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欲情だけなのか、本気の恋なのか

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  『一目惚れ』とはこういうことをいうのだろう。

 酔った勢いでゲイAVをレンタルしてきて、友達と観賞したのが始まりだった。
 画面の中で男にキスをされ、身体のあちこちを触られ感じ、喘いでいる男に目を奪われた。
 友達は『男同士で感じるなんでありえねー』とゲラゲラ笑っていたが、そんな声は俺に届いていなかった。
 
 とても綺麗だった。これが男なのかと疑うほどに綺麗で色っぽかった。
 欲情して相手の男に『挿して』とねだる熱を帯びた瞳。上気した頬、汗ばんだ白い肌、色っぽく鳴く声。
 どれもそこら辺にいる女よりも全然艶っぽく、官能的だった。

 最初は単純に『誰かを抱きたい』と思った。
 酔っていると無性にセックスしたくなると聞いたことがあったので、そのせいだと思っていた。
 しかしこの男が犯されて喘いでイク姿を見ているうちに、誰かを抱きたいのではなくこの男が抱きたいのだと分かった。
 『なんであいつを犯しているのが俺じゃないんだ』ともどかしさを覚え、それが嫉妬だと分かったのは画面の中のふたりが果てた時だった。
 
 ストーリーが終わり、DVDを止めようとするとエンドロールではなく『特典映像』という文字が現れた。
 気にはなるがこのまま見続けたら『お前ゲイだったのかよ!』と友達に言われるのではと危惧し、リモコンを持ったままチラリと隣を見遣った。

「んが……」
「ね、てる?」

 酔いからなのか興奮する要素がなくて飽きたのか、いつの間にか眠っていた。

「大丈夫かな……」

 様子を窺いつつこのまま特典映像だという映像を観続けた。
 どうやら撮影後の様子を映したものらしく、さっきまで犯されていた男がシャワーを浴びて着替えている様子が映されている。

『なかなかハードでしたね。あんなに激しく犯されるなんて思いませんでしたよ』
『またまた~。しっかり楽しんでいたように見えたよ?』
『あははは。楽しんでいるように見えたなら、よかったですよ』

 ビルを出ながらカメラを回している男と話す彼。さっきまであんなに色っぽく乱れていたのが嘘のように、爽やかな笑顔をカメラに向けている。
 一瞬これがゲイAVの特典映像だということを忘れてしまうくらい、彼は別人だった。
 そこら辺のアイドルも顔負けのルックスに、喘ぎ声男とまるで違うちょっと低めの声。そしてスマートな仕草。ここだけの映像を知らない人に見せたら絶対にアイドルだといっても疑わないであろう。

「なにこれ……。こんなギャップありかよ……」

 女のようでしっかりと男の部分も持ち合わせている彼。こんなの卑怯だ。
 
「ほかにどんな顔を持っているんだよ」

 セックスしている顔、仕事終わりの顔。ここでは見ることのできないプライベートの彼の顔は一体どんなだというのだ。
 普段はどんな話をして、誰に向けてあの笑顔を見せているのだろう。

「会いたい。できることならば彼とセックスしたい」



 ただ酔った勢いのことだと思っていたが、酔いが醒めてもこの想いは消えなかった。むしろ日々彼に会いたい、彼に触れてみたいと想いが募るばかりだった。 
 これは欲求不満から? と思いデリヘルでも頼んでみるかと風俗誌をめくっていた。
 どの子もピンとこないなぁ、とパラパラめくりまくっているとある記事に目がいった。

「AV男優募集……?」

 太文字の募集と書かれた下に小さく『ゲイAVの相手役募集。未経験者歓迎』とある。
 こんな風にAV男優を募集するのもなんだと感心すると同時に、ほのかな期待が生まれた。

「もしかして彼に会える?」

 そんな上手い話あるはずがないが、ゲイAV男優なんてそんなにいないはずだ。だからこうして募集をかけられているのだし、万が一ということも。

「応募してみようかな」

 もし彼が相手役でなかったら断ればいいだけの話。さすがに無理強いはしないだろうし。
 さすがに彼に会えるなんて上手い話あるわけないよな、とぼんやり考えていたはずの俺は、気づけばAV男優のバイトに応募していた。
 
 電話で言われた面接日は、電話から三日後である今日の昼。オフィス街にあるとある喫茶店に来て欲しいとのことだった。
 
『スーツなんか着てこなくていいからね。僕も普段着で待ってるから』

 そう電話の相手・監督は電話越し笑って俺に伝えた。
 確かに堅苦しいホワイトカラーの仕事ではないのだからスーツは必要ないだろうと思いつつ、未知なる分野の職業ということに緊張だけはしっかりとしていた。
 
 件の喫茶店は雑居ビルの立ち並ぶ一角にあった。
 中に入るとスーツ姿のサラリーマンの中に紛れて、三十代くらいのポロシャツを着た男がひとり座っている。多分この男が監督なのだろう。

「あの、大内監督でしょうか」
「中山君? 初めまして。急にごめんね、まあ座って」
「失礼します」

 促されて向かい側に座る。
 中肉中背の小綺麗な感じで、休日のサラリーマンといってもおかしくない感じだ。人当たりは良さそうに見える。

「コーヒーでいい?」
「あ、はい」

 監督は軽く手を挙げウエイトレスを呼び、俺のコーヒーと監督のおかわりのアイスコーヒーを頼んだ。

「自己紹介が遅れたね。僕は監督権カメラマンの大内 修三。一応この大内企画の社長もやっている」
「社長さんなんですか」

 名刺を受け取りながら、じっと大内監督の顔を見た。
 偏見なのだが、監督といったら無精ひげの身なりを気にしないオッサンというイメージがある。
 なのに大内監督は短く切った髪にワックスをつけてきちんとセットしていて、ひげも綺麗に剃ってある。腹も出ていないし、パリッとしたスーツを着こなしたら実業家にしか見えないだろう。
 しかも顔もものすごく格好いい。俳優といわれても信じてしまうくらいに。

「社長といっても、小さなAVの出版社だよ。社員も少ないし、カメラも編集もほとんど自分でやらなきゃいけないくらい」
「それでもすごいです」
「ありがとう」
 
 ニコリと笑う顔は超イケメン。俺が女なら間違いなく堕ちただろう。

「じゃあ本題に入ろうか。中山君はゲイ?」
「い、いえ。ゲイでないです……」
「じゃあなんでゲイAVに出ようなんて思ったの? 単なる興味? それともお金?」
「ちょっと興味が……。たまたまふざけて観たゲイAVが超エロくて、よかったので。ちょっとやってみたいかなって」
「ふぅん……」

 監督は俺の顔をじっと見てなにかを考えていた。
 しばらく黙ったまま俺の顔を眺めて、答えが出たらしく口を開いた。 

「これ、引き受けたら『やっぱ無理です』って断れなくなるけど大丈夫?」
「断ったら、なにかあるんですか?」
「それなりの損害が出るからね、違約金が発生するよ」
「違約金……」

 それがどのくらいの金額なのかは知らないが、多分千円や一万円といった簡単に支払える額ではないだろう。
 あの彼でない相手を抱けと言われても、逆に男に抱かれろと言われても困るわけだが、彼に会えるかもしれないチャンスを逃すのも惜しい。

「確認なんですが、俺って抱かれる方ですか? 抱く方ですか?」
「一応抱く方で考えてはいたけれど、抱かれてみたいというならば考えるよ?」
「いや、結構です」

 抱かれてみたいなんて数ミリも思っていない。
 彼を抱きたいという気持ちはあるが、彼に抱かれたいとは思っていないし。

「そう? 抱かれたくなったらいつでもいってね。で、どうする? AVに出演する? しない?」
「えっと……」

 再度聞かれて返事に困った。
 彼を抱けるかもしれないけど、彼以外の男を抱くことになるかもしれない。
 現場で彼じゃなかったからと断ったりしたら、俺には違約金が発生する。
 それでも……。

「……出演します。よろしくお願いします」
「やってくれるんだね、ありがとう。実をいうと、なかなか人が見つからなくて困っていたんだ」

 助かった、と安堵のため息を漏らしつつ鞄の中からファイルを取り出した。

「早速で悪いけど、契約書にサインしてもらっていい? 過去にね、OKしておいて当日連絡なしにドタキャンした人がいたんだ。もちろん撮影は出来ないし、相手役が見つかるまでスケジュールは狂うし。大変だったんだ」
「それは大変でしたね」
「ホント大変だった。スケジュール押した分のギャラもスタジオの延長料もかかるし。これでDVDが売れなかったら倒産するところだった」

 あはは、と監督は軽く笑うが全然笑い事じゃない。
 ドタキャンしただけで倒産とか。身元が割れていたら賠償問題に発展していたのだろう。
 知らないで俺もドタキャンしていたら、監督は今度こそ借金を背負って倒産するはめになっていたのかも。
 俺の軽い気持ちで多くの人の人生を狂わせたかもしれなかったのか、と内心ガクブルしながら書類にサインをして監督へ返した。

「よし、契約成立! 撮影の日程はあとで連絡するからラインのID教えてね」
「は、はい」

 いそいそとサイン済みの書類は鞄にしまわれ、代わりにスマホが取り出された。
 促されるままIDを交換し、『これでひととおり終了かな?』と監督は時計を見て誰かにラインを打ち始めた。

 あっさりと採用になってしまいちょっと拍子抜け。なにか裏があるのでは? と疑いたくなってくる。
 でも彼に会える一歩を踏み出せたと思うと、嬉しくてそんな裏があってもどうでもいいと思えてきてしまう。
 まだ会えるとは限らないのに、気持ちは会える前提だ。

「ゆっくり雑談でもしていたいところなんだけど、用事が入ってしまったんで僕はこれで失礼するね。中山君はゆっくりコーヒー飲んでから帰っていいから」
「あ、はい。今日はありがとうございました」
「こちらこそね。じゃあ今度は撮影で会おう」

 そう言って監督は伝票を手に立ち上がり、ゆっくりと店を出ていった。
 ガラス製のドアから監督の姿が見えなくなってから、俺はソファに深く寄りかかって息を吐いた。

「はー、緊張した」

 姿が見えなくなってようやく入りっぱなしになっていた力が抜けて、頭の回転も正常に戻ってくる。
 接点のない業界の人との面接とかって、普通のバイトの面接よりも変に緊張する。どう受け答えするのが正解なのか分からないというか、なんか得体が知れなくて力が入りっぱなしになっていた。
 背伸びをすると肩がバキッと鳴った。

「あ、監督に相手の男優さんの名前聞き忘れた」

 聞いておけばよかった、と思ったが、聞いたところで彼の名前を憶えていないことにいまさらながら気がついた。
 しっかりとエンドロールまで見ていたのに、彼ばかりに目が奪われていてチェックしていたようで見過ごしてした。
 聞いたところで、それが彼かどうかは分からないのには変わりがない。

「彼だったらいいな」

 

 期待と不安を抱えたまま、あっという間に撮影当日を迎えた。
 
「あー、緊張する」

 指定されたマンションの一室のインターフォンを鳴らす。
 しばらくしてインターフォンの応答ではなく、直接ドアを開けて出てきたのはADらしき若い男。
 乏しい表情でモソモソとした喋り方で『どうぞ』と言い、俺をリビングへ通した。

 リビングはすっかり撮影の準備がされており、部屋のあちこちにカメラとライトが置かれていた。
 ここでセックスをするのかと思うと、ちょっと恥ずかしくなってくる。
 そもそも見られながらセックスをするなんて、二十二年生きてきて一度もない。他人に自分が興奮して勃起している姿なんて見られたいなんて思ったことすらない。
 見られると興奮するという輩の性癖はいまいち理解できない。

 そんなことを考えていると、隣の部屋のドアが開いた。出てきたのは見知った顔、監督だ。

「おはよう。場所は分かりづらくなかったかい?」
「おはようございます。場所はすぐに分かりました」
「それはよかった。今から衣装に着替えてもらって、ここで撮影するから。台本はあるんだけど、あえて中山君には渡していないんだ」
「は?」
「説明はあとでするから、とりあえず着替えてきてもらっていい?」
「はぁ……」

 台本があるのに渡さないってなんだ?
 シロウトだから台本を理解できないだろうから、口頭で説明して進めるといいたいのか?

 なんか馬鹿にされている気分だったけど、ここでモタモタしていては迷惑をかけてしまう。ADが『こっちッス』と案内する、さっき監督が出てきた隣の部屋へ入った。
 控室なのだろう隣室は、ハンガーラックとテーブルセットに鏡が置いてある。あとはパーテーションで区切られた荷物置き場らしきところ。荷物はここに置けというのだろう。

 ハンガーラックにはどこかの高校の制服が一式。
 これが衣装なのか? 俺はサイズなんて教えていないのにちゃんと着れるのか?
 手に取って眺めていると、パーテーションの陰から突然人が現れた。

「!?」
「あ、もう来てたんだ。驚かせてごめんね」
「い、いえ……」 

 かなりドキドキしながらなんとか返事を返した。
 突然人が現れたのもだし、現れた人が俺が会いたいと願っていたあの彼だったのだ。
 ほんのりと頬を染めた彼は、映像で見た彼よりも全然素敵だった。
 花があるというかオーラがあるというか。語彙力のない俺にはただただ『綺麗』としか表現しきれないのが悔しいが、とにかく直視できないくらいに眩しい存在だった。

「初めまして。相手役の百瀬 葉月です」
「は、初めまして。な、中山 祐樹です……」

 口を開けてポカーンとしている俺をよそに、彼はにっこりと自己紹介をしてくれた。
 俺も慌てて名乗るが、緊張のあまりどもってしまった。
 本当にあの彼なのか!? 夢でなく実物なのか!?

 ほっぺたを抓ってみたい衝動を抑えながら、彼になにか話しかけようと思考をめぐらす。
 しかし彼とどんな話をしていいのかさっぱり思いつかない。趣味も好きな食べ物も、彼に関する情報はなにひとつ知らない。

「着替えないの?」
「え? あ、そうですよね。これから撮影ですもんね」

 あたりまえだ。俺はここに撮影のためにやってきたのだから。
 手に取ったままの制服を一度ハンガーラックに戻し、今着ている服を脱ぎ始めた。
 普段大学で着替えるときは全然平気なのに、彼の前だと思うと恥ずかしくてパンツ一枚になかなかなれない。
 それでも脱がないと先へは進めない。意を決して『えいやっ』とシャツとズボンを脱ぎ捨て、急いで制服のズボンに足を通した。
 
「中山君、いい身体してるね。スポーツかなにかやっているの?」
「大学のサークルでちょっと。百瀬さんに褒められるほど筋肉はついてませんよ」
「僕の身体に比べれば全然。制服のサイズ、ちょうどよかったみたいだね。監督の特技、見ただけで服のサイズ分かっちゃうことなんだよ。すごくない?」
「それはすごいですね」

 確かにすごいが、俺にとってはどうでもいい情報だ。
 でも彼が嬉しそうに話しているので、まあ良しとしよう。

「さ、行こうか。祐樹、って呼んでもいい?」
「は、はいっ。もちろんです百瀬さん」
「僕のことも葉月って呼んでよ。あと、タメ口でいいからね」

 そういって彼・葉月は俺の手を取ってリビングへ連れて行った。

「お、準備できたね。じゃあ中山君はこれを飲んで」
「これは?」
「バイ〇グラ。勃たなかったときの保険」
「保険……」

 確かにこんな状況で勃たせろといわれてもプロじゃないんだからすぐには勃たないだろうし、勃ったとしても見られていると意識したとたんに萎えそうだ。
 言われたとおり渡された錠剤をペットボトルの水で流し込む。
 バイ〇グラなんて初めて飲んだ。

「それじゃ二人ともソファに座って。葉月は台本に沿ってストーリーを進めていって」
「あ、あの……」
「ん? なに?」
「俺、どうすれば……」
「あ、そうだった。説明するって言ってたのに忘れてた」
 
 ごめんごめん、と監督は悪びれる様子もなく説明してくれた。
 葉月にはあらかじめ台本を渡して読んでもらっているが、アドリブで進めていく予定だという。
 
「別にいじわるして台本渡していないわけじゃないからね? 自然な姿が見たいからなんだ」
「あ、なるほど」
「なんで葉月に任せて思うままヤっていいから」

 あははと笑って監督はカメラのファインダーを覗いた。
 思うままにヤレって……。

 ソファに座ったまま戸惑っていると、葉月は俺の身体にぴったりと自分の身体をくっつけて手を握ってきた。
 ドキリとして顔を見ると、葉月はにこやかに微笑んで俺の名を呼んだ。

「祐樹、なにも緊張することはないよ。僕の目を見て、僕だけを見て」
「葉月」
「ここには僕と祐樹しかいない。監督もADも、カメラも祐樹の気のせい」
「気のせいって言われても……。実際にいるわけだし」
「それじゃあ気にならないように気を逸らせばいいんだ」

 そう言って握った手を葉月の胸元へ引き寄せ、少し真面目な顔をした。

「祐樹感じる? 僕の心臓はこんなにドキドキいっている。なんでこんなにドキドキしているのか分かる?」
「それは葉月が撮影に失敗しないか心配しているから……?」
「違うよ」

 引き寄せた手をぎゅっと握って続けた。

「心配ではないよ。多少緊張はしているけれど、このドキドキは祐樹のせいなんだよ」
「……俺?」
「そう。祐樹を見つめて、温度を感じ、祐樹の体臭を嗅いで、もの凄くドキドキしている。こんなにも男を感じる祐樹とこれからセックスするのだと思うと、興奮してドキドキする」
「え……。こう、ふん?」

 言っちゃ悪いが、AV男優なんて勤まるのか? と思えるほどに性欲が薄そうに見える葉月。いわゆる草食男子と呼ばれる類の男にしか見えない。
 そんな草食男子の口から『セックス』とか『興奮』という言葉が出てくると違和感でしかない。

「ドキドキだけじゃ僕が興奮しているの、伝わらない? これだったら祐樹でも分かるでしょ?」

 引き寄せた手を、今度は自分の下半身へと導く。
 上から押し当てられる形で触れた葉月の股間。熱く、かなり硬く盛り上がっているのが嫌というほど分かる。
 まだくっついて座って手を握っているだけなのに、それだけなのにこんなに勃起するなんて。本当に興奮しているっぽい。

「ね? 信じてもらえた?」
「興奮しているのは分かったけど、なんで俺なんかで」
「俺なんか、じゃないよ。祐樹だからだよ。祐樹は僕のタイプなんだ。こんな間近にタイプの男がいて、興奮しない男なんていないでしょ?」
「それは……」

 俺も一緒だ、という言葉をいいそうになって慌てて口を噤んだ。
 変なプライドというか偏見が、自分は『ノンケなんだから』と続きを言い出せなかった。
 だからといって興奮していないわけではない。目の前に、手の触れられるというか触れられているのだが、憧れの彼がいるのだ。俺のムスコも葉月ほどではないが勃起している。

「祐樹は? 祐樹は僕に興奮していないの?」
「お、俺はノンケだから」
「ノンケだから、なに? 祐樹の心臓もかなりドキドキしているよ?」

 触れられていることに気をとられていて、葉月のもう片方の手が俺の胸に当てられていることに気がつかなかった。
 そっと胸に置かれた手は、俺の手を導いたのと同じように俺の股間に移動した。触れられたくない、膨らんだ股間に。

「これでも興奮していないって言いきれる? ノンケとかゲイとか、欲情には関係ないよ……」

 真っ直ぐに葉月が俺を見つめる。恥ずかしくなって視線を逸らすが、葉月は『視線を逸らさないで、真っ直ぐにこっちを見て』と強く言う。
 強く言われ逆らえず、ゆっくりと視線を葉月に戻す。

 初めて葉月の顔をじっくりと見た。
 すごくまつげが長い。それに瞳の色がとても綺麗だ。茶色というよりは栗色。少し色素の薄い瞳の色は印象的だ。
 肌も白い。不健康な白さではなくてピンクがかった白。髭も薄いから中性的な感じさえする。

 ……触ったらすべすべしていそうだな。

 触れてみたい。そう思ったときには身体が勝手に動いていた。
 重ねられていない方の手が葉月の頬を撫でていた。親指でゆっくりと頬骨にそってなぞり、その柔らかく滑らかな肌の感触を楽しんでいた。
 見た目以上にすべすべとした肌。肌を見せる仕事だけに、毎日きちんと手入れでもしているのだろうか。女の肌より全然綺麗だ。

 葉月の頬を撫でる俺の手の上に葉月の手が重ねられて、ようやく俺がしていたことを気づかされた。

「ごめっ……」
「いいよ、続けて」

 少しひんやりとした葉月の手が、これは夢じゃないと教えてくれる。
 見ているものも、されていることも夢のようでしかない。

「もっと触れて。頬だけでなく、手も耳も、服で覆われた胸もすべて」
「葉月……」
「僕も祐樹に触れたい。見えるところも見えないところも、祐樹のすべてを」

 近距離だった顔がまつげの触れそうな距離になり、ゆっくりとゼロ距離になる。
 まつげが触れ、唇が触れる。
 それがキスだと気づくまで数秒ほど要してしまった。

 そっと触れてきた唇はしばらく合わされたままでいたが、合わされたときと同じくらいゆっくりと唇は離された。
 離れた唇の間から吐息が漏れる。
 
「祐樹、もっとキスして」

 うっすらと開けた瞼を再び閉じ顎を持ち上げた。
 ほんの少し開かれた唇に引き寄せられるように、俺のほうから葉月の唇に唇を重ねた。さっき重ねられたときよりもしっかりと押しつける。
 頬と同じように柔らかい。そんなに厚くない唇なのにぷっくりとした感触が俺の唇に感じられる。目隠しされたままで葉月とキスして『女の子だよ』と言われても、多分疑うことをしないだろう。それくらいに女の子のものと遜色ない。
 
 手と同じように唇も冷たい。冷たいというのは語弊かもしれないが、俺の知っている唇は大体が温かいものだった。例外なのは冷たいものを食べたときや、寒い冬の日に外に長時間いたとき。
 家の中なのに、季節も暖かい春だというのに温かく感じない唇は初めてだった。
 緊張? それとも元々低体温で全体的に冷えているだけ? 温めたらこの冷たい唇も手も俺と同じくらいに温かくなるのだろうか?

 その思考は続きを考えられることなく封じられた。
 合わされた唇の隙間から葉月の舌が口の中へと侵入する。
 舌先と舌先を擦り合わせ、徐々に奥へと入り込ませていく。入り込んで、舌全体から歯の裏までくまなく舌先で犯していく。

「んん……」

 あまりの気持ち良さに塞がれた口の合間から喘ぎをもらしてしまう。
 それを聞いた葉月はさらに興奮してきたのか、舌と唇を啄みながらブレザーのボタンを外し始めた。
 三つしかついていないブレザーのボタンはあっという間に外され、葉月の手はシャツのボタンに移されていた。
 小さなボタンを片手で器用に外していく。首元からひとつ、またひとつ。キスを楽しんでいるうちにボタンはすべて外されて胸が露わになっていた。

「ねぇ祐樹、僕の制服も脱がして」
「脱がしてって。俺、男とヤッたことない」
「大丈夫。僕のいうとおりにすれば、お互い気持ち良くなれるから」 

 ね? と、葉月は上目遣いで俺を見る。
 欲情で頭が回らなくなりかけている俺は、言われるまま葉月のブレザーのボタンに手をやった。
 ブレザーのボタンを外し終わったところで、ふとこれが撮影だったことを思い出した。
 この様子を監督とADも見ているのだ。急に気恥ずかしくなって、チラリと視線だけを監督のほうへとやる。しかし視線の先には監督もADも存在しなかった。葉月とあれこれやっているうちにどこかへ行ってしまった?
 視線を葉月へ戻すと、葉月は分かっていたようで小さく頷くだけだった。

「祐樹、僕をもっと興奮させて。ここも祐樹に弄って欲しいって疼いているよ」

 露わになった胸にぷっくりと突起している乳首を指さす。
 小ぶりで熟れたグミの実のような乳首が、俺にかじって欲しそうに艶々とこちらに向けられている。
 それを見た途端、俺の理性は吹き飛んだ。出掛けたのか隠れているのか分からないが、ここにいるのは葉月と俺だけ。

「葉月、葉月……」

 貪るように葉月の乳首に吸いつく。吸いついて、舌先で転がしてコリコリと硬くなっている葉月の乳首に食いついた。
 硬くて滑らかな乳首は甘く感じる。男なのだから母乳が出るとかありえないのだけれども、弄ればいじるほど甘く感じる。

「あっ、祐樹、もっと……かじって、ああっ!」

 少し強くかじると葉月が甘い悲鳴をあげる。うわずった声が俺の欲情をさらに昂らせる。
 もっと弄りたい。もっといたぶりたい。そんな気持ちが溢れて止まらなくなる。

 コリコリの乳首をかじりながら、指を胸から腹へかけてなぞっていく。脇腹を指先でなぞると、感じるのか葉月の身体がビクっと震える。何度か往復させていくとビクビクと背中が反っていく。

「葉月、ここ弱い?」
「ゾクってする、気持ちいいけどくすぐったい」
「もっと、かな?」

 あつ、あつ、と声をあげながらのけぞる葉月が可愛くて、もっと弱い部分はないのか? とさらに指を滑らす。
 脇腹から背中、尻、太腿、内腿。背中と内腿が脇腹と同じくらい弱いらしく、なぞるとビクビクと身体を震わせた。

「ゆうきぃ……」
「葉月、可愛い」

 感じさせるだけ感じさせたせいか、葉月の色素の薄い茶色い瞳が潤んでいる。白い肌は上気して赤味を帯びているが、それがなんとも艶めかしく俺の目に映る。

 『犯したい』

 俺の頭にはそのひと言だけが浮かんでいた。

「葉月、俺、もう我慢できない」
「僕も挿して欲しい。祐樹を中で感じたい」
「このまま、挿れればいいのか?」
「ダメ。我慢できないのは分かるけど、ほぐしてから」

 ほぐす?
 アナルセックスしているAVでは勃起したモノをそのままズクっと挿していたようだったが。

「指でこう、ゆっくりと広げるように。そう、ああ……気持ちいい……」

 誘導された指を葉月の菊紋に挿し込み、葉月の手の動きに倣って穴の中で円を描く。
 ほぐすの意味のとおり穴は円を描くうちに余裕で三本指が入るくらいに柔らかくなった。

「もう挿れても大丈夫だよ。あとは女の子とするのと同じ。祐樹の好きなようにシて」
「いいのか? お前の喘ぐ姿見てたら、もう限界だったんだ。すぐにイッてしまったらごめん」
「それでもいい、いっぱい僕の中で擦って」

 葉月が言い終わらないうちに、俺はいきり勃ったモノを一気に葉月の中へと挿し込んだ。
 ズクっ! と奥までモノが入り込みと葉月は甲高く喘ぎ声をあげた。
 腰を振るたびに『あっあっ』と切なくも甘い声を俺の耳に響かせた。

「気持ちいい?」
「す、ごく、いい……。もっと、もっと擦って!」

 初めて知ったアナルセックスの世界。
 それなりの準備は必要だが気持ちいい。
 絞まりは女のアソコよりもいいかもしれない。キツキツのアソコのような感じに加え、腸壁のヒダヒダがまた心地よい。
 奥まで挿したときに尖端が子宮口を叩く気持ち良さは味わえなかったが、その代わりコリっとしたなにかをゴリゴリするのが気持ち良かった。
 そのゴリゴリは葉月も気持ちいいのか、擦るたびにさらにいい声で鳴き始めた。

「あ、そこ、そこっ! ああっ、や、あん! んんっ!」
「ここ? ここがいいの? もっと?」
「もっ……あああっ! だめ、そんなことしちゃ! あっ、や、らめぇっ!」

 ゴリゴリと擦りながら、片手で乳首を捻る。
 この刺激は予想していなかったのか、ビクンビクンと身体とモノを震わせて喘ぎまくった。

 ……ダメだ、気持ち良すぎる。
 この甘く甲高い喘ぎ声も、俺の官能を刺激しすぎる。どこもかしこも気持ち良すぎて、これ以上の我慢は耐えられない。

「葉月、イクよ! イクっ!」
「祐樹、僕も、イクっ! 出ちゃう!」
「葉月、葉月! ああああっ!」

 どこに出していいものか一瞬悩んだが、抜くのには間に合わず葉月の中に一気に精液を放出してしまった。
 ドクドクと葉月の中に出される俺の精液。同時にイッた葉月はぶるる、と一度身体を震わせソファに精液を吐き出し、そのままパタっとうつ伏せた。
 
「どうだった?」

 重なるように隣の隙間に倒れた俺に葉月はうつ伏せたまま聞いてきた。
 ソファに押しつけた声はくぐもっているが、浮かれているように聞こえる。

「……気持ち良かった。すごく」
「うふふ、僕もだよ」

 嬉しそうに笑う葉月が可愛い。
 もうこんなラブラブカップルのピロートークみたいな会話されちゃったら、勢いでこの場で告白してしまいそうだ。それくらいに葉月に参ってしまっている。
 イッたばかりだというのに、もう一回葉月の中に挿したくてたまらない。

「葉月……」

 ソファに埋もれている顔をこっちに向けさせキスをする。
 軽く吸った唇は、逆に葉月に吸い返される。お互いの唇を吸いついて貪って、濃厚に舌を絡めていく。
 もうこのままずっと葉月とキスしていたい。気持ち良くて脳が溶けてしまいそうだ。

「もう一回シてもいいか?」

 しっかりと勃起し直したモノを葉月の菊紋に当てて聞く。
 ここで『嫌』と言われても多分俺は『はいそうですか』と引き下がらないが。
 もっと葉月の中を感じたい。あのキュウキュウに締め上げてくる穴と襞に、遠慮なくモノを擦りつけてやりたい。
 これでもかというくらいに、俺の欲情の塊を中に吐き出してしまいたい。

「今度は後ろから抱いて。あちこちに愛撫しながら僕を犯して」
「途中で止めろといわれても、止まれないからな」
「いいよ、めちゃくちゃにして……」

 もう一度葉月からキスをしてくる。今度は了承の意味での軽いキス。
 唇が離れると、俺は葉月をくるりと後ろ向きにし、その綺麗な背中に舌を這わせた。胸と同じく滑らかな肌。いつまでも舐めていたくなる。

「んんっ」

 舌を腰まで這わせると、葉月は甘い声を上げた。さっきよりも甘い声だ。
 もっと聞きたくて執拗に腰の反ったあたりをゆっくりと往復させた。指のときよりも過剰に反応し、ビクビクと震えながらのけぞり喘いだ。

「そんなに舐められるの好き? 感じる?」
「すきっ、感じちゃうっ、あっ、あっ」
「でも、もうおしまい。もっと気持ち良くさせたいから」
「ああっ!」

 一気にモノを挿し込む。一回挿しているのだからもうほぐす必要はないだろうと思ったし、これ以上愛撫していることに我慢できなかった。
 遠慮することなく欲望の赴くまま腰を振る。
 モノ全体に襞を纏わせるべく、しっかりと奥まで挿しそそして一気に引き抜く。繰り返し繰り返し、俺はいつから猿になったんだ? と思えるくらいひたすら腰を振り続けた。

「や、あっ、らめぇ! おかしくなっちゃう! 意識とんじゃうぅ!」
「あぁ! いい! イク! イク! はづきぃぃ!!」
「ぃああああっ! らめぇぇぇ! あああっ!」

 葉月が悲鳴を上げる。激しく突かれるのが嫌であげているのではなく、歓喜の悲鳴。
 嫌と言っているくせに、手は激しく自分のモノを扱いている。
 ぎゅっときつく絞まるアナル。葉月もイッたっぽい。
 絞まる菊紋に残滓を搾り取らせてモノを引き抜くと、葉月の菊紋はまだモノを味わっていたいとパクパクと穴をひくつかせた。
 ……エロい。

 立て続けに二回もイッたせいで葉月はくったりとソファに倒れ込んだ。
 表情は恍惚としているが焦点はあっていない。本当に意識が飛んでしまったらしい。

「葉月……、葉月?」

 くったりとしたまま動かない葉月が心配になり声をかけ揺さぶった。
 そのまま浅い呼吸をして動かないでいたが、しばらくすると焦点が合い始めまばたきをしてから俺と視線を合わせた。

「……意識飛んじゃった。祐樹、激しすぎ」
「ごめん。葉月があまりにエロすぎて、歯止めが利かなくなってた」
「謝らなくていいよ。めちゃくちゃにしていいって言ったのは僕なんだし」

 まだ欲情が抜けていない色の声で言われ、また俺の理性がクラリとくる。
 もう一度キスをしようと葉月に顔を寄せもう少しで唇が触れるというとき、どこからか大きな物音がした。

「!?」

 そこで気がついた。
 そうだ、これは撮影だったんだ。ふたりきりで部屋にいてセックスをしていたのではなく、撮影としてカメラが回っている状態なのだ。
 俺は素でセックスしていたが、葉月はそうでなかったのかも、と。

「あ……」

 急に気恥ずかしくなって、脱ぎ捨てられた服を拾い慌てて下着だけ身に着けた。

「どうしたの祐樹?」
「えっ、いや、その……」

 シャツを羽織り手で前を合わせながら、おずおずとカメラを指さした。

「カメラ?」
「その、撮られてたって気付いたら……」
「ああ」

 手をポン、と合わせて俺がなにを言いたかったのか理解してくれた。

「こんなの気にしないでいいのに。ただの置物なんだって思えば、恥ずかしくもなんともなくなるよ?」
「それでもさ、これって別の部屋でモニターチェックとかしてるんでしょ?」
「たぶんね。編集するときにしっかりと見るから、最初から最後まで見てはいないと思うけど」
「そう、なんだ」

 それでも今までの情事は少なからず見られていたってことだ。ニヤけながらキスしているところや、葉月の名前を叫びながらイッているところまで。
 考えただけでも恥ずかしくて、穴があったら入りたい。むしろもうこのまま帰りたい。
 心の中で悶絶しながらシャツのボタンを留めていると、リビングのドアが開いて監督とADが入ってきた。

「ひととおり終わった? ほとんど見てなかったけど、葉月に任せてたから大丈夫でしょ?」
「はい、大体はオッケーかなって感じで。足りない部分は後日撮って繋ぎましょう」
「そ。じゃあ今日は終わりでいいね、お疲れさん。中山君、次の撮影の予定はラインで送るから」
「あ、はい」

 眠そうに瞼を擦りながら監督は設置していたカメラを止め、片付けを始めた。
 葉月もズボンだけ穿いて監督のほうへ駆け寄り、小声でひとことふたこと話すと一緒にカメラを片付け始めた。

「あ、祐樹。シャワー使っても大丈夫だからね。タオルもアメニティーも揃えてあるから」
「うん、じゃあ使わせてもらうよ」

 さすがに汗だくで精液まみれで電車に乗りたくない。下手すると臭う。
 遠慮なくシャワーを使わせてもらおうとリビングを出ようとした。なにげなく葉月のほうへ目をやると、ちょっとはにかんだ笑顔で監督と目を合わせから三脚からおろしたカメラを二人で見ていた。
 それを見た途端、チクリと心臓が痛みを覚えた。

「あ、れ……?」

 なんで監督に嫉妬しているんだ?
 葉月と監督はただ二人でさっき撮った映像をチェックしているだけだぞ?
 別にイチャイチャしたりキスしたりなんかしていないのに。
 監督と男優なんだから、少しくらい仲良くても当たり前なのに。

 それなのに。

「どうしたの? バスルームはここ出て右のドアだよ? もしかしてさっき撮ったやつ気になる? 一緒に見たかった?」
「い、いや大丈夫。着替えたら帰っちゃっても大丈夫なのか聞こうと思って」
「うん、終わりって監督も言ってたし大丈夫だよ?」

 不思議そうに監督の横で首を傾げる葉月。俺の嫉妬にはまるで気付いていない様子だ。
 気付かれても困るので、そそくさとバスルームへ逃げていった。

「葉月と監督って、恋人同士だったりするのかな」

 だとしたら監督は恋人が自分以外の男と葉月がセックスすることに嫉妬しないのかと疑問に思う。
 あんなにも乱れて、喘いで、よがって。自分以外の男のモノでイッて果てる姿なんてこの目で見たら、俺だったら相手の男もだけど葉月も許せなくなってくる。
 二人とも平気だっていうことは、恋人同士ではない……?

「ならば俺にもチャンスはあるのか?」

 一目惚れしてここに飛び込んできたが、葉月をこの手で抱いて感じてあらためて思った。
 やっぱり俺は葉月が男だとしても好きなんだと。
 もっと葉月のことが知りたい。知って、もっと葉月と仲良くしたい。
 もっともっと、葉月を激しく抱いて喘がせたい。



 ただの一目惚れからはっきりと『好き』と実感してからなにか変わったのかといえば、なにも変わらなかった。
 以前と変わらずただ葉月を想うだけ。
 告白をすればもしかして? なんて思ったが、そもそも葉月の連絡先なんて知らない。
 あの日連絡先の交換をしておけばよかったと思った。
 でも監督と仲良くしている姿を見たとき、連絡先を聞こうと思っていたことまで吹っ飛んでしまっていた。それくらいにショックであり、嫉妬を憶えていたのだ。

「今日の撮影も頑張ろうね」
「うん、よろしく」

 目の前には相変わらず眩しい笑顔を向ける葉月がいる。 
 前回の撮影の続きで、今日はスタジオを借りて行われてる。そのスタジオに今俺はいる。

「スタジオっていうからテレビ局みたいな場所だと思ってたら、普通の部屋みたいなんだな」
「テレビ局とさほど変わりないと思うよ? 大道具があって小道具があって。違うのは広さくらい?」
「そうなの?」
「僕もよくは分からないんだけどね」

 あはは、と笑って白状する葉月。そもそも俺もテレビ局のセットなんて知らない。テレビ局侵入なんちゃらという番組を見て知ったくらいの知識だ。葉月も多分同じなのだろう。

「これってカフェなのかな」
「そうだよ。カフェでバイトする僕のところへ来る祐樹。そこからの濡れ場ってやつ」
「もしかしてエキストラ的な人が来る……とか」
「大丈夫、それは却下してもらったから。祐樹、カメラの存在だけで恥ずかしがっちゃっうし」
「……」

 そりゃ俺はプロじゃない。人前で平気でセックスなんかすることは出来ない。葉月は慣れているのかもしれないが、どうも人前で隠された自分を見られるのには抵抗がある。
 それがちゃんと映像となってDVDに焼かれて販売されたらどうなのか? といわれたら、そこは微妙だ。だって直接見られているわけでも人の気配を感じるわけでもないから。
 ただ知り合いに見られて感想をいわれたら……。多分恥ずかしくて死ぬ。

「ふたりとも着替えて。時間もったいない」
「はーい」

 葉月は元気に返事をして俺の手を取った。

「さ、着替えに行こう。控室は隣だよ」

 ただ声をかければいいのに、手を繋いだ。これって葉月も俺に気がある?
 これだけのことなのにドキドキする。このままギュっと手を握って、葉月を抱き寄せたい。
 でも今から撮影なんだ、そんなことをしてしまっては撮影の妨げになってしまう。それにこれから公認のもとで葉月を抱けるんだ。

 俺に用意された衣装は白いシャツにデニムのパンツ。いたって普通の服装。それに対して葉月はぁフェ店員という設定もあってカフェエプロンに白いシャツ。スリムな黒いスラックスが用意されていた。

「どう?」
「すごい似合う。カフェ店員そのものって感じ」
「ありがと。実はプライベートでもカフェ店員してたりするんだけどね」
「そうなん!? 今度行ってもいい!?」
「ぜひぜひ。大歓迎だよ」

 マジか! 葉月はカフェの店員をしていたのか!
 大歓迎って、行っても迷惑じゃないってことだよな。撮影以外でも会えるってことだよな!?
 やばい、嬉しすぎる。

 それにしても葉月の格好、色っぽい。着ている白いシャツがわざと薄手なのか、うっすら乳首が透けて見える。それにボタンを上二つほど外しているから、はだけて見える首筋がまたなんともいえない。
 撮影が始まる前に犯してしまいそうになるくらいに、欲情が爆発しそうだ。

「葉月」

 キスくらいだったら許されるだろう。そう思って葉月の頬に手をやる。
 そっと引き寄せて葉月の唇に自分の唇を近づける。

「着替え終わったか? こっちの準備はとっくに終わったぞ」

 ガチャ、とノックもなしにドアが開き監督が顔を出す。
 心臓が飛び出るほど驚いた俺は、悪いことをしていたわけでもないのに慌てて葉月から飛びのいてしまった。

「あ、はいっ! 今行きます!」

 ジロリと俺を見て監督は踵を返してスタジオへ戻っていく。
 
「行こうか。監督、ちょっと不機嫌っぽい」
「うん、もたもたしてたからかな」

 俺がそう言うと葉月はクスリと笑ってスタジオに入っていく。今度は手を繋ぐこともなくひとりで。

「俺、監督に嫌われることしたのかな。気のせいか前回のときより冷たい感じする」

 ひとりごちて葉月のあとを追ってスタジオに入る。
 準備が出来ているといわれたが、スタジオをぐるりと見回してみたがカメラの一台も存在しない。ライトは、セットとして設置している天井から吊るされているものだけ。

「あれ、カメラがない」
「うん、今回は隠してもらったよ。でも前回より台数は多いよ。あらゆる角度で撮れるように置いてあるって」

 見えないけどあるってことか。
 AVで隠し撮り風の作品もあるけど、それだと前に撮ったものと繋げるには不自然になりはしないか?

 そんな俺の思いを読んだのか、監督が口を開いた。

「カメラは隠してあるけど隠し撮り風な絵を撮るわけじゃない。今回も中山君には台本を渡してはいないが、とにかく葉月に言い寄ってくれ。あとは葉月が誘導していく」
「あ、はい」
「俺らは控室にいる」

 やはり不機嫌そうにひと言いうと、監督はADに合図してさっさとスタジオから出ていった。
 ……本当に俺、なんかした? 前回の撮影で変なことした? だから今日不機嫌なの?

「葉月、俺、監督に嫌われるようなことしたのかな」
「どうして?」
「葉月と俺では当たりが違うっていうか、冷たいっていうか」
「ああ、うん。監督、子供みたいなところあるからね。気にしなくていいよ、撮影始まっちゃえば戻るから」
「? そうなのか」

 なにか知ってる風の葉月はまたクスリと笑う。
 気になるが聞いていいのかちょっと躊躇われる。会ってまだ数回の人間にここまで突っ込んだことを聞くのもなんか失礼のような気がするし。

「台本は渡されていないけど、ここでの話の設定くらいは知らないとなにも出来ないよね」
「まあ、そうだね。言い寄れっていわれても、ねぇ」

 これ以上監督のことに触れたくないのか、葉月から撮影のことへと話を振られた。
 確かにこれ以上無駄話をしていては、また監督がスタジオに入ってきそうだし。下手すれば怒られる。

「開店前のカフェ。店長から遅れてくるという連絡があり、ひとりで開店準備をする僕。同じバイト仲間である祐樹はそんな僕を手伝いに来てくれた。そこから物語は始まる」
「物語……」

 あまりにセットもカフェ店員の制服を着る葉月も現実のものすぎて、これがフィクションだということを忘れかけていた。
 でも俺にとっては今この時間はすべて現実でノンフィクションなのだ。葉月に対する想いも欲情もすべて、夢物語なんかではない、実際に起こっている出来事なのだ。

「じゃあ始めようか。僕が本筋に沿って動くから、祐樹は適当に」

 じっと見つめたまま黙っている俺に、葉月はキッチン部分へ移動した。
 キッチンを覗くと、誰かの家から運んできたのだろうサイフォン式のコーヒーメーカーとコーヒー豆、白いカップが置いてある。

「コーヒー飲む?」
「あ、うん」
「店長が急用で遅れてくるなんて酷いよね。祐樹が暇でよかったよ、ひとりで準備していたら開店に間に合わなかった」
「そんなこと……」

 いきなり始まった演技。葉月のそれを見ていると自然すぎて演技だとは思えない。セリフだって全然棒読みじゃない。

「祐樹のおかげでいつもより早く準備が終わったよ。店長よりも手際がいいんじゃないのかな」
「俺なんか全然」
「コーヒー淹れたよ。そっちに持っていくね」
「ありがとう」

カウンター席に二人分のコーヒーを葉月は持ってきて、テーブルに置いた。
俺の前にコーヒーを置こうとかがむ葉月から、フワリとシャンプーなのか香水なのか、甘くて爽やかな匂いが俺の鼻をくすぐった。
 甘くて官能的な、葉月の香り。

「葉月」

 カップを置いた葉月の手を、俺は素早く掴んだ。

「ゆう、き?」
「もう、我慢できない。さっきからずっと我慢していたんだ」
「え……」
「そのシャツがうっすら透けているのは俺を誘うためなのか? それとも、俺以外の誰かを誘うためなのか」
「ちが……」
「違わないだろう。そんなに官能的な香りまでまき散らして。欲情する俺を見ていて楽しいのか」

 まだなにか言おうとしている葉月の口を俺の唇で塞いでやった。
 塞いで舌をねじ込んで、これ以上否定できないように犯してやった。
 一瞬抵抗するような素振りをみせた葉月だったが、すぐにそれは消え去った。ねじ込んだ舌に自分の舌を絡めて俺の舌を味わい出した。

「ん……」
「は……ぁ……」
「もっと舌、絡めて……」
「葉月……」

 舌と舌が絡み合い唾液が顎を伝っていく。それを拭おうとせず、葉月に求められるまま舌を絡め口の中を犯し続けた。
 正直、もう葉月の中に挿したくてたまらない。あのねっとりと絡みついてくる腸壁と食らいついて離さない菊紋にモノを埋めて、官能に浸りたい。

「お前はなんでそんなに俺を狂わせるんだ。男なのに、こんなにいやらしくて犯したくなる」
「男だって、いいじゃないか。僕も祐樹に犯されたい。早く祐樹のを挿して欲しい」

 発情しきった目で俺を見つめる。
 挿して擦って、早くイカせて欲しいと目が訴えている。

「そんなに欲しいのか? 俺のこれが欲しいのか?」

 もうズボンの中ではちきれそうになっているモノに手を当てさせる。
 当てさせた手が、愛おしそうにズボン越しのモノを撫でる。それだけでもイッてしまいそうに気持ちいい。

「欲しい、早く挿して欲しい」
「じゃあ自分で下着を下げて、俺に穴を広げて見せて」
「恥ずかしいよ……」
「じゃあ挿さなくてもいいんだね」

 本当は俺が挿したくて仕方がないのに、わざとそんなことを言ってみた。
 焦らしたい気持ちもあったのだけれども、葉月に俺のいうことを聞かせてみたかったから。
 当てさせていた手を離させ、両腕を掴んで押さえつけた。

「これじゃあ、広げて見せれない……」
「後ろを向いて、脚を広げて尻を突き上げて。それで許してあげる」
「……」

 俺は葉月のズボンと下着を脱がしてやり、勃起したモノをじっと眺めてやった。
 眺められるのが恥ずかしかったのか一瞬躊躇った葉月だったが、ダンスのターンをするように両腕を上げたままくるりと後ろを向いて両脚を広げた。そしてゆっくりと上半身を屈めると高く尻を突き上げた。

「ああ、いやらしくていいね。いい眺めだ」
「祐樹、早く挿して……」
「前戯もなしに? ほぐしもしないで?」
「……朝にほぐしたから」
「なにそれ。朝からアナニーしてきたってこと? 本当にいやらしいな葉月は」

 意地悪く言った途端、葉月の顔が耳まで赤くなる。
 可愛い。こんなことで照れるなんて。アナニーを指摘されて照れるのに、積極的にディープキスはしてくるんだ。

「自分でヤッて、物足りないから俺のが欲しいのか? 俺はただのディルド代わり?」
「違う。祐樹と一緒に感じたいだけ」
「本当に? 俺じゃなくても生のチンコだったらいい、の間違いじゃないのか?」
「違う、祐樹のがいいんだ」

 もどかしそうに尻をもぞもぞと動かし、菊紋をひくつかせた。

「俺がいいの? 俺で、いいじゃなくて?」
「祐樹がいいの、祐樹のが欲しいの!」
「じゃあ、俺のこと愛してるって言って。愛してるから挿してって言って」

 そう、葉月に『愛してる』と言って欲しかった。俺を愛しているから俺のモノが欲しいと言って欲しかった。
 それで本当に俺のことが必要だと偽りでもいいから現わして欲しかった。

「それは……」
「言いたくない? 愛してないから? 愛してないのにセックスだけは出来るんだ」

 AV男優である葉月に、愛のないセックスに問うのは愚問だ。仕事のたびにいちいち相手の男を愛していては誰が本命なのか分からなくなってしまう。
 それでも俺は葉月の特別でありたいと願ってしまう。他の男優とは違う、俺のことは身体だけじゃないんだと言わせたかった。

「言えない? じゃあ挿してあげない」

 挿したい気持ちを抑え、片手で葉月の両腕を押さえたまま背後から首筋に唇を当てた。
 強く吸いながら舌先で弄る。

「ひぁっ!」
「こんなのでも感じちゃうんだ。乳首まで硬く起てちゃって」
「あん!」

 シャツの上から乳首を抓ると、短い喘ぎをあげる。
 コリコリとした乳首を捏ね回すと、あっあっ、とさらにトーンの上がった声で喘ぐ。

「こんなにチンコからよだれ垂らして。そこまで欲しいんだね」
「あっ、やっ、そんなにされちゃ……。んあっ! 分かってるなら、挿し、て……」
「だめ。愛してるって言ってないから挿してあげない。愛撫だけでイケばいいじゃないか」
「や……。中でイキたい……」
「じゃあ言って」

 乳首を捻りながら、ズボンの中から取り出した勃起した俺のモノを葉月の尻に当てる。
 このまま挿してしまいたい衝動をなんとか抑えながら、先端のヌルヌルした液で穴の周りを擦り、時おり本当に先っちょだけツプと挿しては抜いた。

「はんっ、あっ、や、もっと!」
「愛撫だけでいいんだろう。これで十分なんだろう」
「やだ! 挿して! 中を擦って!」
「じゃあ言って」

 執拗にツプツプと先っちょだけを出し入れし煽る。
 挿したタイミングで腰を突き出してくるが、ここで挿させやしない。

「……してる」
「なに?」

 聞こえるか聞こえないかの音量で、葉月が言う。
 なんと言ったのか分かるが、そんな小声でいわれて満足する俺ではない。

「あいしてる、愛してる祐樹。だから、僕の中に挿して」
「もう一回大きな声で言って。俺だけを愛してるって言って」
「愛してる! 祐樹だけを愛してる! だから、だから……!」
「よくできました」

 穴に当てがっていたモノを一気に挿し込み、葉月の言葉を切った。
 歓喜の叫びとともに、自ら腰を激しく振る葉月。
 俺も限界まで我慢して煽っていただけに、この葉月の腰振りは瞬時にイッてしまいそうだ。

「あっ、これ、これが欲しかったのぉ! もっと、もっとなのぉ!」
「葉月、お前が欲しいならもっとくれてやる! だから、だからもっと俺を愛してるって言ってくれ!」
「あっあっあっ! あいし、てる! 愛してるのぉ祐樹ぃ!」
「俺も愛してる葉月! 愛してる!」

 愛してると葉月は言うたび、キュンと中を絞めた。キツキツになったそこを擦ると、またうわごとのように愛してると言って喘いで刺激を欲しがった。
 本心なのか嘘なのか分からない愛してる。でも今の俺には本心としか聞こえない。

「葉月、イク! イクよ! あああっ!」
「僕もイクっ! 愛してる! 愛してるぅ!」

 愛してると叫びビクビクっと背中を反らせる葉月。菊紋をギューっと締め同時にイッた俺のモノから精液を搾り取る。

「あああ……。葉月、愛してる。本当に愛してる……」
「祐樹、僕も……」

 焦らしてから激しくイッたせいか、その場にズルズルと崩れ落ちていく葉月。当の俺も同じように限界まで我慢してイッたので、葉月を支えることが出来ず一緒に床にへたり込んだ。

「葉月、葉月……」

 浅い呼吸をしながら床に寝落ちる葉月の頭を、幸せな気持ちで俺は撫でた。
 イクまでは昂った感情でうわごとのように言っていた愛しているも、イッたあとで言われた愛してるは本心なのでは? と期待してしまう。
 もし本心ならば、撮影が終わったあとで告白したらOKを貰えるのでは?



 気づけば俺ひとりが床で眠っていた。
 隣で眠っているはずの葉月の姿は近くにはない。

「は、づき?」

 まさか今までの出来事は夢? でもこの場所は撮影のために訪れたスタジオであることには間違いない。
 ならば葉月とシたことは夢でないはず。

 そうは思いつつ不安になり、スタジオを出て監督がいるであろう控室のドアを開けた。そして後悔した。なぜならば……。

「あっ! そこ! イイっ! あああっ!」
「本当にか? あいつのモノで、あんなによがっていたくせに?」
「あれは、だって、あんっ!」
「だって、なんだ?」

 そう、ドアを開けて俺が見たものは、監督と葉月が激しくセックスしている現場だったのだ。
 俺とシていたときよりも蕩けた顔で、嬉しそうに尻を高く突き上げて監督のモノを咥え込んでいた。

「あんなに焦らされたら、欲しくなっちゃう、でしょ」
「ふーん。あんなに愛してるなんて連呼しちゃって。あいつのこと愛しちゃったんだろう」
「ちが……、あっ、らめっ、イクっ!」
「まだイカせない。本当に愛してるのは誰なんだ、ん?」
「やっ、イカせてぇ! 愛してるのは、修三さんだけなのぉ! だいしゅきなのぉ!」
「朝もイカせてやったというのに、本当に葉月はエロくて貪欲だな。そこが好きなんだけどな」

 そう言って監督は、一旦止めた腰を再び激しく振った。
 パシパシと肌と肌がぶつかり合う音と、歓喜に満ちたふたりの喘ぎ声。
 イッたあとに感覚を惜しむようにキスをして、俺に向けられるものとはまるで違う笑顔で見つめ合うふたりを見て、俺の中のなにかがスッと冷えていった。

 ああ、そうだよな。俺のひとりよがりだったんだ。
 監督への嫉妬も、あれは気のせいではなく事実だったから。葉月と監督は恋人同士だったってこと。

 葉月が『愛してる』って言ってくれたのだって、俺のこと本気で好きで言ってくれたわけじゃなく、あくまで撮影上の『恋人』として言ってくれただけ。
 喘いだりよがったりしていたのだって俺が好きで気持ち良かったからではなく、物理的に気持ち良かったからだろうし。
 所詮は俺のモノもディルドも変わらないってこと。刺激があれば感じるしイク。

「俺、馬鹿だよな」

 開けたドアをそっと閉め、今ここに来ましたといわんばかりに俺はノックした。
 まだ俺が寝ていたと思っていたのだろう。中からガタンと驚いてなにかにぶつかった音のあとに、葉月の声で『どうぞ』と返事が返ってきた。

「すみません、俺寝ちゃったみたいで。撮影、まだ続きますよね」

 セックスしていた現場を見たことがバレないように、ヘラヘラとした笑顔を作りドアを開けて入る。
 慌てて服は整えたようだが、葉月の顔はイッたばかりの色っぽさがまだ残る。

「お、ようやく起きたか。撮影はあれで終わりだよ。あとは葉月単独のシーンだけなんで」
「そうですか。ならよかったです」
「シャワー浴びたら帰っていいよ。ギャラは明日振り込んでおくから。あと、このDVD出来上がったら家に送るね」
「……ありがとうございます」

 なんとなく複雑な気分だ。
 DVDには俺と葉月のセックスや、恋人同士としてイチャつく姿が収められてる。
 葉月との淡い思いでではあるが、失恋したことまで一緒に思い出してしまいそうで辛い。 

「きっといい作品になるよ。僕が保証するよ」
「編集するのはほとんど俺だろうが」
「それでも祐樹がいい演技してたから、いい作品になるっていったの」
「あー、はいはい。てことで期待して待ってて中山君」
「楽しみに待ってますよ」

 笑顔でそう告げて俺はこの場から去った。

 本当は全然楽しみなんかじゃない。
 こんな苦い思い出のこもった作品を、楽しみに受け取るほど俺の心は強くない。

「告白しないでよかった」

 言わずに自分で気づいたから、まだ心の傷は浅い。
 はっきりと葉月の口から断られていたら、気づくよりもショックを受けていただろう。

「たぶん、俺には同性愛は向いてないってことなんだ。きっとそうなんだ」

 そう思わなければ、このやり場のない気持ちに整理がつけられない。

 それでも同性にに恋するのも悪くないと思う自分もいる。
 葉月とはこんな結果で終わってしまったが、同性とイチャイチャするのもセックスするのも、頭で思っていたよりも悪くないし気持ち悪くないと分かってしまったから。
 むしろ同性のほうが気兼ねもなくて楽かもしれない。

「……でも当分は男も女もいいかな」
 
 今はちょっと感傷に浸りたい。そんな気分。
 癒えたら葉月のような笑顔の素敵な誰かと、また恋をしてみたい。
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