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02.その日一番の不幸
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駅に着くと何やら人だかりができていた。舌打ちと、遠くの方で怒号が聞こえてくる。騒がしい中響く構内放送に耳を傾けると、どうやら人身事故が起きたらしいことが分かった。
運転再開に時間がかかるようで、あと二~三時間は電車に乗れない状態が続くそうだ。その時間まで待っていたら夜になってしまう。どうせ夜になるなら歩いて帰っても変わらないだろう。仕方がないとため息をついて、線路沿いを歩き始める。
線路の様子を伺いながら歩き進めていくが、一向に電車が通る気配がない。日はどんどん落ちていく中、ようやく私が住む町までたどり着いた。後少しすれば家に帰れる。
最寄り駅近くまで歩ききった頃には完全に日が落ち、街灯の光が眩しく感じるほどに辺りは真っ暗になっていた。
「もうこんな時間……。しんどいし近道で帰ろ」
長時間歩いたせいか、足は縺れるほどに重くなっていた。商店街を少し外れた道を行き、自宅へと向かう。メインストリートと比べると、人通りも街灯の数もかなり少ない。あまり通りたくはないが、疲労を考えると圧倒的に楽なこの道を選んでしまっていた。
「あれ、おねーさん一人?」
「暇なら俺たちと遊んでいこうよ」
ある程度進んだところで、二人組の知らない男性に声をかけられた。
嫌な予感がする。言葉を上手く返せず、後退りしてしまった。彼らは不気味に感じるほどのにやけた顔を私に向けている。
「そんなにビビんなくてもいーから」
逃げ出せないでいる私に近づき肩に腕を絡めてくる男。心臓の音が、自分でも分かるほどに鳴っている。手が、足が、体が震えてくる。息も、浅くなる。私は祈るように鞄の持ち手をぎゅっと握りしめた。
「じゃ、いこっか」
両脇に挟まれるように、男たちと歩いていく。肩を組んだ状態の距離感では振り切って逃げることもできないだろう。
何か、方法はないのか。どうすればこの状況から抜け出せるのか。ぐるぐると頭の中で解決策を思案するも、何も思い付かない。思い浮かぶのは、自分が不幸な人間であるということだった。
不幸体質が憎い。不幸でなければ、電車は通常運転だった。電車が遅れなければ、この道を通らなかった。この道を通らなければ、二人組の男性に声をかけられることもなかった。
「私が、何したって言うんだよ……」
ガタン、と音が鳴り私の声は掻き消された。男たちは立ち止まり、音が鳴った方を見る。どうやらゴミ箱が倒れた音のようだ。男の一人は何だよ、と舌打ちをし再び歩きだそうとする。
あれ。ここにあるゴミ箱って、そんなに簡単に倒れる物だっけ。
ふと不思議に思って、私も振り返るともう一人の男が悲鳴を上げた。
「……何だよっ! これっ、何なんだよ!!」
男の声が、水に沈められていくように途切れ途切れになっていく。何が起こっているのか理解できない。叫ぶ男を見ると何かに掴まれていた。いや、纏わりつかれていた。
男を飲み込むように纏わる、黒い液体のような得体の知れない何か。古びたオイルに見えるが、暗い裏道でははっきりと視認することはできない。
「ああああああっ!! 痛い! 痛い!!」
男は叫び続ける。そして、物が折れるような鈍い音が聞こえた。一度だけでなく、二度も、三度も聞こえた。その度に男は声を上げる。だが、纏わりつく液体が男の口を塞ぐ。塞がれた口から発せられた声は、誰にも届くことはなかった。
どうすることもできず、呆然と男が飲まれていく様子をただ私は眺めていた。ついに男は全身を覆われる。オイルから抜け出そうと手や足を突き出していたのが見えたが、それも収まった。男は跡形もなくなり、今や液体が地面に広がるだけとなった。
一部始終を見届けた後、もう一人の男は状況を把握したのか私を液体の方へ突き飛ばす。不意に押された私はバランスを崩しその場に倒れた。男は一目散に駆け出す。私を囮にして自分だけ助かろうとしているのだろう。
私は自分が不幸であるのを知っている。液体は蠢き、私がいる方へ這っていた。
最悪だとは思わない。寧ろ清々しいほどだ。ここで私の人生が終わる。不幸でまみれていた人生から、私は解放される。どんなに苦しくても、どんなに痛くても、どんなに辛くても、これで最後だと分かれば、何てことはない。
私は静かに、暗い液体が体を包み込むのを待った。
錆びたような匂いがする、オイルのような液体は頬を掠めて私を素通りしていく。逃げた男を追うのだろうか。
「やめろ! 離れろ! 何で、何でっ!! っあああああああ!!!!」
そのスピードは速く、一瞬にして男にまとわりついた。またしても鈍い音をたてながら、男の体を飲み込んでいく。
呆気なかった。私が恐怖を感じた相手を、一瞬にして消し去る。しかしそれで恐怖が消えたわけではない。まだその脅威は目の前にいる。
次は、私の番だ。
液体はゆっくりと戻ってきて、私に近づく。先ほどの男たちにしたように、すぐに飲み込むわけではないのだろうか。ごぽ、ごぽ、と音を鳴らしては形を変えようと忙しなく動く。
暫く様子を伺っていると、液体に小さな割れ目が現れた。割れ目は複数現れては消え、現れては消えを繰り返している。そのうち一つの隙間から人の目玉が覗いた。瞬きをするように隙間を閉じる。
それがとても恐ろしく思えてきて、祈るように震える手を組む。一体、これは、何なんだ。
隙間が再び開くと、そこには人の歯が並んでいた。その白い歯は、暗いこの場所で光るように目立っている。
「……お、あ。に……ふ、ぬて、あああ、ちけ」
人の言葉を、話した。正確には人が発する言葉の音をなぞっていた。
「ひと、にんげん、ひと。あつめる。かえる。しゅうかく。ごはん。みんな。うちゅう。もどる」
この数分で単語を使えるようになったのか。何かを私に伝えようとしているのがわかった。だが、その伝えたいことを私が把握することはできない。
「一体、何を……」
もう少し待ってみればちゃんとした文章で話してくれるかもしれない。会話を試みようと口を開いた瞬間、液体は動き出し一気に口の中に入り込んだ。
あまりにも突然のことで、慌てて液体を掴もうとしてしまう。もちろん掴めるわけもなく、ただ流れきるまで待つしかない。呼吸が、できない。口を塞がれた苦しさから、私はいつの間にか意識を失っていた。
運転再開に時間がかかるようで、あと二~三時間は電車に乗れない状態が続くそうだ。その時間まで待っていたら夜になってしまう。どうせ夜になるなら歩いて帰っても変わらないだろう。仕方がないとため息をついて、線路沿いを歩き始める。
線路の様子を伺いながら歩き進めていくが、一向に電車が通る気配がない。日はどんどん落ちていく中、ようやく私が住む町までたどり着いた。後少しすれば家に帰れる。
最寄り駅近くまで歩ききった頃には完全に日が落ち、街灯の光が眩しく感じるほどに辺りは真っ暗になっていた。
「もうこんな時間……。しんどいし近道で帰ろ」
長時間歩いたせいか、足は縺れるほどに重くなっていた。商店街を少し外れた道を行き、自宅へと向かう。メインストリートと比べると、人通りも街灯の数もかなり少ない。あまり通りたくはないが、疲労を考えると圧倒的に楽なこの道を選んでしまっていた。
「あれ、おねーさん一人?」
「暇なら俺たちと遊んでいこうよ」
ある程度進んだところで、二人組の知らない男性に声をかけられた。
嫌な予感がする。言葉を上手く返せず、後退りしてしまった。彼らは不気味に感じるほどのにやけた顔を私に向けている。
「そんなにビビんなくてもいーから」
逃げ出せないでいる私に近づき肩に腕を絡めてくる男。心臓の音が、自分でも分かるほどに鳴っている。手が、足が、体が震えてくる。息も、浅くなる。私は祈るように鞄の持ち手をぎゅっと握りしめた。
「じゃ、いこっか」
両脇に挟まれるように、男たちと歩いていく。肩を組んだ状態の距離感では振り切って逃げることもできないだろう。
何か、方法はないのか。どうすればこの状況から抜け出せるのか。ぐるぐると頭の中で解決策を思案するも、何も思い付かない。思い浮かぶのは、自分が不幸な人間であるということだった。
不幸体質が憎い。不幸でなければ、電車は通常運転だった。電車が遅れなければ、この道を通らなかった。この道を通らなければ、二人組の男性に声をかけられることもなかった。
「私が、何したって言うんだよ……」
ガタン、と音が鳴り私の声は掻き消された。男たちは立ち止まり、音が鳴った方を見る。どうやらゴミ箱が倒れた音のようだ。男の一人は何だよ、と舌打ちをし再び歩きだそうとする。
あれ。ここにあるゴミ箱って、そんなに簡単に倒れる物だっけ。
ふと不思議に思って、私も振り返るともう一人の男が悲鳴を上げた。
「……何だよっ! これっ、何なんだよ!!」
男の声が、水に沈められていくように途切れ途切れになっていく。何が起こっているのか理解できない。叫ぶ男を見ると何かに掴まれていた。いや、纏わりつかれていた。
男を飲み込むように纏わる、黒い液体のような得体の知れない何か。古びたオイルに見えるが、暗い裏道でははっきりと視認することはできない。
「ああああああっ!! 痛い! 痛い!!」
男は叫び続ける。そして、物が折れるような鈍い音が聞こえた。一度だけでなく、二度も、三度も聞こえた。その度に男は声を上げる。だが、纏わりつく液体が男の口を塞ぐ。塞がれた口から発せられた声は、誰にも届くことはなかった。
どうすることもできず、呆然と男が飲まれていく様子をただ私は眺めていた。ついに男は全身を覆われる。オイルから抜け出そうと手や足を突き出していたのが見えたが、それも収まった。男は跡形もなくなり、今や液体が地面に広がるだけとなった。
一部始終を見届けた後、もう一人の男は状況を把握したのか私を液体の方へ突き飛ばす。不意に押された私はバランスを崩しその場に倒れた。男は一目散に駆け出す。私を囮にして自分だけ助かろうとしているのだろう。
私は自分が不幸であるのを知っている。液体は蠢き、私がいる方へ這っていた。
最悪だとは思わない。寧ろ清々しいほどだ。ここで私の人生が終わる。不幸でまみれていた人生から、私は解放される。どんなに苦しくても、どんなに痛くても、どんなに辛くても、これで最後だと分かれば、何てことはない。
私は静かに、暗い液体が体を包み込むのを待った。
錆びたような匂いがする、オイルのような液体は頬を掠めて私を素通りしていく。逃げた男を追うのだろうか。
「やめろ! 離れろ! 何で、何でっ!! っあああああああ!!!!」
そのスピードは速く、一瞬にして男にまとわりついた。またしても鈍い音をたてながら、男の体を飲み込んでいく。
呆気なかった。私が恐怖を感じた相手を、一瞬にして消し去る。しかしそれで恐怖が消えたわけではない。まだその脅威は目の前にいる。
次は、私の番だ。
液体はゆっくりと戻ってきて、私に近づく。先ほどの男たちにしたように、すぐに飲み込むわけではないのだろうか。ごぽ、ごぽ、と音を鳴らしては形を変えようと忙しなく動く。
暫く様子を伺っていると、液体に小さな割れ目が現れた。割れ目は複数現れては消え、現れては消えを繰り返している。そのうち一つの隙間から人の目玉が覗いた。瞬きをするように隙間を閉じる。
それがとても恐ろしく思えてきて、祈るように震える手を組む。一体、これは、何なんだ。
隙間が再び開くと、そこには人の歯が並んでいた。その白い歯は、暗いこの場所で光るように目立っている。
「……お、あ。に……ふ、ぬて、あああ、ちけ」
人の言葉を、話した。正確には人が発する言葉の音をなぞっていた。
「ひと、にんげん、ひと。あつめる。かえる。しゅうかく。ごはん。みんな。うちゅう。もどる」
この数分で単語を使えるようになったのか。何かを私に伝えようとしているのがわかった。だが、その伝えたいことを私が把握することはできない。
「一体、何を……」
もう少し待ってみればちゃんとした文章で話してくれるかもしれない。会話を試みようと口を開いた瞬間、液体は動き出し一気に口の中に入り込んだ。
あまりにも突然のことで、慌てて液体を掴もうとしてしまう。もちろん掴めるわけもなく、ただ流れきるまで待つしかない。呼吸が、できない。口を塞がれた苦しさから、私はいつの間にか意識を失っていた。
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