92 / 278
92. 恋かもしれない17歳 (2)
しおりを挟む
.
黒岩海斗が青木みふゆを意識的に見るようになったのは一年前だ。
電車通学のため、駅に行く海斗は堀内花壇の前を通る。前と言っても車道を挟んだ向こう側の通りだ。
因縁があると知っているせいか、海斗の目はなんとなく堀内花壇にいってしまう。
従業員にはかなり年配の女性と、二十歳くらいの若い女性の二人がいた。今日は二十歳くらいの女性が一人で勤務らしい。
彼女は花おけの水を替え終わったのか、一息ついている。レジカウンターの横で座ってコロッケを食べていた。
一息入れる時は必ずといっていいほど、コロッケを食べている。
いつも美味しそうに頬張るが、今日は最後の一口という時に、彼女の手からコロッケがポロリと落ちた。
すぐに拾ったが、彼女は落としたことがショックのようで固まっていた。
まるでこの世の終わりとでもいう雰囲気だ。
『かわいそうに。最後の一口が食べれなかったなんて』と海斗は思った。
小学生の頃、最後の一口を永斗に取られて悔しかったことを思い出した。
最後の一口を食べてこそ、食べる喜びは完成され、気持ちは満たされるのだ。それを逃したことを思うとやるせない。
彼女は手のひらにある落ちたコロッケをじっと見ている。
『まさかすぐに拾ったからって食べるつもりか?』と海斗はいぶかしみ、彼女から目が離せなかった。もしも食べようとしたら止めなくてはいけない。
『新しいのを買ってあげるから!』と言おう。
果たして彼女はどうするのか。
彼女は落ちたコロッケをティッシュでくるむとレジカウンターに一度置き、両手を合わせて拝んでからゴミ箱に入れた。
落としてしまってごめんなさい、というところだろうか?
とりあえず拾ったコロッケを食べなかったことに海斗は安心した。
落ちたコロッケがきっかけで意識して見るようになるとは色気がないが、海斗には新鮮だった。たまにいない日があると残念な気持ちになる。
コロッケを差し入れしてあげたら喜んでくれるかもしれない。しかし知らない高校生からもらっても単に警戒されるだけな気がする。
第一雇い主が問題だ。
堀内花壇の社長は堀内健次だ。
もしも警戒されて堀内社長に報告が行ったらやっかいだ。
海斗は踏ん切りがつかず、彼女、青木みふゆを一年間みつめるだけの日々を過ごす。
夕食のあと組長先生が、『朝は車で送るから屋敷から出勤すればいい』と言った。
夕方から降りだしたらしい雨の音はさっきより強くなった。
秋が近づいてきている。
窓を叩きつける雨は松田家のお茶会のあとの台風を思い出す。
結局泊まることになったわたしは藤の間で窓の外を見ていた。
確かこの窓から若頭が使ってる離れの庭が見えるはず。
目をこらしても、暗いのと雨のせいでハッキリしない。
このお屋敷に住むことになる。
組長先生が、藤の間をわたしの部屋にと言ったが、できたらもう少しこじんまりとした部屋があればそちらに移りたい。
藤の間は広すぎる。バス・トイレつきでカウンターバーまでついている。
お屋敷から堀内花壇の駅前支店までは、自転車だと一時間はかかる。
本店までなら三十分くらいだけど。
バス通勤するにしても、一番近いバス停まで二十分は歩くはず。
ただ組長先生のことだから、通勤は車で送り迎えをすると言いそうだ。
養子縁組の件は当然社長に報告しなくてはいけない。雇い主なのだから。
名字が変わるし住所も変わるのだ。
社長はどう思うだろう?
あまり良くは思わないだろうな。
若頭の近くで暮らすことになるし。
家もどうしようか。
お母さんが買った家だ。形見といってもいい。
妹との思い出もある。
組長先生にたくさん相談しなきゃいけないな。
いろんなことを考えていたら、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」と返事をしてわたしはドアを開けた。
海斗君が立っていた。
「あの・・、さっきはごめんなさい・・・」
視線をずらし、ばつが悪そうに海斗君は謝った。
わたしは
「ううん。それより耳、大丈夫?」と聞いた。
「うん。すげー痛かったけど。京にぃはいつも容赦ないから」
海斗君は鼻の頭をこすりながら少し笑った。
海斗君は一度視線を落とし、次にわたしの目をまっすぐにみて言った。
「あの勅使河原ってやつ、どう思ってるの?」
聞かれたわたしはすぐに、
「理想的な弟」と答えを返した。
「じゃあ、俺は?」
「わからない」
「・・・そうだよな。この前会ったばかりだもんな」
「うん。でもどうしてコロッケや串カツのこと知ってたの?」
「・・・俺、一年前から知ってたんだ。電車通学だから駅前通るんだよ。だから知ってた。でも堀内花壇だろ?うちは堀内とは因縁があるから」
因縁━━━?
「・・こんな風に知り合えるなんて思わなくて・・俺、・・だから、・・み・・、みふゆさんに俺のことちゃんと見てもらえるように努力するよ」
「あの・・、わたし誰かと結婚とかする気は無くて」
「うん。わかってる。・・ただ、俺がそういう風に頑張りたいんだ」
まっすぐにわたしを見る海斗君に、どんな風に答えればいいかわたしはわからなかった。
「・・・」
「じゃあ、おやすみなさい」
「あ、・・うん。おやすみなさい」
わたしがおやすみなさいと言うと、海斗君が照れくさそうに微笑んだ。
「京にぃ、話終わったよ」
去り際海斗君が壁の影に向かって声をかけた。
わたしが『え?』と思うと、若頭が姿を現した。
若頭は、
「ここは特に重要なお客様に滞在して頂く会長の居住区ですから、例え身内の海斗でもみだりに近づくことはできません。会長か俺か黒岩の許可が必要なんです。会長はいま電話中なので俺が許可を出しました。・・俺がいたのは不愉快だったかもしれませんが」
と話してくれた。
黒岩海斗が青木みふゆを意識的に見るようになったのは一年前だ。
電車通学のため、駅に行く海斗は堀内花壇の前を通る。前と言っても車道を挟んだ向こう側の通りだ。
因縁があると知っているせいか、海斗の目はなんとなく堀内花壇にいってしまう。
従業員にはかなり年配の女性と、二十歳くらいの若い女性の二人がいた。今日は二十歳くらいの女性が一人で勤務らしい。
彼女は花おけの水を替え終わったのか、一息ついている。レジカウンターの横で座ってコロッケを食べていた。
一息入れる時は必ずといっていいほど、コロッケを食べている。
いつも美味しそうに頬張るが、今日は最後の一口という時に、彼女の手からコロッケがポロリと落ちた。
すぐに拾ったが、彼女は落としたことがショックのようで固まっていた。
まるでこの世の終わりとでもいう雰囲気だ。
『かわいそうに。最後の一口が食べれなかったなんて』と海斗は思った。
小学生の頃、最後の一口を永斗に取られて悔しかったことを思い出した。
最後の一口を食べてこそ、食べる喜びは完成され、気持ちは満たされるのだ。それを逃したことを思うとやるせない。
彼女は手のひらにある落ちたコロッケをじっと見ている。
『まさかすぐに拾ったからって食べるつもりか?』と海斗はいぶかしみ、彼女から目が離せなかった。もしも食べようとしたら止めなくてはいけない。
『新しいのを買ってあげるから!』と言おう。
果たして彼女はどうするのか。
彼女は落ちたコロッケをティッシュでくるむとレジカウンターに一度置き、両手を合わせて拝んでからゴミ箱に入れた。
落としてしまってごめんなさい、というところだろうか?
とりあえず拾ったコロッケを食べなかったことに海斗は安心した。
落ちたコロッケがきっかけで意識して見るようになるとは色気がないが、海斗には新鮮だった。たまにいない日があると残念な気持ちになる。
コロッケを差し入れしてあげたら喜んでくれるかもしれない。しかし知らない高校生からもらっても単に警戒されるだけな気がする。
第一雇い主が問題だ。
堀内花壇の社長は堀内健次だ。
もしも警戒されて堀内社長に報告が行ったらやっかいだ。
海斗は踏ん切りがつかず、彼女、青木みふゆを一年間みつめるだけの日々を過ごす。
夕食のあと組長先生が、『朝は車で送るから屋敷から出勤すればいい』と言った。
夕方から降りだしたらしい雨の音はさっきより強くなった。
秋が近づいてきている。
窓を叩きつける雨は松田家のお茶会のあとの台風を思い出す。
結局泊まることになったわたしは藤の間で窓の外を見ていた。
確かこの窓から若頭が使ってる離れの庭が見えるはず。
目をこらしても、暗いのと雨のせいでハッキリしない。
このお屋敷に住むことになる。
組長先生が、藤の間をわたしの部屋にと言ったが、できたらもう少しこじんまりとした部屋があればそちらに移りたい。
藤の間は広すぎる。バス・トイレつきでカウンターバーまでついている。
お屋敷から堀内花壇の駅前支店までは、自転車だと一時間はかかる。
本店までなら三十分くらいだけど。
バス通勤するにしても、一番近いバス停まで二十分は歩くはず。
ただ組長先生のことだから、通勤は車で送り迎えをすると言いそうだ。
養子縁組の件は当然社長に報告しなくてはいけない。雇い主なのだから。
名字が変わるし住所も変わるのだ。
社長はどう思うだろう?
あまり良くは思わないだろうな。
若頭の近くで暮らすことになるし。
家もどうしようか。
お母さんが買った家だ。形見といってもいい。
妹との思い出もある。
組長先生にたくさん相談しなきゃいけないな。
いろんなことを考えていたら、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」と返事をしてわたしはドアを開けた。
海斗君が立っていた。
「あの・・、さっきはごめんなさい・・・」
視線をずらし、ばつが悪そうに海斗君は謝った。
わたしは
「ううん。それより耳、大丈夫?」と聞いた。
「うん。すげー痛かったけど。京にぃはいつも容赦ないから」
海斗君は鼻の頭をこすりながら少し笑った。
海斗君は一度視線を落とし、次にわたしの目をまっすぐにみて言った。
「あの勅使河原ってやつ、どう思ってるの?」
聞かれたわたしはすぐに、
「理想的な弟」と答えを返した。
「じゃあ、俺は?」
「わからない」
「・・・そうだよな。この前会ったばかりだもんな」
「うん。でもどうしてコロッケや串カツのこと知ってたの?」
「・・・俺、一年前から知ってたんだ。電車通学だから駅前通るんだよ。だから知ってた。でも堀内花壇だろ?うちは堀内とは因縁があるから」
因縁━━━?
「・・こんな風に知り合えるなんて思わなくて・・俺、・・だから、・・み・・、みふゆさんに俺のことちゃんと見てもらえるように努力するよ」
「あの・・、わたし誰かと結婚とかする気は無くて」
「うん。わかってる。・・ただ、俺がそういう風に頑張りたいんだ」
まっすぐにわたしを見る海斗君に、どんな風に答えればいいかわたしはわからなかった。
「・・・」
「じゃあ、おやすみなさい」
「あ、・・うん。おやすみなさい」
わたしがおやすみなさいと言うと、海斗君が照れくさそうに微笑んだ。
「京にぃ、話終わったよ」
去り際海斗君が壁の影に向かって声をかけた。
わたしが『え?』と思うと、若頭が姿を現した。
若頭は、
「ここは特に重要なお客様に滞在して頂く会長の居住区ですから、例え身内の海斗でもみだりに近づくことはできません。会長か俺か黒岩の許可が必要なんです。会長はいま電話中なので俺が許可を出しました。・・俺がいたのは不愉快だったかもしれませんが」
と話してくれた。
10
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
