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竜、好む
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他サイトにUPしていた部分です。
書籍化するさいに省いた部分ですが、残していたので公開します。
「ねえ緋桜、外で待っているのはあんたの好い人かい?」
エリエが、窓越しから見える樹來の背中を指差す。
「護衛よ。一応お忍びだから、ああいう格好でいるの」
そう答えながらも、つい顔が綻ぶ。
緋桜の様子にエリエは肘で突きながら
「話していた例の想い人かい?」
と囃し立てた。
エリエに話したには話したが、あの時の想いと変わっている。緋桜は曖昧に笑って見せた。
──息子であり、弟の存在の樹來に会いたいと思っていた時と。
違ったのかもしれない。そう思い始めたのは、樹來から告白を受けた時からだ。
子供の時から自分を一人の女性として見ていたと言われた時、驚きと共に嬉しさが込み上げてきた。
自分もあの頃の小さな彼の中の『男性』を見ていたのだろうか?
もし迎えが来なく、彼が大人になっても自分と一緒にいたら──男女の関係になっていただろうか?
『受容』していただろうと緋桜は感じていた。拒絶出来ない。
いつも前を歩いて、銀の髪を光に靡かせていた後ろ姿。
今だって窓越しからも硝子に反射して光る銀髪が眩しい。
彼の全てを見ていたい──幼い頃から彼を見ていた、隠れていた自分の願望だ。
「呼んでおいでよ。暇だし、お茶でも出すからさ」
ついでにドアカーテンも閉めといて、とせっつかれ、緋桜は表で待っている樹來を呼びに行く。
「お茶でも飲みましょうって」
「外で待ってるよ。立ち仕事は慣れてるし」
「エリエさんの旦那さんの友人が、あの下宿の所有者なの。彼女を通した方が早いと思うわ」
あの翼雲祭時の襲撃で瀕死の状態になった樹來は、そのまま宮廷に戻ってしまったので途中から下宿先の支払いをしていなかったのだ。
「帝都を出る前に払いに行かないと」
と城下街を歩きながら話していた。
緋桜の言葉に樹來は「そうなんだ」と、同意するように頷いた。
「じゃあ……ごちそうになろうかな」
樹來も緋桜に続いて中へ入る。
「ようこそ、いらっしゃい! この店の主人のエリエだよ。さあさあ、奥へ入って!」
──樹來の動きが止まった。
鍵を閉めてカーテンを閉じながらも緋桜は、その彼の様子にどこかで同じ姿を見たことを思い出す。
「……樹來?」
後ろから背中を叩いた。はっ、と我に返った樹來だが、まだ気が抜けた感じで浅黒い肌に赤みがかっていた。
前にもこんな様子の竜を見た覚えがある。
シルディス殿下だ──。
「樹來……?」
もう一度名を呼ぶ。樹來は慌てて頭を下げ
「ご、ごちそうになります!」
と、声を上げた。
まあまあ、可愛い子だねえと、エリエはカラカラと笑いながら奥へ案内をした。
樹來の足取りが奇妙だ。硬直した身体をどうにか前に進めている様子に、緋桜は袖の裾を摘まみ引き止める。
「樹來、どうしたの? おかしいわよ」
「──いや、だって……驚いちゃって。エリエさんが凄い美人だってこと事前に教えてよ」
「……凄い美人……」
緋桜もエリエの優しくておおらかな性格の滲み出た顔立ちが大好きだ。笑顔が素敵だと緋桜は思う。
だが、世間一般に言う美人を想像しろと言われれば、シルヴィア皇妃を思い出す緋桜だ。
はぁ、と溜め息をついて胸に手を押さえた樹來は、気持ちを落ち着かせるのに必死なようだ。
「素敵な人だな……綺麗だし美人でふくよかだ。あんな人、宮廷にいないよ」
うっとりしている樹來は、緋桜が側にいるのも意に貸さず呟いている。その様子がますますシルディス臭漂う。
「……エリエさんのような人が好みなんだ……」
「俺だけじゃないよ。竜の男の理想の相手だ。全体的にふくふくしていて何て素晴らしい……! 旦那さんがいるのが惜しいところだ!」
「……へぇ、そう。物足りなくてごめんなさいね」
尖った緋桜の台詞も頭に入らないらしい。
こんな樹來を見た事がない。紅い瞳が輝いている。
彼も今日からエリエに粘着をするのだろうか? シルディスのように。
自分は放置されるのか、ファルデルナのように。
竜の意外な性癖と樹來の豹変した態度に、緋桜の気分が沈んでいく。
「本当に……何て美味そうなんだ……」
樹來の言葉にギョッとして顔を上げた。
「……竜って人肉食べるの?」
「食べないよ」
と言うが、口から涎が出そうな勢いだ。
「……今お腹空いてるの?」
「少し……」
「食べちゃ駄目よ……?」
「食べないって。──でも、性欲と食欲って繋がってると言うだろう?」
「他の竜の男もそうなのね……」
竜の男が好きな女性と言うのが、要するにふくよかなのが良いらしい。
「胸やお尻が大きいのが好きって……そう言う意味が絡んでいるのね」
「やっぱり……痩せよう……」
ずれた美的感覚に緋桜は、ぼそりと呟いた。
「──そう言えば、最近の緋桜はふっくらしてきたね」
緋桜の呟きが耳に入ったのか、いきなり素面に戻った樹來に言われ顔を赤くする。
「宮廷のご飯がお肉が多いんですもん! 甘い物も! 痩せますから……! 絶対痩せて見せますからね!」
さっさと奥に入っていった緋桜を追いかけながら、
「もしかして急に槍の訓練しだしたのって、それ? 良いのに! ふくよか最高だよ!」
と、声を大にして告げる樹來。
「嫌です! 宮廷に行く前のお腹に戻って見せるんだから!」
「太っても緋桜は緋桜だよ。──いや、あの感触が更に柔らかくなるんなら、是非太って欲しい!」
「痩せても私は私です! それに言ってることがイヤらしいわよ、樹來!」
「……若いって良いねえ」
笑いながらエリエはケーキを切り分けて、二人の痴話喧嘩に耳を傾けていた。
だが、セクトゥム國に戻った緋桜は厳しい王女教育と締め付ける衣装と──樹來の夜這いによって、見事元の体型に戻ったという。
書籍化するさいに省いた部分ですが、残していたので公開します。
「ねえ緋桜、外で待っているのはあんたの好い人かい?」
エリエが、窓越しから見える樹來の背中を指差す。
「護衛よ。一応お忍びだから、ああいう格好でいるの」
そう答えながらも、つい顔が綻ぶ。
緋桜の様子にエリエは肘で突きながら
「話していた例の想い人かい?」
と囃し立てた。
エリエに話したには話したが、あの時の想いと変わっている。緋桜は曖昧に笑って見せた。
──息子であり、弟の存在の樹來に会いたいと思っていた時と。
違ったのかもしれない。そう思い始めたのは、樹來から告白を受けた時からだ。
子供の時から自分を一人の女性として見ていたと言われた時、驚きと共に嬉しさが込み上げてきた。
自分もあの頃の小さな彼の中の『男性』を見ていたのだろうか?
もし迎えが来なく、彼が大人になっても自分と一緒にいたら──男女の関係になっていただろうか?
『受容』していただろうと緋桜は感じていた。拒絶出来ない。
いつも前を歩いて、銀の髪を光に靡かせていた後ろ姿。
今だって窓越しからも硝子に反射して光る銀髪が眩しい。
彼の全てを見ていたい──幼い頃から彼を見ていた、隠れていた自分の願望だ。
「呼んでおいでよ。暇だし、お茶でも出すからさ」
ついでにドアカーテンも閉めといて、とせっつかれ、緋桜は表で待っている樹來を呼びに行く。
「お茶でも飲みましょうって」
「外で待ってるよ。立ち仕事は慣れてるし」
「エリエさんの旦那さんの友人が、あの下宿の所有者なの。彼女を通した方が早いと思うわ」
あの翼雲祭時の襲撃で瀕死の状態になった樹來は、そのまま宮廷に戻ってしまったので途中から下宿先の支払いをしていなかったのだ。
「帝都を出る前に払いに行かないと」
と城下街を歩きながら話していた。
緋桜の言葉に樹來は「そうなんだ」と、同意するように頷いた。
「じゃあ……ごちそうになろうかな」
樹來も緋桜に続いて中へ入る。
「ようこそ、いらっしゃい! この店の主人のエリエだよ。さあさあ、奥へ入って!」
──樹來の動きが止まった。
鍵を閉めてカーテンを閉じながらも緋桜は、その彼の様子にどこかで同じ姿を見たことを思い出す。
「……樹來?」
後ろから背中を叩いた。はっ、と我に返った樹來だが、まだ気が抜けた感じで浅黒い肌に赤みがかっていた。
前にもこんな様子の竜を見た覚えがある。
シルディス殿下だ──。
「樹來……?」
もう一度名を呼ぶ。樹來は慌てて頭を下げ
「ご、ごちそうになります!」
と、声を上げた。
まあまあ、可愛い子だねえと、エリエはカラカラと笑いながら奥へ案内をした。
樹來の足取りが奇妙だ。硬直した身体をどうにか前に進めている様子に、緋桜は袖の裾を摘まみ引き止める。
「樹來、どうしたの? おかしいわよ」
「──いや、だって……驚いちゃって。エリエさんが凄い美人だってこと事前に教えてよ」
「……凄い美人……」
緋桜もエリエの優しくておおらかな性格の滲み出た顔立ちが大好きだ。笑顔が素敵だと緋桜は思う。
だが、世間一般に言う美人を想像しろと言われれば、シルヴィア皇妃を思い出す緋桜だ。
はぁ、と溜め息をついて胸に手を押さえた樹來は、気持ちを落ち着かせるのに必死なようだ。
「素敵な人だな……綺麗だし美人でふくよかだ。あんな人、宮廷にいないよ」
うっとりしている樹來は、緋桜が側にいるのも意に貸さず呟いている。その様子がますますシルディス臭漂う。
「……エリエさんのような人が好みなんだ……」
「俺だけじゃないよ。竜の男の理想の相手だ。全体的にふくふくしていて何て素晴らしい……! 旦那さんがいるのが惜しいところだ!」
「……へぇ、そう。物足りなくてごめんなさいね」
尖った緋桜の台詞も頭に入らないらしい。
こんな樹來を見た事がない。紅い瞳が輝いている。
彼も今日からエリエに粘着をするのだろうか? シルディスのように。
自分は放置されるのか、ファルデルナのように。
竜の意外な性癖と樹來の豹変した態度に、緋桜の気分が沈んでいく。
「本当に……何て美味そうなんだ……」
樹來の言葉にギョッとして顔を上げた。
「……竜って人肉食べるの?」
「食べないよ」
と言うが、口から涎が出そうな勢いだ。
「……今お腹空いてるの?」
「少し……」
「食べちゃ駄目よ……?」
「食べないって。──でも、性欲と食欲って繋がってると言うだろう?」
「他の竜の男もそうなのね……」
竜の男が好きな女性と言うのが、要するにふくよかなのが良いらしい。
「胸やお尻が大きいのが好きって……そう言う意味が絡んでいるのね」
「やっぱり……痩せよう……」
ずれた美的感覚に緋桜は、ぼそりと呟いた。
「──そう言えば、最近の緋桜はふっくらしてきたね」
緋桜の呟きが耳に入ったのか、いきなり素面に戻った樹來に言われ顔を赤くする。
「宮廷のご飯がお肉が多いんですもん! 甘い物も! 痩せますから……! 絶対痩せて見せますからね!」
さっさと奥に入っていった緋桜を追いかけながら、
「もしかして急に槍の訓練しだしたのって、それ? 良いのに! ふくよか最高だよ!」
と、声を大にして告げる樹來。
「嫌です! 宮廷に行く前のお腹に戻って見せるんだから!」
「太っても緋桜は緋桜だよ。──いや、あの感触が更に柔らかくなるんなら、是非太って欲しい!」
「痩せても私は私です! それに言ってることがイヤらしいわよ、樹來!」
「……若いって良いねえ」
笑いながらエリエはケーキを切り分けて、二人の痴話喧嘩に耳を傾けていた。
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