お兄様から逃げる方法

tsuyu

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10* 束の間の幸福

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「フローリア、起きて」
「ん~?」


 ふかふかの温かいお布団に包まれ気持ち良く眠っているのに、肩を揺すられ起床を促され、「もうちょっと寝かせて~」と手を振る。

「寝かせてあげたいのは山々なんだけれどね。時間がないんだ」
「……」
「あー、そうか。フローリアは王子の口付けをご所望なのかな?」
「!?」

 耳元で呟かれた甘い声に驚き、がばっと起き上がる。

「あ~あ、起きちゃった。残念。おはよう、フローリア」
「…おはよう、シーフ」

 意地悪な声音なのに満面の蕩けた笑顔で、こめかみに口付けられる。
シーフは既に夜着ではなく、白いシャツとペールブルーの爽やかな三つ釦ベスト、亜麻色のズボンという井出立ちだった。

「朝早くに起こして申し訳ないけど、ちょっと見せたい場所があるんだ。急いで準備して」
「?」
「居間で待ってるから、早くね。それとも着替え手伝おうか?」
「なっ!? シーフはそっちで待ってて!」
「そんな遠慮しなくてもいいのに」
「シーフ!!」

 ハハッと笑い、居間に行ったシーフと入れ替わりで、ジャンヌさんが入って来た。

「おはようございます、フローリア様」
「おはようございます」
「シーフ様がこちらの衣装をフローリア様にと」
「綺麗…」

 用意されていたのは、柔らかいシフォンの白いワンピースドレスで、胸元と袖は紅い花のレース、スカートの裾とウエストにはレースと同色の紅い糸で刺繍が施された少し大人っぽいドレスだった。
 お化粧は日焼けしないようにパウダーと、薄くアイシャドウと淡い色のルージュをする程度だが、フローリアの白い肌にはそれだけでも映える。

 髪は帽子が被れるように、サイドの髪を三つ編みにして首の後ろで纏めて紅いレースリボンで結ぶ。
ツバの広い白の帽子には、紅白の大振りのリボンが蝶のように装飾されている。


「シーフお待たせ。服ありがとう」
「フローリア、とっても可愛いよ」

 着替え終わり居間に向かいシーフに声を掛けると、ソファーに座っていたシーフが立ち上がって迎えてくれる。

「じゃ、行こっか」
「何処に行くの?」
「行ってからのお楽しみ」
「え~」
「いってらっしゃいませ」

 右手を引かれエスコートされ、屋敷の中を早足で進む。
シーフは右手には大きいバスケット。朝御飯だろうか?


 一階のウッドデッキから外に出て、木立を抜けると湖までは数メートルしかない。
陽はまだ昇り切っておらず、湖が近いせいか朝靄あさもやが薄っすらと辺りを覆っている。
 初夏の早朝ということもあり涼しいというより少し肌寒いが、シーフと繋がっている手から伝わる体温が温かく、あまり気にならない。

「何処まで行くの?」
「あそこ」

 シーフの視線の先を見てみると、湖岸と林の境目に青い屋根に白い柱のガゼポが見えた。

「素敵な所ね!」
「ああ、公爵夫人のお気に入りらしい」

 近づくと六本の柱が立っているのがわかる。
内側には座って寛げるスペースがあり、中央には丸いテーブルがあった。

「可愛い!!」
「先に用意してもらっていたんだ」

 テーブルには水色と白のチェック柄のクロス、内側のベンチにはふかふかのクッションが並べられていた。

「ここに座って」

 入って一番奥の席に座ると正面には、ガゼポの柱と柱の間から、太陽の光が反射して煌めく湖と、青々とした山、湖岸を囲む林、朝靄の神秘的な空間を切り取ったような風景が目に入ってきた。

「………綺麗」
「間に合って良かった」

 ほぅ、と溜め息を漏らして呟くと、隣に座ったシーフが優しく微笑む。

「気に入った?」
「ええ!! とっても!!」
「良かった。早朝しか観れない景色だからね。ああ、始まった」
「えっ?」

 先程まで太陽の淡い光が湖に反射していたが、徐々に朝焼けの黄金色に輝き、朝靄の蒸気が昇っていく。空からキラキラとした光が差し込み、光の道が幾重にもできる光景は、より神秘的で美しい。


 徐々に色が濃くなる鮮やかな空の色を眺める。

 どれぐらい見蕩れていただろうか。
気が付いたら隣に座るシーフの肩にもたれるように、抱き寄せられていた。

「フローリア」
「?」

 視線をシーフに向け見上げると、フフッと笑われる。

「景色が気に入ったのはわかるけど、僕のことも構って」
「な、」
「昨夜、どれだけ僕が我慢していたと思う? 今朝も僕の腕の中に君がいて、それはそれで幸せだったけど、僕も男だからね。もうちょっと意識して欲しい」
「!? じゅ、十分、い、意識してる、けどっ!」

 突然の告白に声が裏返る。

「そう?」
「そ、そうよ!」
「…あと二年か。覚悟しといて」
「え?」

 ギュッと抱き締められ、頭の上でボソッと呟かれた声は小さくて聞き取れなかったが、何だかゾクッとしたのは気のせいだろうか。

「朝食にしようか」
「えぇ…」

 身体を放したシーフは、持ってきたバスケットから、サンドイッチと陶器の器や、カバーで保温されたポットなどを取り出す。

 サンドイッチは生ハムとチーズ、香草とトマトが挟まっており、陶器の器を開けるとチキンと野菜がいっぱい入ったラタトゥイユ、ポットの中身はミルクたっぷりの紅茶だった。

 昨日のアフタヌーンティーも素敵だったが、神秘的で荘厳な風景を観ながらの朝食はいつもと違い、普段シーフとゆっくり出来る事が少ないせいか、より特別で幸福な時間に感じた。
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