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番外編 11月11日 (1)
しおりを挟む父・惣領貴之の誕生日は十一月十一日だ。その前日の十日に、みふゆは貴之に誕生日のプレゼントを渡した。
明日の誕生日はホテルで交流会を兼ねたパーティーがあるので、朝から何かと慌ただしくなると楓から聞いたからだ。
「これを・・俺に・・・?」
「はい。あの・・、誕生日のプレゼントなんです。明日は忙しそうなので今日のうちに渡そうと思って。・・・何がいいかわからなくていろいろ考えたんです。最初は羽織りにしようかなって思って藤原さんに相談にいったら注文だと間に合わないみたいで・・。そうしたら藤原さんが羽織紐はどうかって、注文品の金細工のついた正絹の素敵な羽織紐を見せてくれたんです。彫金の職人さんの作品だそうで、注文を受けてくれると言うので、・・あの、わたしの希望を聞いてもらって・・作ってもらいました。それと遅くなってしまったけど、こっちは約束のハンカチです。ハンカチは町田さんに頼んで刺繍を入れてもらいました」
貴之はハンカチの箱をまずあけた。
明るいグレーと、淡い空色の二枚のハンカチが入っている。刺繍は牡丹だが、どこかで見た図だ。
「・・・小貫博堂か?」
(*小貫博堂---明治十二年~昭和三十五年)
「はい。小貫博堂先生の牡丹の日本画が好きで、こういう感じでって、刺繍を入れてもらいました」
貴之は次に誕生日のプレゼントの箱を開けた。二本の羽織紐が入っていた。
「気に入ってもらえるかわからないけど、お父さんのイメージは牡丹のイメージなので、羽織紐も真ん中の黒のとんぼ玉の両脇に金細工の牡丹をつけてもらって、色合いはふだん着るどの羽織りにも似合うようにしてもらいました。お父さんは正装する機会も多そうなので、もう一つは正装用にも使える房のある白を選びました」
みふゆが照れながらうつむいた。
初めて贈られる娘からのプレゼントだった。
羽織紐もハンカチもどちらも素晴らしい。貴之の為にだけみふゆが考え頼んでくれたのだ。
つきあげる喜びが貴之の体中を駆け巡っている。
入院中、子供に退行したみふゆが言っていたプレゼント━━━
京司朗を救うために、母・礼夏から受け継いだ特異な能力を使い、歩けなくなり、記憶を失っていったみふゆの心は八歳まで退行した。歩行訓練が担当医のもとで本格的に始まった頃だった。
早く歩けるようになりたいと言ったみふゆは理由を教えてくれた。
『うん!わたしね、おとうさんにプレゼントがあるの。自分で取りにいきたいの!』
『お誕生日のプレゼントなの。だからそれまでに歩けるようになりたいの!』
『そりゃあ・・、・・楽しみだな。どんなプレゼントなんだ?』
『ナイショだもん!』
ナイショだもん!━━━笑ったみふゆは、あの瞬間、確かに惣領貴之だけの“娘”だった。
貴之は礼を言おうとしたが、震えて声がうまく出そうになかった。
「━━━うん、羽織紐もハンカチもどっちもいい品物だ。明日のパーティーは黒羽二重五つ紋付だから正装だ。こいつをつけよう」
貴之は真っ白な羽織紐を手にとった。
「“ふゆ”の“ゆき”のような美しい白だ」
みふゆの名前に隠された、
礼夏の想いと共に━━━━
貴之の言葉にみふゆは満面の笑みを見せた。
翌日、十一月十一日。惣領貴之の誕生日当日。
みふゆは早朝から仕事に出る京司朗を見送っていた。
「俺は仕事先から直接ホテルに行くから会場で会おう」
「はい。あ、今日は『華千寿』を着せてもらうことにしました。帯だけ変えて。あの、『まほろば藤』は結婚式の・・その、お色直しに着せてもらいます・・」
「そうか。帯を変えると雰囲気も変わる。今日の『華千寿』も楽しみにしているよ」
京司朗は優しい言葉のあと、みふゆの頬にキスをした。
びっくりしているみふゆに「行ってくる」と言い、みふゆは慌てて「いってらっしゃい!」と返した。
京司朗が手を振ってくれた。
いきなりキスされ胸がドキドキしている。
後ろには使用人頭の本橋信子らも見送りで立っている。
みふゆは恥ずかしくて振り向けず、「お庭を見てきます」とパタパタと足早に庭に向かった。
庭からは、遠くの山々があざやかに紅に黄色にと染まっているのがハッキリとわかる。
頬が熱い。きっと自分の顔もあかく染まってる。
みふゆは離れの側のイチョウの木に近寄った。
樹齢は百年のイチョウの木だ。
正式に入籍したら京司朗と住むことになっている離れはただ今改築中だ。
離れの庭にはバラ園もつくられる。松田家で選んだバラを植えるのだ。冬になり植え替えや移植をすれば、春夏にはきっとたくさんのバラが咲き誇るだろう。
日々幸せを感じて、みふゆはイチョウの木にそっと手を当てた。顔の火照りを冷ますようにしばらく手を当てたままでいた。
ひらりとイチョウの葉が落ちてきた。
一枚、そして一枚と次々と落ちてくる。
黄金の葉が宙に舞う。
『見て、みふゆ。イチョウの葉っぱ、きれいね』
思い出す、母・礼夏と手を繋いで舞い落ちる黄金の葉を見つめた秋の日。
『みふゆ、ほら、踏むとカサカサと音がするね。おもしろいね』
落ち葉を踏みしめて、鳴る音を楽しんだ秋の日。
みふゆは庭の木々の、踏むと音がする落ち葉を探しあて踏みしめた。
カサカサと鳴る。
「ふふ・・」
みふゆは小さな声で笑った。
こうして両足が動くのもみふゆは嬉しかった。
娘ってのはいいもんだな━━━
縁側で、貴之が微笑みながらみふゆの姿を眺めていた。
あと数年で晩年期に入る自分に『娘』がいるという、こんな幸せな日々が待ってるとは考えすらしなかった。
「会長、お時間ですよ」
使用人頭の本橋信子の声がした。
「そうか。支度するか」
貴之が縁側から自室に戻り着替えを始めた。
貴之は誕生日の午前中は権現寺にて禊ぎの滝に打たれ、お経をあげ続ける。惣領家当主の慣例だ。
晴れ渡る空は青いが、空気はわずかに冷たさをふくんでいる。秋が終わり、冬へと変化する間際の微妙な時期だ。
支度の整った貴之は最愛の娘・みふゆに見送られ、車に乗り込み権現寺に向かった。
毎年行われる貴之の誕生パーティーは、惣領家の遠戚を含む各会派の交流会も兼ねており、惣領家が買収した地元のホテル、『ホテル龍山荘』で開かれる。
十一日のパーティーのために九日から十三日まで五日間全館貸切で客を招待する、毎年の恒例行事だ。
今日しか都合がつかなかった招待客の、数台の車が公道からホテルの私道に進入している。
パトカーが私道の近くの公道に停車してホテルに入る車を見ている。ただ観察しているだけだ。
ホテルの最上階のスイートルームを控室にして、みふゆは胡蝶と楓に、振袖『華千寿』を着せてもらっていた。
緊張で顔が強張っているみふゆに楓が、
「大丈夫よ。寺で皆の紹介を受けたことがあったでしょ?あんな感じよ」
と、髪飾りの位置を少し直した。
「お寺の時と同じ・・」
緊張度が倍増した。
法要で権現寺に集まっていた黒づくめの面々。
何も知らなかったあの時のみふゆは早く帰りたくて泣きたかったのだ。
みふゆの心知らずの楓は、
「チョロいチョロい」
と軽やかに笑った。
「今日は惣領家の会ったことのない親族の方々もいらっしゃると聞きました」
「ええ、招待してるわね。紹介は会長が直接してくれるわ。皆、わきまえた人ばかりよ。招待客は花屋に来るお客様と同じと思えばいいわ」
胡蝶が言った。
「花屋に来るお客様と同じ」
「あ、いいわね、その考え方」
「さあ、できたわ」
「私達は会長が挨拶を終えてからよ。三十分くらいで呼ばれると思うわ。挨拶が終わればうちの正吾が呼びに来るからそれまでゆっくりしてましょ」
楓や胡蝶はさすがに慣れたもので、高価な着物を着ていても余裕だ。
*
文化遺産オンライン
日本画 牡丹図 小貫博堂
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/525944
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