砂に描いた夢

Bella

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新しい日々の始まり

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 怒鳴られたことで冷静さを取り戻したのか、父親はそこで初めて石丸さんに反論をしたそうだ。お前には関係ないとか、家族のことに口を挟むなだとか言ったようだが石丸さんはそれを聞いてはいなかったらしい。
 彼は淡々と史弥さんを高校卒業まで預かることを伝えたそうだ。これには、他の家族と同じように、史弥さんも驚いていた。てっきり断られたと思っていたからだ。

 唖然とする家族を前にして、石丸さんは堂々と今後のプランを話した。それはまるで、ずっと昔から決められていたかのようで、不思議な感覚だったと史弥さんは言った。
 彼が話した内容はこうだ。まず、史弥さんは必ず高校を卒業すること。それまで寝食の心配はいらないと石丸さんは言ったそうだ。そしてその後は、就職なり進学なり、史弥さんのやりたいことを好きなようにやらせる。その代り自立し、しっかりと人に恥じない生活を送ること。それが条件だと言った。史弥さんの父親は鼻で笑い、こう言った。

「そんな親不孝者、誰であろうと引き取って貰えるならこっちにも好都合だ。ただな、あんた、何が望みだ? 日本の警察官なんて、激務の割に大した稼ぎじゃないだろう。血の繋がった家族ならまだしも、縁も所縁もないこんな役立たずを拾って、ボランティアはないだろう。俺から金をむしり取ろうたって、そうはいかない。こんな屑のために、一円たりとも使ってやるか」

 まるで壊れたスピーカーのように、感情のこもらない声でそう呟いた史弥さんの痛みが手に取る様にわかって、私は思わず涙を零した。それに気づいた彼が、繋いでいた手をやはりあっという間にほどいて涙を指先で拭ってくれる。二度ほど拭ってくれた後、彼はまた指を絡めてくれた。

「葉月、泣かないで。昔のことだよ」
「でも、史弥さんのことをそんな風に言うなんて……酷すぎる。息子なのに……」

 父親の言葉が信じられず、胸を切り刻まれたように痛みが走った。しかしそれ以上話の邪魔をしたくなかったので、先を続けるように頼んだ。彼は少し私の様子をうかがってから、わかったと頷いた。

 父親の言葉に一番傷ついたのは他でもない、史弥さんだ。考え方が受け入れられなくても、分かり合えなくても、彼は史弥さんにとってたった一人の父親だった。まだ若かった彼は、その心に深い傷を負い、気づけばボタボタと涙を零していたそうだ。それを見て、弟がにやりと笑ったことは、どうでもよかったと彼は言った。しかしその涙を見て激高した人物が一人だけいた。それは、ずっと史弥さんの首を掴んでいた石丸さんだった。

「ふざけるな! 貴様、どこまで腐ってるんだ。お前の金など一文たりとも恵まれてやるものか」

 顔を真っ赤にしてぷるぷると怒りに震えだした父親とは対照的に、石丸さんは怒っていても冷静沈着だった。冷たい視線を更に凍り付かせ、家族全員を睨みつけた。しんと静まり返った室内で、石丸さんは静かに言った。

「私が息子さんを預かることに同意して頂けるようで話が早い。彼はまだ未成年なので、私が法的な保護者となるための書類はすぐに郵送で送ります。どうせ読みもしないでしょうから、サインと押印だけしてさっさと送り返すように」

 それだけ言うと、悔しそうに「ふんっ」と鼻を鳴らした父親に背を向けて、石丸さんはさっさと歩きだした。史弥さんの頬を濡らした涙は、もう既に乾いていた。彼はたった一言だけ、家族に吐き捨てたそうだ。

「もう二度と帰らない」

 彼を引き留める声は聞こえず、ただ静まり返った居心地の悪かった家から、彼はとうとう出て行った。

「それで、石丸さんと生活してたんですね。なんか、びっくり」

 そうだね、と彼も頷いた。

「まさか、俺よりも先に石丸さんが葉月に会ってたなんてね」

 馬鹿みたいだと笑われても、私はほんの少しだけ運命とやらを信じ始めていた。この出会いは、きっと私の全てを変えてくれる。そう信じている。


 それから石丸さんは厳しく、史弥さんを指導していった。彼の部屋は広くはないが二部屋あったので、何とか二人で生活していたそうだ。彼の部屋に転がり込んですぐに、石丸さんは史弥さんを連れて大型のショッピングセンターへと出向き、生活に必要な布団などを揃えたそうだ。布団ではなくベッドが良い、と言った史弥さんに彼は二つ返事で頷くと、ベッドの枠からマットレスや掛布団に枕、そしていらないと言い張ったにも関わらず勉強机までその日のうちに揃えた。
 翌日からしっかり学校へと通わされた彼は、いつもは昼過ぎから行けばいいほうだったにも関わらず、一限から最後まで授業を受けることを義務付けられた。今後、毎日全ての授業に出席し、定期試験は全科目で平均点以上を獲得すること。それが、石丸さんが彼を引き取る条件だ、と史弥さんの実家を後にした際に付け加えられていたそうだ。その場の空気でやってやるさと答えた彼だったが、初日からくじけそうだったと笑った。
 しかし、もともと読書が好きで勉強も苦手ではなかった。ヴァンパイア特有の記憶力も手伝って、彼の成績はめきめきと上がっていった。周りの生徒も教師でさえも驚愕するほどの変貌だったが、素行はそう簡単には変わらなかった。相変わらず親友と夜な夜な街へ繰り出しては遊び歩いていた。石丸さんが刑事という不規則でなかなか家には帰れない職業だったのが幸いし、夜遊びするのに苦労はしなかったそうだ。
 しかし、それも二か月ほどが過ぎると、決まって史弥さんの行き先に石丸さんが現れるようになったと言う。これには史弥さんもまいった、と言わざるを得なかった。親友も、連れて行かれる史弥さんを苦笑いで見送ったと言う。

「夜遊びも出来なくなっちゃったんですね」

 石丸さんに夜遊びを叱られている青年時代の史弥さんを想像すると、おかしくて笑いが零れた。

「本当、彼には勝てないよ。清信も、あぁ、親友ね。あいつも俺が出られなくなって、だんだんと夜の街から遠ざかってた。それがあいつの場合は、逆に良くなかった」

 そう言って、彼は瞳を曇らせた。あぁ、この先の話はきっと今までよりも暗くて冷たい話になる、そう覚悟をした。

 高校三年になった史弥さんは、小説家という夢を本気で叶えたいと思うようになっていた。しかしどうすればいいのかもわからなかった。
 高校を卒業すれば自立するのが石丸さんとの約束だった。バイトは勉強の邪魔だという理由で石丸さんが許可してくれなかったので、もちろん貯金などない。大学へ通うなど夢のまた夢だ。そうなると、働きながら賞などに自作の小説を応募することでデビューを目指すしか道はない。気の遠くなるような話だが、時間とやる気だけはあった。彼と出会ってなければ、どうせ今も無気力に夜の街をふら付いていたはずだ。それなら、とダメ元でなんでもやってやる、という気持ちだったらしい。それを石丸さんに話したが、お前の好きなようにすればいい、という返事が返ってきただけだったそうだ。

 三年に上がりクラスも離れてしまった清信さんに久しぶりに会ったのは、卒業を間近に控えたころだったそうだ。時折メールで連絡は取っていたものの、自身の就職活動などで忙しくしばらく話をできていない状況だったそうだ。
 学校の廊下で声を掛けられて、一瞬誰だかわからなかったと言った史弥さんは、悔しそうに顔を歪めた。かつてはいたずらっ子のようによく笑っていた彼の顔には隈が浮かび、一目でわかるほどやつれていたそうだ。体力のあるはずのヴァンパイアがここまで追い詰められるなどよほどのことだ。彼は石丸さんとの約束を初めて破り、午後の授業をサボって清信さんを近くのファストフード店へと誘って話を聞いた。
 彼が話したことは、あまりに衝撃的だったと史弥さんは言った。

 ずっとどこにいるかもわからなかった彼の父親が、半年ほど前に突然現れたと言うのだ。そしてあれよあれよという間に、男は彼が母親と暮らしていた小さなアパートに転がり込んできた。しかし男は働くでもなく、ただ毎日家で酒を飲み、母を奴隷のように扱っているという。それを黙って見ているのか、そう史弥さんが口にすると、清信さんは未だかつて見せたこともないような表情を浮かべたという。その顔はまるで、鬼のようだった、と史弥さんは悲しそうに付け加えた。

「そんなわけないだろう。俺は、あの男を殺す」

 親友がそう口走ったのを、史弥さんは信じられない気持ちで聞いていた。父親はヴァンパイアだし、そう簡単に命は取れない。もっと何か、賢い方法があるはずだ。そう言っても、もはや彼に聞く耳はなかったそうだ。そして彼は隈のある目をぎょろりと見開いて笑い、こう言った。

「知ってるか、史弥。俺達吸血鬼は人間の血を飲めば力が増すんだ。でも、それは違法だから、誰も飲んでない。もちろん、あのくそ野郎もそうだ。だから俺は、人間の血を飲んで、あいつを殺してやるんだよ」

 ゾッとしたよ、史弥さんは、小さく身震いをしながらそう言った。
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