【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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150. 襲撃

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百花寺ひゃっかじは、惣領家一族や縁のある死者達の眠りを護る尼寺あまでらだ。代々惣領家の血筋の女が住職を務めるしきたりだ。現在の住職は、貴之の姉・惣領早紀子が務めている。

「よお!姉ちゃん!久しぶり」
出迎えに出てきた姉・早紀子に、貴之は陽気に挨拶をした。
「あら、久しぶりなんて。先週会ったような気がするけれど?気のせいかしら?」
惣領早紀子が笑いながら貴之にこたえた。




屋敷を車椅子に対応させる改築案がまとまり、三上は説明しようと貴之の帰りを待っていたが、『帰宅が遅くなるので明日朝にしてくれ』と連絡が入った。
三上は京司朗に報告を行い、敷地に隣接している社宅アパートに帰った。

三上が帰ってまもなくだった。

《京司朗さん、会長がお帰りになりました》
惣領家の使用人頭・本橋の声がデスク上の室内電話のスピーカーから流れた。
京司朗は返事をすると、パソコン画面を閉じてオフィスチェアーから立ち上がった。珍しく和服姿だ。紺色の紬を着流している。普段着に着物を着ることはめったにないが、ケガのせいで洋服より着流しのほうが楽だった。

京司朗は帰ってきた貴之のもとへと向かった。23時半を過ぎている。

「お帰りなさい。何かありましたか?」
「ああ、尼寺に寄ってきた」
「尼寺に?」
「本橋、庭に出てるから酒の用意しといてくれ」
本橋の返事が聞こえ、貴之は京司朗を伴って庭に出た。

貴之と京司朗は庭の大池にかかる反り橋の近くまでゆっくりと歩いた。星が輝いている。
「傷はどうだ?今日は大塚のオヤジのほうの診察があっただろう?」
「治りが早いと言われました。今回は特に早いと」
「そうか、治りが早いならそれにこしたことはねえ」
貴之はそう言うとしばらく黙った。

京司朗は貴之が口を開くのを待った。
貴之は何も言わずに左手を胸元まで上げた。着物の袖がするりと腕を滑り落ち、手首のブレスレットが見えた。
京司朗の見覚えのないブレスレットだ。
「みふゆから渡された」
「渡された?」
「母親から譲られたものだそうだ。持っている者を守ってくれる。どうやら俺になんか妙なモンを視たらしい」
「それで尼寺に行かれたんですか?」
「ああ。経をあげてもらった」
「ご自身にですか?」
「みんなにさ」
貴之がこういった事で尼寺まで訪ねるのは珍しい。季節の行事や挨拶回りで訪ねるのは往々あったが、それ以外で訪ねたことは恐らく無かったはずだ。

「三上の改築案はお前の目から見てどうだ?」
「俺に仕事をするなと言ったのは誰ですか?」
「ははは、いいじゃねえか。するなと言っても仕事をするのが仙道京司朗って男よ」
「ほぼ完璧ですね。会長の居住区をどうするか考えあぐねているので問題はそこだけです」
「そうか。ところでお前、みふゆの部屋に入ったとき、部屋にでかいひよこの縫いぐるみ見なかったか?」
「ええ、ありましたね。ベッドサイドに黄色のひよこと真っ黒な大きな猫と」
「待て!黄色と黒って、まさかみふゆのやつ阪神ファンじゃねえだろうな!?」
色だけでなぜそう思うのか。
「・・偶然ではないですか?」
「いや、偶然すぎるじゃねえか!なんでわざわざ黒猫なんだ!白猫でいいじゃねえか!」
「黒猫が好きなんでしょう?」
「あいつが阪神ファンなら俺はどうすりやいいんだ!?」
「黒猫の隣にドアラがいたからファンだとしたら中日でしょうね」
「!!よりによって中日かよ!あの宇野のヘディング事件の!!」
「いいかげん忘れたらどうですか?そんな昔の事件。本人も中日もいい迷惑でしょう」
────まったく、どこかのアニメじゃあるまいし。本当に世の末まで言われそうだな。気の毒に。
京司朗は思ったが、口には出さなかった。
「ドアラは人気がありますからね。中日ファンじゃなくてもドアラが好きなだけかもしれません」
「・・京、お前、みふゆがどこの球団ファンか調べてくれ。もしカープ以外だったらカープのファンになるよう画策してくれ。得意だろ?」
「自分でしてくださいよ。俺は療養中なんですよ」
「・・。しょうがねえ・・。明日みふゆに聞いてみるか・・・。くそっ!ドアラのやつ、俺の娘をたぶらかしやがって・・!覚えてろよ!面白くねえ!京、お前もつきあえや」
貴之は呑む仕草で京司朗を誘った。
「本橋が怒らなければご相伴にあずかりましょう」
京司朗はドアラに同情しつつ笑みをこぼし、貴之とともに屋敷に戻って行った。

本橋は怒ることなく二人分の酒席の用意をしていた。
「気が利いてるじゃねえか本橋」
「24時間仕事をしているような京司朗さんが、おとなしく屋敷で療養しているご褒美ですよ」と本橋は言った。
「ですがほどほどになさってくださいまし」
本橋は、釘をさすのも忘れなかった。



夜中のささやかな酒宴が終わり、貴之と京司朗は自室に戻った。
京司朗は一度パソコン画面を開こうとしたが止めて寝巻きに着替えベッドに入った。
貴之の嬉しそうに酒を呑んでいた顔が妙にちらつく。

『お父さんって呼ばれちまってよお』

病院での出来事を話してくれた。

『まさかこんなに早く“お父さん”って呼んでくれるとは思わなかったからなあ』

────嬉しかっただろうな

京司朗は思う。

────どれだけ喜んだか見てみたかったが

みふゆはどんな気持ちで、表情で、『お父さん』と呼んだのか。心の一部が子供にかえっているからこそ早く呼べたのかもしれない。

みふゆは貴之を『いつかお父さんと呼びたい』と言っていた。『今すぐは無理だけど、早めに』と。

避難所となった駅前プラザに行く朝、京司朗の愛車の助手席でみふゆは言った。照れた笑顔が家族を得た幸せに染まっていた。

京司朗はみふゆに会えないもどかしさを感じていたが、リハビリが始まるならこの屋敷に戻る日も近いだろうと安堵し眠りについた。


貴之は自室と繋がっている仏間で線香をあげ拝んだあと、仏壇をみつめていた。大きな仏壇には位牌が祀られている。位牌は、先祖代々の回出位牌くりだしいはい(繰り出し位牌)と、祖父母の夫婦位牌、両親の夫婦位牌、そして貴之の妻・弥生と子供の位牌だ。

貴之は仏壇の並べられた位牌を目にするたびに、いつか自分の命も終わり、弥生と子供の隣に並ぶだろうことを考えてきた。

貴之にとって弥生のいない世界は無彩色の乾燥した世界だった。

寺で、生命を燃えたぎらせる礼夏に出逢い、貴之の世界は彩りを取り戻したが、礼夏は去っていった。

貴之は人を育てる事業に夢中になった。京司朗をみつけ、手元に引き取り、いつの間にか大きくなった貴之の事業は、仙道京司朗という優秀な後継者が育ったおかげで安泰だ。これからますます大きくなってゆくだろう。好きに生きてきたんだ。思い残すことなど無いはずだった。 

だが今は────

『みふゆ』という礼夏の娘、自分の実の娘が現れてからは、まだまだ生きたいと願うようになった。それこそ100歳でも120歳でも、みふゆが生きている限りそばにいてやりたい。

「このとしになってこんなに悩むなんてなぁ・・。人生ってのはわからねえもんだぜ・・・」

一人きりの広い仏間に、貴之の声が小さく響いた。

寝床につく前に、貴之は床の間の惣領家の当主が受け継ぐ守り刀を手にした。

守り刀は太刀が二本と短刀が一本の、全部で三本。貴之のもとには一本の太刀と短刀がある。あとの一本は後継者である京司朗にすでに渡してある。

短刀はみふゆに与えるつもりだ。

貴之は手にした太刀をわずかに抜き、すぐに鞘におさめると、床の間に戻し、寝床についた。



二時間後、午前二時をまわった頃だった。



一頭の獣が、凄まじい勢いで、山の木々を縫い、惣領家の裏門を跳び越えた。
門番がライフルで撃ったが、獣の勢いは衰えることなく貴之の眠る部屋へと突撃していった。












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