【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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107. 静けさと不安 (2)

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デジタルの置き時計が17:30を表示している。

テーブルの上に並べられた夕食は京司朗が作ったものだ。
みふゆも京司朗に手ほどきを受けて夕食作りに参加していたが、全品作ったのは京司朗だ。

スパゲティナポリタンとカプレーゼ(トマトとモッツァレラのサラダ)。カプレーゼにはオリーブオイルと乾燥バジルを使った手作りのソースがかけてあった。手つきのスープカップには豆腐ともずく、ネギのお味噌汁。キャベツと人参の浅漬けは昼に準備していたのか、細く刻んだ昆布も入っている。

テーブルの中央には大きめの深皿にロールパンが盛ってあり、バターも用意されていた。

デザートはオレンジだ。

和洋折衷と言えばいいのか。和洋混乱ぎみと言えばいいのか。


「リクエスト通りだなぁ、ハハハ!」
貴之が笑い声をあげた。
「作らないと一ヶ月まとわりついてくるだろう」
京司朗はフォークとスープ用のスプーン、箸をみふゆに手渡し、並べるように促した。
確かにキャベツの浅漬けは箸で食べたい。
「組長先生そんなことするんですか?」
「バカいうなよ京。みふゆが誤解してるじゃねぇか。俺は食べたかったのに食べられなかった思いをお前にわかってほしくて」
「顔を合わせる度に作ってくれなかった作ってくれなかったと延々と恨みがましく言うじゃないか。反抗期の幼稚園児より質が悪い」
いつもなら立場に一線を引いている京司朗が憮然として言った。普段はいつもこんな感じなんだろう。
ざっくばらんな言い様はほんとに親子のようだ。
「みふゆ~~。ひでぇだろ?京司朗は本当はこうやって俺のことを小バカにしてるんだぜ」
貴之の泣き言めいた言葉が可笑しくてみふゆは笑った。




白いワイシャツを腕まくりして、黒いエプロンをつけた京司朗を、みふゆはカッコいいと思ってしまった。

手際よく夕飯作りをする京司朗はもっとカッコよかった。

料理をする男はカッコいいと、山形(七十先輩)と糸川梨理佳(りんちゃん)が言っていたが、本当だった。


京司朗は最初にデザート用のオレンジを手にした。

ペティナイフで器用にオレンジの上下と外皮をスッスッと切り落とし、薄皮のなかから鮮やかなオレンジ色の実を取り出して器に並べていった。
興味深げに手元とオレンジをみていたみふゆに、「切ってみるか?」と誘ってくれた。
みふゆが躊躇すると、京司朗は「教えるから」と言葉を付け足した。

独立型にもなる、コの字型のセミオープンキッチンは、中央にダイニングテーブルのような大きな調理台がある。ガステーブルは四つ口で、厨房でよく見かけるシルバーのオーブンや冷蔵庫やらが並んでおり、広さは二人立っても余裕で動き回れる広さだ。

京司朗が手本となってみふゆが真似ていく。

京司朗のようになかなか手際よく切れなかった。外皮にオレンジの実が分厚くくっついているのが見えた。

皮をもっと薄く切れればよかったのに。

それでも「上出来じゃないか」と言われて、みふゆは照れる気持ちを笑ってごまかした。

兄妹として暮らしていくだろうことに、京司朗なりに気遣ってくれているのだ。
こうして少しずつ距離が縮められたらいいなとみふゆは心から思った。

「みふゆが切ったオレンジは俺が食うぞ」
貴之がキッチンをのぞきながら言った。

京司朗は「ヒマならテーブルにクロスをかけてくれ」と引きだしから黒のテーブルクロスを出して貴之の前に置いた。

「親をこきつかうのか」
と貴之が言うと、京司朗は
「立っているものは親でも使えと言うからな」
と言い返した。
みふゆはおろおろしながら、「わたし、わたしがかけますから!」とキッチンから出ようとした。
「いいってことよ。年寄りはよ、若いもんの言うことを聞いてるのが一番いいんだよ。老いては子に従えって言うからなぁ」とクロスを手にしてしんみりと言った。
「わかってるじゃないか」と、京司朗がすかさず言う。
「京、おめぇ最近生意気だぞ。三十二にもなっておめぇこそ反抗期か?ああ?」
「三十一だ。十二月二十七で三十二だからな」
「男が細けぇこと言うんじゃねーよ」
「あんたが大雑把すぎるんだよ」

「・・・・」
子供のけんかみたいだと思いつつ、みふゆはどうしていいかわからずキッチンに立ったままだ。感心したのは、京司朗が貴之と言い合いながら手際よく次々食材を切り料理を進めていることだった。

「老い先みじけぇ親を労ろうって気が無えのかお前は」
「百まで現役って言ってたのはどこのどいつだ」
口では勝てそうにない、旗色が悪くなったと察したのか、貴之はみふゆにすり寄った。
「みふゆ、お前は俺がじじいになっても蔑ろにしたりはしねぇよな?」
「しません。それに組長先生は年寄りなんかじゃないです。いまも若いしカッコいいからおじいさんになってもカッコいいと思います」
真面目に語ったみふゆに、貴之も京司朗も無言になった。そして、
「やっぱり娘はいいねぇ。嬉しいじゃねぇか。みふゆ、お前を娘にしてよかったってつくづく思うぜ」
貴之はみふゆを抱き寄せ、背中を撫でるようにポンポンとたたいた。
京司朗は仲睦まじい二人を見ていた。


白いテーブルに黒のテーブルクロスをかけ、黒系の和食器で統一した食卓。

テーブルに花のアレンジメントを置きたい。黒に映えるような色がいい。紅いバラ?カスミ草よりグリーンを多めに使って、とみふゆは想像した。

どんな時でも花が頭に浮かぶ。もはや職業病の域である。


いただきますと挨拶をし、みふゆはナポリタンを一口食べた。

「美味しい・・」

ついつい声が出た。真面目に美味しい。

「どーだ?うめぇだろ?」
なぜか隣に座る貴之が自慢しだした。
「これが昭和の喫茶店、喫茶ナポリタンの味だ!」
━━━ナポリタンという名の喫茶店のナポリタンなのか。ややこしいな。
「作ったのは俺だ」
京司朗が冷静に主張する。
━━━うん、正しい。
「監修は俺じゃねぇか。俺の舌がこの美味いナポリタンを覚えてたから再現できたんだ」
━━━なるほど。そういう理由なら自慢してもいいかも。
「こってりしつつもあっさりした味なんてどれだけ大変だったと思ってるんだ」
━━━相容れない味同士だな。こってりとあっさりって。つまりこのナポリタンは若頭が組長先生のために再現した親孝行ナポリタン?
みふゆは再び始まりそうな言い合いに口を挟んだ。
「味も美味しいしスパゲティの固さもすごくいいです。パスタ屋さんのアルデンテが苦手だから、これくらいしっかり茹で上がったの好きです」
「だろ?俺もアルデンテってやつは苦手だからよ、うちでメニューがスパゲティの日は俺の分だけ固さが違うんだ。そうかお前も同じか。本橋に言っとかなきゃならんな」
「あ、でもアルデンテもキライってわけじゃないです」
━━━まずかったかな。パスタの本場イタリアの血をひく若頭の前でアルデンテを苦手と言ってしまった。
「パスタの茹で加減は様々だ。イタリア内でも南部と北部、地方によっても違うし個人によっても違う。必ずしもアルデンテが正しいわけじゃない」
フォークにくるくるとスパゲティを巻き付けながら京司朗が言った。
「イタリアの人はみんなアルデンテかと思ってました」
「いや、さすがにそれはない」
京司朗が笑みをこぼし、みふゆもクスッと笑った。
「京司朗、今度はピザ作ってくれ。ピザ。生地から作ってくれ。みふゆ、ピザ生地くるくる回すの見せてやるぞ」
「え?くるくる回せるんですか?!」
つい貴之に乗せられたが、勝手に決められて怒ってないか、みふゆは京司朗の表情をチラリと見た。京司朗は、
「回してほしいなら回すが」
と、みふゆを見て言った。
「ほれ、見たいなら見たいって言っていいんだぞ」
貴之がせっつく。
「あ、えーと、あの・・見たいです」
みふゆは正直に言ってみた。
京司朗は、
「リクエストに答えよう」
と笑顔を返してくれた。

楽しい夕食だった。

この時だけは不安はどこかに消えていた。







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