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164. 短命の一族(6) 二つの自我
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胡蝶はリハビリの時間に合わせてみふゆを起こそうとしたが、貴之からリハビリを待つように言われた。
「何故ですの?」
「理由は姉貴に・・・、お前の母親に聞いてくれ」
「わかりました。ですがリハビリのあとにチョコレートのソフトクリームを食べる約束があったはずですわ」
「そうか、・・約束してたな」
「とりあえず受けてみても良いのではないかしら?気分転換にもなるでしょうし」
「起こして、みふゆが行きたくないと言ったら中止だ」
「ええ、そうしますわ」
胡蝶が微笑んだ。
「みふゆちゃん、リハビリの時間よ。起きなさい」
胡蝶の優しい声に、みふゆは寝ぼけた様子で、
「んー、・・おかあさん・・・?」
と、薄目をあけてまぶたをしばたたかせた。
『お母さん』と呼ばれて、胡蝶は大きな眼をさらに大きくし、「まあ・・!」と幾分感動の声をだして満面の笑みを浮かべた。
「そうよ、お母さんよ。“お母さん”って呼んでいいのよ」
慌てたのは貴之だ。
「どさくさに紛れてなんてこと言いやがる!みふゆ!騙されるな!ちゃんと眼を覚ませ!」
貴之が即座に否定し、みふゆは訳がわからずあくびをしていた。
「リハビリ・・?」
「そうよ。自分の足で歩くための練習よ」
「行きたくないなら行かなくていいんだぞ」
「行く!リハビリ行く!歩けるようになりたい!」
みふゆは明るく笑ってベッドから車椅子に移った。
「早く歩けるようになりてえか?」
「うん!わたしね、おとうさんにプレゼントがあるの。自分で取りにいきたいの!」
「━━━俺に・・か?」
「お誕生日のプレゼントなの。だからそれまでに歩けるようになりたいの!」
貴之の誕生日は十一月だ。十一月がくれば六十一歳になる。昨年は還暦で、大勢から祝われた。交流会も兼ねての、毎年の恒例行事だ。
みふゆが実の娘とまだ気づいておらず、パーティーには呼ばなかったが、気づいていたら絶対招待したはずだ。
誕生日のプレゼントがあるという、みふゆからの思いがけない告白は、貴之の胸を詰まらせた。言葉がうまく出ない。
「そりゃあ・・、・・楽しみだな。どんなプレゼントなんだ?」
声が震えた気がした。
いつの間にそんなものを━━━
「ナイショだもん」
みふゆが笑った。
目頭が熱くなる。
貴之は滲む涙を堪える。
「みふゆ」
「なーに?」
「みふゆは今何歳だ?次の誕生日で何歳になる?」
「いま八歳だからつぎは九歳になるよ!」
みふゆはためらいもなく、すぐに答えた。
「・・・そうか、いまは八歳か。そうだったな」
貴之がくしゃくしゃとみふゆの頭を撫でた。
「いやですわ、会長!髪が乱れてしまったじゃありませんか!」
「お、おう、・・すまねえな」
「でもわたし、おとうさんの手、好きだよ」
「そうか?」
「うん!」
胡蝶がみふゆの髪を整え直し、カーディガンを着せた。
「おとうさん、行ってきます!」
元気に病室を出て行くみふゆの後ろ姿を、貴之は見送った。
貴之は一人で病室に残った。
縁のなかった、親子の何気ない日常を手に入れた。
父親を思ってくれる娘がいる日常は、過ぎる一秒一秒が、貴之の心にキラキラと煌めく宝石を残していった。
だからこそ、切なさはこみあげる。
哀しみによく似た切なさだった。
リハビリが終わったと胡蝶から連絡があり、貴之とみふゆは約束通りソフトクリームを一緒に食べた。
「チョコレートもおいしい」
「抹茶、食うか?」
「うん」
みふゆは貴之の抹茶のソフトクリームをパクリと食べ、「はい、おとうさん、チョコも食べてみて」と自分のソフトクリームを貴之に差し出した。貴之もパクリと一口食べる。
「うん、うまいな」
「明日はね、パフェが食べたいの。いい?」
「ああ、いいぞ」
「やったぁ」
みふゆは小さくガッツポーズをつくった。
たまらなくかわいい。
いまのみふゆは手放しで貴之に甘えてくれる。
みふゆは食べながら小学校の話を始めた。仲の良い友達のこと、いつもからかいに来る男子がいること、勉強は理科と体育が苦手なこと。みふゆは学校は楽しいかと貴之に聞かれ、「楽しいよ!」と笑顔で答えた。
予知能力でトラブルが起きる前は、みふゆの小学生生活は順調だったのだと伺いしれた。
楓が夕食前に病室を訪れたため、今夕は四人の食卓となった。楓の三人息子は合気道道場の合宿に参加しており、帰ってくるのは明日だ。夫の黒岩正吾も仕事で午後からいない。正吾が帰ってくるのは明後日だ。
「病院のほうが喋る相手がいて楽しいんだもの」
貴之も胡蝶も口にこそ出さなかったが、京司朗と二人きりの食卓では、通夜か葬式のほうがまだ賑やかだというのが理解できた。
みふゆは楓のお喋りを聞き、
「一人きりだと寂しいですよね」
と言った。
二十三歳の大人のみふゆがそこには居た。
楓が訪れてからは、『八歳のみふゆ』はなりを潜めてしまった。
みふゆは終始、二十三歳のままだった。
胡蝶はリハビリの時間に合わせてみふゆを起こそうとしたが、貴之からリハビリを待つように言われた。
「何故ですの?」
「理由は姉貴に・・・、お前の母親に聞いてくれ」
「わかりました。ですがリハビリのあとにチョコレートのソフトクリームを食べる約束があったはずですわ」
「そうか、・・約束してたな」
「とりあえず受けてみても良いのではないかしら?気分転換にもなるでしょうし」
「起こして、みふゆが行きたくないと言ったら中止だ」
「ええ、そうしますわ」
胡蝶が微笑んだ。
「みふゆちゃん、リハビリの時間よ。起きなさい」
胡蝶の優しい声に、みふゆは寝ぼけた様子で、
「んー、・・おかあさん・・・?」
と、薄目をあけてまぶたをしばたたかせた。
『お母さん』と呼ばれて、胡蝶は大きな眼をさらに大きくし、「まあ・・!」と幾分感動の声をだして満面の笑みを浮かべた。
「そうよ、お母さんよ。“お母さん”って呼んでいいのよ」
慌てたのは貴之だ。
「どさくさに紛れてなんてこと言いやがる!みふゆ!騙されるな!ちゃんと眼を覚ませ!」
貴之が即座に否定し、みふゆは訳がわからずあくびをしていた。
「リハビリ・・?」
「そうよ。自分の足で歩くための練習よ」
「行きたくないなら行かなくていいんだぞ」
「行く!リハビリ行く!歩けるようになりたい!」
みふゆは明るく笑ってベッドから車椅子に移った。
「早く歩けるようになりてえか?」
「うん!わたしね、おとうさんにプレゼントがあるの。自分で取りにいきたいの!」
「━━━俺に・・か?」
「お誕生日のプレゼントなの。だからそれまでに歩けるようになりたいの!」
貴之の誕生日は十一月だ。十一月がくれば六十一歳になる。昨年は還暦で、大勢から祝われた。交流会も兼ねての、毎年の恒例行事だ。
みふゆが実の娘とまだ気づいておらず、パーティーには呼ばなかったが、気づいていたら絶対招待したはずだ。
誕生日のプレゼントがあるという、みふゆからの思いがけない告白は、貴之の胸を詰まらせた。言葉がうまく出ない。
「そりゃあ・・、・・楽しみだな。どんなプレゼントなんだ?」
声が震えた気がした。
いつの間にそんなものを━━━
「ナイショだもん」
みふゆが笑った。
目頭が熱くなる。
貴之は滲む涙を堪える。
「みふゆ」
「なーに?」
「みふゆは今何歳だ?次の誕生日で何歳になる?」
「いま八歳だからつぎは九歳になるよ!」
みふゆはためらいもなく、すぐに答えた。
「・・・そうか、いまは八歳か。そうだったな」
貴之がくしゃくしゃとみふゆの頭を撫でた。
「いやですわ、会長!髪が乱れてしまったじゃありませんか!」
「お、おう、・・すまねえな」
「でもわたし、おとうさんの手、好きだよ」
「そうか?」
「うん!」
胡蝶がみふゆの髪を整え直し、カーディガンを着せた。
「おとうさん、行ってきます!」
元気に病室を出て行くみふゆの後ろ姿を、貴之は見送った。
貴之は一人で病室に残った。
縁のなかった、親子の何気ない日常を手に入れた。
父親を思ってくれる娘がいる日常は、過ぎる一秒一秒が、貴之の心にキラキラと煌めく宝石を残していった。
だからこそ、切なさはこみあげる。
哀しみによく似た切なさだった。
リハビリが終わったと胡蝶から連絡があり、貴之とみふゆは約束通りソフトクリームを一緒に食べた。
「チョコレートもおいしい」
「抹茶、食うか?」
「うん」
みふゆは貴之の抹茶のソフトクリームをパクリと食べ、「はい、おとうさん、チョコも食べてみて」と自分のソフトクリームを貴之に差し出した。貴之もパクリと一口食べる。
「うん、うまいな」
「明日はね、パフェが食べたいの。いい?」
「ああ、いいぞ」
「やったぁ」
みふゆは小さくガッツポーズをつくった。
たまらなくかわいい。
いまのみふゆは手放しで貴之に甘えてくれる。
みふゆは食べながら小学校の話を始めた。仲の良い友達のこと、いつもからかいに来る男子がいること、勉強は理科と体育が苦手なこと。みふゆは学校は楽しいかと貴之に聞かれ、「楽しいよ!」と笑顔で答えた。
予知能力でトラブルが起きる前は、みふゆの小学生生活は順調だったのだと伺いしれた。
楓が夕食前に病室を訪れたため、今夕は四人の食卓となった。楓の三人息子は合気道道場の合宿に参加しており、帰ってくるのは明日だ。夫の黒岩正吾も仕事で午後からいない。正吾が帰ってくるのは明後日だ。
「病院のほうが喋る相手がいて楽しいんだもの」
貴之も胡蝶も口にこそ出さなかったが、京司朗と二人きりの食卓では、通夜か葬式のほうがまだ賑やかだというのが理解できた。
みふゆは楓のお喋りを聞き、
「一人きりだと寂しいですよね」
と言った。
二十三歳の大人のみふゆがそこには居た。
楓が訪れてからは、『八歳のみふゆ』はなりを潜めてしまった。
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