【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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144. 枝分かれする道

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胡蝶の声に堀内の表情が険しくなったのを見てみふゆは驚いた。あからさまに胡蝶を拒否する表情に、堀内が松田俊也の異母弟おとうとであることを思い出した。

━━━━━そういえば社長は松田さんの異母弟だった。つまり胡蝶さんは義理の姉。因縁ってもしかして胡蝶さんが絡んでるんだろうか・・。

貴之が教えてくれた、堀内の事情。

━━━━━でも・・、いつ?いつ聞いたんだっけ?社長が松田さんの異母弟だって・・。確かに聞いたのに・・・いつだった・・?

思い出そうとすればするほど記憶は頭の底に沈んでいく。

「そろそろ戻りましょう。気分転換も長い時間してると疲れてしまうわよ」
胡蝶はみふゆの車椅子の後ろに回り込んだ。
「あ、で、でも、・・」
「もう少しいいじゃねえか。せっかく外に出られたんだから」
貴之がみふゆの気持ちをかわりに言ってくれた。
「リハビリの先生と打ち合わせもあるのよ」
「リハビリ!?歩く練習ですか!?」
「そうよ。熱も落ち着いたみたいだから」
「がんばります!」
明るい声で気合いを入れるみふゆ。念願の歩く練習だ。
「さあ、行きましょう」
胡蝶が声をかけると、みふゆは「はい!」と元気よく言った。
「あ、社長!わたし買ってほしいものがあるんです」
「珍しいじゃねぇか、なんだ?」

「みふゆ!欲しいものがあるなら俺が買ってやるぞ?!」
貴之は面白くない。つい横から口を出してしまった。みふゆと堀内の間の、目に見えない関係性が気にくわなかった。

「バットなんです」みふゆがさらりと言った。

「バット??」貴之と堀内が同時に言った。

「人を殴る用のを買ってください」

「俺を殴る気か!?」
殴られる理由に心当たりがありすぎて焦る堀内。

「みふゆちゃん、堀内を殴りたいの?それなら言ってくれればこちらで適当に始末するから、わざわざあなたが手を汚さなくてもいいのよ?」
胡蝶は美しい微笑みを浮かべ、いとも簡単に恐ろしい台詞を吐いた。
「てめーは黙ってろ!胡蝶!!」
堀内が怒鳴った。
「あらあら怖いこと。ホホホホ・・」
胡蝶は軽い笑い声で堀内をあしらった。

「違います。社長を殴るんじゃなくて防犯用です。社長を殴りたいときは椅子で殴るからいいんですけど、防犯用は相手にバレないように身近に隠しておきたいから」

『社長を殴りたいなら椅子で殴るから』
みふゆの言葉に、堀内は片手で顔を覆ってうなだれ気味だ。確かに過去、椅子で殴られそうになったことがある。

「社長?聞こえました?顔をおさえてどうしたんですか?歯が痛いんですか?だからあれほど歯医者に行けと」

「・・・バットでもなんでも買ってやるからさっさと行け!」

「まあ、怖い怖い。さあ、行きましょう。先生が待ってるわ」
「はい」と返事をしたみふゆだが、貴之を見て「あの、・・お、・・」と、口ごもった。
「なんだ?買って欲しいもんがあるのか?なんでも言っていいんだぞ?」
貴之が期待を込め優しく問いただす。みふゆは、
「あの・・お、・・お・・・・」となおも口ごもった。
「・・・お、お先に・・戻ってます・・・」
結局、みふゆは言いたいことが言えなかった。うまく言葉に出来ずに伝えられなかった。
胡蝶が淑やかな笑みをたずさえ、静かにみふゆの車椅子を押した。
みふゆは体をねじり振り向いて叫んだ。
堀内と直に話せるのは最後かもしれない。
「社長!りんちゃんと山形さんにお礼を言ってください」

「わかったわかった」

手をひらひらとさせ、堀内はさっさと行けと手振りしている。


「それから支店の勤務は必ず二人で!りんちゃん一人にしないでください!危ないですから!それから!」

みふゆが叫んだ。

堀内との間に徐々に距離ができるのが寂しい。もうこんな風に言い合ったりもできないだろうと思うと余計に。

みふゆにとって堀内は、物怖じせずに意見できる存在として、ある意味貴重だった。従業員に手を出すスケベなエロ社長でなければ、経営者としてフラワーアレンジの天才としてもっと尊敬できたはずだ。

ちゃらんぽらんに見えるが、従業員の生活についても気をつけてくれていたのをみふゆは知っている。


みふゆと堀内の道は今、完全に分かれる。


「そんなに心配なら箇条書きにしてメールでもよこせ!」


「二階はもう散らかさないでくださいよ!掃除はちゃんと自分でしてください!」

最後に叫び、みふゆはカフェのドアの向こうに姿を消した。

ドアの向こうにはまだみふゆの姿が小さく見える。堀内も、こんなやりとりが今日で終わりになってしまうのかと考えると、やけに胸が痛んだ。

「面白くねえなあ。なんでお前にゃあんなに遠慮なくズバズバ言うんだ?おまけに歯医者だの掃除だのと世話やきやがって」
貴之がムスッと不機嫌を隠さない。
嫉妬してるのかと、堀内は可笑しかった。
仕方がない。青木みふゆと付き合いが長いのは堀内のほうなのだから。

ぶつくさ言いながら、貴之は煙草をくわえた。

堀内がライターを出して貴之の煙草に火を点けた。

堀内は自分のしぐさがあまりにも自然だったことに複雑な心境を抱いた。
貴之は火の点いた煙草をゆっくりと吸い、煙を吐いた。

どれだけ時間が流れても、上下の関係は変わらず、仕付けられた動作はなかなか忘れるものではない。
苦笑いをこぼしながらライターをポケットに入れ、貴之にみふゆの状態についての質問を投げ掛けた。

「あいつ、年齢の退行が始まってるんじゃないのか?」

貴之は黙りこんだ。

「・・・やっぱりそうなのか・・」

「・・それがどうした。たとえみふゆがこのまま小さな子供にかえっていったとしても、俺の娘にゃ変わりねえ。・・娘の小さな子供時代を知らない俺にはまたとない機会チャンスだ。生まれた時から育ててやれなかった悔しさを埋められる、いい機会チャンスになるのさ」

煙草をくゆらせ、空を見上げる貴之の気持ちには、一点の曇りもないのがわかる。

「・・アンタの親バカっぷりには負けるぜ」

「俺に勝つなんざあ、十万年たってもお前にゃ無理だ。出直さなくていいから帰れ」

「チッ、言われなくても帰るさ。用はすんだからな」

「おう、帰れ帰れ」

「・・・あいつはさっき、『お父さん』って呼ぼうとしたんじゃねえのか?」

帰り際、堀内は空を見上げている貴之に言った。

貴之はこれまでに見たことのない驚きの表情を堀内に見せた。

「養子縁組の話を俺にした時、あいつは『普通に親孝行したい』って言ってたしな」

「おい!その話・・!!」

「あとはあいつ本人に聞けよ」
堀内は貴之を残して去った。
ひき止めようにもひき止められない、貴之のはがゆさを背中に感じた。

『してやった』と思った。
貴之を動揺させた瞬間を手にした。

「クッ・・ハハハ・・!」

小さな笑いがこみあげた。


惣領貴之を超えようとあがいた時代があった。


超えられず、打ちのめされた結末を迎え、そのあとはせめて傷の一つでもつけてやりたいと願って生きてきた。

その男を、

『鬼神』と呼ばれた男の心を揺るがせてやったのだ。

勝てはしなくとも━━━━━

おかしなところで願いが叶ったな・・・

手に入れたかったみふゆを貴之にかっさらわれた堀内の、ささやかな仕返しとも言える。


━━━━━同じ場所に立っていた。触れられなくても、側にいるだけでよかったんだ。

今さらながらの自分の気持ちにあきれ果てる。


堀内はIDカードでカフェのドアを解錠した。
スーッとドアが横に開く。

辺りを見回した。

みふゆはもうどこにもいなかった。








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