう。さあ、食べますか。
この間とは違う具材で作りました。
苦手なものは使っていません。どうぞ」

渡された箱を受けとる。
手を合わせて蓋をあけると、香ばしく甘い香りがした。
一口かじる。咀嚼して飲み込んだ。
美味しい。初めて食べた感動に、思わず喉が動いた。

「美味しくない」

「あ…口に合わないですよね。ごめんなさい」

呆然とする程にあまりの美味しさだった。
陸の言葉を聞いて、ぼんやりした意識がはっきりする。
早く弁解しなければ。
陸が着ている服の袖を強く握る。
しっかりと目を見ると、なぜか陸が驚いて固まった。

「そうです」

違う。違うのに。
陸の沈んだ表情が辛い。
そこで思い出す。
そうだった。
焦って上手く動かない手で鞄からボードを取る。
そこへ書く。
ぼやける視界で、文字が走る。

"美味しい。とても美味しい"

まだ食べはじめていないのを確認し、ボードを渡す。

「わかった。わかったから」

困った顔でそう言った。
少しだけ揺らいでいる視界でも、
両手でボードを大切そうに受け取り、膝の上に置くのが分かる。
そして、鞄から綺麗なハンカチを出して渡された。
意味が分からなくて、陸を見た。

「なぜ、泣き止んだのかは分からないですが。
せっかくの食事なので、涙をふいてください」

言われて初めて、ハンカチの意味に気づいた。
綺麗な品物を濡らすのが申し訳なく、
受けとれないでいると、陸が何か思いついたように笑う。

「では、交換しませんか?このボードと、これを。
お腹すきましたし」

そう言われて、昼食を食べていたことを思い出した。
無言でうなずいて返事をすると、ハンカチを私に渡した。
その後、なぜか嬉しそうにボードを鞄の中へ収めた。

「ご飯を食べたら、
新しいボードを買いに行かないと、ですね」

言われて気がついた。
最近は書く前に先に考えが読み取られているので、
陸が話相手だと出番が少なくなっていたから。
それでも、ないと困る。

しっかりとうなずいた私を見て、ますます笑みを深くする陸。
つられて笑う私を見ると、何度か目を瞬かせて、また微笑んだ。

「いただきます」

かなり迷惑をかけて、待たせてしまったはずなのに、
座ったときよりも機嫌が良いのが不思議だった。
陸が食べ始めたので、私も再び食べ始める。
やはり美味しい。あっという間になくなりそうなくらい。
美味しいのに、なくなることが寂しい。

「美味しいですか?」

私はその言葉にうなずく。何度も。

「うん。よかった。とても嬉しいです。
まだありますから、そんな寂しそうな顔しないでください。
気に入ったなら、また後日作ります」

私も作る…と手ぶりで伝えると、
陸は驚きと嬉しさと感動が混ざった表情をする。

「では、今度のランチは互いに作った料理を交換する。
というのは、どうですか?」

陸の発案は、
互いの求めるものが対等に得られる良いものだと思う。
私は、賛成することを手ぶりで伝える。

「ありがとう。楽しみにしています」

その笑みに、一瞬、心臓がはねた。

想定外で迷惑はかけたが、その後は陸も穏やかな様子。
おかげで楽しい昼食の時間を過ごした。

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