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おまけ
合縁奇縁のコンサート 60
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vol.67 【想いのカタチ 1】
夕暮れ時、無風の雪原を歩いてたら、遠くから小さな歌が聴こえてきた。
こよい、あなたに、かたるしらべは あなた、ひとりに、のこすおと
くれない、そまる、ほしぞら、みあげ おもい、だしてね、あいの、うた
せんの、かがやき、きえさった、あとに うまれ、はぐくむ、あなたは
はざまで なにも、しらずに、ゆめを、つむいで
にどと、あえない、あいの、うた
まよい、のもりに、ひかりを、てらせ
かげり、はとおく、ときの すなへと
ひとみ、をとじて、せかい、さえぎり
にどと、あわない、あいの、うた
ひかり、とよるの、さかいに、みちて
めぐる、いのりは、そらの、たかみへ
たどれ、くちゆく、ひじりの さきを
とびらは、きっと、ひらく、だろう
「……あの歌だ」
「歌?」
「うん。悪魔退治してた頃、アリアがしょっちゅう口ずさんでた歌」
「マリアさんがアリアに残したという、『扉』を開く為の呪文?」
「詳しいことはわかんないけど、そうみたいだな」
紅い空と新雪しかないような開けた場所で足を止め、耳をすました。
歌ってるのは、どうやら目的地の村に住む子供達らしい。
よく聴くと男女混声で、全体的に調子っぱずれ。
記憶にあるアリアの歌と比べると、笑えるくらいに音痴だ。
けど、聴けばそれだとすぐに解る、懐かしくて温かくて、優しい歌。
「誰にも教えてなかったのに。アリアの歌を聴き広めたやつがいたんだな」
「よくよく考えてみると、レゾネクトの耳に入らなかったのは幸運ですね。迷いの森とか、朽ちゆく聖の先なんて、彼が知ったら真っ先にエルフの里や神殿を探っていた筈。最悪、『扉』のマリアさんまで攫われていたかも」
「だな。アリア自身はあれでも一応レゾネクトを警戒してたから、あいつに盗み聴きされるとか、そんなヘマはしてなかったっぽいけど。こんな形で、誰でも聴けるようになってたんじゃ、いつ知られてもおかしくはなかった」
「人間の不思議ですよね。何を忘れ、何が残るのか、まるで分からない」
「私達以外のやつには何の意味もない、ただの言葉と音の羅列なのにな」
「けれど、こうして受け継いでくれる人が居たから、私達は出会えました」
「この歌に関して私はほとんど何も理解できてないんだけどさ。一つだけ、この歌を通して分かったことがあるんだ」
「分かったこと?」
「アリアにも、私にもあった、レゾネクトに対する警戒心の元の正体」
クロスツェルと繋いでない右手の人差し指で、私自身の側頭部を突く。
「お前の教会でレゾネクトを見た時、物凄い焦燥感があったんだ」
「私の怪我を心配していたからではなく?」
「違う。それとは別で、この男には近寄るな、関わるな、早く逃げろって、耳鳴りとか鼓動とかが凄まじくうるさかった。あれ、母さんの想いなんだ」
「マリアさんの想い」
「刷り込みって言えば良いのかな。『空間』の力も作用したかもしれない。ただ必死で、とにかく必死で、レゾネクトから娘を護ろうとしてたんだよ。この歌、『二度と会えない』、『二度と会わない』、って言ってるだろ?」
「……ええ」
「『何も知らずに夢を紡いで』って。母さん自身も娘から排除してんだよ」
私の命と引き換えにしても、貴女だけは、絶対に護り通してみせる。
「怖かった筈なんだ。レゾネクトも、レゾネクトの血を引いてるアリアも、アリアを産んだ事実も。怖くて、憎くて、胸中はぐちゃぐちゃだった筈で。だけどそれでも、アリアだけはそういうぐちゃぐちゃから遠ざけたかった。どんなに難しくても、自分達と関わらない場所で幸せにって、願ってた」
「…………強い、ですね」
「うん。強い。物凄く強くて優しくて……物凄く、苦しい」
「苦しい?」
「私は母さんと同じ想いにはなれないし、同じ強さは期待できないから」
娘を想う母さんは、強くて優しくて温かくて。
耳奥で響いてたやかましいほどの警告音が。歌い継がれてきた伝言が。
遠く離れてもなお、娘だけはなんとしても護り抜くんだって決意が。
自分達とは違いすぎて、愛されていたと嬉しく思う反面、遠くに感じる。
「私達は多分、母さんほど強くは想えない。それが苦しいんだ」
クロスツェルと手を繋いだまま、歩いてきた道を振り返った。
クレオブレッティを出て、約一週間。
馬車に乗り、居住地を渡り歩き、宿を転々としながら進んできた道。
前の居住地から続く二人分の足跡には、所々歪な影が差してる。
「憧れて望んでるのに返せはしないとか、わがままで幼稚だな、私」
降り積もったままのなだらかな雪原に向き直り、一歩を踏み出す。
クロスツェルも、半歩遅れて脛の高さまである雪層に靴跡を刻む。
「見えてきたぞ、村。ここで蒼の女神と会ったんだっけ?」
「はい。『鍵』のマリアさんを託されたのも、この村です」
「そんじゃ、入る前に呼ぶか」
村の出入り口がぼんやり見えてきたところで、二人とも足を止め。
手を離して、目線より少し低い位置に顔を向ける。
「母さん。ちょっとこっちに来てくれ」
瞬き一回の後、誰も居なかったそこに、母さんとリースリンデが現れた。
二人とも、中央教会で別れた時と同じ格好をしてる。
「どうしたの、ロザリア……あら? もしかして、力を封じているの?」
「うん、そう。だから、ミートリッテの部屋に連れてって欲しいんだけど、その前に、蒼の女神から家を貸してもらえないか尋いてみたくて」
「フィレス様の家を?」
「この辺は居住地があんまりなくてさ。宿も馬車も少なくて困ってるんだ」
「図々しいのは承知の上で、一晩だけお借りできないかと思いまして」
「中央教会で一泊した後に戻ってくるのでは、ダメなの?」
「こんだけはっきり足跡が残ってるのに、いきなり途切れたら不自然だし」
「中央教会へ行っている間に、誰かがここを通りかかる可能性もあるので」
「……それもそうね」
母さんが私とクロスツェルの背後に伸びてる足跡を見て、頷く。
「リースリンデ。フィレス様に確認を取ってきてもらえる?」
「わかりました」
母さんの肩に座ってたリースリンデも、母さんと頷き合い、姿を消す。
顔を上げた母さんは、私とクロスツェルを交互に見て、目を細めた。
「だいぶ疲れてるわね。前の居住地からここまで、ずっと歩いてきたの?」
「乗り合い馬車でも通ってたら良かったんだけど、無かったから」
「その様子だと、半日は歩き通してたんじゃない?」
「あー……実は、朝からずっと歩いてた」
「もっと早く呼んでくれれば良かったのに」
「いや、うん。もう少し近場に居住地があるかなあと思ってたから、つい」
「長旅で過信と無理は禁物よ。常に余力を残して、事前に調査もしないと」
「ごめん」
なんせ気付くのが遅かったからな。
今回は、ちゃんと見てなかった私の落ち度だ。
「仕方ないわ。私だって、旅に出るまでは知らないことばかりだったもの。でも、今後は無理をしないでね」
「わかってる」
「はい。気を付けます」
「……今夜の定期会合には、ロザリアだけ連れていくわね」
「え? 私は」
「クロスツェルは休んでて。見るからに顔色が悪すぎるわ」
「だってさ。大人しく寝てろ、病人」
「…………すみません」
肩を落としたクロスツェルの背中をポンと叩いて、母さんを見る。
一目でクロスツェルの状態を見抜くとか、やっぱり経験値の違いかな。
私達なんか、昼すぎまで自分達でも気付けなかったのに。
「これを預かってきました」
「ありがとう、リースリンデ」
前触れなく現れたリースリンデが、抱えてる物を母さんに渡した。
家の鍵らしき物と……封蝋を付けた蒼いリボンで巻いた紙?
「家の鍵と、お二人に家を貸したという証明書だそうです。村の出入り口に立っている人にこれを見せてください、とのことでした」
「二人はこれを持って村へ。家に入ったら、改めて私を呼んでちょうだい。夕食は私が運ぶから、今日はゆっくり休むと良いわ」
「ありがと。運ぶって、母さんが作るのか?」
「私の制作物を食べる勇気があるなら、作ってあげても良いわよ?」
「……なんか不穏だから、遠慮しとく」
「賢明な判断ね」
そういえば母さんって、基本的に食べないんだよな。
料理は『しない』のか『できない』のか、どっちだろう?
リースリンデがそっと顔を背けた辺り、後者の線が濃厚っぽいけど。
「んじゃ、行ってくる」
「ええ。また後でね」
「失礼します」
母さんから鍵と証明書を預かり、私とクロスツェルの二人で村へ向かう。
途中、クロスツェルが二回くらい転けそうになった。
元からなよっちいやつではあったが、不調時は輪をかけてなよっちい。
繋いだ手で支えながら、なんとか村に辿り着いて。
村の出入り口を守ってた自警団の人間に、女神の家まで案内される。
「ありがと」
「すみません、お仕事中に案内までさせてしまって」
「いえ。今度フィレス様にお会いしたら、よろしくお伝えください」
蒼の女神の同僚だという男は、玄関先で頭を下げて戻っていった。
クロスツェルを食卓に向かわせて、私は玄関扉に鍵を掛ける。
振り返って見た屋内は、一人暮らしにしちゃ、やけに広い。
陽光もすっかり落ち込んでるせいか、灯りがないと不気味な印象だ。
「何度も呼びつけて悪いな、母さん」
「構わないわ。貴女も座ってて良いのよ、ロザリア」
暗闇の中に現れた幼女が、中央教会から持ってきたらしい三ツ又の燭台の火を、家中の燭台に移して回る。
私も、あっという間に明るくなった屋内を、二階まで一通り見て回り。
一階へ戻って、食卓に突っ伏してるクロスツェルを見つけた。
「…………少し休んでからなら、食えそうか?」
「……ええ。体力的な問題ではないと思うので」
「そうか。私は母さんに話があるんだ。なんだったら寝室に行っとくか?」
「いいえ。寝る時間までは、ここに居ます。そのほうが安全ですから」
「りょーかい。ってことだから、そっちに行っても良いかな」
突っ伏したまま動かないクロスツェルに背を向けて、母さんに尋ねる。
母さんはクロスツェルの様子を覗いてから、「良いわ」と頷いた。
リースリンデが、クロスツェルの傍らで心配そうに浮いてるが。
「貴女もいらっしゃい、リースリンデ」
「……はい、聖天女様」
母さんに呼ばれて、渋々、母さんの肩まで翔んできた。
「ちょっと行ってくるな」
「はい。いってらっしゃい」
クロスツェルに声を掛けて、母さんに目線で合図を送る。
空間移動で連れてってもらった先は、母さんの結界の中。
晴天下の水平線を望む、偽りの海岸線だ。
存在してるのに実在はしてない、作り物の崖先で。
私と、リースリンデを肩に乗せた母さんが、向かい合って立つ。
「それで、私に話って何?」
「……クロスツェル、なんだけどさ……」
「うん」
海の上を滑る強風が、唸りを上げて通り過ぎていく。
風に煽られた水面が岸壁を叩き付け、白く泡立ちながら落ちていく。
体の芯を打つ低い音は、だけど、内から込み上げる震えには敵わない。
「あいつ……さ……」
拳を握り、喉を絞って出した声は。
「……目が……ほとんど、見えてなかったんだって……」
無様にも、掠れてた。
夕暮れ時、無風の雪原を歩いてたら、遠くから小さな歌が聴こえてきた。
こよい、あなたに、かたるしらべは あなた、ひとりに、のこすおと
くれない、そまる、ほしぞら、みあげ おもい、だしてね、あいの、うた
せんの、かがやき、きえさった、あとに うまれ、はぐくむ、あなたは
はざまで なにも、しらずに、ゆめを、つむいで
にどと、あえない、あいの、うた
まよい、のもりに、ひかりを、てらせ
かげり、はとおく、ときの すなへと
ひとみ、をとじて、せかい、さえぎり
にどと、あわない、あいの、うた
ひかり、とよるの、さかいに、みちて
めぐる、いのりは、そらの、たかみへ
たどれ、くちゆく、ひじりの さきを
とびらは、きっと、ひらく、だろう
「……あの歌だ」
「歌?」
「うん。悪魔退治してた頃、アリアがしょっちゅう口ずさんでた歌」
「マリアさんがアリアに残したという、『扉』を開く為の呪文?」
「詳しいことはわかんないけど、そうみたいだな」
紅い空と新雪しかないような開けた場所で足を止め、耳をすました。
歌ってるのは、どうやら目的地の村に住む子供達らしい。
よく聴くと男女混声で、全体的に調子っぱずれ。
記憶にあるアリアの歌と比べると、笑えるくらいに音痴だ。
けど、聴けばそれだとすぐに解る、懐かしくて温かくて、優しい歌。
「誰にも教えてなかったのに。アリアの歌を聴き広めたやつがいたんだな」
「よくよく考えてみると、レゾネクトの耳に入らなかったのは幸運ですね。迷いの森とか、朽ちゆく聖の先なんて、彼が知ったら真っ先にエルフの里や神殿を探っていた筈。最悪、『扉』のマリアさんまで攫われていたかも」
「だな。アリア自身はあれでも一応レゾネクトを警戒してたから、あいつに盗み聴きされるとか、そんなヘマはしてなかったっぽいけど。こんな形で、誰でも聴けるようになってたんじゃ、いつ知られてもおかしくはなかった」
「人間の不思議ですよね。何を忘れ、何が残るのか、まるで分からない」
「私達以外のやつには何の意味もない、ただの言葉と音の羅列なのにな」
「けれど、こうして受け継いでくれる人が居たから、私達は出会えました」
「この歌に関して私はほとんど何も理解できてないんだけどさ。一つだけ、この歌を通して分かったことがあるんだ」
「分かったこと?」
「アリアにも、私にもあった、レゾネクトに対する警戒心の元の正体」
クロスツェルと繋いでない右手の人差し指で、私自身の側頭部を突く。
「お前の教会でレゾネクトを見た時、物凄い焦燥感があったんだ」
「私の怪我を心配していたからではなく?」
「違う。それとは別で、この男には近寄るな、関わるな、早く逃げろって、耳鳴りとか鼓動とかが凄まじくうるさかった。あれ、母さんの想いなんだ」
「マリアさんの想い」
「刷り込みって言えば良いのかな。『空間』の力も作用したかもしれない。ただ必死で、とにかく必死で、レゾネクトから娘を護ろうとしてたんだよ。この歌、『二度と会えない』、『二度と会わない』、って言ってるだろ?」
「……ええ」
「『何も知らずに夢を紡いで』って。母さん自身も娘から排除してんだよ」
私の命と引き換えにしても、貴女だけは、絶対に護り通してみせる。
「怖かった筈なんだ。レゾネクトも、レゾネクトの血を引いてるアリアも、アリアを産んだ事実も。怖くて、憎くて、胸中はぐちゃぐちゃだった筈で。だけどそれでも、アリアだけはそういうぐちゃぐちゃから遠ざけたかった。どんなに難しくても、自分達と関わらない場所で幸せにって、願ってた」
「…………強い、ですね」
「うん。強い。物凄く強くて優しくて……物凄く、苦しい」
「苦しい?」
「私は母さんと同じ想いにはなれないし、同じ強さは期待できないから」
娘を想う母さんは、強くて優しくて温かくて。
耳奥で響いてたやかましいほどの警告音が。歌い継がれてきた伝言が。
遠く離れてもなお、娘だけはなんとしても護り抜くんだって決意が。
自分達とは違いすぎて、愛されていたと嬉しく思う反面、遠くに感じる。
「私達は多分、母さんほど強くは想えない。それが苦しいんだ」
クロスツェルと手を繋いだまま、歩いてきた道を振り返った。
クレオブレッティを出て、約一週間。
馬車に乗り、居住地を渡り歩き、宿を転々としながら進んできた道。
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降り積もったままのなだらかな雪原に向き直り、一歩を踏み出す。
クロスツェルも、半歩遅れて脛の高さまである雪層に靴跡を刻む。
「見えてきたぞ、村。ここで蒼の女神と会ったんだっけ?」
「はい。『鍵』のマリアさんを託されたのも、この村です」
「そんじゃ、入る前に呼ぶか」
村の出入り口がぼんやり見えてきたところで、二人とも足を止め。
手を離して、目線より少し低い位置に顔を向ける。
「母さん。ちょっとこっちに来てくれ」
瞬き一回の後、誰も居なかったそこに、母さんとリースリンデが現れた。
二人とも、中央教会で別れた時と同じ格好をしてる。
「どうしたの、ロザリア……あら? もしかして、力を封じているの?」
「うん、そう。だから、ミートリッテの部屋に連れてって欲しいんだけど、その前に、蒼の女神から家を貸してもらえないか尋いてみたくて」
「フィレス様の家を?」
「この辺は居住地があんまりなくてさ。宿も馬車も少なくて困ってるんだ」
「図々しいのは承知の上で、一晩だけお借りできないかと思いまして」
「中央教会で一泊した後に戻ってくるのでは、ダメなの?」
「こんだけはっきり足跡が残ってるのに、いきなり途切れたら不自然だし」
「中央教会へ行っている間に、誰かがここを通りかかる可能性もあるので」
「……それもそうね」
母さんが私とクロスツェルの背後に伸びてる足跡を見て、頷く。
「リースリンデ。フィレス様に確認を取ってきてもらえる?」
「わかりました」
母さんの肩に座ってたリースリンデも、母さんと頷き合い、姿を消す。
顔を上げた母さんは、私とクロスツェルを交互に見て、目を細めた。
「だいぶ疲れてるわね。前の居住地からここまで、ずっと歩いてきたの?」
「乗り合い馬車でも通ってたら良かったんだけど、無かったから」
「その様子だと、半日は歩き通してたんじゃない?」
「あー……実は、朝からずっと歩いてた」
「もっと早く呼んでくれれば良かったのに」
「いや、うん。もう少し近場に居住地があるかなあと思ってたから、つい」
「長旅で過信と無理は禁物よ。常に余力を残して、事前に調査もしないと」
「ごめん」
なんせ気付くのが遅かったからな。
今回は、ちゃんと見てなかった私の落ち度だ。
「仕方ないわ。私だって、旅に出るまでは知らないことばかりだったもの。でも、今後は無理をしないでね」
「わかってる」
「はい。気を付けます」
「……今夜の定期会合には、ロザリアだけ連れていくわね」
「え? 私は」
「クロスツェルは休んでて。見るからに顔色が悪すぎるわ」
「だってさ。大人しく寝てろ、病人」
「…………すみません」
肩を落としたクロスツェルの背中をポンと叩いて、母さんを見る。
一目でクロスツェルの状態を見抜くとか、やっぱり経験値の違いかな。
私達なんか、昼すぎまで自分達でも気付けなかったのに。
「これを預かってきました」
「ありがとう、リースリンデ」
前触れなく現れたリースリンデが、抱えてる物を母さんに渡した。
家の鍵らしき物と……封蝋を付けた蒼いリボンで巻いた紙?
「家の鍵と、お二人に家を貸したという証明書だそうです。村の出入り口に立っている人にこれを見せてください、とのことでした」
「二人はこれを持って村へ。家に入ったら、改めて私を呼んでちょうだい。夕食は私が運ぶから、今日はゆっくり休むと良いわ」
「ありがと。運ぶって、母さんが作るのか?」
「私の制作物を食べる勇気があるなら、作ってあげても良いわよ?」
「……なんか不穏だから、遠慮しとく」
「賢明な判断ね」
そういえば母さんって、基本的に食べないんだよな。
料理は『しない』のか『できない』のか、どっちだろう?
リースリンデがそっと顔を背けた辺り、後者の線が濃厚っぽいけど。
「んじゃ、行ってくる」
「ええ。また後でね」
「失礼します」
母さんから鍵と証明書を預かり、私とクロスツェルの二人で村へ向かう。
途中、クロスツェルが二回くらい転けそうになった。
元からなよっちいやつではあったが、不調時は輪をかけてなよっちい。
繋いだ手で支えながら、なんとか村に辿り着いて。
村の出入り口を守ってた自警団の人間に、女神の家まで案内される。
「ありがと」
「すみません、お仕事中に案内までさせてしまって」
「いえ。今度フィレス様にお会いしたら、よろしくお伝えください」
蒼の女神の同僚だという男は、玄関先で頭を下げて戻っていった。
クロスツェルを食卓に向かわせて、私は玄関扉に鍵を掛ける。
振り返って見た屋内は、一人暮らしにしちゃ、やけに広い。
陽光もすっかり落ち込んでるせいか、灯りがないと不気味な印象だ。
「何度も呼びつけて悪いな、母さん」
「構わないわ。貴女も座ってて良いのよ、ロザリア」
暗闇の中に現れた幼女が、中央教会から持ってきたらしい三ツ又の燭台の火を、家中の燭台に移して回る。
私も、あっという間に明るくなった屋内を、二階まで一通り見て回り。
一階へ戻って、食卓に突っ伏してるクロスツェルを見つけた。
「…………少し休んでからなら、食えそうか?」
「……ええ。体力的な問題ではないと思うので」
「そうか。私は母さんに話があるんだ。なんだったら寝室に行っとくか?」
「いいえ。寝る時間までは、ここに居ます。そのほうが安全ですから」
「りょーかい。ってことだから、そっちに行っても良いかな」
突っ伏したまま動かないクロスツェルに背を向けて、母さんに尋ねる。
母さんはクロスツェルの様子を覗いてから、「良いわ」と頷いた。
リースリンデが、クロスツェルの傍らで心配そうに浮いてるが。
「貴女もいらっしゃい、リースリンデ」
「……はい、聖天女様」
母さんに呼ばれて、渋々、母さんの肩まで翔んできた。
「ちょっと行ってくるな」
「はい。いってらっしゃい」
クロスツェルに声を掛けて、母さんに目線で合図を送る。
空間移動で連れてってもらった先は、母さんの結界の中。
晴天下の水平線を望む、偽りの海岸線だ。
存在してるのに実在はしてない、作り物の崖先で。
私と、リースリンデを肩に乗せた母さんが、向かい合って立つ。
「それで、私に話って何?」
「……クロスツェル、なんだけどさ……」
「うん」
海の上を滑る強風が、唸りを上げて通り過ぎていく。
風に煽られた水面が岸壁を叩き付け、白く泡立ちながら落ちていく。
体の芯を打つ低い音は、だけど、内から込み上げる震えには敵わない。
「あいつ……さ……」
拳を握り、喉を絞って出した声は。
「……目が……ほとんど、見えてなかったんだって……」
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