【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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番外編 こんにちは、赤ちゃん。(4)

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ここ最近のみふゆは、京司朗と離れれば離れた分だけ心の距離も離れた気がして落ちつかなくなるという現象に襲われていた。特に京司朗が海外に仕事に出るときに感じる。

━━━━もしやこれが遠距離恋愛的心情というやつでは・・。

まさか自分がドラマや歌にあるような遠距離恋愛的な心情を抱えるとは思ってもみなかった。

━━━━この気持ちは伝えたほうがいいの?でも負担になるのはいやだ。

みふゆは迷う。

結婚してから恋愛初心者になったみふゆの心は、毎日が些細なことで迷宮を彷徨った。

京司朗に恋人がいても、『同志』として共に生きようと割り切った婚約時代あのころの自分が懐かしい。

━━━━大丈夫。仕事が終わってインドから帰ってくれば、ずっとそばにいてくれるって言ってくれた。

『この仕事が一段落すれば海外に出ることもないだろう』

今回の仕事が終われば少なくともあとは国内にいられる。

京司朗がいる当たり前の毎日はこれからも続くはずだ。だって、約束してくれたのだから。

『君をおいていきはしないよ』

京司朗の乗った車がみふゆから離れていく。屋敷の正門を出て見えなくなってしまった。

「みふゆ、さあ、なかに入るぞ。明日から入院だろう?持っていきたいものがあるなら今のうちに揃えておこう」
貴之がみふゆの後ろ姿に声をかけた。みふゆは振り向いてあやふやな笑顔で「はい」と答えた。

━━━━京司朗を行かせるべきではなかったか。

みふゆの不安な気持ちをおもんぱかることをおろそかにしたのではないか。
貴之は今からでも引き返すように命じるかと考えた。
だがこの事業は京司朗が心血注いだ事業だ。アジアでの事業展開を左右するほど重要だ。

「会長!松田会長と胡蝶さんがおみえになりました!」
玄関先からリビングに戻ろうとした貴之とみふゆに、門番の男が走って伝えに来た。

胡蝶と松田俊也が祝いを持って惣領家を訪れたのだ。

みふゆの顔がパッと明るくなった。




「みふゆちゃんの担当は私がしますわ」
「そうしてくれるか。ならいっそう安心だな?みふゆ?」
「はい」
みふゆの表情は明るい。
「でもおうちを留守がちにさせてしまうなら申し訳ないです」
みふゆが言うと、真向かいの松田俊也が、
「大丈夫だよ。問題ない。胡蝶は産科医として動いてる方が生き生きとしている」
と自慢げに答えた。
「だって新しい命と接するのは気持ちがひきしまるんですもの」
珍しく胡蝶が恥じらった笑みを見せた。
松田夫妻は本当に仲がいい。理想的な夫婦だ。楓と黒岩正吾も仲がいいが、みふゆの理想は胡蝶と松田俊也夫妻だ。

自分と京司朗もこんな風になれたらいい。いつまでも仲の良い夫婦に。
それに必要なのは女性としての嗜みと自信だ。女性としての嗜みと自信は、即ち人間としての自立と自信に繋がる。だからせめてお茶とお花は、胡蝶や楓に近づけるように頑張らなくては。

新たな決意を胸に秘め、みふゆは『胡蝶がそばにいる』日常の安心に気をよくしていた。

「さっき京司朗の車をみかけましたわ。予定通りインドに行くんですの?」
「ああ。京司朗が行かないことにはインド側も納得しないだろう。向こうは惣領家の後継者の京司朗と直接の繋がりを持ちたいのさ」
「でもせめて今日、明日くらいはみふゆちゃんのそばにいてくれてもよかったのではなくて?」
「・・このお仕事、京さんにとってもすごく大事なお仕事みたいなんです。それに早めに帰ってきてくれるって言ってくれたから待ってます」
京司朗はみふゆの前では仕事内容を話さないが、時折かかってくる電話に細かく指示をだしているのを聞いていると、今回の仕事の難しさがわかる。
「しょうがないわねぇ。京司朗はほんとに仕事人間なんだから・・」
胡蝶がため息をついた。



プライベートジェットが関西国際空港に着いた。京司朗達は別のプライベートジェットに乗り換えインドに向かう予定だった。

「代表、インド行きのプライベートジェットが使えないそうです。トラブルがみつかったとのことです。民間の飛行機のビジネスクラスが手配できるとのことですがどうなさいますか?」
「そうか。それでかまわない」
「わかりました。━━━━本当に行かれるんですか?」
「何故だ?」
「・・いえ、みふゆお嬢さんが車をずっとみつめていたので━━━━」
離れたくないのでは━━━三上は京司朗も後ろを振り返ったのを知っていた。
「なるべく早く帰国するさ」
隙のない京司朗の答えかたに、三上はそれ以上言わなかった。
「ではインドの菊池に予定の変更の連絡をとります」
「ああ、頼む」
京司朗はスマートフォンを開くと自身も貴之に予定変更の連絡をとった。



「そうか。わかった」
〈できるだけ早く帰国します〉
「そうしてくれ。今みふゆと変わる」
京司朗から連絡を受けた貴之はみふゆに携帯電話を渡した。

搭乗前の京司朗との電話で、みふゆは何度か自分の気持ちを伝えようとした。しかし、電話ゆえに伝えられなかった。京司朗がどんな表情をしているのかわからなかったからだ。

みふゆはいつも自分が周囲の負担になっていないかが心配だ。良く言えば相手を気遣う。悪く言えば相手の顔色をうかがう。みふゆは自身を小心者だと思っている。

結局、最終的にみふゆが京司朗に伝えたのは『お土産買ってきて』だった。
電話の向こうで京司朗が笑っているのが聞こえた。
みふゆは京司朗の笑い声に安心して、会いたい気持ちがさらに募った。


「三上、土産を買う時間をとってくれ」
京司朗が笑いながら三上に言った。
「調整します。購入品の希望はありますか?」
「ああ、サリーが欲しいと言っていた。追加してくれ」
「わかりました。確か有名なシルクがありましたね。いい店をピックアップさせておきます」
三上が菊池にメールを打ち始めた。
「頼む」
京司朗は顔をほころばせながら携帯電話をポケットに入れた。

「代表、搭乗時間です。どうぞ」
インドに同行する村井の声に、京司朗はラウンジのソファから立ち上がった。

━━━━本当はそばにいたいんだ。

本心が京司朗の心をよぎった。

よぎったが、京司朗は搭乗するためにラウンジを出て行った。






「京司朗達、今頃どの辺飛んでるのかしら?」
楓がサンルームにお茶の準備をしながら窓の外の空を見た。
「そうねぇ、フィリピンを過ぎたあたりかしらね」
胡蝶が北海道土産の菓子を皿に並べている。
今日の三時のお茶は、貴之と松田俊也・胡蝶夫妻を加えた五人だ。
貴之と松田俊也はいつもの囲碁対決だ。すぐ横で、みふゆが今日も負けそうな貴之を見守っている。

「お茶の準備ができたわよ」

胡蝶が声をかけたと同時にテレビの画面が急に切り替わった。

〈番組の途中ですが、臨時ニュースを申し上げます。本日、関西国際空港発のクアラルンプール経由デリー行き━━〉


京司朗達が乗った民間機だ。



〈━━━交信が途絶え、行方を絶ったとの情報が入って参りました〉

アナウンサーの声が室内に響いた。












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