左遷も悪くない

霧島まるは

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18 / 80
2巻

2-2

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 ウリセスは風呂に入ってさっぱりした身体で寝台に入った。祭日の前の日だからと、レーアが風呂の支度をしてくれていたのだ。

「明日から冬になりますね」

 人の都合で決めた季節の線でも見えるかのように、レーアがそんなことを言葉にしながら、寝台の隣にもぐりこんでくる。寒くなるというのに、何故か嬉しそうだ。

「冬が好きなのか?」

 ウリセスの素朴な疑問に、レーアが一瞬きょとんとした顔をする。まだ燭台を消していなかったからこそ、見えた表情だった。

「ええと……そうですね、今年から好きになりました」

 その顔が、ゆっくりと笑顔に崩れていく。
 何か、冬が好きになるようなことでもあったのだろうかとウリセスは考えるが、分かるはずもなかった。ただ、自分が生まれた季節を好きだと言われるのが嫌なはずもなく、「そうか」とだけ返した。
 レーアが生まれたのは春季だという。ウリセスにとって春とは、異動の季節でもあるため、あまり楽しい思い出はない。これまでの経験上、都合の良い異動というものをしたことがなかった。左遷されたのも、今年の春だ。

「消すぞ」
「はい……」

 だが、次の春からは好きになれそうだった。



 3 冬を迎えた女


 冬朔の朝は、その名に相応しい冷え込みだった。冬の盛りと比べるとまだまだ弱いものだが、秋季を過ごしてきた人間にとっては、とても寒く感じる。
 しかし、レーアはそんな寒さも気にすることなく、夫と自分の外套コートを用意して、いそいそと出かける準備を済ませた。手袋や襟巻えりまきはさすがにまだ大袈裟だろうと、置いていくことにする。

「いってらっしゃい」

 ウリセスと二人で玄関から出るところをジャンナに見送られるのは、これが初めてのことだった。見慣れない、少しくすぐったい光景だとレーアは思った。

「鍵は閉めてね。知らない人が来ても開けちゃ駄目ですからね」
「分かってるわよもう。義姉さんが買い物行ってる時だって、ちゃんと守ってるでしょ」

 照れ隠しと心配の両方を抱えたレーアは、振り返ってジャンナに声をかけるが、子供扱いされたことに腹を立てた彼女に逆に噛み付かれる。そんな彼女の声に追い立てられるように、レーアはウリセスと家を出た。
 冷えた朝の空気の中、二人で歩き始める。お天気は、いまひとつはっきりしないくもり。晴れそうであり、もっと雲が厚くなりそうでもある、どっちつかずの曖昧な空。
 レーアは、そんな微妙な天気を見上げることはしなかった。それよりも、彼女が気にすべきは地面だった。いつもより少しばかり、足元がふわふわしている気がした。
 初めて二人で出かけることに、浮かれてしまっているのだ。一緒に家に帰ってきたことさえ、まだ二回しかない。結婚式の後に手を握って帰った時と、豊年祭の後、泣きながら手を引かれて帰った時。
 思えば、ウリセスと帰る時は、二度とも手を握ってもらっていた。それを思い出すと、少しレーアは恥ずかしく思う。普通の夫婦というものは、あんな風に外で手を握ることは少ない。勿論、結婚式のしきたりは別だったが。
 ちらりと隣を見上げると、彼の身体はレーアより少し前に出かかっていた。脚の長さが違うため、歩幅に差が出る。更に、足を動かす速度も圧倒的に違う。彼が普通に歩くだけで、レーアは簡単に置いて行かれるだろう。

「あ、あのっ、ウリセス。腕を貸していただけませんか?」

 それが寂しくて、レーアは夫にそう告げた。こんなお願いが出来るのは、夫か家族くらいしかない。そしてここには、ウリセスという彼女の夫がいる。いま彼に頼まずして、いつ誰に頼むというのか。

「あ、ああ……」

 少しの間が空いた後、彼女の意図に気づいたようで、ウリセスは左肘を彼女の方へと出した。「ありがとうございます」と、レーアは嬉しさを隠さずにその腕に手をかける。
 最初の十数歩は、うまく息と歩幅が合わず、引っ張られそうになったり遅くなりすぎたりした。それが、次第に同じ速度になっていく。そしてついに、最初からそうだったかのように、一緒に歩く姿を二人で作り上げることに成功する。
 その何とも言えない小さな充実感に、レーアはいまの自分がとても幸せだと感じた。


 冬朔の午前中の神殿は、多くの子供連れでごったがえしていた。これから行われる祭日の礼拝が終わったら、またひとつ年を重ねた子供らにお菓子が配られるからだ。
 とはいうものの、連れられている子供は、大体一人。多くて二人。誕生季でない子供は、神殿に行きたがらないせいだ。子供にとって神官のお説教は、退屈でつまらないものだろう。お菓子というご褒美があるからこそ、誕生季の朔の日は彼らにとって特別な意味がある。
 事実、子供の頃レーアとセヴェーロが東の神殿に出かける時、イレネオは「オレ関係ないもん」と、家でふてくされていたものだ。その代わり、夏には母親の手を強く引っ張って出かけて行った。
 子供の甲高い声が響く神殿に、レーアは夫と二人で足を踏み入れる。新たに誰かが入ってくると、余程話に夢中になっていない限り、知り合いかどうかを確認するために、みなちらりと入り口を見るものだ。その視線は、すぐに通り過ぎる予定だった。
 だが、神殿の中は一気に静かになった。小さな子供たち以外の、特に大人たちの話し声が一瞬完全に途切れる。静謐せいひつな神殿の空気が届いたせいか──なんて、お花畑なことを考えかけた自分の頭を、彼女は殴りたかった。大人たちは、ぎょっとした顔でウリセスを見ていたし、子供たちの一部もそれに釣られるように固まっていたというのに。
 ああ、とレーアは、夫の肘にかけた手を震わせた。
 ウリセスについての悪い噂は少しずつ薄れている、と兄弟からは聞いていたが、それでもまだ根強く残っていることを、彼らの表情で思い知ったのである。
 一緒に神殿に行きたい。豊年祭で出来なかったことをしたいと思った自分の気持ちが、ウリセスの害になったのではないかと、レーアが後悔しかけた時。

「連隊長閣下!」

 神殿の奥から、がっしりした青年が早足で近づいてきた。腕には三歳くらいの男の子を抱えている。

「今日は軍服をお召しではないので、一瞬分かりませんでした。あっ、ええと俺は……」
「エットレ=バッソ……」

 ウリセスが、静かに彼の名を口にする。青年はきょとんとした後、たまらないほどの笑顔になる。

「名前を覚えていただいて光栄です! あ、これうちの長男のブレロです。ほら、ブレロ。お父さんに剣を教えてくれる、一番強い人だぞ。お前の夢に出たオバケだって、簡単に倒しちゃうぞ」

 その笑顔は明るい声を引き出し、抱えた子供をウリセスへと近づけさせた。子供はよく分かっていないように、目の前のウリセスを見上げている。

「良かったら、ブレロをなでていただけませんか? 俺の子供の頃に似て、すごい弱虫で困ってるんですよ」
「よあむしじゃないっ」

 舌たらずな言葉とともに、小さな拳がぽかりと父の胸を打つ。それに笑う青年。
 そんな子供の頭に、ぽんぽんと、大きなウリセスの手が乗る。

「俺も弱虫だった……大丈夫だ。男は最初から強く生まれるんじゃない……強くなりたいと思って生きるかどうかだ」

 大人の普通の言葉で、彼はそう子供に語りかける。小さな子に、その意味が伝わることはないだろう。

「あっ、ありがとうございます」

 だが、父親には十分伝わったようだ。「良かったな」と、嬉しそうに子供を抱え直している。そんな親子の後ろから、

「あ、あのぉ……閣下、すみません、良かったらうちの子たちにも……」

 両腕に、双子の男の子を一人ずつ抱えた青年が、申し訳なさそうに顔を出した。

「何だよ、ベナッシ。真似すんなよ」
「真似じゃねぇよ、俺だって行こうと思ってたのに、お前が先に飛び出すから……っていうか名前言うなよ。俺だって、閣下に名前当ててもらいたかったんだから」

 ああ。
 レーアは、唇を噛み締めた。泣きそうだったのだ。神殿の中で消えていた音は、いつの間にか戻ってきている。人々は、何事もなかったかのように雑談に戻っていた。

「ベナッシ=アッカルド、だったな。視察の時は、よく働いてくれた」

 人の声の溢れる中、ウリセスが目の前で小突き合う男の一人に、そう語りかける。

「いやあ、光栄です。あの時は土砂崩れに野盗にと、本当に大変でしたね」

 レーアの心配など、杞憂きゆうだった。ウリセスのことをよく知らないままに嫌っている人がいたとしても、知っている人はこうして彼をしたってくれるのだ。こんな光景が広がっていけば、だんだん悪い噂も消えていくだろう。
 ウリセスが誠実に、まっすぐ部下と向き合っている何よりの証拠だった。

「双子か?」
「はい、自慢の息子たちです!」
「そうか……元気に育てよ」

 レーアは夫の穏やかな横顔を見上げ、こみ上げてくる熱い気持ちを呑み下したのだった。



 4 冬を歩いた女


 冬朔の礼拝は終わったが、まだ誰も帰ろうとはしない。
 これから子供たちが神官からお菓子をもらう大事な儀式があり、我慢出来ずに早速席から飛び出してきている子供の流れを、邪魔してしまうかもしれないからだ。大人はそれを分かっているので、穏やかに子供たちを見守っている。
 レーアもウリセスと長椅子に並んで座ったまま、そんな光景を見ていた。自分で並ぶ子供もいれば、まだ小さくて親に抱っこされて並ぶ子もいる。やっと退屈な礼拝が終わり、子供たちは一番楽しみにしていた時間が待ちきれないという笑みを浮かべている。
 先頭の、大きめの子が元気よく自分の名を名乗る。一人で列に並ぶには、これが出来ることが条件だ。町の戸籍は神殿が管理していて、町民の誕生日や年齢はきちんと記録されている。誰にお菓子を配るかを神殿は把握しており、渡すたびに名簿にしるしをつけていく。
 レーアはいつも小さな声で名乗っていたので、神官に聞き直されることもしばしばだった。セヴェーロは、更に小さな声だったが。
 ウリセスに撫でてもらった子たちもお菓子の袋を握り、嬉しそうに父親に抱えられて帰っていく。席の横を通り過ぎる時に挨拶されたので、レーアは慌てて「お誕生季おめでとうございます」と、小さな声で返した。
 自分で歩く子供たちは、お菓子の袋を掲げて踊るような足取りで神殿を飛び出して、その後を親が追って行く。「待ちなさい」「お前のお菓子何?」「同じだよ」「そっちのが多い」「ほら前見て歩きなさい」「おんなじだってば」──はしゃぐ声と親の制する声が響く。
 その幸せな列が終わった後に、礼拝に参加していた大人たちがゆっくりと帰り始める。ウリセスも、膝の上に載せていた外套を掴んで立ち上がり、隣のレーアに手を差し出した。彼女もまた外套を抱え、夫の手を取って立ちあがる。
 一つ前の秋朔しゅうさくには、いまの自分の姿を想像も出来なかったと、レーアは感慨深く思った。結婚というものは、こんなに劇的に日常生活を変えるものなのかと、改めて驚いていた。
 神殿を出ると、空の雲はだいぶ薄れていて、明るくなっていた。寒さもそれほどではなく、外套を着込むかどうかレーアが考えていると、ウリセスはさっさとそれを右腕にかけてしまった。もはや袖を通す気はないようだ。

「歩いていれば、温かくなりますね」

 レーアも左腕に外套をかけ、空いた右手をウリセスの腕に伸ばす。

「そうだな」

 言葉少なに、でもきちんと返事をしてくれる。そんな些細なやりとりでも、レーアは幸せだった。行きと同じ道のりを、レーアの歩幅で一緒に歩く。そこにはもはや、朝ほどのぎこちなさはなかった。

「カブを買ったそうだな」
「え? ジャンナが言ったんですか?」

 一昨日、冬朔の日は仕事をすると言われ、言い出しにくくてカブの話は出来ていなかった。昨日は、冬朔とその翌日が休みと聞き、嬉しくてやっぱりカブの話までは至らなかった。

「いや……エルメーテ=バラッキを覚えているか?」
「忘れるはずはありません。麦の穂を持ってきてくださった、ウリセスの補佐官の方ですよね」

 レーアは、すぐに反応した。思考速度がそれほど早くない彼女であっても、豊年祭の出来事は、いまなお昨日のことのように思い出される。しかし、その名とカブのつながりは分からない。

「彼の家が料理屋をしていることは?」
「知ってます。母が働いて……あっ、やっと分かりました。一昨日、カブを買った後で母と偶然会ったんです。何で補佐官の方が、カブを買ったことを知ってらっしゃるのかと……」

 予想外の組み合わせがうまく結合したのがおかしくて、レーアは小さく笑った。

「知っていたのか」
「ええ、豊年祭の前日に、セヴェーロと一緒にうちを訪ねて来てくださって、紹介された時に分かりま……あ、この話はしていませんでしたっけ」

 あの祭りの前日。仕事で遠出をしていたウリセスが戻らず、不安な気持ちの真っ只中にいたところに、あのウリセスの補佐官が訪ねて来てくれた。そのことを今更ながらに思い出して、レーアはあっと思った。ごたごたしていたため、ウリセスにその話をするのをすっかり忘れていたのだ。

「ああ、そういえば来たと言っていたな……何をしに来た?」

 しかし、彼に怒っている素振りはなかった。ただ、多少怪訝そうではあったが。

「ウリセスの帰りが、豊年祭当日になるだろうということを伝えに……それと」

 ウリセスの腕にかけている手に少し力を込めると、彼がレーアの方へと視線を落とす。彼女もまた、そんな夫を見上げる。

「それと……ウリセスの視察での仕事ぶりが、とても立派だったとおっしゃってくださいました」

 どうして、こんな大事なことを伝え忘れていたのかと、レーアは己の記憶力のとぼしさに顔を赤らめ、再び視線を落とした。
 エルメーテという男は、別にこのことを上官であるウリセスに知って欲しいと思っているわけではないだろう。それは、レーアにも分かる。けれど、ウリセスの仕事ぶりを理解し、そして評価してくれる人の話は、彼自身にも聞いて欲しかった。味方はちゃんといる。今日、神殿でウリセスを慕う人たちがいたように。

「……」

 ウリセスは、すぐには返事をしなかった。視線を前に戻して、そして少し下に落とした後、再びまっすぐ前を向く。

「エルメーテの両親が……『新実にいみの儀』に出なかったらしくてな。そんな経験のせいか、祭りに俺が間に合うようにと色々と心を砕いてくれた……細やかな男だ」

 淡々と言葉を紡ぎながら、ウリセスの濃い茶の瞳が、穏やかに細められる。男同士の間にある、レーアには踏み込めない信頼の糸が、彼女の前に浮かび上がってくる気がした。
「新実の儀」――それは結婚一年目の夫婦が、神官の祈りと共に子宝を象徴する一穂いっすいの麦を授けられる豊年祭の儀式のことだ。

「そうだったんですか……本当に良い方なのですね」

 エルメーテへの羨望を消せないまま、それでも部下を褒める夫が誇らしくもあり、レーアもその緑の目を細める。
 その後も、補佐官のおかげで連休が取れたことなどを話しながら、二人は楽しく我が家へと帰りついたのだった。


「……開いている」

 レーアは玄関の前でウリセスの腕から手を離し、夫が扉を開けるのを待っていた。
 いつもそうしているのか、鍵を差し込む前に、ウリセスは扉の取っ手に手をかけた。それが、何の抵抗もなくすんなりと回ったのだ。

「あら?」

 つい彼女も、不思議な声を出してしまった。朝、あれほどちゃんと戸締りをするように、ジャンナに言ったというのに。
 一瞬だけ、二人は視線を合わせる。ウリセスの目は、いつもとは違う険しい色を浮かべていた。彼はそのまま顔を前に戻して扉を開け、何も言わずに家の中へと踏み込んだ。静かなアロ家の玄関先に、人の気配はない。

「ジャンナ!」

 ウリセスが視線を巡らせて、よく通る大きな声で静かな空気を引き裂いた。
 刹那せつな
 ガチャンだのバタンだの、複数の大きな音が入り乱れた。そして、バタバタと大きな足音がひとつ二人の方へ、近づいて来る。それは、とてもジャンナのものとは思えなかった。
 音に弾かれるようにウリセスは、ついてきたレーアを後ろ手に自分の陰へと押し込んだ。そのためレーアの視界は半分以上、彼の大きな背中で遮られた。

義兄上あにうえ! お、お邪魔してます!」

 台所につながる廊下から飛び出してきたのは──セヴェーロだった。レーアの目の前にあるウリセスの身体が、一瞬完全に動きを止める。

「俺もいまーす!」

 姿は見えないものの、奥からイレネオの声も聞こえてきた。ついで、鍋のふたらしきものが落ちて地面で円を描く音。ウリセスの肩の力が明らかに抜ける。

「知ってる人だったから、開けてよかったでしょー!?」

 やはり姿が見えないままのジャンナが張り上げた声も、玄関まで届く。最後には深い吐息と共に、ウリセスはレーアの前からどいた。やっと開ける彼女の視界。
 二人を驚かせたアロ家とコンテ家の弟妹たちの様子に、レーアはどう反応したらいいのか分からないまま、まばたきを三度繰り返したのだった。



 5 冬を迎えた男


「ふ、冬は義兄上の誕生季だと聞いて!」
「カブは姉さんが買ったっていうから。昨日買った白菜を差し入れに来たのがセヴェーロ。俺は塩漬け肉。塩漬け肉に季節はありません、万能です!」

 コンテ家の弟二人が、薄く開いた台所の扉の前で互いをちらちら見ながら、口早に訪問の理由を告げる。あるじが不在の間に勝手に中に入ったことを、とがめられるとでも思っているかのように。
 ウリセスの誕生季の話は、すっかりコンテ家に広まっているようだ。まさかこの年になって誕生季に贈り物をもらうとは、ウリセスも思ってもみなかった。

「ああ、わざわざすまない」

 そして、二人に対して怒っているわけではないことを、静かな声で示す。

「せっかく来てくれたのを、もらうものだけもらって追い返すなんて失礼でしょ? どうせすぐ兄さんたちも帰ってくるから、このまま昼ごはんでも食べていけばって言ったのよ」

 肝心のジャンナは、台所の中から声だけを投げる。昼食の準備をしているらしい匂いがしてくるので、おそらく鍋の前にいるのだろう。レーアの指導のおかげで、ここに来たばかりの頃には家事のひとつも出来なかったジャンナも、スープくらいなら一人で作れるようになっていた。

「それは分かったけど、どうして二人とも台所にいたの?」

 夫の隣から、レーアは弟たちに問いかける。その答えを待つ間に、彼女が手を差し出してきたので、ウリセスは持ったままだった外套を預ける。さっきまで心配していたレーアも、実の弟たちの登場にすっかり安心したようだ。こうして自分の世話を自然に出来る様子から、それははっきりとウリセスにも見て取れた。

「いやその……ジャンナが一人で昼メシ作るっていうんで、ちょっと心配だなーと思っていたら……『上手になったんだから、見せてあげるわ。来なさいよ』って怒られて」

 イレネオが、ジャンナの強引な言葉を思い出したのか、はははと笑いながら白状する。

「すみません、勝手に台所にまで入ってしまって……」

 セヴェーロは、家の主であるウリセスを一度見てから、台所の主であるレーアを見た。

「何よ、それ! 何で私が悪者みたいになってんの!?」

 半端に開いていた台所の扉がバタンと音を立て、ジャンナのつり気味の茶色い目が飛び出してくる。

「ああ、ジャンナ……火は大丈夫?」

 ハラハラとした心地のレーアが、二人分の外套を持ったまま前に出て来た。かまどの火の前から、彼女が迂闊うかつに離れたのではないかと心配したに違いない。焦げるものや吹きこぼれるものがあったら大変だ。

「大丈夫だってば。もう、誰も私を信用しないんだから。せっかく、二人が帰ってきたら昼食を食べられるようにって頑張ってたのに」

 ひどくむくれるジャンナ。右目の下のほくろが、ぴくぴくと痙攣けいれんしている。レーアがいなかったので、今日は一人で昼食を作り上げようと決意していたに違いない。ウリセスとて、そんなジャンナのやる気に、水を差すつもりはなかった。


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