竜の紅石*缶詰

鳴澤うた

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竜、風になる

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「ここで待っていてくれ」
  護衛に告げるとイェルディスはシルヴィアだけを伴い、なだらかな丘陵を歩く。
「久し振りね」
 イェルディスとシルヴィアの手には、セクトゥム國から戻る際に、花咲き乱れる山から採ってきた花々が香りを漂わせている。
「ああ。こういう機会でないと、夫婦揃って宮廷から出ることもないからな」
 二人は丘の上で止まると、緩やかな坂の先を眺めた。
 足の短い草にを敷き詰め、周囲を季節折々の草花や樹木で植めた広がる地。
 そこにポツンポツンと白い墓碑が建てられていた。
 二人は迷いもせず一つ目の墓碑の前に立ち、持ってきた花を四等分に分け、その一つを添えた。
 周囲に比べると、かなり大きく立派な物だ。
 前皇帝ディスライアと前皇妃ジーンイェルの碑である。
 ──と言ってもここに眠るのは遺品だけだ。
 ディスライアは灰になって空に消えてしまったし、ジーンイェルはアイシリアが拒絶したのだ。
 何のためと言えば、象徴としての碑だ。
 二人は形だけの碑に別れを告げて次の碑に向かう。
 次はシルヴィアの父と母の碑であった。
「父様、母様、次の皇帝は女性になるかもしれませんよ」
 フフ、とシルヴィアは楽しそうに報告する。
「次にいこうか」
「はい」
 次の碑はアイシリアやジーンイェルが眠る場所。
「母上、樹來が婚約をしました。いずれ報告に来ましょう。お祖母様、その時には怒らないでやって下さい。相手の方は樹來にとって、唯一無二の存在ですから」
 イェルディスが、まるで相手がその場にいるように諭しながら報告をした。

 最後──先の二つよりずっと小さな碑である。
「先にガイラ達が来たのね」
 一日二日ほど経ったと思う花束が供えられていた。
「そのようだね」
 イェルディスはシルヴィアから花を受けとると、一緒に供える。
「カザム……お前の息子はお前によく似てる。気性も性格も……」
 長い沈黙があった。
 イェルディスの、じっと碑を見つめる眼差しはとても優しげなものだった。
 まるでその場にカザムがいて、話し込んでいるように。

 シルヴィアは横で黙って時を待った。
 次期皇帝と言う身分。そして引退前には「凶皇」と囁かれた父親の血を引き──その恐怖に囚われたあまりに自分を押し殺し、常に公平で冷静に生きようとしていたイェルディス。
 彼の壁を崩して、より人らしく生きることを教えたカザム。
(一時期嫉妬して意地悪嫌したわ……ごめんね、カザム)
 ここに来る度に同じ謝罪をしてしまう自分に、シルヴィアはいつも自嘲する。
 望まれて彼の婚約者となったのに、途中から自分を遠ざけようとして、あまりにも取り繕うとして──なのにカザムには心の底から笑顔を見せて。
 ──カザム。貴方が亡くなって、わたくしも悲しかった。
 まるで、つがいを亡くした竜みたいになったイェルディスを貴方は見ていたかしら……?
 根も葉もない噂があったけど、あれは本当かと思ったほどよ?
 イェルディスは理想そのもの、象徴としてその観念を教わり育てられた。
 だから、色差別の竜社会が許せなかった。
 その隔たりを打破する希望の貴方が亡くなったのは、自分の理想とする社会が壊れたと思ったの。
 皮肉よね。
 貴方が亡くなってから、わたくしたち本当に分かり合えて愛し合うようになった。
 わたくしたちが分かりあって、今ここに貴方がいたらもっと違う今があった。

 ──そうしたら、俺の息子は生まれてないな、きっと。

「──えっ?」
「どうした? シルヴィア」
 急に問うような声をあげたシルヴィアを、イェルディスは不思議そうに見つめた。
「……空耳」
 そう、シルヴィアは答えた。

 他の世界から導かれてやって来た竜は、死んでから何処へ帰るのか。
 元の世界に戻るのか。
 それとも、この世界で何処へも行けず漂い続けるのか。
 誰も知らない。

 シルヴィアは空を見上げた。
 澄んだ青が真上に広がっている。
 空を漂う雲は穏やかな風に流され、形を変えていく。
 流れていく雲が一瞬竜の形に変え、楽しそうに翼を羽ばたかせているように見えた。
「竜の形をした雲……」
 シルヴィアの声に導かれて、イェルディスも空を見上げた。
「風に吹かれて気持ちが良さそうだ」
「今日は、上空に流れる風が気持ち良かったもの」
 シルヴィアがそう言うと、風が地を駆け草花を揺らし、花弁を空へ運んでいった。
「竜の翼が作った風のようだ」
 イェルディスが目で風を追いながら笑った。
「そうね」

 シルヴィアは風に乗って空を飛ぶ、花弁を追う。
「懐旧の情を感じる風だな……」
 イェルディスが思いに浸るように呟いた。
「わたくしもそう感じていた所」
 二人、自然に寄り添い、澄んだ空を見つめる。
 誰を思い出すのか、口に出さなくとも分かる。

 風が二人を撫でる。

 自分の息子の婚約を祝福しているように、花弁が風に舞い続けていた。


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