人形は瞼をとじて夢を見る

秋赤音

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願う乙女は永遠と咲く

5.堕ちる

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研究所に穏やかさが戻って、シキの隣にいる、
久しぶりに会った妻は、とても"人間"らしかった。

上の指令できた場所では、夫婦生活禁止令。
吸血も禁止。
幸いにも別居。
たまに会うだけのおかげで、なんとか堪えていた。
しかし、それも無理になる。
飢え感でいつ襲うか分からないし、
命令には背けないので一切会わないことを決めた。
最優先の研究という仕事に没頭し、
ただの研究員から所長になってしばらくしたある日。
所長同士で友人のシキが"機密が外の人間に知られたので、
そいつを新人を採用する"と言った。
名前を聞くと、妻だった。
"町長依頼の仕事が終わるまでは、会えない"ことだけは正直に言うと、
ニヤニヤしながら帰っていったのは、
よく覚えている。
今思えば、あの時から企んでいたのかもしれない。
なんとなく、すべて間がよかった。

魔法道具が便利になり、
"人間の観察"は私たちでなくてもいいのでは?と思い始めた。
その直後、上から呼び出しがあった。
やっと帰ることができる。
人間の暮らしが長かったので、調節してから戻るように言われた。
二人で、とは言われなかった。

"魔法の使い方が上手い人間"程度に化けている妻は
何も聞いていないのか、変化がない。
だから、本当は良くないが、
ひっそりと妻にも分からないように極少量ずつ、魔力を通わせた。
腕の中で眠る妻に安らぎながら、
少しずつ欲張りになっていく願望。
研究員の幸せそうな様子をみるたび、自分事が辛くなる。
そろそろ我慢も限界が近かったとき、
二人で戻るように言われたのと、
妻が三日間の休みをもらったことを聞いた同日。
上から許可が出たことで、もう、我慢ができなかった。
久しぶりに血を交わせば乱れる妻。
瞳が懐かしい色へと変わり、
熱に浮かされた様で泣きながら貪欲に私を求めて
蜜を溢しながら昂りを受け入れ、熱を交わす。
落ち着くと、瞳は人らしい色になる。
血と濃い魔力のやり取りで、
悪魔の気配が感じられるようになった妻だが、
それでも人間らしさが残っている。
体の感覚と、
"人間生活"で染み着いた意識のズレは、思いの外大きかった。
それを認めると、自分の体も楽になる。
"人間らしい"のは、私も同じだった。
私には、いつでも妻の心が傍にいてくれた。
しかし、私は自分の心ばかりを守り、
妻を置き去りにしていたことに気づいた。

「トワ…?」

名前を呼ばれて、妻を見る。

長い暮らしの中で、一つの体と心に、
人の殻と悪魔という二つを抱えて過ごしてきた。
妻は私以上に、それが定着していた。
その影響で、二つの性質は、時に拒絶し、協調し、混ざる。
矛盾が生まれた身体を互いに受け入れ、
妻は、初めて自身の全てを認めた。

人間らしい気配は、すでに魔的な力に溶けていて、
二つの色が混じっている瞳の色には、今しかない独特の美しさがあった。
ゆっくりと懐かしい色が濃くなって、ついに一色になった。

血と魔力を交わした後、
腕の中でくたりと私に身を預けて少しだけ眠った。
寝覚めで微睡みながら私を見上げる様は、とても可愛い。
朝食というには過多かもしれなかった食事のおかげか、
体は少しずつ落ち着いているらしい。

「レン。デート、しよう。人間らしく」

「人間らしく…というか、悪魔が人間らしさを語る?」

「私たちなら、少しくらい語れると思う」

決めた伴侶を平然と裏切り、
命をかけてでも悪魔と組んで誰かを虐げようとする人間の方が鬼畜に見える。
元悪魔の研究員たちと、
人間を比べた自分なりの結論だ。

「そうね。あ…調子が完全に戻ったから、変装しないと」

「後で、な」

「トワ?食事なら、もう…」

欲望のまま再び組敷くと、赤らむ頬で私を睨むレン。
牽制しているつもりらしいが、情欲を煽っているだけだ。

「人間の文化には"お菓子は別腹"という言葉があるそうだよ。
嫌だと言いながら蕩けるレンも良かったが、やはり…ね?」

「……っ!!」

レンの首筋にある真新しい傷に口づけると、反抗する力が抜けた。
それを合意の合図と受け取って、少しだけ血を啜る。
すると、レンから熱のこもる吐息がこぼれた。
火照り始めた体の温度が心地よい。

「やはり、食事をするなら、
食べなれたものが一番だと思うんだが?」

「食べる順番が違う」

「たまには、お菓子から食べてもいいそうだよ」

私の首へ、からかう声のレンが腕を回す。
同じように首筋から血を飲む様子に迷いはなく、
もっとほしいと吸いついている。
自分の体から血が抜けて、同じだけのレンの魔力が入ってきて巡る。
混ざった力は熱を生み、さらに深い繋がりを求めている。

「わがまま」

「みんな、わがままだよ」

昂る自身に濡れた音が絡む。
押し当てられている秘部はすでに蜜が溢れ滴り、自身を濡らす。

「そうね…っ!」

誘うところへあてがうと、
滑らかにするりと入ってナカの温かさに隙間なく包まれる。
キツイ締めつけに今すぐ熱を出したくなるが、まだ我慢だ。

「…っ、レン。はいったよ。わかる?」

「わかるから…っ、トワ、ね…っ?」

焦れったいのか、腰を揺らして情欲を煽るレン。
誘う水は、あるように錯覚するくらい奥へ奥へと導いていく。

「変わらない…なっ、我慢できないの。レン、奥に出させるの、好き、だよね」

「ん…っ、あっ、ぁ…っ、好き、トワのでいっぱいにして…っっ!」

不規則にナカを刺激すると、
何度も達する妻は快楽に浸る動きと、蕩けた瞳で熱を誘い、
満たされるのを待っている。

「も、出る…っ!受け止め、て…っ、…っ!」

「ぁ、あっ、イ、く…っ、トワ…ぁっ!!…っ、ん…っ」

全部をナカへ出したが、
強い締めつけで熱を受け入れたナカは、
まだ俺を離そうとはしない。
名残惜しいが、このままというわけにはいかない。

「ぬいていい?」

「こぼれる、から…っ」

切ない声で動けばこぼれる熱を惜しんでいる妻の唇をふさぐ。
舌を入れると、夢中になってからませてくる。
今のうちにナカから自身をぬき、
代わりに指をいれて浅いところを反復すると、
苦しそうに離れた唇が忙しなく息をする。

「レン、イこうね」

「や、ぁっ、トワっ、ぁっ、や、ああっ…っ、んっ、んぁあああ!」

くたりと体から力が抜けきった妻は、
拗ねたように俺をみた。

「…た」

「なに?」

小声で何かを言う妻に顔を寄せると、一瞬、
唇に柔らかいものが触れた。
それが離れたことで、妻の唇だったと分かる。

「トワの…こぼれた」

「また、注ぐから」

「約束ね」

妻は喉を鳴らした後、嬉しそうに微笑む。
妻があまりにも可愛いので、もう一度昂る自身をナカへ沈めた。
それを悦んで受け入れ、ナカは大量の熱を受け止めた。

その後、妻と一緒に食事を作り、
机に座って対面で食べた。
食後のお菓子は、俺が作った。
それを妻の手で食べさせてもらい、
俺も妻に食べさせた。
人間らしい…と、小さくつぶやく妻は、
寂しさと嬉しさがまじる儚い笑みを浮かべていた。
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