[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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おまけ

レクセルの思慕 Ⅵ

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「ずっと……アーシュマーを、見てた……」
 北限の海の荒々しい水面を連想させる銀色の髪を。
 晴れ渡る空のように冴えながら熱を宿す青い目を。
 少しだけ陽光に焼けた薄黄色のたくましい身体を。
 文化人の穏やかさと戦士の勇ましさを備えた顔を。
 軍に入隊してから、サーラ姉様の騎士になるまで。
 初めて抱いた淡い感情に戸惑いを覚えながら。
 ずっとずっと、見ていた。
 でも。
「……何も、言えなくて……何も、できなかっ、た……」
 アーシュマーへの想いを認めてしまったら、彼の事ばかり考えてしまいそうで。
 彼に思考まで奪われた女々しい自分では、騎士にはなれないと思っていたから。
 騎士になれなかったら、サーラ姉様への誓いが果たせないから。
「アーシュマーが、好き……。でも……姉様の傍に、居たかった……」
 サーラ姉様の騎士になって。
 ティアン達と一緒にウェラント王国を護って。
 宮廷騎士であるアーシュマーも同じ場所に立って。
 サーラ姉様の護衛として与えられた時間を、高揚感と緊張感で満たして。
 騎士団員の仕事もこなす傍ら、やたらと絡んでくるアランをあしらって。
 ティアンが淹れてくれるお茶を飲んだり、アーシュマーと腕を競ったり。
 宮廷騎士団の隊長として為した事を、一日の終わりに姉様と語り合う。
 そんな、忙しくて楽しくて、どこか切なくも充実した、喜びの日々を。
「姉様と……分かち合い、たかった……の」
「オーリィード……」

 私の服を摘まんでいた手が、オーリィードの腹部に落ちる。
 握り締めていたペンダントも腹部に落とし、私を見上げていた顔が、私の胸にくたりと力無く寄りかかった。

「今なら……どうすれば、良かったのか、分かる。でも、もう……」
 届かない。
 宮廷騎士の資格を失い。
 夢見た将来像は粉々に砕け散って。
 サーラ姉様との縁も断ち切られた。
 もう、姉様の傍にも、ウェラント王国にも、居て良い場所は無い。
 親愛も忠義も、友情も憧れも、形には出来なかった想いも。
 全部が失くなってしまった。
 求めたものは全て。
 消えた。
「姉様は……、グローリア様方が、きっと、助けてくれる……。でも、その後は……どうしたい、とか、わからない……。全然……わからない、の」
 だから。
「……時間を……」
 考える為の。
 見つめ直す為の。
「時間を……下さい……」
 姉様が突き放した騎士は、もう居ない。
 ここに居るのは、姉様が愛してくれた妹。
 姉様と一緒に居たくて、居られない義妹。
 姉様を想う以外には、何もできない愚妹。
「…………今の、私に、は……何も、答え、られない……から……」
 騎士への夢も。
 ゼルエスへの感情も。
 リブロムへの気持ちも。
 サーラ姉様への執着も。
「貴方が、くれる……想いにも……、今は……」
 決められない。
 答えられない。
 だから、時間を。
 姉様が望み、願ってくれた『オーリィード』に、時間を下さい。
 『オーリィード』が答えを出せるまで。
 『オーリィード・シュヴェル・シュバイツァー』が新しい形を得るまで。
 どうか、時間を。
「……ごめんなさい……。レクセルに、……甘えて、ばかり……いて、……ごめん、なさい……」

 両腕に重みが増していく。
 オーリィードの意識が遠くなる。
 私に身体を預けながら。涙を流して謝りながら。
 オーリィードの意識が遠ざかっていく。

 けれど、消えてはいない。
 戻ってきた生命力や存在感は、消えていない。
 解る。
 小さくなっていく声、途切れ途切れな言葉からも、伝わる。
 『彼女』は消えない。
 サーラ王女の想いと、王女への想いが繋ぎ止めているから、消えない。
 ただ、受け止められないだけ。
 いろいろな事がありすぎて、どれも受け入れられずにいるだけ。
 オーリィードは。
 私を救ってくれた『黄色の花』は、消えない。

「……どうぞ、甘えてください」
 オーリィードの肩を支えている腕に力を込め、完全に閉じてしまった目蓋に口付ける。
「思う存分、甘えてください。私を頼ってください。心を預けてください。こんな事を言えば不謹慎だと怒られてしまうかも知れませんが、貴女のほうから甘えてもらえればその分一緒に居られる口実が増えるので。私としては願ったり叶ったりです」
 ペンダントを滑り落とさないようにオーリィードを抱え直し、失う恐怖で縮んでいた肺へと新しい空気を送り込む。
 数回の深呼吸で、胸の奥にも冷たくなっていた指先にも熱が巡っていく。
「大丈夫。貴女がどんな答えを出しても、たとえ答えに辿り着けなかったとしても、私は貴女の隣に居ます。ずっと、貴女を見守っています」
 私自身にも言い聞かせた言葉で、焦燥感が凪いでいく。
 冷静さを取り戻した胸に、耳に、自らの穏やかな呼吸音が静かに響く。
 オーリィードが生きている、その喜びと安心感で心臓が脈打っている。
 王都まで私と一緒に旅をした、あのオーリィードは護れなかったけれど。
 私を救ってくれたオーリィードが、私を頼ろうとしている。迷いながらも生きようとしている。自分の意思で、懸命に、生きようとしてくれている。
 今は、何よりも、それが嬉しい。

「……レク、セル……」
「はい」
「あな、た……の、おか……さま、も……たすけ、よ……」
「っ!?」
「も……だれ、も…………か、なしま……な、い……よ……に…………」
「…………オーリィード……」

 ふぅ……と息を吐いたきり、オーリィードは何も言わなくなった。
 彼女の意思が消えてしまった訳ではない。
 しっかり閉じた目蓋と規則的に膨らんでは沈む胸元が、意思ではなく意識を手放しただけ、眠っているだけだと告げている。
 うっすら開いた唇からも、今までは無かった微かな寝息が聞こえてきた。
 やはり、一時的にでも活動したことで、身体が疲労を自覚したのだろう。休息が必要だと判断した身体に引きずられて、意識も一緒に眠りに落ちた。
 現状、安心して熟睡できる環境でも精神状態でもないし、当面は注意深く様子を見るとして……一応ちゃんとした睡眠状態に入ってくれた事自体は喜ばしい。
 喜ばしいが、しかし。
 最後の言葉の衝撃で、開いた口が塞がらない。
「他人の事なんか気遣ってる場合じゃないでしょう、貴女は……」
 部下を庇って、その身を危険に曝したり。
 よく知らない人間をなだめようとして、自分自身の傷を開かれたり。
 複数の人間に押し倒されておきながら、自分が逃げたせいだと謝ったり。
 しまいには、ゼルエス王を凶行に駆り立てた原因であるマッケンティア后まで『助けよう』などと言う。
 『行為を止める』や『身柄を押さえる』ではなく、『助けよう』と。
 オーリィードの根深い所にある、居場所が欲しい、嫌われたくないという思いがそうさせているのだとしても、彼女の思考や行動はあまりに自滅的で破滅的だ。
 そんな姿勢に救われた身であれこれぐだぐだと並べ立てるのはどうかと思うが、呆れに近いものを感じてしまうのも無理はない。
 考える時間を下さいと言った直後に、なのだから。
 この分では、どれだけ考えても結局、私が知っているあのオーリィードと何も変わらない気がする。
 それはそれで嬉しいような、もどかしいような……複雑だ。

「いっそ、今回の件が片付くまで眠っていてください。私が落ち着けない」
 苦笑いながら愚痴てみたところで、周りがそうさせてくれないのだろうけど。

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