上 下
24 / 43

21 「隠された手紙」

しおりを挟む
ドイツにて未契約後回しになっていた企業や店が3件とも都合をつけたので本契約してくれるそうだ。
まだ日本に帰ってきてから2週間も経っていないと思うのだが決断が早いのはあちらの努力の賜物だろう。

「あの店のクッキー、もし可能だったらレシピ化して企業に作ってもらうのも提案しておいて」
「伝えておきます。それと古書店店主ですが整理するのに2人も要らないと伺ったので1人だけ貸しました」
新規契約の詳細を詰めて契約書を作成していく秘書2人はドイツから帰ってから巽の様子がおかしい事に気づいていたが「子供扱いは嫌だ」と言っていた彼に手を差し伸べることは止め、様子見していた。
「こっちのも見ておいてくれる?それとぬいぐるみの件はどうなったの?」
「有名トイメーカーからOK貰ったからそこで作る。ただまだ素材選びとかサイズとかはこれからだな」
「企画出た時は呼んでね」
「はいよ」
いつも通りに振舞っているように見えてもどこか落ち着きのないように見える巽に終ぞ耐えきれずに愁弥が何かあったのか聞き出す。
「体調悪いわけじゃなさそうだがなにか気になってることでもあるのか?相談に乗るぞ」
巽は気遣われてることに気づくも話すか迷うような内容だったために躊躇った。まだ話せないと。
「なんでもないよ、大丈夫。」
良い言い訳も思いつかず少し素っ気なく返してしまったが本当のことを伝えるのには整理がついていなかった。





ドイツ旅行で父が国外での個人的交流があったと知れた為、他にも仲良かった人達がいるのならきちんと挨拶した方がいいのだろうと誰の所に行くべきか品定めするために1人で父の書斎を訪ねた。
書斎には遺品の一部を残してあった。
手紙もそのうちの一つで故人の手紙を覗き見るのは些か気が引けたものの一応祖父にも見ていいのか聞くと「見られて困るものもないだろう」と返事が来た。
確かに不正や浮気などの心配は一切なかった両親なので見ても問題はない。
ただ巽一人で書斎に向かったのは亡くなっているとはいえ親族ではない者に見られるのは嫌だかなと考えた故、幼馴染み2人には遠慮してもらった。

1階の角から2つ目にある書斎に入ると正面に大きな机と椅子、両サイドにびっちりと資料の詰まった本棚が聳える。
慎が亡くなった今でもその資料は需要があるので捨てずに時々巽も利用するがずらりと並ぶ棚には手紙を仕舞っては居ない。
膨大な数の手紙がある場所は机の引き出しにある鍵を使って隠し扉の方にある。
個人情報なのでこうして隠してあるのだが遺品整理の時に処分しなかったのは巽が隠し扉の存在を知らなかったからだ。
鴻はこの屋敷をオーダーした張本人なので勿論存在は知っていたらしい。
手紙を処分しなかったのは興味がなかったからだろう。
ちなみに両親が亡くなってすぐ黒川家専属の弁護士から遺言書を預かった。
大企業の社長ともなればいつ死んでもいいように継ぐと同時に遺言状をかく。勿論巽のものも既に綴ってある。
慎の遺言書には『遺品は好きに使っていい』としか書いてなく細かくは記載されていなかった。
好きに使っていい、というのなら見てもいいのだろう。あまり罪悪感を抱かなくても良さそうだと安堵する。

角部屋側の棚の一部をスライドさせると1㎡程の扉が現れる。机に仕舞われていた鍵を使って閉じられた扉を開く。
中には整理整頓の為されていた手紙の束がa~z、あ~を(さすがに『ん』から始まる苗字は無かったようだ)と宛名で振り分けられていた。

とりあえず同じ名前で封筒の数が多いものから開けて内容を流しみる。
多ければ個人的交流がある、という訳でもないようだ。
1番数が多かった人からの手紙には「是非契約してくれ」といった内容のもので、同じような内容の物が他の人の手紙にも綴られている。
催促なら捨てればいいのに、と思うものの自身に届く手紙も凡そ同じでなにかあった時のためにと別で保管してあるのだ。
骨が折れるがaから見ていくのが無難だろう。仕方ない。

休日を使って調べているが何しろ量が多くて時間があっという間に過ぎてゆく。
朝から調べていたのだがもう昼でさくらが扉越しに呼びに来た。
一区切りつけて昼食を挟み午後も個人的交流があったと見られる人物を探し出す。
15時までに探し出すことの出来た該当人物は3人だけ。
まだJaから始まる人物をあらため始めた所だが今日はもうやめようと椅子から腰を上げて書斎を後にする。

翌日も同じく朝から書斎に籠りその日は1人だけ。

帰国後初めての出社して1週間後の休日にも恋人たちはそっちのけで書斎へ。
この時には日本人が綴ったものへと移行しており読むのは簡単だった。
そのためその日一日だけで流し見が終わる。
日本人で親しかったのは祖父共々交流のある人物5人だけだったらしいがそれもあまりプライベートなことを話している風ではなかった。
結局国外にいる5人にも満たない数としか交流はなかったらしい。
そのうちのひとりは先日顔を合わせ父の意外な一面をしれた職人で手紙の数は6通で他の3人からの手紙も10通なかった。やはり親しいからと手紙の数が多くなる訳では無いらしい。むしろ少なかった。
これはこれで面白い統計が作れそうだと他人の手紙を見て仕事に活かせないものかと考え出すあたり常々得体の知れないとしている鴻と血が繋がっているのだと分かるところだ。


探し出した4人の手紙の送り主の名前と住所、それと内容を掻い摘んでメモに残して机に広げられた大量の手紙をまた隠し扉に戻す。
手紙を全て取り出した庫内は扉のサイズよりも存外広い空間で奥行と高さがあった。

元あったように戻す為に少し身を乗り出して手紙を詰めていくが宛名ごとに纏めた束から、検めている時に気になった手紙が飛び出していた。

───   ───

その封筒には省略された名前が書いてあるものの住所はなく、けれどどこの郵便局を通ってきたのかの印鑑は為されていて国外からだった。
ただのうっかりかと思ったのだが手紙の内容はなにかの記号の様なもので埋め尽くされていて住所を書かなかったのはこのイタズラの送り主が特定されない様にしたのだと伺い知れる。
こんなものも取っておくなんてマメだと思い仕舞おうとしたが手紙から漂ってきた匂いに覚えがあるような気がして手を止めた。
「なんだっけ…この匂い…んー?…まぁいっか」
どこで嗅いだのか分からないが好きな匂いではなかったしさっさとしまった。

───   ───

何故飛び出した封筒がそれとわかったのか。
よく使われているレターセットの白だし閉じている状態では匂いも分からないはずだが巽はその手紙が嫌に気になってもう一度手に取る。
一応…と先程のメモとは別の紙に名前と内容を写し仕舞い直した。



書斎を出てリビングへ向かうと夕飯前だというのにおやつに手を出す愁弥とさくらを膝に抱える総一郎がいた。
「どうだ?慎さんの友人見つけれたか?」
「うん、すごい量の手紙があったけど4人だけみたいだよ」
「お疲れ様、その4人ともに逢いに行く?」
「そうだね…ついでがあればって感じかな。その人たちからの弔いの手紙も読んだんだけど『わざわざ会いに来なくても大丈夫だよ』ってかいてあったし、もしかしたら俺の性格を教えてたのかもね」
「(気になる手紙も見つけたけどなんか2人には伝えちゃいけない気がするんだよね…黙っておこう…)」
じっとこちらを見つめる愁弥が巽の考え込む仕草を見て話を続ける。
「その顔は慎さんへのアプローチの手紙でも見つけたか?あの人男女問わずモテる人だったからな」
「そういうのもあったけど読まずに閉じた!」
内容を聞き出そうとしたのだろうことはお見通しだ。
他人の恋文を読んで喜ぶ趣味なんて愁弥にもないがどんな口説き文句があったのかをなくなんとは無しにダメ元で聞いただけだ。
「まぁそうだよな」
「愁くんも総くんもそういう手紙来るよね?どうしてるの?」
巽宛ての手紙は全て総一郎が一度読んでから巽の元に届けられる。
ほぼ無害の手紙だが一部も居るのでそんな輩からの物を読ませないためのひと手間だ。
「俺はとりあえず読んで放置」
「そうだね…俺は読まずに放置してるよ」
読んで返事を書かない愁弥は性格的にそうだろうなとは思ったが総一郎は読まないらしい。
曰く「読んでも得はない」そうだ。
すかさず愁弥がツッコミをいれる。
「やっぱお前ズレてんな」
昔から巽にしか興味が無いしそんなものだろう、と巽には分からないアイコンタクトを交わした所で半田が夕飯ができたと呼びに来て自然と手紙の話は途切れた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

黒に染まる

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:716

エリートアルファのできちゃった結婚

BL / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:2,162

鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,002pt お気に入り:160

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,499pt お気に入り:4,185

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:449

女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:686

処理中です...