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第二夜

弐 茶々の惑い

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 (まだ来ておられぬようじゃ。) 
 部屋に入った茶々は、用心深く、部屋の隅々まで見渡した。 
 中央に敷かれた、大きなしとねの横に座る。 
 褥はきれいに整えられ、まるで昨夜ここでなにもなかったように平然としていた。 

 『なんと淫らで素晴らしい女子じゃ。』 
 秀吉の声が、茶々の体を駆け巡る。それだけで、キュッと躰のどこかが動いた。 
 ふすまがスッと開き、白い夜着にきらびやかな黄金色の羽織をはおった秀吉が入ってきた。 
 茶々が流れるように平伏する。 
「申し訳ござりませぬ。」 
 秀吉が座るのも待たず、開口一番、茶々は謝った。 
「ん?いかがした」 
「本日、また江がおねさまの元へ参ったかと。」 
「ん? そうか。」 
 江がおねの元で泣いたのは知っていたが、あえて知らぬ顔をする。姉としての茶々の重荷を、秀吉は取ってやろうとしてた。 
「ご無礼を働いたのではないかと思いまして。」 
 茶々は姉姫らしく礼を尽くす。秀吉の目が仕方なさそうに微笑んだ。 
「ふむ…、おぅおぅ、そういえば、『姉上のお加減が悪い』と大層案じておったそうじゃ。」 
 秀吉は、ふふふと笑った。 
「『殿がなにかなさったのか?』と大泣きしたらしいの。」 
 オホホと笑う秀吉に、茶々が身を小さくした。 
「申し訳ございませぬ。」 
「いやぁ、あのお転婆を妻にする男は、よほどの覚悟がいるのぅ。」 
 にやりと秀吉が笑う。 
「そのうち、よい相手を見つけるゆえ、案ぜずともよい。」 
「はい。」 

「『ぼんやりしておる』と泣いたそうじゃぞ、江は。江にとって姉上は、『品よく気高く誇り高い』ものなのじゃろうて。儂が悪者になればよい。」 
「そのような…」 
「お茶々~、『儂が守る』とゆうたであろう? ……江の前では、今まで通りの『気高く美しい』姉上でおられよ。儂は江の怒る声には慣れておるでの。」 
 秀吉は片目をつぶり、「フフ」と笑った。 
「…殿下…」 
「本当は、寂しがり屋なのにそれをこらえる健気けなげな女子じゃ。」 
 秀吉が茶々の頭を撫で、そのまま髪をスッと撫でた。 
 『辛抱などなさいまするな』 
 昨夜そう言われたあとの快感を茶々の躰は思い出している。 
 (あぁ…どうなってしまったのじゃ…私の躰は…) 

「して、何故ぼんやりしておったのじゃ?」 
 突然の問いに、茶々が頬を真っ赤に染めた。秀吉が乙女を抱き寄せる。 
「何故ぼんやりしておったのじゃ?ん?」 
「何を考えておった?」 
 耳まで真っ赤に染めた乙女を、秀吉は矢継ぎ早に問いただす。茶々からの答えはなかった。 

 今日ここに入る前、大野局うばから『姫様、今少し慎ましやかになされませ。』と言われた。 
 (それほど乱れておったのか?私は。そのように、はしたなかったのか?) 
 茶々は頬を染め、躰を固くした。 

 昨夜も今宵もここへ向かう前に、乳母の大野に言われた。 
 「よろしゅうござりまするか、姫様。 何事も殿下のお心のままになさるよう。 淑徳しゅくとくが第一。閨にても同じく。 常に恥じらいを持って、慎み深く。 殿下の興のおもむくまま、いかようになされようとも、はしたなく声など出さず。」 
 昨夜は、そのあとに「かたきという殿下でございまするから、大事ないとは思いますが。」と続いたが、今宵は、「よろしゅうござりまするな。武家の、いえ、大名の姫として慎み深く。」と念を押された。 

 秀吉は、黙っている茶々の頭を撫で「ん?いかがしたのじゃ?」とさらに問う。 
 茶々が恥ずかしげなのを見ると、秀吉は、息をひそめた。 
「思い出しておったのか?」 
 茶々の耳元に口を寄せ、かすかな微かな声で、秀吉が囁いた。そのほとんどが息のような囁きを受け、茶々の躰がゾクリと震えた。 

「思い出して、疼いておったのか?」 
 まるで、回りの静寂しじまに聞かれるのをはばかるように、耳元で囁く。そしてそのまま、茶々の小さな耳を秀吉はペロリと舐めた。 
 茶々の躰に、ビリリッと痺れが走る。
 (はしたない)。
 躰の火照りを悟られまいと、茶々はうつむいた。 
「思い出して、ぼんやりしておったのか?」 
 恥ずかしさに茶々は首を振る。 
「偽りを申してはならぬ。思い出して、身が疼いておったのであろう?」 
 秀吉の優しい囁きと息が耳にかかる。 
「なんと淫らなのじゃ。」 
 誰にも聞こえぬよう、秀吉は、ただ息と共に茶々の耳だけに入れる。 

「……違いまする……」 
 茶々が恥ずかしげに頭を振ると、艶やかな髪がハラリと肩から落ちた。 
 秀吉は、腕の中の茶々が、モジモジと動くのを感じていた。 
「そなたは、み・だ・ら、じゃ。」 
「…いや…」 
 首を振りながらも、足の間がズキズキとするのに、茶々は戸惑っていた。 
 (いかがしたのじゃ、私の躰は…) 

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