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秘密基地
3.想い
しおりを挟む凛とした音色に流れていたのは、
お世辞にも綺麗とは言えない歌声だった。
それなのに、どうしてか引き付ける何かがあった。
懐かしい歌に重なる温かな音と優しい雰囲気が、
そうさせたのかもしれない。
思わず歌いたくなるような、歌ってしまった程に。
もう一度、近くで聞きたくて両親を説得した。
"学生のうちに一人暮らしを経験したい"といかにもな言葉だが、
あっさりと了承してくれた。
僕がいてもいなくても変わらない生活をしているからだろう。
血縁とお金だけで繋がっている人たちと離れ、目的が叶うと思っていた。
一階で演奏が始まる頃合いをみて降り、部屋の隅で花飾りを作る。
が、あのときと何か違う音色。
原因を考える。
あの時も、僕が歌い始めると止んだ声と変わった音。
僕がいるから、聞けないのかもしれない。
なぜか、時々だが草原さんから睨まれるし。
奏絃さんも、草原さんがどこかを見ているときだけ、
目の敵のようにじっと僕を見てくる。
それならば。
試してみるしかない。
「土井さんは、歌。もう歌わないんですか?」
「はい?」
「蓮?」
奏絃さんと重なった声。
演奏が終わった瞬間の突然の問い。
驚いたのは僕だけでなかったらしい。
「咲。俺より上手い人が来たんだから、もういいだろ」
「どうして、そうなるの?蓮、ねえ蓮!」
立ち去ろうとした草原さんは、奏絃さんの声にとまった。
「音色が違う。
俺に音感はないが、咲の雰囲気くらいは分かっている…つもりだ。
機嫌が悪いのは、俺の気のせいか?」
「それは…確かに、そうかもしれないけど。
私の心の問題で」
嫌な予感がする。
だが、ピリピリと痛い空気から逃げるには遅い。
僕は、この場で静かに耐えることにした。
「土井さんが帰った後、ため息ばっかりだった。
楽しかったんだろう。
誰かと演奏しながら歌うのが楽しいって言った」
「それは、蓮だから…」
奏絃さんは必死に何かを伝えようとするが、
相手には届いていないらしい。
「そう言うがな。最近は、音に棘があるように感じる。
不満があるなら言ってくれ。
今日は寝る」
「蓮…」
背中越しの言葉を最後に草原さんは部屋から出た。
「あの、奏絃さん。大丈夫ですか?」
「はい。気を遣わせて申し訳ありません。
まだ作業をされますか?
終わるなら、戸締りの確認をします」
痛々しい笑みを浮かべた奏絃さん。
僕になにかできないのだろうか。
「作業は、終わります。
奏絃さんに一つ、聞きたいことがあります」
「なんですか?」
「あの日、僕が歌うと終わった音は、どうすれば聞けますか?
お世辞にも綺麗とは言えない歌声でしたけど、
お二人の音色には温かい何かがありました」
「それは…今のままでは、無理です。
ご期待に沿えず、申し訳ありません。
戸締りをしていいですか?」
絞り出すような声で否定され、
叶わないと思うと僕の中で理性が飛んだ。
「奏絃さん、僕はそのためだけに、ここへきた!
僕にできることはありますか?
言ってください!」
僕に背を向けている奏絃さんの肩を掴むと、
入り口から音がして風が吹いた。
「咲!」
「蓮?」
瞬く間に現れたのは、息を切らしている草原さん。
奏絃さんを守るように僕と奏絃さんの間へ立っている。
「何を願ったのは聞かないが、無理強いは良くないです」
「僕は、ただ…」
草原さんがまとう怖さに言葉が出ない。
その瞳には、怒りが滲んでいる。
「蓮。寝ると言ったのに」
「戸締り。俺、臨時でも管理人だからな。
もう遅いので閉めます。
咲は俺が送るので、土井さんは先に戻ってどうぞ」
爽やかな目が笑っていない微笑みに、しっかりとうなずく。
「はい。失礼します」
駆け足で階段をあがり部屋へ戻る。
五階まではあっという間で、
玄関の扉に施錠をすると、やっと息ができた。
体から力が抜けて、そのまま床に座る。
今までの会話を思い出すと、違和感を覚えた。
違和感の正体はまだ分からないが、
あの二人にはすれ違いがある気がする。
そして、確信した。
面倒に巻き込まれたことを。
翌日。
誰もいなくなった教室。
外では校庭をかける足音たちが響いている。
そんな、いつもの景色の中、
放課後は会うのが恒例になっている唯へ話した。
「確かにですよ。
奏絃さんに大声をあげたり、肩をいきなり掴んだ僕も悪いです。
けど、あんなに怒ることないと思うんです…怖かった」
「それ…あの、ここだけの話にしてくださいね」
「約束します」
改まった口調の唯に、うなずいて返事をすると、
唯は口を開く。
「草原さん、昔はお父さんに暴力を振るわれていましたの。
ご両親がたまにお店へ食事へくるから、
歳が近いせいか親も心配していましたわ。
今は、暴力とも離れて幸せだって聞いています。
だから、もしかしたら、勘違いをしたのかもしれませんね。
奏絃さんたち、幼馴染だそうです。
一だって、もし私に危機が迫れば助けてくれるしょう?」
唯の話に返す言葉がなかった。
自分に置き換えると、きっと同じことをしたと思う。
「当然です。唯は、僕にとって大切な人ですから」
「私もです。もし、一に何かあれば助けますわよ」
「ありがとう」
ふと、頬に温かな柔らかい何かが触れた。
一瞬で離れたそれが唯の唇だと気づく。
「当然、ですわ」
柔らかく微笑む唯はそのまま教室を出ていった。
扉が動く音でぼんやりしていた思考が戻り、急ぎ追う。
「待ってください。
途中まで送りますから」
やっと追いつくと、
何もなかったように変わらない唯に戸惑う。
いつものように別れて、新しい家へ帰る。
そして、あっという間に週末がきた。
二人は朝食を終えると、それぞれの部屋へ戻っていった。
一階で花を活けていると、電話が鳴った。
「はい」
「千です。一さんですね。蓮へ伝えてください。
今から、急ですがそちらへ飾間 唯さんという方が来るので、
一階で迎えてください。
しばらくは週末だけですが、住まいは四階です。
よろしくお願いします」
一歩的に切られた電話と同時に、窓が叩かれた。
そこには、窓の向こうへ立つ笑顔の唯がいた。
見慣れているようで慣れない私服姿の唯。
住み始めて一か月。
見えない何かは、僕の理性を試しているようだった。
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