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真相の欠片
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こんにちは、と愛想よく挨拶をしてくれたのは、黒田と名札をつけた医師だった。彼は小さな丸椅子に座った私の名前を聞いて、うんうんと頷いた。初老であろう彼は綺麗な白髪を短く切っていて、とても繊細そうなイメージだ。
「片瀬さん、気分はどうかな?」
「少し眩暈がします」
なるほど、と彼が答える。すっと指を一本立てると、彼はそれをゆっくりと左右にずらした。
「先生の指を視線で追いかけられるかな」
言われたとおりに左右へ動く指を追いかけると、彼はやはりうんうんと頷く。
「よしよし。じゃあ、今度は先生の目をよく見てね」
彼の瞳は漆黒の闇のように黒く澄んでいて、どこまでも続く闇のようでどこか不安になった。彼はじっと私の目の奥を観察してから、うんうんと頷く。
「彼らの話では、突然倒れたとか。その時のこと、覚えているかな?」
まるで小さな子供に話すかのように優しく、丁寧に言葉を選んでくれる。
「はい。確か……そう、あの花を……」
「花?」
石丸さんが、素早く切り込む。それとほぼ同時に、史弥さんが石丸さんに例の花束を差し出した。一体いつから持っていたのだろう……。
「それを見ていたら……何というか、その……」
言葉が見つからずに口籠る私の肩に、史弥さんがそっと手を乗せてくれた。落ち着け、そう自分に言い聞かせる。
「えっと、なんだか、花がとても可哀そうに思えたんです」
「ほう、可哀そうとは?」
「だって、あんなに綺麗に咲いたのに、誰かを元気づけようと頑張って綺麗に咲いたのに、葬儀なんて暗い場所に置かれてしまって……」
あまりに子供っぽくて、馬鹿みたいだと思った。恥ずかしくて俯くと、医師の笑い声が届く。
「優しい娘さんだな、アーレンスくん」
そうでしょう、と史弥さんが何故か得意げに答えた。
「それで、とても綺麗で……匂いを嗅ぎたくなって、鼻を寄せたんです。そうしたら、突然頭がぼうっとして」
なるほど、と三人が頷いた。
「君が見ていた状況と、相違はあるか」
後ろを向けば、石丸さんが坂口さんを威嚇するように睨みつけていた。坂口さんはもちろん、委縮している。石丸さんから逃げるように後ずさったが、行く手を阻んだのは史弥さんだった。
「聞かれたことに答えてくれ」
冷たい声が病室に響く。
「店長はただ花を生けようと持ってきてくれただけで……」
二人の男性に睨みつけられている彼があまりに不憫で、思わず声をかけた。だがそれを、史弥さんが遮った。彼は坂口さんの襟を掴むと、その腕を引いて怖い顔で坂口さんに食って掛かった。
「あんた、葉月が倒れるのを黙って見てたな」
何を……と反論しようにも、力強く揺さぶられてそれを許されなかった。
「史弥さん、落ち着いて。店長を責めるようなことは……」
立ち上がって彼の腕に触れようと手を伸ばすと、彼は素早く動いて私を背中で隠した。まるで、坂口さんから私を守っているようだった。
「突然のことで動けなかったんだ。気が付いたら、もうお前が葉月ちゃんを抱えてた」
じっと坂口さんを睨んだあと、史弥さんは彼を掴んでいない方の腕を私へ伸ばして、遠ざけるように押しやった。そして、それに合わせて石丸さんが私の隣へ移動した。気づけば医師も、反対側の隣に立っていた。背はあまり高くはないが、がっちりとした身体つきだ。
「そうだろうな。人間のスピードじゃあ、追いつけない」
あざ笑うように鼻を鳴らした史弥さんの言葉に、坂口さんは悔しそうに顔を伏せた。その仕草に、何故か違和感を覚えた。それが何なのかわかる前に、史弥さんが恐ろしいほど低い声で唸りをあげた。
「お前、この病院の説明をした時も、今も、何も聞かないんだな」
聞いたこともない彼の声に、鼓動が煩いほど高鳴った。良くない事が起きている。それだけは確実だった。恐怖で足が竦む。どうか先ほどの違和感が勘違いであってほしいと、心から願った。しかしその願いは、すぐに打ち砕かれてしまう。
「聞くって……何をだよ」
それに答えたのは私の隣に立つ石丸さんだった。
「俺たち用の病院、有馬はそう言った。そして、人間の診察もできる、とな」
「だから何だよ」
弱弱しく、拗ねたように彼が言う。
「今もそうだな。人間のスピードでは、と言った有馬に、お前は何も疑問に感じなかったか?」
彼等の言葉の意味を理解して、首の後ろにぞわりと鳥肌が立つ。まさか、そんなことは……。
「それは……」
狼狽える彼に、史弥さんは今度は両腕で襟を締め上げた。
「俺達のことを知ってたな。そうだろ? 俺が人間じゃないことも、あの花は葉月が用意した物じゃないことも」
「花……。店長、嘘ですよね」
震える声に、史弥さんがちらりとこちらに目を向けた。怒りに満ちたその瞳は、私を見て一瞬だけ和らいだ。
「葉月ちゃん……葉月ちゃんの為なんだよ」
史弥さんの眉間に皺が寄り、振り向きざま彼はとても恐ろしい表情をしていた。あんな顔で凄まれたら、彼は気絶してしまうのでは、と思ったほどだった。
「葉月のためだと? ふざけたことをぬかしやがって。誰の指示で動いてる」
両腕でぶんぶんと彼を揺すりながら、史弥さんが声を荒げる。私はその光景を、他人事のように観察していた。信用していた坂口さんが私を陥れようとしていたのかと思うと、全てがどうでもよくなるような気がした。
「答えろ。葉月の家族を殺して、彼女を傷つけた男はどこにいる。今のうちに答えたほうがお前の為だぞ」
顔を近づけて怒鳴る史弥さんの肩に手を置いて、石丸さんが声をかけた。
「有馬、落ち着け」
「落ち着いてられるか」
史弥さんの怒鳴り声が、空気をびりびりと揺らした。その迫力に思わず悲鳴をあげると、史弥さんはびくりと肩を揺らして私を見た。その瞳は、怒りと戸惑いに満ちていた。
「有馬、彼女の傍にいてやれ。こいつは俺に任せろ」
落ち着き払った石丸さんの言葉に、少し悩む素振りを見せたものの、最終的には史弥さんも頷いた。
「何日かかろうと、こいつの口を割らせてみせる。それまで、片瀬さんは外出も控えて、有馬の傍にいてくれ」
そんな馬鹿な、と坂口さんが声をあげた。冷たい視線が史弥さんから投げかけられ、彼は悔しそうに唇を噛んだ。
「こんな奴の傍に置いておくなんて、そっちのがどうかしてる。こいつは人間じゃないんだぞ。こいつは……吸血鬼だぞ」
必死に訴えかける彼に、石丸さんは呆れた視線を向けている。
「それがどうした。残念だけどな、この地球上に暮らす約半数は吸血鬼だ。俺も、この医者もそうだ」
驚いたように石丸さんから一歩離れた彼は、まだ納得がいかないといった様子だ。
「店長……どうして……」
そんな彼に声をかけると、彼は悲しそうに目を伏せた。
「葉月の為なんだ……。あんな過去があるのに吸血鬼と付き合うなんて……そんなのおかしいじゃないか」
弱弱しく吐き出して俯いた彼の腕を、石丸さんが掴んだ。私はただ、目を大きく見開いたまま流れる涙を拭うこともしなかった。
「お前がどうしてそれを知っているのか、何故こんなことをしたのか、またお前に指示を出しているあの吸血鬼がどこいいるのか、洗いざらい吐いてもらおうか。先に言っておくが、俺は気が長いほうじゃない。痛めつけるのは好みじゃないが、情けを期待しているなら大きな間違いだぞ」
機械のように感情のこもらない声でそう言って、石丸さんは彼を引き摺るようにして連れて行った。彼は最後まで私から目を逸らさず、私の名を呼び続けた。
「片瀬さん、気分はどうかな?」
「少し眩暈がします」
なるほど、と彼が答える。すっと指を一本立てると、彼はそれをゆっくりと左右にずらした。
「先生の指を視線で追いかけられるかな」
言われたとおりに左右へ動く指を追いかけると、彼はやはりうんうんと頷く。
「よしよし。じゃあ、今度は先生の目をよく見てね」
彼の瞳は漆黒の闇のように黒く澄んでいて、どこまでも続く闇のようでどこか不安になった。彼はじっと私の目の奥を観察してから、うんうんと頷く。
「彼らの話では、突然倒れたとか。その時のこと、覚えているかな?」
まるで小さな子供に話すかのように優しく、丁寧に言葉を選んでくれる。
「はい。確か……そう、あの花を……」
「花?」
石丸さんが、素早く切り込む。それとほぼ同時に、史弥さんが石丸さんに例の花束を差し出した。一体いつから持っていたのだろう……。
「それを見ていたら……何というか、その……」
言葉が見つからずに口籠る私の肩に、史弥さんがそっと手を乗せてくれた。落ち着け、そう自分に言い聞かせる。
「えっと、なんだか、花がとても可哀そうに思えたんです」
「ほう、可哀そうとは?」
「だって、あんなに綺麗に咲いたのに、誰かを元気づけようと頑張って綺麗に咲いたのに、葬儀なんて暗い場所に置かれてしまって……」
あまりに子供っぽくて、馬鹿みたいだと思った。恥ずかしくて俯くと、医師の笑い声が届く。
「優しい娘さんだな、アーレンスくん」
そうでしょう、と史弥さんが何故か得意げに答えた。
「それで、とても綺麗で……匂いを嗅ぎたくなって、鼻を寄せたんです。そうしたら、突然頭がぼうっとして」
なるほど、と三人が頷いた。
「君が見ていた状況と、相違はあるか」
後ろを向けば、石丸さんが坂口さんを威嚇するように睨みつけていた。坂口さんはもちろん、委縮している。石丸さんから逃げるように後ずさったが、行く手を阻んだのは史弥さんだった。
「聞かれたことに答えてくれ」
冷たい声が病室に響く。
「店長はただ花を生けようと持ってきてくれただけで……」
二人の男性に睨みつけられている彼があまりに不憫で、思わず声をかけた。だがそれを、史弥さんが遮った。彼は坂口さんの襟を掴むと、その腕を引いて怖い顔で坂口さんに食って掛かった。
「あんた、葉月が倒れるのを黙って見てたな」
何を……と反論しようにも、力強く揺さぶられてそれを許されなかった。
「史弥さん、落ち着いて。店長を責めるようなことは……」
立ち上がって彼の腕に触れようと手を伸ばすと、彼は素早く動いて私を背中で隠した。まるで、坂口さんから私を守っているようだった。
「突然のことで動けなかったんだ。気が付いたら、もうお前が葉月ちゃんを抱えてた」
じっと坂口さんを睨んだあと、史弥さんは彼を掴んでいない方の腕を私へ伸ばして、遠ざけるように押しやった。そして、それに合わせて石丸さんが私の隣へ移動した。気づけば医師も、反対側の隣に立っていた。背はあまり高くはないが、がっちりとした身体つきだ。
「そうだろうな。人間のスピードじゃあ、追いつけない」
あざ笑うように鼻を鳴らした史弥さんの言葉に、坂口さんは悔しそうに顔を伏せた。その仕草に、何故か違和感を覚えた。それが何なのかわかる前に、史弥さんが恐ろしいほど低い声で唸りをあげた。
「お前、この病院の説明をした時も、今も、何も聞かないんだな」
聞いたこともない彼の声に、鼓動が煩いほど高鳴った。良くない事が起きている。それだけは確実だった。恐怖で足が竦む。どうか先ほどの違和感が勘違いであってほしいと、心から願った。しかしその願いは、すぐに打ち砕かれてしまう。
「聞くって……何をだよ」
それに答えたのは私の隣に立つ石丸さんだった。
「俺たち用の病院、有馬はそう言った。そして、人間の診察もできる、とな」
「だから何だよ」
弱弱しく、拗ねたように彼が言う。
「今もそうだな。人間のスピードでは、と言った有馬に、お前は何も疑問に感じなかったか?」
彼等の言葉の意味を理解して、首の後ろにぞわりと鳥肌が立つ。まさか、そんなことは……。
「それは……」
狼狽える彼に、史弥さんは今度は両腕で襟を締め上げた。
「俺達のことを知ってたな。そうだろ? 俺が人間じゃないことも、あの花は葉月が用意した物じゃないことも」
「花……。店長、嘘ですよね」
震える声に、史弥さんがちらりとこちらに目を向けた。怒りに満ちたその瞳は、私を見て一瞬だけ和らいだ。
「葉月ちゃん……葉月ちゃんの為なんだよ」
史弥さんの眉間に皺が寄り、振り向きざま彼はとても恐ろしい表情をしていた。あんな顔で凄まれたら、彼は気絶してしまうのでは、と思ったほどだった。
「葉月のためだと? ふざけたことをぬかしやがって。誰の指示で動いてる」
両腕でぶんぶんと彼を揺すりながら、史弥さんが声を荒げる。私はその光景を、他人事のように観察していた。信用していた坂口さんが私を陥れようとしていたのかと思うと、全てがどうでもよくなるような気がした。
「答えろ。葉月の家族を殺して、彼女を傷つけた男はどこにいる。今のうちに答えたほうがお前の為だぞ」
顔を近づけて怒鳴る史弥さんの肩に手を置いて、石丸さんが声をかけた。
「有馬、落ち着け」
「落ち着いてられるか」
史弥さんの怒鳴り声が、空気をびりびりと揺らした。その迫力に思わず悲鳴をあげると、史弥さんはびくりと肩を揺らして私を見た。その瞳は、怒りと戸惑いに満ちていた。
「有馬、彼女の傍にいてやれ。こいつは俺に任せろ」
落ち着き払った石丸さんの言葉に、少し悩む素振りを見せたものの、最終的には史弥さんも頷いた。
「何日かかろうと、こいつの口を割らせてみせる。それまで、片瀬さんは外出も控えて、有馬の傍にいてくれ」
そんな馬鹿な、と坂口さんが声をあげた。冷たい視線が史弥さんから投げかけられ、彼は悔しそうに唇を噛んだ。
「こんな奴の傍に置いておくなんて、そっちのがどうかしてる。こいつは人間じゃないんだぞ。こいつは……吸血鬼だぞ」
必死に訴えかける彼に、石丸さんは呆れた視線を向けている。
「それがどうした。残念だけどな、この地球上に暮らす約半数は吸血鬼だ。俺も、この医者もそうだ」
驚いたように石丸さんから一歩離れた彼は、まだ納得がいかないといった様子だ。
「店長……どうして……」
そんな彼に声をかけると、彼は悲しそうに目を伏せた。
「葉月の為なんだ……。あんな過去があるのに吸血鬼と付き合うなんて……そんなのおかしいじゃないか」
弱弱しく吐き出して俯いた彼の腕を、石丸さんが掴んだ。私はただ、目を大きく見開いたまま流れる涙を拭うこともしなかった。
「お前がどうしてそれを知っているのか、何故こんなことをしたのか、またお前に指示を出しているあの吸血鬼がどこいいるのか、洗いざらい吐いてもらおうか。先に言っておくが、俺は気が長いほうじゃない。痛めつけるのは好みじゃないが、情けを期待しているなら大きな間違いだぞ」
機械のように感情のこもらない声でそう言って、石丸さんは彼を引き摺るようにして連れて行った。彼は最後まで私から目を逸らさず、私の名を呼び続けた。
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