ありふれた日常生活

さとよだ

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03.走馬灯

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 気がついたときには、知らない場所にいた。暗い、暗い、静かな空間だ。私を取り囲むように、複数の"何か"が側に寄り添っている。
 どんな形をしているか分からない。どんなモノか検討もつかない。しかし不思議と怖くはなかった。寧ろ安心感を持っていた。側にいることが当たり前のような、私を理解してくれる存在のような、そんな心地好さを抱く。
 私を気にかけるように様子を伺いながら"何か"たちは歩き進めていく。それに合わせて私も付いていった。
 少しして、"何か"の一つが私たちに語りかける。その言葉は分からなかった。そもそも言葉かどうかも怪しく感じるほどの違和感。だが、何故か意味はすんと理解できた。
「星の誘惑に答えてはいけないよ」
 "星の誘惑"。それはとても恐ろしいものだと教わった。今でも口酸っぱく言われるほどには、危ないものなのだろう。またそれを口にしたということは、星が近いことを示していた。私は気を引き締める。
 気を引き締めて、気づいた。初めて聞いた言葉を知っている。一体どういうことだ。困惑したが、瞬時に納得がいった。あぁ、これは夢なんだ。
 人は死ぬ前に走馬灯を見ると聞いていた。だがあれは嘘だったのか。私は得体の知れない液体に飲まれて、最後に見る夢がこれとは。何とも呆気なく、つまらない人生だったな。
 そんなことを考えていると、視界の端に輝く星が見えた。足元で光るその星は蒼く、所々に散らばる緑が綺麗に映えている。何時までも眺めていたくなるほど、目映かった。
 私はその星に見覚えがあった。あれは、地球だ。
 当然ながら今まで本でしか見たことがなかったが、実際に目の当たりにするとこんなにも綺麗な星なんだと感動する。いや、夢だから実際に、ではないけれど。
 その地球の蒼さに見とれていると、ふと地球に呼ばれた気がした。私の手を引くかのように、引っ張られる。少しだけなら、大丈夫。勝手に大丈夫と決めつけて顔を覗かせた。それが運の尽きだった。
 私は足を踏み外し、地球に落ちていく。
「助けて!」
 私は"何か"たちに向けて手を伸ばす。だが落ちていくスピードは速く、届かない。
「ああ! なんてこと」
「無事でいてくれ」
「星の誘惑に負けるから」
「待ってるから早く戻ってきてね」
 嗚呼、ごめんなさい。言いつけを守らなかったから。すぐに、何とかして、戻ってくるから。
 私を見守る"何か"たちに精一杯言葉を残して、私は星に誘われる。どんどんと"何か"たちと離れていく。それが酷く悲しく、辛かった。
 地球が大きくなっていく。それにつれて私を引っ張る力も強くなる。今になって"星の誘惑"の恐ろしさを理解した。その誘惑に一度でも答えると最後。足掻けども足掻けども引き返すことはできない。後はただ、落ちていくだけ。
 しばらくすると、体が何かに擦れるような感覚に陥った。燃えるように熱くなっていく。痛い、熱い、痛い、痛い、熱い、痛い!
 叫びたくなるのを抑えて、ただひたすら耐え抜いた。意識が朦朧とし始めた頃、全身に衝撃が走った。何かにぶつかったようだ。そこからは落ちることはなく、肌が擦れて燃えることもなくなった。
 痛く苦しい状況からは逃れられたが、布を全身に纏ったような息苦しさと気持ち悪さに苛まれる。それに体が酷く重い。起き上がろうにもバランスを崩して立ち上がれなかった。
 何とか腕の力で這いながら、辺りを見渡す。私が落ちた衝撃のせいだろう。周囲の木々たちが軒並み根本から折れ倒れていた。木の多さから、ここは森か山であると推測できた。
 さて、ここからどうしたものか。上に戻ろうにも、立ち上がることすらできないこの状態では不可能だ。不甲斐ない自分に対する苛立ちと、離ればなれになった悲しさとで自暴自棄になりかけていた。
 むしゃくしゃして倒れている大木の枝を千切り、そこについている葉っぱに歯を立てる。
 味がしない。腹の足しになりそうもない。だが何故かうっすらと、その葉が見てきた過去が見えた気がした。
 これだ。私は閃いたように、一縷の希望を見た。それから手当たり次第に回りにある物全てを口に含んだ。木の幹、雑草、砂、それから虫まで。夢でなければ嫌悪する行動を躊躇いなく行う。このような夢にいる時、私は無敵になった気分だ。
 一通りの記憶をぼんやり眺めたが、どれもこれも私が帰還するために参考となりそうなものはなかった。だが、この星で生きていく方法は得られたように思う。
 空まで高く直立する木々からは立ち上がり方のコツを。機敏なほど飛び回る虫からは移動のコツを。
 そうして私は立って歩けるほどの知識を修得した。他にも何かあるかもしれない。少し行動範囲を広げて確かめてみよう。
 そう思って一歩踏み出した時、どこからか声が聞こえてきた。どうやらこちらに向かってくるようだ。
「この辺りじゃないかしら」
「あら、何だか焦げ臭いわ」
 声はどんどん大きくなっていく。しばらくすると茂みが音を鳴らして揺れた。そこから現れたのは、ハイキングを楽しんでいたらしい中年女性二人組だった。彼女たちは私の姿を見るや否や叫びだす。
 見るも無惨な姿になっていたのだろうか。それにしても失礼な人たちだ。何も逃げ出さなくてもいいのに。助けてくれたっていいのに。
「化け物!」
「早く逃げましょ!」
 それにしてもこの二人はコミュニケーションを取っている。木々や虫たちと違って、言葉を使って会話をするなんて。
 私は彼女たちに向かって手を伸ばす。逃げようとしていたが走る速度は遅く、上手く歩けない私だったが容易にその四肢を掴むことができた。
 私にとって有益な情報であれ。そう願って、中年女性二人を取り込んだ。

 あまり美味しいものではなかった。加えて、上に戻るための具体的な方法を持ち合わせてはいないようだった。
 ハズレだったかとがっかりする。だがそれなりに参考になりそうなものをいくつか持っていた。
 まず、多彩な言葉を交わしてコミュニケーションを取るのはこの生物特有の行動であること。次に、この生物が開発する"ロケット"というものが宇宙という空間に行けること。
 どうやら"ロケット"とやらを利用すれば、星の誘惑から逃れ"何か"たちと合流することができると見た。ロケットに近づくために、彼ら人間とコミュニケーションを取らなければならないと悟った。
 二人取り込んだとはいえ、まだ上手く言葉を操れない。この星で生きていくためには、もっと人を取り込む必要がある。
 私は人が多くいるであろう町に向かった。坂を下っていくと、麓に看板が立ててあることに気づく。看板には、小さい頃によく遊んだ裏山の名称が記載されていた。
 しばらく道を歩いていると、ぽつぽつと街灯が眩しく光り始めた。もう夜なんだな。人通りが少なくなった脇道に、休むようにして隠れる。
 星の誘惑を強く感じるこの環境にまだ慣れきれていないのと、山を降りてから人目を避けるように歩いていたせいもあり酷く疲れが溜まっていた。少しうとうととしていると、離れた所から怒号が聞こえてきた。
 声の元まで近づいてみる。どうやら一人の男性を複数人が囲んでいるようだ。かつあげだろうか。あの人も災難だな。
 そう思っていると、いつの間にか私はその男性の元に駆け出していた。
「な、なんだ?!」
「やめろ、やめろやめろ!」
 助けるつもりなど微塵もなかった。だが逃げ出す不良たちを捕まえては噛みつく。いつも私に危害を加える人間を、いつもとは違う立場で蹂躙するのは非常に気分がよかった。
 それから彼らを取り込み記憶を探る。この人間は自分より弱い人間をターゲットにしてこのような行為に及んでいるらしい。力が弱く、背丈も低い、抵抗などすることがない気弱な人間ばかり襲っていた。
 加えて、人通りの少ない夜道であると成功率が増し、別の人間に追われる心配もなくなる。なるほど、知識と知恵を持っての行動だったか。私は感心する。
 彼らを参考にして、他の人間たちの知識を集めていこう。肝心のロケットについては何の情報もなかったが、情報収集の方法を知ることができたから上々だ。
 私は次に向けて体を休めることにした。それにしても随分と長い夢だ。楽しい夢だとは思わないが、私の不幸で溢れた人生よりとても充実していた。こんな生涯を歩めたらよかったのにな。
 そんなことを考えているうちに、いつの間にか私は眠りに落ちていた。
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