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竜、防御する
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「……困ったものだ」
思わず口に出してしまった。
隣にいるのが住み込みの使用人で、押し掛けてきた彼女でないことで、つい言葉に出してしまった。
彼も竜で昔は罪人だった。
今はもう償い釈放された身である彼だが、身を寄せる場所もないので、この邸の使用人として働いていると言う。
角を切って一度欲求を消してしまった彼は、物欲や性欲などが皆無だ。僧職によくある雰囲気を持つ使用人と暮らすのは、僕にとっては楽だった。
彼は余計な詮索などしないし、俗世間から離れた飄々とした態度や物語りは気持ちを静めてくれた。
使用人は口元を緩めると、僕が炒めている鍋の中に切った野菜を入れる。細かく切った野菜を最近、焦がすことがないよう手早く炒めれるようになった。調理をしたことがなかった僕にとっては、槍やペンを握ることより苦労したことだった。
「水、入れますよ」
使用人はそう言うとボウルの水を入れ、固形スープの元を入れた。
「この吹雪が止むまで、どうしようもありませんね」
使用人が、小さな二重窓の向こうで吹き荒れている外を眺めながら言った。
「天候の事ではないよ」
「存じてますよ。なかなか積極的なご令嬢のようですね」
使用人は軽い笑いを出し、火かき棒で窯の火を確認している。ここでは薪は貴重だ。代わり火を温存する鉱石を使い火をくべるのだ。
「ご令嬢のお覚悟はこの数日間で本物だと感じました。──でなければ、とうに弱音を吐かれておいでですよ」
「『帰りたい』と弱音を吐いて欲しいんだ」
僕は溜息をついて、まな板の上にチーズを乗せた。
厳つい包丁で固いチーズを不器用に切っていく。何せ、押さえるための片腕が無い。均等に切るには、まだまだ数をこなさなければならない。
「彼女の父は、國の中では力も発言力も強大だ。皇族と摩擦が出来ては政務に影響があるだろうし──何より、彼女には幸せな結婚をして欲しい……」
僕では駄目だ。彼女のこれからに暗い影を落としてしまう。僕は幸せを遠くから祈ることをしようと思っていたのに。
プシュ!
鍋が噴いて慌てて蓋を開けた。湯気が勢い良く天井に上がる。
使用人は手際よく鍋の中のスープをかき混ぜ、味を足していく。
「今日はチーズを入れましょうか」
切りすぎたチーズを見て思い付いた案だろう。彼の気遣いにはいつも頭が下がる。
細かく刻んで下さいと言われ、僕は半分を脇に寄せて残りを刻む作業に入る。
「シルディス様」
「何?」
「ご令嬢が来たのは、悪いことだと思ってますか?」
不意に聞かれて、すぐに言葉が出なかった。まるで僕の心の内を見透かしているようだ。
彼女の為にも彼女の両親の為にも、そして國の為にも僕の側に彼女がいたらいけない。
──しかし、彼女が僕を追いかけて来てくれた事実に嬉しくて、たまらない自分もいる。
首を振った。自分自身に呆れる。
自分の欲望のままに行動し、國を巻き込んだのは誰だ? 僕じゃないか。また不幸にさせる気か?
「駄目だ。彼女は帰す」
僕の言葉の後に、ファルデルナが入ってきた。
「洗濯物、畳み終わりました。後、お風呂のお掃除も済ませたのですけど、今日は入浴日で良かったのですよね?」
確認するように聞いてきた。
「ええ、そうですよ。ありがとうございます。湯を沸かすのは私がやりましょう」
冬の閉ざされた月は三日に一度としていた。風呂場は火種を起こす場所も室内に設置してるが、付け焼き刃のように壁は薄く、外気が入ってきて寒い。
返って身体が冷えるので、あまり入らないようにしていると使用人から聞いた。
毎日身体を清めていたから最初は抵抗を感じたが、暮らしてみるとなるほどそうだと思った。
何せ、ほとんど汗をかかないので入る必要があまり無いし、すぐに湯冷めしてしまうので、のぼせるまで入ってしまう。
しかも片腕で着替える分、時間もかかる。
チーズを刻みながらチラリと彼女を見ると、やはり風呂には入れるのが嬉しいのか、顔が上気していた。
風呂を一週間とか一ヶ月に一度にしたら帰るだろうか──僕は意地悪な考えを頭に思い浮かべていた。
***
僕は下着だけ履いて厚手のガウンをさっと羽織ると、使用人の彼に風呂を譲り部屋に戻った。
脱衣場でモタモタ着替えるより、さっと寝室に戻ってから着替えて、そのまま寝た方が良いと考えたからだ。
そうしないと一日目のファルデルナのように「お着替えのお手伝いを……」と、世話をするのが当たり前のようにやって来てしまう心配がある。
寝室に入ると、脇に寄せて置いた棚や机を扉の前につけた。
邸の鍵付きの部屋は、ファルデルナが使用している客室しかない。屋敷を与えられても罪人だから、部屋全部に鍵は付けられないのだ。
万が一、辺りに住んでいる罪人が襲ってきた時には彼女に危害が無いように、出来るだけ安全を確保する──と言う意味合いだった。
──が。
(危機は、こっちの方にあった……)
鍵がかからないことを良いことに、昼夜構わずに彼女が誘ってくる。もとい、襲ってくる。
わざと胸元の開いた服を着て、うなじが見えるように髪を上げて、肢体のはっきりするぴったりした裾で足を組む。
ふっくらした唇に薄く紅をのせて、僅かな笑みを浮かべる。
そこにいやらしさはなく、ただ艶やかさがあるだけだ。
(何で罪人になった僕に……)
彼女が欲しいと言う者は大勢いるだろうに。
このままでは、僕だっていつまで拒絶出来るか……。
「……早く吹雪が止んで帰ってくれ……」
そう呟いた。
「吹雪が止んでもわたくし、帰りません」
後ろから彼女の声がして、肩を縮めるほど驚いた。
***
「な、な、な、な、なななな何故僕の部屋に!」
扉を塞いだ戸棚を慌てて退かす。慌てすぎてうまくいかない。
と、言うのもファルデルナが近付いてきているからだ。
金の刺繍がふんだんにされた生成り色の羽毛入りのガウンをゆったりと羽織り、悠然と近付いてくる姿は優雅で妖艶だ。
宮廷で見ていた彼女ではない。
清らかな装いの、甘い笑顔。可愛らしい砂糖菓子の姫──だった。
「そんな……追い詰められたような顔をして……」
彼女はそう言いながら机の上に腰を乗せ、扉に背中を付けた僕の頬に触れる。
「──追い詰められてるんだ、実際に!」
「大方わたくしは猟師で、シルディス様は小動物が何かでしょうか?」
「し、しょうど……」
一応、竜なんだが。絶句している僕にファルデルナは熱っぽい視線を見せ、机の上に膝をかける。
僕は完全に机の上に乗った状態だった。
足の間に晒け出された彼女の輝く腿がある。
「や、止めなさい。ファルデルナ! そんな、は、はしたない真似を……!」
「言ってることが老けていましてよ、シルディス様。もう枯れてしまわれたの?」
──枯れていたらどんなに良かったか!
角を切っておけば良かったと、僕は壮絶に後悔した。
「落ち着いて、ファルデルナ! 血迷ってはいけない! 貴女に似合う相手は他にいます! ここにきて人生を棒に振るってはいけない!」
「わたくしがお慕いしてるのは、シルディス様だけです」
白くてまだ少女の手が、僕のガウンの隙間に入る。中を擦る手は、少女とは思えない動きだった。
視線が合う。
彼女の瞳が金色に輝く。
──竜の目、だ。
虹彩が大きくなり球結膜が見えなくなっている。まるで狩る前の獣のように僕を見つめる。
「シルディス様は、女性経験をお持ちでは無いのですか……?」
無いわけ無い。
宮廷には一夜だけの恋愛なんて溢れてる。父が脇目をふらずに母一筋なのが、奇跡みたいなものだと言われるほどに。
かと言って不特定多数に素性構わず、危ない橋を渡ることもない。
口を閉ざす僕にファルデルナは言った。
「わたくしはありません」
真摯な表情で告げた彼女にたいして僕は内心ホッとしていた。この積極的な態度に「もしや?」と言う思いがあったことに気付き、卑しさに頭を振った。
──何考えているんだ、彼女とはそんな関係にはならないと言ってる側から。
「シルディス様」
ファルデルナの手が僕の胸をさすり、肩を擦る。
「わたくしの身を最初に捧げるのはシルディス様が良い……どんなに周囲から言われようと……」
「ファルデルナ……!」
「生娘にどれ程の価値が? それは殿方達の目上目線で付加価値として付いたもの……しかも人の姿を取れるようになってからと聞いております。わたくしは、わたくしの考えでここまできて貴方を欲しています」
ファルデルナの手が僕のガウンを下ろした。
──途端、沈黙が起きた。
彼女の視線は僕の無くなった左腕を見ていた。
彼女の顔色が蒼白に変わる。
隠すことはしなかった。彼女の次の言葉を待つ。
ファルデルナは表情を無くしたままに、僕の左肩に触れた。
「わたくしが、シルディス様の左腕になります」
──聞きたくなかった。
そんな顔で
そんな言葉を
「……君が左腕の代わりになる必要はない」
お陰で冷静さは取り戻せた。
ファルデルナの瞳が大きく開く。
何故? と聞いているように思えたので答えた。
「これは僕のした罪に対しての罰。不慮の事故や戦で無くしたわけじゃない。僕一人が受ける罪に、君がどうして肩代わりをしなくてはいけない?」
ファルデルナの唇が震えた。
揺れだした金の瞳を、僕は真っ直ぐに見つめて言った。
「僕は罪人だ。そして君は違う。好きだと言う気持ちはありがたい。──だけど、継承権も無くし、財産も無い、何の力もない他の罪人と何ら変わりない犯罪者だ、僕は。そして君を罪に巻き込むほど価値のある男(竜)ではないんだ」
君の将来は輝いていて欲しい。
僕の闇の中に入ってはいけない──。
このままだと
寂しさにきっと、甘えてしまうから……。
思わず口に出してしまった。
隣にいるのが住み込みの使用人で、押し掛けてきた彼女でないことで、つい言葉に出してしまった。
彼も竜で昔は罪人だった。
今はもう償い釈放された身である彼だが、身を寄せる場所もないので、この邸の使用人として働いていると言う。
角を切って一度欲求を消してしまった彼は、物欲や性欲などが皆無だ。僧職によくある雰囲気を持つ使用人と暮らすのは、僕にとっては楽だった。
彼は余計な詮索などしないし、俗世間から離れた飄々とした態度や物語りは気持ちを静めてくれた。
使用人は口元を緩めると、僕が炒めている鍋の中に切った野菜を入れる。細かく切った野菜を最近、焦がすことがないよう手早く炒めれるようになった。調理をしたことがなかった僕にとっては、槍やペンを握ることより苦労したことだった。
「水、入れますよ」
使用人はそう言うとボウルの水を入れ、固形スープの元を入れた。
「この吹雪が止むまで、どうしようもありませんね」
使用人が、小さな二重窓の向こうで吹き荒れている外を眺めながら言った。
「天候の事ではないよ」
「存じてますよ。なかなか積極的なご令嬢のようですね」
使用人は軽い笑いを出し、火かき棒で窯の火を確認している。ここでは薪は貴重だ。代わり火を温存する鉱石を使い火をくべるのだ。
「ご令嬢のお覚悟はこの数日間で本物だと感じました。──でなければ、とうに弱音を吐かれておいでですよ」
「『帰りたい』と弱音を吐いて欲しいんだ」
僕は溜息をついて、まな板の上にチーズを乗せた。
厳つい包丁で固いチーズを不器用に切っていく。何せ、押さえるための片腕が無い。均等に切るには、まだまだ数をこなさなければならない。
「彼女の父は、國の中では力も発言力も強大だ。皇族と摩擦が出来ては政務に影響があるだろうし──何より、彼女には幸せな結婚をして欲しい……」
僕では駄目だ。彼女のこれからに暗い影を落としてしまう。僕は幸せを遠くから祈ることをしようと思っていたのに。
プシュ!
鍋が噴いて慌てて蓋を開けた。湯気が勢い良く天井に上がる。
使用人は手際よく鍋の中のスープをかき混ぜ、味を足していく。
「今日はチーズを入れましょうか」
切りすぎたチーズを見て思い付いた案だろう。彼の気遣いにはいつも頭が下がる。
細かく刻んで下さいと言われ、僕は半分を脇に寄せて残りを刻む作業に入る。
「シルディス様」
「何?」
「ご令嬢が来たのは、悪いことだと思ってますか?」
不意に聞かれて、すぐに言葉が出なかった。まるで僕の心の内を見透かしているようだ。
彼女の為にも彼女の両親の為にも、そして國の為にも僕の側に彼女がいたらいけない。
──しかし、彼女が僕を追いかけて来てくれた事実に嬉しくて、たまらない自分もいる。
首を振った。自分自身に呆れる。
自分の欲望のままに行動し、國を巻き込んだのは誰だ? 僕じゃないか。また不幸にさせる気か?
「駄目だ。彼女は帰す」
僕の言葉の後に、ファルデルナが入ってきた。
「洗濯物、畳み終わりました。後、お風呂のお掃除も済ませたのですけど、今日は入浴日で良かったのですよね?」
確認するように聞いてきた。
「ええ、そうですよ。ありがとうございます。湯を沸かすのは私がやりましょう」
冬の閉ざされた月は三日に一度としていた。風呂場は火種を起こす場所も室内に設置してるが、付け焼き刃のように壁は薄く、外気が入ってきて寒い。
返って身体が冷えるので、あまり入らないようにしていると使用人から聞いた。
毎日身体を清めていたから最初は抵抗を感じたが、暮らしてみるとなるほどそうだと思った。
何せ、ほとんど汗をかかないので入る必要があまり無いし、すぐに湯冷めしてしまうので、のぼせるまで入ってしまう。
しかも片腕で着替える分、時間もかかる。
チーズを刻みながらチラリと彼女を見ると、やはり風呂には入れるのが嬉しいのか、顔が上気していた。
風呂を一週間とか一ヶ月に一度にしたら帰るだろうか──僕は意地悪な考えを頭に思い浮かべていた。
***
僕は下着だけ履いて厚手のガウンをさっと羽織ると、使用人の彼に風呂を譲り部屋に戻った。
脱衣場でモタモタ着替えるより、さっと寝室に戻ってから着替えて、そのまま寝た方が良いと考えたからだ。
そうしないと一日目のファルデルナのように「お着替えのお手伝いを……」と、世話をするのが当たり前のようにやって来てしまう心配がある。
寝室に入ると、脇に寄せて置いた棚や机を扉の前につけた。
邸の鍵付きの部屋は、ファルデルナが使用している客室しかない。屋敷を与えられても罪人だから、部屋全部に鍵は付けられないのだ。
万が一、辺りに住んでいる罪人が襲ってきた時には彼女に危害が無いように、出来るだけ安全を確保する──と言う意味合いだった。
──が。
(危機は、こっちの方にあった……)
鍵がかからないことを良いことに、昼夜構わずに彼女が誘ってくる。もとい、襲ってくる。
わざと胸元の開いた服を着て、うなじが見えるように髪を上げて、肢体のはっきりするぴったりした裾で足を組む。
ふっくらした唇に薄く紅をのせて、僅かな笑みを浮かべる。
そこにいやらしさはなく、ただ艶やかさがあるだけだ。
(何で罪人になった僕に……)
彼女が欲しいと言う者は大勢いるだろうに。
このままでは、僕だっていつまで拒絶出来るか……。
「……早く吹雪が止んで帰ってくれ……」
そう呟いた。
「吹雪が止んでもわたくし、帰りません」
後ろから彼女の声がして、肩を縮めるほど驚いた。
***
「な、な、な、な、なななな何故僕の部屋に!」
扉を塞いだ戸棚を慌てて退かす。慌てすぎてうまくいかない。
と、言うのもファルデルナが近付いてきているからだ。
金の刺繍がふんだんにされた生成り色の羽毛入りのガウンをゆったりと羽織り、悠然と近付いてくる姿は優雅で妖艶だ。
宮廷で見ていた彼女ではない。
清らかな装いの、甘い笑顔。可愛らしい砂糖菓子の姫──だった。
「そんな……追い詰められたような顔をして……」
彼女はそう言いながら机の上に腰を乗せ、扉に背中を付けた僕の頬に触れる。
「──追い詰められてるんだ、実際に!」
「大方わたくしは猟師で、シルディス様は小動物が何かでしょうか?」
「し、しょうど……」
一応、竜なんだが。絶句している僕にファルデルナは熱っぽい視線を見せ、机の上に膝をかける。
僕は完全に机の上に乗った状態だった。
足の間に晒け出された彼女の輝く腿がある。
「や、止めなさい。ファルデルナ! そんな、は、はしたない真似を……!」
「言ってることが老けていましてよ、シルディス様。もう枯れてしまわれたの?」
──枯れていたらどんなに良かったか!
角を切っておけば良かったと、僕は壮絶に後悔した。
「落ち着いて、ファルデルナ! 血迷ってはいけない! 貴女に似合う相手は他にいます! ここにきて人生を棒に振るってはいけない!」
「わたくしがお慕いしてるのは、シルディス様だけです」
白くてまだ少女の手が、僕のガウンの隙間に入る。中を擦る手は、少女とは思えない動きだった。
視線が合う。
彼女の瞳が金色に輝く。
──竜の目、だ。
虹彩が大きくなり球結膜が見えなくなっている。まるで狩る前の獣のように僕を見つめる。
「シルディス様は、女性経験をお持ちでは無いのですか……?」
無いわけ無い。
宮廷には一夜だけの恋愛なんて溢れてる。父が脇目をふらずに母一筋なのが、奇跡みたいなものだと言われるほどに。
かと言って不特定多数に素性構わず、危ない橋を渡ることもない。
口を閉ざす僕にファルデルナは言った。
「わたくしはありません」
真摯な表情で告げた彼女にたいして僕は内心ホッとしていた。この積極的な態度に「もしや?」と言う思いがあったことに気付き、卑しさに頭を振った。
──何考えているんだ、彼女とはそんな関係にはならないと言ってる側から。
「シルディス様」
ファルデルナの手が僕の胸をさすり、肩を擦る。
「わたくしの身を最初に捧げるのはシルディス様が良い……どんなに周囲から言われようと……」
「ファルデルナ……!」
「生娘にどれ程の価値が? それは殿方達の目上目線で付加価値として付いたもの……しかも人の姿を取れるようになってからと聞いております。わたくしは、わたくしの考えでここまできて貴方を欲しています」
ファルデルナの手が僕のガウンを下ろした。
──途端、沈黙が起きた。
彼女の視線は僕の無くなった左腕を見ていた。
彼女の顔色が蒼白に変わる。
隠すことはしなかった。彼女の次の言葉を待つ。
ファルデルナは表情を無くしたままに、僕の左肩に触れた。
「わたくしが、シルディス様の左腕になります」
──聞きたくなかった。
そんな顔で
そんな言葉を
「……君が左腕の代わりになる必要はない」
お陰で冷静さは取り戻せた。
ファルデルナの瞳が大きく開く。
何故? と聞いているように思えたので答えた。
「これは僕のした罪に対しての罰。不慮の事故や戦で無くしたわけじゃない。僕一人が受ける罪に、君がどうして肩代わりをしなくてはいけない?」
ファルデルナの唇が震えた。
揺れだした金の瞳を、僕は真っ直ぐに見つめて言った。
「僕は罪人だ。そして君は違う。好きだと言う気持ちはありがたい。──だけど、継承権も無くし、財産も無い、何の力もない他の罪人と何ら変わりない犯罪者だ、僕は。そして君を罪に巻き込むほど価値のある男(竜)ではないんだ」
君の将来は輝いていて欲しい。
僕の闇の中に入ってはいけない──。
このままだと
寂しさにきっと、甘えてしまうから……。
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