お兄様から逃げる方法

tsuyu

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11* お兄様とお従兄様

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「何だって? フローリアが居ない?」


 朝から何か嫌な予感がして出勤を一時間ずらしたが、出勤しないわけにもいかず、いつもこっそり妹の護衛を任せている“ 黒犬 ”ブラックドッグに注意するよう指示を出し、昼食後、執務室で書類を片付けていると「公爵家にフローリアが見当たらず」という報告を受けた。

 近衛騎士団 副長補佐官であるイージス・イグラルドは十九歳という若さで、補佐官を務めている。
剣技の実力もさることながら、補佐の文官仕事も難無く務め、騎士団長や副団長、隊長クラスも一目置くエリートだ。

 隊長への打診があったのにも関わらず、文官として入隊したのは、近衛騎士団のトップである団長自らイージスに入団を請われ譲歩した結果である。

 騎士として入隊すると数年間は寮住まいが義務付けられている為、唯でさえ不規則な仕事で休日も変則になる騎士だというのに、隊長になってしまっては拘束時間が増えるから、と断り続けた結果、文官なら実家からの通いでも良いから!と請われ、副長補佐官におさまった。

 時々訓練に駆り出されるが、それは仕方が無いと諦めている。
そもそもイージスは寄宿学校卒業後、領地に籠って妹と過ごす気でいたのに、父であるイグラルド伯爵がそれを許すはずもなく現在に至る。


 イグラルド伯爵家の嫡男として生まれたイージスの人生が変わったのは、三歳の時である。

 フローリアが誕生し、母や乳母が世話をしている横で、言葉が喋れず泣いてミルクや眠たいといった表現をする赤ん坊に興味を持ち、小さい手に指を近付けるとギュッと握って笑う可愛らしい笑顔に、イージスは陥落したのである。

 喃語なんごを話すようになったフローリアに覚えたての絵本の読み聞かせをし、フローリアが泣いたら寝台に潜り込み添い寝してあやし、離乳食を食べ始めたらイージスが食べさせたり。

 両親や伯爵家に仕える者たちは、そんなイージスを見て「イージス(坊ちゃま)はフローリア(お嬢さま)の事が本当に好きね」と甲斐甲斐しく世話をする姿に微笑んでいた。

 幼い頃から利発で頭の良かったイージスは、五歳になり本格的に勉強を始めたが、勉強は何でも直ぐに覚えてしまい、剣術も才能があったため、何をしてもつまらなく感じていた。
 それは、家庭教師の課題や、護衛騎士兼剣術の教師の授業を早く済ませば、フローリアと会えるので、必死で学んだせいもあるのだが。

 イージスの興味は全て愛らしい妹に注がれ、両親が何でもこなす完璧主義な跡取り息子が、重度の妹主義者になっている事に気が付いた時には、既に手遅れであった。


「婚約者? あぁ、今はまだ結構です。好み? そうですねぇ、フローリアのように愛らしく賢い淑女で、フローリアを一緒に愛でる事のできる方でしょうか」

 寄宿学校に入学する前から婚約者の打診を何度もしていたが、その度にかわすイージスに母は悟った。
「あぁ、実家の兄(辺境伯)と同類か」と。

 その後も学校の課題が忙しい、騎士団の仕事が…と逃げ続け現在に至る。



「午後から公爵夫人のところだったはずだが?」
「いつの間にか伯爵邸から抜け出されたようです。公爵家のマナーハウスに “スー” を向かわせましたがいらっしゃいませんでした」
「それで?」
「…キティー嬢はいらっしゃいました」
「ふ~ん」
「あの…」
「何だ?」

 目を眇めて  “ 黒犬 ”ブラックドッグを取仕切る “ケル” 見る。

「イグナス様から鷲便が届いております」
「……」

 紙片を受け取り確認すると『馬車照合中、待機せよ』とあった。
商業ギルド支部長である従兄は決算報告会で忙しいのにも関わらず、フローリアの情報を察知したらしい。

 コンコンと扉を叩く音に、ケルを下がらせ返事をする。
「やぁ、ちょっと良いかい?」と入って来たのは、王宮で財務官を務める従兄のカバールであった。

「ジュラルミン子爵、如何されました?」
「何時ものようにカバールでいいよ」

 イグナス同様、決算で忙しいはずの従兄が近衛騎士団までやって来るなんて珍しい。

「…カバール従兄上あにうえ、冷たいタオルをご用意しましょうか?」
「え? あぁ、そんなに酷いかい?」
「はい」

 王宮に籠りっきりの従兄の目の下には、濃いクマができている。
常に身嗜みを整えて若き子爵として凛としている紳士が、ここまで疲れ切った姿を晒すのは身内でも中々見る事は無い。

「それよりフローリアは?」
「はい?」

 執務室のソファーに深く腰を下ろしたカバールは、可愛がる従妹の事を当然のように聞いてくる。

「この一週間、フローリアは私にお菓子を届けてくれていたんだ。そのお礼に花を贈ったらティータイムにはお礼の手紙が届くのに、今日は手紙が届かない。忙しい私のささやかな癒しが来ないんだよ? 何かあったのかと思うだろう?」

 執政が行われている王宮のエリアには家族であっても簡単には入れないので、フローリア本人ではなく家の者が届け、預かった荷物等は王宮内の雑務や連絡を専門とする侍従たちが運びやり取りをしている。
 花は王宮という特殊な場所故に庭園とは別に、急な贈り物が必要になったりした時の為に王宮御用達の花屋が数軒契約しており、花の色や種類等を伝えるとメッセージカードと一緒に届けてくれるシステムが確立している。

 因みに、そのシステムを導入したのはカバールである。
食花を必要とするフローリアの為に品種改良した花が、王都の邸宅の温室に年中咲き誇り、使用しない分がもったいないと、フローリアが言うので花屋に卸した結果、見た目が可愛い食用花は観賞用としても人気が出たのである。

「今日もお菓子は届いていたと?」
「あぁ、届いたよ」

 取り出した包みと初夏の爽やかな花が描かれたメッセージカードは、フローリアのようだ。

「何故、私には届けてくれないんだ…」
「イージス、お前は毎日家に帰ったら会えるだろう。お菓子だって出来立てを食べれるじゃないか」

 むくれるイージスを、呆れた顔でさっさと包みを懐に戻すカバールが溜め息を吐く。

「で? 我らの可愛いフローリアはどうした?」
「勘がよろしいですね。失踪しました。計画的犯行ですね」
「は?」
「カバール従兄上あにうえが今見せてくださったメッセージカードのインクですが、時間の経過によって色が若干変わる、私がフローリアにプレゼントした特殊なインクでしてね。色の変化具合から、これは昨日のうちに書かれた物かと」

 机の端に置いていた、冷めてしまった紅茶を一気に飲み込みソーサーに戻す。

「公爵家のマナーハウスで毎年恒例のチャリティーバザーで販売する物を準備しているはずのフローリアは見当たらず、キティーは居る。と言う事は、協力者はキティーと公爵夫人。ああ、参加している御婦人方も、でしょうね」
「公爵家… アイシャ王妹殿下か」
「イグナス従兄上あにうえから『馬車照合中、待機せよ』と報告がありましたので、我が家でも侯爵家や公爵家の馬車でもないもので逃亡したのでしょう」
「…寄宿学校は丁度、考査明けの連休か」
「ええ。やられましたね」

 執務中かけている眼鏡を外してレンズを磨いていると、カバールがフッと嗤う。

「そう言えばイージス」
「何です?」
「隣国に行っているカーゴルが、早々に予定を済ませ明日には帰国すると知らせてきていた」
「それは、それは。朗報ですね。流石、カーゴル博士」


 二人は顔を見合わせ、口の端を上げ嗤った。
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