【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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106. 静けさと不安 (1)

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睡蓮川の氾濫前に遡る。

時間は昼の12時。


昼食は和食レストランでつめてもらったお弁当風の食事だった。
窓からは雨に霞んだ暗い空と、眼下に街と海がぼやけて見える。
ここはみふゆの自宅でもない惣領のお屋敷でもない、仙道京司朗のマンションだ。

白と黒のモダンなインテリアはスタイリッシュで素敵だ。京司朗によく似合っている。
みふゆには素敵すぎる見知らぬ部屋での昼食は、緊張して食べた気がしなかった。味は美味しかったし完食はしたけれど。

昼食後に一人、リビングの大きなソファに腰かけてテレビの臨時ニュース番組を見ていた。
ショールームにでもありそうな黒に近いダークグレーのソファ。奥行きが深く、モッチリした背のクッションは、体を包み込んでくれて座り心地はとてもいい。

━━━抱っこできるクッションが欲しい。

ソファには礼儀正しく並べられたクッションがあるが、果たして抱っこしていいかわからずに手は出さなかった。
かわりに通勤にも使っている愛用のショルダーバッグを抱っこすることにした。ちょっと大きめの愛用バッグには財布や家にある貴重品を入れてきたので、クッションほどではないが、膨らみがあった。


惣領貴之と京司朗はそれぞれ電話やパソコンを使い指示や情報収集を行っている。二人は睡蓮川が氾濫すると確信しているのだ。

情報収集の合間に、京司朗がみふゆのバッグを車から持ってきてくれた。
本が入っているので読もうと思えば読めるのだが、そんな気にもなれない。

みふゆはバッグに詰めた衣類をショルダーバッグに入れ始めた。少しはクッションに近づいて、抱っこしやすくなる。

「何をやってるんだ?」
貴之が不思議そうに見ている。
「あ、えーと、・・抱っこ用のクッションのかわりに・・」
気まずさと恥ずかしさがあって言葉につまってしまった。
貴之は「ああ・・」と納得してくれた。

みふゆと貴之のやりとりを聞いていたのか、京司朗が「これを」と、どこから持ってきたのか、薄いグレーの、膨らみをおびた大きめのクッションをみふゆの膝の上に置いた。ソファのクッションと同様にモッチリとした感触が気持ちいい。
部屋ここにあるものは自由に使っていい。書斎には植物関係の本もある。自由に読んでかまわない」
と、京司朗は言った。

「・・はい。あの・・、ありがとうございます」
笑顔でとりつくろったものの、緊張と不安は隠せない。

せっかく貸してもらったクッションを汚したくないと、バッグに入っていたピンクのトレーナーを着せた。胸元に3羽のかわいい黄色いひよこの模様がある。
ピンクになったひよこ模様のクッションをみふゆは抱き締めた。


まさか自分のモノトーンの落ちついた部屋にひよこ模様のピンクのクッションが登場するとは夢にも思っていなかったのだろう。
貴之から、『京司朗が驚いていた』とみふゆはあとから教えられた。

━━━抱っこ用のぬいぐるみをひとつ持って来ればよかった。

抱っこ用のぬいぐるみは二つある。みふゆは笑われる気がしてどちらも持ってこれなかったのだ。

クッションを抱き締めても、洪水が起きるかもしれない緊張感も不安も拭えない。
水はどこまで押し寄せるのだろう?
店はどうなる?家は?
テレビでみたことのある水害は、上流からの濁流と折れた木が家を破壊していた。あんな風になるんだろうか?

店のお花も花台の一番上に全部移したけど、二階に移せばよかったと後悔している。

社長からは『洪水が起きたら水が完全に引くまでは支店には近づくな。本支店業務再開日は追って知らせる』とメッセージが来ていた。
社長も睡蓮川が氾濫すると考えているようだ。


「屋敷での指揮は頼むぞ黒岩」

貴之が電話をしている。
少なくとも今日明日は、貴之も京司朗もこのマンションに足止めだ。屋敷での直接の指揮はとれない。

「重機はすぐに動かせるんだろうな」
と、貴之の厳しい声が響く。
きっと十年前もこんな風に指揮をとっていたに違いない。
貴之は最後に「海斗を連れて歩け。お前の仕事を手伝わせろ」と言った。「永斗と山斗は帰って来てるのか?・・そうか、帰って来てるならそれでいい」

━━━海斗君達、家にいるのか。家に無事に帰ってこれてるのならよかった。

貴之の声に耳をすませながら、テレビにうつる睡蓮川を見ている。
自分も何か力になれることがあればいいのに、と思うが、自分にできることは今は何もない。
せめて被害が小さくすむようにと祈るしかない。

カタン、と音がした。
テーブルにコーヒーが置かれた。貴之だった。
指示を終え、コーヒーを持ってみふゆの隣に座った。

「どんなに備えても自然にゃ勝てねえ」

足を組み、ソファに背もたれて呟いた。

「お前の・・青木の家に水が来るとしたら丹土川が氾濫した時だ。だが丹土たんど川は計画通りの堤防が完成している。山からもかなり離れている。家のことはあまり心配するな」

見透かされている不安。
貴之はいつもみふゆの欲しい言葉をくれる人だ。
貴之の言葉だけで、みふゆの不安は緩んだ。

十年前は市を二分する大河の阿真世あませ川、二番めに大きい睡蓮すいれん川、他に丹土たんど川、久留瀬くるせ川など複数の川が氾濫した。しかし現在、大河・阿真世川は未完成だった巨大な堤防が二年前に完成し、丹土川、久留瀬川も計画通りの堤防が完成している。睡蓮川以外の川はいまのところ氾濫の兆しはない。

問題は計画変更で堤防が完成した睡蓮川だ。

駅前商店街は土地が低い上、一番大きい阿真世川と二番めに大きい睡蓮川に挟まれる形になっている。海も近い。
「土地のかさ上げを行った地区に関しては被害は少ないはずだ。このエリアのように」
「・・・駅前商店街は・・」
「被害は出る。仕方がない。十年前あれだけの被害があっても自分達のことしか考えなかったんだ。自分達の利益を優先にして、あらゆる提案や整備計画を拒否してきた。整えた設備は通信設備だけで、防災拠点にする為の駅前プラザの建設にも反対したくらいだ。だから堀内も本店を違う場所に構えたのさ」
「社長が?」
もしかして社長が支店に来ない理由って・・。
「堀内も総菜屋の天竜もずいぶん説得をしたんだがな。商店街からどんどん店が離れて、堀内も天竜も本格的に移転を決めた。そのとたん泣きついてきて、天竜も堀内も本店を別に構え、商店街にも店を残した。泣きついてきたのは高城たかしろっていう一番の旧家だ。高城の店は昭和の後半に店を閉めてあそこには住んでるだけだが、影響力は大きい。高城も、商店街の整備反対派の連中に泣きつかれたんだろうがな。堀内も天竜も高城家には世話になった家だ。高城に出てこられては断れなかったのさ」
「・・・・」
商店街の意外な一面を知ってしまった。
社長と商店街の亀裂も初めて知った。

「睡蓮川が氾濫するって・・決まったわけではないですよね・・?」
一縷いちるの望みの問いかけに、貴之は間をおいて、
「・・そうだな」と答え、みふゆの頭をゆっくりと撫でた。
頭を撫でるなんて子供扱いしないでくれと、以前貴之に言ったことがあったのに、みふゆの気持ちは落ち着いた。

「組長先生・・」
「なんだ?」
「わたし、組長先生に甘えすぎてませんか・・?」
心配になる。常に心のどこかで捨てられるんじゃないかと。

この先縁組み解消になることがあってもきちんと受け入れると決めたのに、心はいつも恐れている。

不安も恐れも心配も、ひとつ消えるとすぐにまた新しく生まれてくる。

どんな相手にも、迷惑になることだけはすまいと思っているのに貴之相手だと調子が狂う。
貴之は心が広すぎるのだ。

「前にも言ったが・・、お前はもっともっと俺に甘えていい。頼っていいんだ」
「・・・・・」
「駄々をこねてもいいんだぜ?」
貴之が口の端をあげてニヤリと意地悪く笑った。
「・・・。そ、そんなことしませんっ」
みふゆが言うと、貴之は大きく笑った。






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