【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

文字の大きさ
197 / 278

197. ロンド~踊る命~ -14- デリヘル嬢 アユミ②

しおりを挟む
.





「アユミ」
堀内健次は目覚めぬアユミに話しかけた。
「お前は堀内亜由美になった。デリヘルは終わりだ。お前は俺といるかぎり俺一人に抱かれてりゃいいんだ。大学に行きたいならすぐにでも通わせてやる。だから目を覚ませ。お前の家族とのカタも俺がつける」



『戻ろう』と、みふゆは言った。

『うーん、でもあたしさぁ・・。あ、そうだ、あたしアユミっていうんだけどね、ほんとに生きててもしょうがないって感じなんだよねー』
生きててもしょうがない━━━みふゆもかつて思ったことがあった。
父親が亡くなり、幼い妹を手放し、母親にも死なれたときに、みふゆは全てを失ったと思った。特殊な能力を持ったゆえに、他人とも上手くやっていく自信が無く、孤独と孤立に陥った。けれど自らに死を与えるわけにはいかなかった。母親・礼夏の厳しい教えがあったからだ。自らに死を与えた者の地獄の苦しみを、みふゆは母親・礼夏から教えられていた。
『間違われて刺されたんだから腹はたつけど死ねるいいチャンスかなって思うんだ』
『間違われた?』
『うん。なんかね、あたしの客の社長の、たぶん関係あった女があたしを刺したと思うんだ。そいつがさ、刺してからあたしを見て女の名前を言ったんだよね。アキ?とか言ってた。小声だったからはっきり聞こえなかったけど、“なんでアキじゃないの?”って。んー、マキだったかも・・。急にぶつかってきてあたしもビックリしてさ、あんま覚えてないんだけど、そしたらさ、刺されてたんだよね』
アユミはあっけらかんと明るく話した。



仙道京司朗が非常階段を猛スピードで駈け降りていく。手には日本刀、惣領家の守り刀が握られている。貴之の命令により持ってきた、みふゆのための守り刀だ。
非常階段は特別室のフロアの端にあり、止まるかもしれないエレベーターを使うより確実だ。
惣領貴之を狙い、黒犬に姿を変えた風見順が現れた時、電気系統が故障し使い物にならなくなった。
それに、非常階段のほうがあの脇道に近い。


みふゆの病室では、惣領早紀子がぶつぶつと小声で何かを唱えている。
みふゆのベッドのすぐ横で文言を唱えている早紀子の後ろには矢口が手を合わせて立っており、早紀子とベッドで眠っているみふゆを見守っていた。





『一緒に戻ろう』
みふゆがもう一度アユミに言った。
『うーん・・、・・ううん』
アユミは首を横に振った。
『あたし、生きるの疲れたからもういいや。あたしさ、いつも一人になると死にたいなって思ってたんだよね。だからこれはきっと神様があたしをかわいそうに思って、死なせてくれるチャンスを与えてくれたんだと思う。生まれ変わらせてくれるチャンスをくれたんだ。だから戻らない』
『・・・さよならを言いたい人もいないの・・?』
みふゆはアユミを生者の世界に連れ戻したいと思った。
だが、果たして本当に引き止めていいのか。アユミの辛さや苦しさを知らないのに、生きていたら必ず幸せになれると、みふゆには断言できなかった。
『サヨナラかあ、社長にはよくしてもらったから社長には挨拶したいかな』
『どこの社長さん?』
『なーんかね、どう見てもヤクザなんだけど自分は花屋の社長なんて言ってるんだよ』
笑って話すアユミに、みふゆは目を大きくした。
もしや堀内健次のことか。


━━(みふゆさん、戻ってらっしゃい)


みふゆの頭に声が響いた。病室を振り向いた。
惣領早紀子の声だ。
戻らなくてはいけない。しかしみふゆはアユミが心残りだ。このまま自分だけが去ってもいいのか。
アユミを残していくのは人の道に外れているのではないか。
『ねえ、あんたはもう行きなよ。あたしと違って死にそうってわけじゃないんでしょ?ありがと。あたしに声かけてくれて、話してくれてサ』
『社長さんに挨拶しに行かない?』
『・・・ううん。よくしてもらったけど、あたしが死ねばすぐ忘れるよ。あたし、ただのデリヘル嬢だもん。それに、最後にあんたみたいないい人と話せて嬉しかった。さ、あんたは早く戻りなよ』
アユミが手を振った。
みふゆは迷いつつアユミに背を向けたが、すぐに振り向いた。
『ね、やっぱり社長に』
みふゆが振り向いて言いかけた瞬間、アユミの体が一気に地中に沈み、アユミは叫んだ。
『キャアアァ!!』
アユミは顔と、伸ばした右手だけが地中から出ている。地中にのまれようとするアユミは恐怖に叫んでいる。 
『イヤ!イヤ!イヤだっ!!イヤーー!!』
みふゆは反射的にアユミの手をつかんだ。
『アユミさん!社長に会いたいって思って!!』
『会いたい!会いたい!社長に会いたい!社長!社長!助けて!社長ーーっ!!』



━━━社長!
「アユミ?!」
━━━社長!助けて!社長ーーっ!
「アユミ!!」
堀内健次がアユミの手を強く握った。



みふゆはあらん限りの力でアユミを引っぱり上げた。
顔の半分まで地中にのまれたアユミが引っぱり上げられた。
恐怖にひきつった顔をしたアユミは大声で泣き出しみふゆに抱きついた。抱きつかれたみふゆはアユミに
『逃げよう!』
と、アユミを立ちあがらせた。
早くこの場を去らないと。
アユミは嗚咽をもらしながらよろけて立ち、足を動かそうとした。しかし何かが足をつかんでいる。
アユミが自分の足元を見て『ひっ・・!』と悲鳴をあげた。アユミの足を、真っ黒な手がつかんでいた。
そして、地中から血走った目を持つ顔が浮かびあがりみふゆを見てニタリと笑った。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...