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「次の亡者、入りなさい」
そう声がして大きく扉が開かれると、白い装束を着た男がノソノソと中へ入ってきた。
男は憮然というか不貞腐れた顔をしていて、なぜ自分がここに来なければならないのか納得いかないといった様子だ。
『山田太郎、で間違いはないか?』
「だったらなんだってんだ! 何で俺がこんなところに連れて来られなくちゃいけないってんだ!」
「閻魔大王の御前であるぞ。口を慎みなさい」
「うるせぇ! 子供風情が俺に指図するんじゃねぇ!」
白装束の男は、大きな祭壇の横に立つ子供に向かって暴言を吐いた。
中華風の緑地に金糸の刺繍の入った豪華な衣装を着た子供は、男の脅しにも怯えることもなく、子供なのにどこで身につけたのか謎と思える威圧感で男を睨みつけた。
「静粛に。それ以上暴言を吐いたり暴れるようであれば、こちらもそれ相応の対応にさせていただきます」
「はんっ! 子供になにが出来るってんだ!」
男が鼻で嗤うや否や、ヒュンと音がした。
「うがっ!」
「静粛に、と言ったはずだ。ここでのあなたの立場を、分かっての行動ですか?」
そう言って子供は、手に握っている鞭のようなものを引いた。その先は男の首に巻きついており、みるみるうちに男の首を強く絞め上げていく。
「く、くるしい……、し、しぬ……」
「安心しろ。もう死んでいるんだから、もう一度死ぬことはない」
無表情に近い冷酷な目で男を睨みつつ、子供はさらに鞭を引く。
「ああ、ちなみにあなたの首の鞭、僕が絞めてるんじゃなくて鞭自身が締めている。だからといって、僕が非力だというわけではない」
こんな感じでね、と子供は鞭をちょいと軽く引く。
すると男は勢いよく宙へ引っ張られ、重力に逆らうことなく地面に叩きつけられた。
あんな子供のどこにこんな力が!? と呆気に取られていると、起き上がらせるためなのか、子供は再び鞭を上に向けて引き上げようと腕を上げた。
『ひ、秘書さん! ストップ! ストップ! それくらいで許してあげてください! 見ているほうが痛い!』
「閻魔様、口調」
『あ』
言われて、慌てて口に手を当てる。
子供……秘書をちらりと見ると、呆れたように小さく溜息を吐くと、わざとらしく咳払いをして男から鞭を解いた。
「んんんっ! それでは改めて。山田太郎、判決を言い渡す」
秘書の決まり文句を合図に、こっそりと手元にある資料を見ながら罪状と判決と書かれている部分を読み上げた。
『罪状、詐欺および未成年に対する淫行。よって衆合地獄行きを言い渡す』
「はぁぁ!? たかが詐欺とJK相手にヤっただけだろう!? あっちだって金欲しさに身体差し出してきたんだしよ! あっ、そうだ……」
男は思い出したように懐に手を入れて、何かを取り出して祭壇の上に置いた。
見ると、帯の付いた札束。
「ここまで案内してきた赤鬼に聞きたぜ? 閻魔って金積めば、どんな罪でも軽くしてくれるって。大金積めば天国行きも不可能じゃないとか」
いやらしい顔でイヒヒと笑い、手を揉み合わせる。
目の前に積まれた大金と、男のゲスな笑い顔を見ていたら、自分のなかで何かがプツンと切れる音がした。
『てめぇふざけてんのか!? とっとと地獄へ落ちて、罪償ってこい! さっさと連れて行け!』
「えっ!? ちょ、待って! 待ってくれ! 話が違う! って、うわぁぁぁぁ……!!」
両脇を屈強な赤鬼に抱えられ、抵抗することも出来ないまま、突然発生した穴にボッシュートよろしく落ちて消えていった。。
『……やってしまった』
「お疲れ様でした。見事な怒鳴りっぷりでした」
『……すいません、取り乱しました』
「いえいえ。あれぐらい取り乱した部類に入りません。もっとキレてもいいくらいです。さて、次の亡者の到着までしばらく時間があります。休憩にしましょう」
『はい』
休憩と言われ、顔を隠す前垂れのついた六角形の帽子を取り、同じく中華風の赤地に金と黒の糸で鳳凰の刺繍がされた衣装をその場に脱ぎ捨てた。
「あの、秘書さん。私はいつまでこんなことしなくちゃいけないんですか?」
帽子を取った途端、地声に戻る。
低くドスの利いた声から、そこまで高くない女の声に。
「いい加減、『秘書さん』でなく、青龍って呼んでもらえませんか? そもそも僕は秘書ではなく、閻魔大王が業務を円滑に進めるための補佐を行う部下ですし」
「そういうのを秘書って言うと思うんですが……」
現世ではそういう認識だけど、あの世では違うのかもしれないと思い直し、付け加えた。
「私的には青龍さんって呼ぶより、秘書さんって呼ぶほうがしっくりくるんで、このまま秘書さんで通させてもらいます。そんなことより、いつまでなんですか?」
「いつまでって……。次の閻魔大王が決まるまでですが? 沙織がここに来たときにも説明したでしょう」
「されたことはされたけど、具体的に何日間とか何カ月間とか。そういう数字的な提示がないから言っているわけで」
「はっきりと分かるのであれば、ちゃんと伝えています。なにせ選定するにも十王は多忙ですし、適任者がみつからない」
少しは融通を利かせてはどうですか? と言いたげに青龍は溜息を吐いて、書類の束をトントンと整えた。
「ほら、今のうちに食事をしておかないと、裁判中にお腹が鳴ることになりますよ。早く休憩に行ってください」
「秘書さんは休憩取らないのですか?」
「僕はこの書類を変成王に届けた後で取りますので、お気になさらず」
早く行けと言わんばかりに、さらに書類をトントンする青龍。
「それとも、一緒に変成王のところへ行きながら、十王の裁判制度について勉強しますか?」
「……行ってきます」
そんな面倒くさそうなことを覚える気はさらさらないので、私は逃げるように外へと出ていった。
一ヶ月前。私は死んだ。
死んだというより、殺されたといったほうが正しいのかもしれない。
仕事に向かおうと駅のホームに立っていると、突然背中を押された。そこに入ってきた電車に轢かれ、死んだのだ。
自分を殺したヤツを呪ってやる、と念じながら現世を去ったはずなのに、気付けばごつごつとした山の道にいた。
ここがあの世の入口と知ったのは、前を歩く人間が全員白装束だったのと、そこら辺をうろうろしているのが赤鬼で、口々に『さっさと歩け亡者ども』と言っていたからだ。
赤鬼が言うように進んで行き、偉そうな爺さんの質問攻めを四回繰り返し、行きついた先が閻魔大王の部屋だった。
そこで青龍に会い、突然閻魔大王の代理とやらを押しつけられた。
「なんで私なんだ」
まったく理由が分からない。
生前弁護士なわけでも、警察だったわけでもない。
他人よりちょっとだけ正義感は強いが、どこにでもいる成人女性だ。
「しっかし、死んでもお腹って減るもんなんだ」
死んだら何も感じなくなるとか、よく分からないテレビ番組で言っていたのを聞いたことがある。
しかし話している人間やソースが、実際死んで体験した人間から出ているわけじゃないから、嘘であっても仕方がない。
空腹だけでなく眠気だってあるし、痛みだってしっかり感じる。違うのは、何をされても死なないこと。
「そういえば青龍も亡者なのかな?」
見た目は普通の子供で、そこら辺をうろうろしている鬼のように角があるわけでも、肌の色が明らかに人外のものというわけでもない。本当に『人』そのものだ。
「だとしたら、青龍は幼くして……」
そこまで考えてブンブンと頭を振って、浮かんだ思いを外へ追いやった。
「私には関係ない! じきに代理の役目を終えて、地獄に落ちるんだから!」
知ったところで、青龍が成仏出来たり、生き返るわけでもないのだ。
仮にその死を憐れむことで青龍が成仏出来るとしたら、私はあえて憐れむことを止めるだろう。
「青龍が突然消えたら、私はどうなってしまうのだろう」
このまま閻魔大王の代理を続けなくてはいけないのか、それともすぐさま地獄へ落とされるのか……。
そんなことを考えていたら、お腹がグゥ~と盛大に鳴った。
「うん、飯を食おう!」
あの世の食事に期待なんかしていなかったが、生前食べていたチェーン店の外食よりも美味しかった。
娯楽という娯楽がないここで、食事が唯一の楽しみといっても過言ではなかった。
地獄に落ちても、食事という楽しみがあれば耐えられるかな? なんて思ってもみたが、
「地獄の亡者の食事ですか? そんなもの与えられませんよ」
「デスヨネ……」
仕事終わりに青龍に聞いてみると、当たり前といったら当たり前だが、残念な答えが返ってきた。
そりゃそうだ。罰せられるのに、苦しみ以外のものを与えるというのもおかしな話だのだから。
「どうしてそんなこと聞くんです? 地獄に落ちるわけでもないのに」
「わけでもない、じゃなくて。今は閻魔大王の代理をしているけど、いずれは地獄へ落ちるんでしょう? だから、かな……いや、ちょっと気になって」
「ああ、なるほど」
ポン、と掌を打ちクスリと笑った。
「しかし気になるポイントが食事って」
「それはそれで気にはなっているんですが、なんというか、その」
正直に『ここでの食事が美味しすぎるから、地獄に落ちて食えなくなるのか気になって』なんて言えない。
語尾をすぼめてごにょごにょ言っていると、青龍はクスリと笑って目を細めた。
「まだ地獄へ落ちたときのことは考えなくていいと思います。来るべき時がきたときは、ちゃんとお知らせしますから」
「あ、はい……」
『来るべき時』
それは正式の閻魔大王が決まるときを言っているのか、青龍が成仏して私が追い出されるときのことを言っているのか。
どっちなの? なんてことは聞くことが出来なかった。
「一応言っておきますが、亡者といえども食べ過ぎれば太りますから。逆もしかり。それではお疲れさまでした」
青龍は軽く会釈をすると、さっさと部屋から出ていってしまった。
気のせいか、笑っていたような……。
「ま、まさかね……」
体型を隠すような服だったから、服がきつくなったとかの自覚は皆無だった。
しかし青龍の言葉が気になって、おそるおそる服の中に手を入れ、お腹を撫でてみた。
「う、うそぉ……」
このまま欲情のまま食べていったら、醜くブクブクに太ってお嫁に行けなくなってしまう。
それどころか、誰にも見向きされなくなってしまう。
「ダ、ダイエットしなくては!」
死んでいるから嫁には行けないし、出会いなんてないという事実に気付いたのは、ダイエットを始めて一ヶ月も過ぎた頃だった。
「次の亡者、入りなさい」
青龍に言われ、不貞腐れた表情を隠しもしない、でっぷりとしたお腹を突き出しながら中年の男が入ってきた。
『佐藤次郎、で間違いないか?』
「ああ」
佐藤という中年は私と顔も会わせず、そっぽを向いたまま答えた。
『罪状、殺人』
ここまで読み上げて、佐藤の顔をちらりと見た。
(このおっさん、どこかで見たことあるような?)
こんなアブラギッシュで臭そうなおっさんに、知り合いはいなかったはず。
仮にいるとしたら、仕事で出会った人間くらい。
仕事で出会った人間?
もう一度佐藤の顔をじっと見る。
『あっ!』
思わず声が出てしまい、ギロリと青龍に睨まれた。
『ご、ごほん! 佐藤次郎に聞く。お前は生前、泥沼建設で働いていたな?』
「そうだが?」
それがなんだ、と返事をする佐藤。
見覚えがあるなと思ったのは気のせいじゃなく、確かな記憶だった。私は仕事でこいつに会っていた。
『お前は誰を殺して地獄へ落ちた? 家族か? 同僚か? それとも見ず知らずの人間か?』
私の佐藤への印象は最悪だった。
仕事で佐藤の会社を訪れたとき、思いつく限りの言葉で罵られ、そこら辺にある物を投げつけられた。
そんな出会いだったせいか、こいつが誰を殺してここへ来たのか、ちょっとした興味で聞いてしまった。
青龍は一瞬止めようと口を開きかけたが、すぐに口を閉じてこちらの様子をじっと見守りだした。
「誰って。名前は覚えていないが、労基の若い女だったな。あいつがうちのうちに会社の監査に来たせいで、未払い残業代やら慰謝料やらで負債を抱えて潰れることになったんだ。殺してもまだ恨み足りないくらいだ!」
『……』
「ぱっとしない、いかにも喪女ですって女だった。死んだところで、悲しむ人間なんかいなかったんじゃないか? 俺は後悔なんかしてないぜ。むしろまだ恨み足りないくらいだ! あいつも地獄へ落ちて苦しんでいればいいのに!」
(こいつが、私を殺した犯人……!)
怒りで震えてくる。
そんな私に気付くことなく、佐藤はわっはっはっと豪快に笑い、憎しみに顔を歪める。
それを見ていると、さらに怒りで震えが止まらなくなる。
(この場で私と同じ目に遭わせてやりたい!)
殺してやりたいが亡者は死なない。
だが、死ななくても痛みを感じるのならば、私が味わった痛みと苦しみを味あわせてやりたい。
震えながらそんな佐藤を睨んでいると、佐藤は媚びた笑みを浮かべながら私に近づいてきた。
そして自分の懐からなにかを掴むと、素早くそれを私の着物の合わせに腕を突っ込み入れてきた。
「閻魔様よぉ、ここでは金がものを言うらしいじゃないか。これで俺を天国に送り出すか、一番軽い刑にしてくれないか? 足りないならまだまだあるんで」
そう言ってまた自分の懐に手を入れ、札束を掴んで私の懐へ押し込む。
「地獄の沙汰も金次第って、……ん? むにゅ?」
私の懐に手を入れたまま、佐藤は不思議そうに傾げて手を動かす。
そう、私の胸をムニュムニュと遠慮なく揉んでいたのんだ。
「は? 胸? この柔らかさ……。女!?」
『は?』と言いつつも、顔はニヤついている。手も引くどころか、そのままモミモミ続行中。
「なんだ。そうだったのかよ。声はおっさんだったから、てっきり男だと」
ムニュムニュムニュムニュ
これがマンガなら、佐藤の背景には『ぐへへ』という文字が書かれているだろう。
それぐらいヤニ下がってだらしない顔をしながら、胸を揉むことを楽しんでいた。
「もしかして、金よりもこっちのほうが良かったり? 俺、こう見えても生前はテクニシャンって言われて……」
ブチブチブチブチ!
私の中の何かが、盛大に切れた。
これが脳の血管が切れた音だったなら、生前だったら死んでいただろう。
『こ、こぉんのヤロぉーー!! 薄汚い手で私の胸を揉むんじゃねーー!!』
言うよりも早く、佐藤の腹に渾身の蹴りを喰らわす。
佐藤は不意を突かれたせいもあって、向こう側の壁まで一気に吹っ飛んでいく。
蹴りを喰らわせた勢いのまま、邪魔になっている前垂れ付きの帽子を投げ捨て、祭壇脇に置かれていたトゲトゲ付きの金棒を持って、まだ立ち上がれないでいる佐藤の元へ駆け寄った。
「おい佐藤! この顔に見覚えあるだろう!? お前が殺した、あの女だよ!」
「え? は? なんで!? 閻魔大王が、えっ?」
突き出した金棒で顔を上げさせ、喉元をグイと押さえつける。
佐藤は苦しいらしく、顔を歪ませ、肺にはいってくるべき酸素を求めてもがく。
「く、くるし……」
「苦しいか? そーか苦しいか。私はね、電車に轢かれて、即死出来なくて、もっと痛くて苦しい思いをしたんだよ」
喉元を押さえていた金棒を引き、振りかぶる。
「ぐちゃぐちゃにされるのって、すんごく痛いんだよ? 知ってた?」
にこやかに微笑んで、振りかぶった金棒を佐藤めがけて振り下ろした。
頭を狙わず、首から下を狙う。頭は最後だ。
「ぐあっ! やめてく、ぎゃあ! がああぁ!」
グシャ、と潰れる音と、赤い液体が噴き出す。
ああ、亡者でも生前と同じように赤い液体は出るんだなぁ、と変な感心をしてしまう。
「ねえ、私がこの世の中で嫌いなこと、二つあるの。なんだと思う?」
「し、知らねぇ……、ぐぎゃあ!」
首から下をミンチにされながらも、意識を失うことも死ぬことも出来ない。だから佐藤は痛さに耐えながら私の相手をするしかないのだ。
ぐちゃぐちゃになりながら唸り、赤い涙を流す佐藤。
スプラッタ映画でも、ここまで酷い映像はないだろう。あったらきっとクレームがつく。
「ひとつはセクハラ。性的なことしておいて、正当化しようとするやつ、大嫌いなの」
入社当時、仕事を教えてやるからと言われ、就業後に上司と残ったオフィス。
そこでされた性的なあれこれは、『訴えれば社会的に抹殺する』と上司からもその上の人間からも言われ、無かったことにされた。
それからも上司の異動があるまで、性的搾取は続けられた。今思い返しても気持ち悪いし、胸糞悪い。
「もうひとつは、賄賂。金で覆される理不尽さって、あんたには分からないでしょう?」
力を込めて、今まで無傷だった頭部に金棒を振り下ろす。
骨の砕ける音が、広い部屋の中に響く。
「ほんっと理不尽よね。小学校の合唱コンクールの伴奏者決めのとき、私のことを勝手にライバル視してた子の母親に、担任がこっそり金を受け取ってるのを見たわ。その後、伴奏者はその子に決まった。その子はまともな伴奏なんか出来なくて、コンクールは散々に終わったわ」
もう一回金棒を振り下ろす。骨と肉が砕ける音が響く。
「中学校の全国弁論大会の校内予選。発表後の投票では私が代表となることに決まっていたのに、翌日には次点となった子に変わっていた。いろいろ聞いてまわったところ、次点の子が集計をした係の子を買収してたって」
希望していた高校の推薦入学の条件に、校外における活動での入賞経験が含まれていただけに、当時かなり恨んでいた。
「大学入試。ランクを上げた第一希望の大学に、合格したのにも関わらず入学出来なかった。落ちた人の入学が決まったからよ。そう、分かるわよね? 裏口入学。そのせいで私を含めた何人かが落とされた」
佐藤からの声はない。呻きも喘ぎも聞こえない。
それでも私は肉片になった佐藤に金棒を振り下ろしながら話を続けた。
「なんで訴えなかったって? だって繰り下げで落とされた人たちって、貧しかったから。弁護士を雇ったところで、返り討ちにあってしまう。実際そう脅されたし」
貧乏が悔しいという思いより、金にものをいわせる腐った人間が憎かった。
理不尽さに悔しさと悲しさを胸に秘めてきたが、抑えるのにも限界というものが存在する。
「大学生になって出来た彼氏。結婚の約束までしてたのに、突然フラれた。問い詰めたら、友達だと思ってた女が『結婚してくれたら一生なんでも好きなもの買って上げる』と言ってくれ、実際に車を買ってもらったと吐いた。信じられる?」
絶え間なく金棒を振り下ろしていたせいか、ちょっと腕が疲れてきた。
もう顔も身体も分からなくなるほどぐちゃぐちゃになった佐藤を見下ろしながら、金棒を下ろし話を続けた。
「どんなに頑張っても、努力しても、愛情を注いでも、金のせいで全てが覆される。だから、金でなんでも自分の思うとおりにしようとする人間を、私は許せないし憎くて仕方がない」
じっと眺めていると、肉片はゴポゴポと泡を立てながら集まり、大きな肉片となり、やがて人の形を成した。
どんなに痛めつけても死なないし、永遠に拷問は繰り返される言われた理由は、この再生にあったようだ。
「自分がそんな目に遭ったら、相手を許せる? 諦められる? 泣き寝入りできる? 私は許せない」
再生しきった佐藤を冷たい眼で見下ろしながら、私はまた金棒を振り下ろした。
最初のときと同じように骨と肉の砕ける音を響かせながら佐藤はミンチになっていく。
トドメ、といわんばかりに転げ落ちていた佐藤の眼球を潰すと、大きな拍手と声がして我に返った。
「ブラボー! ブラボー! 見事です! これが見たかった……じゃなかった、いい拷問でした!」
「わ、私ったら、とんでもないことを……」
「いえいえ! こんなことになると分かっていて、沙織を閻魔大王の代理にしたんです。いやぁ、見事なイカレっぷり! それでいて偏屈な正義感! これでこそ地獄の大魔王です!」
「なにそれ……」
興奮気味に賞賛する青龍に、自分のことを棚に上げて引いてしまう。
「閻魔大王のリコール後、僕が暫く代理を務めていたんですが、息抜きに人間のする拷問でも見ようかと、浄玻璃鏡で現世を覗き見していたんです。その時沙織を見つけて、『この人だ!』ってビビっときたんです!」
「じょうはりきょう? いや、そもそも拷問って……」
「生前の罪を確認するための鏡です」
拷問の部分はスルーされたまま、青龍は端に置いてある大きな鏡を指す。
「初めて沙織を見たとき、私は雷に打たれたようになりました。無表情のまま相手を次々と……。あの無慈悲なまでに徹底的な行動に感激し、私は涙までしましたよ」
うっとりと思い返す青龍を『うへぇ』という気持ちで見ながら、そういえばと思うことがあったのを思い出した。
金にものをいわせてきた彼らは全員、後日包帯グルグル巻きの姿で怯えるように謝ると、どこか遠くへ引っ越していった。
大学に至っては、翌年に突然の廃校を決め、建物も残さず更地にして消えていった。
あれって、もしかして、もしかしなくても、私のせい?
たまに怪我をしていたり、服が汚れていたりと不思議に思ったあれは、そういった行いの……。
思い返して青ざめていると、改めて青龍が満面の笑みを浮かべて話し始めた。
「現世ではボウリョクは褒められた行為ではありませんが、地獄では必要なスキルです。それに加え、沙織の極度の賄賂嫌いは、閻魔大王にぴったりの悪癖といえます。賄賂を受け取ってホイホイ亡者を天国へ送り出していった前閻魔大王は、拷問に関しては文句のつけどころはなかったんですけどね」
ふぅ、とわざとらしく溜息をつく青龍。
いい拷問と言われようが、悪癖と言われようが、今はツッコミを入れる気分にもなれなかった。
それくらい、自分の隠された悪癖と暴力性にショックを受けていたのだ。
「次の亡者、入りなさい」
そう青龍が告げると、白装束を着た亡者がノソノソと大きな扉をくぐって入ってきた。
『伊藤花子、で間違いはないな?』
「そうです……」
『罪状、私的制裁および準強制淫行』
「は!? 私的制裁!? 私はなにも悪くないわよ! あの子達が私の言う事聞かないから、躾けするのにちょっと叩いただけだし!」
『ちょっと? 階段から落ちて全治三か月の入院をすることになっても?」
そう言うと伊藤はキッと私を睨んでさらに続けた。
「それに強制言淫行ってなに!? 同意のもとよ!」
『してもいないミスをでっちあげて、それを誰にも言わない代わりにって脅すことのどこが?』
自分よりも一回りも若い男相手に、色目を使ってもなびかないからとそんなことをするなんて、気持ち悪い限りだ。
相手にパートナーがいてもお構いなしなんて、色ボケBBAとしか思えない。
「失礼な! 彼らは私のこと『最高』って言ってくれたわよ! ねぇ、聞いたわよ? あんた、コレの有無で罪状軽くしてくれるんでしょ?」
そう言って色ボケBBAは親指と人差し指で輪を作って見せる。
「私の実家ってのが金持ちでね。冥銭を結構持たせてくれてたの。これ上げるから、ね? 特別に私を抱かせてもあげる」
色ボケBBAはクネクネとしながら近づいて、私の胸元にしな垂れかかってきた。
そして上目遣いで私を見て、エアキスをする。
『気持ち悪いんじゃボケ! 地獄の沙汰が金で動くと思うなよ、色ボケが!』
突き飛ばすと、ほげっ! と変な声を出して床に転がった。
『色ボケは衆合地獄で苦しんでろ!』
「ひ、ひどぉーい。こんないい女を突き飛ばすなんてぇ。一回抱けば、どれだけいい女かって分かるわよぉ」
ズリズリと床を這いずりながら近づくBBA。諦めが悪い。
「お金だっていっぱいあるのよ? ほら。だから……」
気持ち悪すぎて、胸糞悪すぎて、口より先に金棒が出た。
大きく金棒をスイングすると、BBAをゴルフボールのように打ち飛ばしていた。
BBAはそのまま扉にぶつかり、ぐしゃっと熟したトマトのように潰れて落ちた。
それをうっとりと見つめる青龍。
「ナイスショット。今度、地獄に亡者打ちっぱなしでも作りませんか?」
『作りません! 誰がそんなものを利用するんですか! 需要はあるんですか!? ほら、仕事しごと!』
ボコボコと泡を立てて再生するのを待って、赤鬼はBBAを部屋の外へと連れ出していくのを見守りながら、今日裁かなきゃいけない亡者の書類の束を見て、こっそりと溜息を吐いた。
「えー、絶対に流行りますって。ストレス解消にも、亡者の刑にもなるし、いいと思うんですが? ね、新・閻魔大王様」
そう言って青龍は、私を見てにっこりと微笑んだ。
そう声がして大きく扉が開かれると、白い装束を着た男がノソノソと中へ入ってきた。
男は憮然というか不貞腐れた顔をしていて、なぜ自分がここに来なければならないのか納得いかないといった様子だ。
『山田太郎、で間違いはないか?』
「だったらなんだってんだ! 何で俺がこんなところに連れて来られなくちゃいけないってんだ!」
「閻魔大王の御前であるぞ。口を慎みなさい」
「うるせぇ! 子供風情が俺に指図するんじゃねぇ!」
白装束の男は、大きな祭壇の横に立つ子供に向かって暴言を吐いた。
中華風の緑地に金糸の刺繍の入った豪華な衣装を着た子供は、男の脅しにも怯えることもなく、子供なのにどこで身につけたのか謎と思える威圧感で男を睨みつけた。
「静粛に。それ以上暴言を吐いたり暴れるようであれば、こちらもそれ相応の対応にさせていただきます」
「はんっ! 子供になにが出来るってんだ!」
男が鼻で嗤うや否や、ヒュンと音がした。
「うがっ!」
「静粛に、と言ったはずだ。ここでのあなたの立場を、分かっての行動ですか?」
そう言って子供は、手に握っている鞭のようなものを引いた。その先は男の首に巻きついており、みるみるうちに男の首を強く絞め上げていく。
「く、くるしい……、し、しぬ……」
「安心しろ。もう死んでいるんだから、もう一度死ぬことはない」
無表情に近い冷酷な目で男を睨みつつ、子供はさらに鞭を引く。
「ああ、ちなみにあなたの首の鞭、僕が絞めてるんじゃなくて鞭自身が締めている。だからといって、僕が非力だというわけではない」
こんな感じでね、と子供は鞭をちょいと軽く引く。
すると男は勢いよく宙へ引っ張られ、重力に逆らうことなく地面に叩きつけられた。
あんな子供のどこにこんな力が!? と呆気に取られていると、起き上がらせるためなのか、子供は再び鞭を上に向けて引き上げようと腕を上げた。
『ひ、秘書さん! ストップ! ストップ! それくらいで許してあげてください! 見ているほうが痛い!』
「閻魔様、口調」
『あ』
言われて、慌てて口に手を当てる。
子供……秘書をちらりと見ると、呆れたように小さく溜息を吐くと、わざとらしく咳払いをして男から鞭を解いた。
「んんんっ! それでは改めて。山田太郎、判決を言い渡す」
秘書の決まり文句を合図に、こっそりと手元にある資料を見ながら罪状と判決と書かれている部分を読み上げた。
『罪状、詐欺および未成年に対する淫行。よって衆合地獄行きを言い渡す』
「はぁぁ!? たかが詐欺とJK相手にヤっただけだろう!? あっちだって金欲しさに身体差し出してきたんだしよ! あっ、そうだ……」
男は思い出したように懐に手を入れて、何かを取り出して祭壇の上に置いた。
見ると、帯の付いた札束。
「ここまで案内してきた赤鬼に聞きたぜ? 閻魔って金積めば、どんな罪でも軽くしてくれるって。大金積めば天国行きも不可能じゃないとか」
いやらしい顔でイヒヒと笑い、手を揉み合わせる。
目の前に積まれた大金と、男のゲスな笑い顔を見ていたら、自分のなかで何かがプツンと切れる音がした。
『てめぇふざけてんのか!? とっとと地獄へ落ちて、罪償ってこい! さっさと連れて行け!』
「えっ!? ちょ、待って! 待ってくれ! 話が違う! って、うわぁぁぁぁ……!!」
両脇を屈強な赤鬼に抱えられ、抵抗することも出来ないまま、突然発生した穴にボッシュートよろしく落ちて消えていった。。
『……やってしまった』
「お疲れ様でした。見事な怒鳴りっぷりでした」
『……すいません、取り乱しました』
「いえいえ。あれぐらい取り乱した部類に入りません。もっとキレてもいいくらいです。さて、次の亡者の到着までしばらく時間があります。休憩にしましょう」
『はい』
休憩と言われ、顔を隠す前垂れのついた六角形の帽子を取り、同じく中華風の赤地に金と黒の糸で鳳凰の刺繍がされた衣装をその場に脱ぎ捨てた。
「あの、秘書さん。私はいつまでこんなことしなくちゃいけないんですか?」
帽子を取った途端、地声に戻る。
低くドスの利いた声から、そこまで高くない女の声に。
「いい加減、『秘書さん』でなく、青龍って呼んでもらえませんか? そもそも僕は秘書ではなく、閻魔大王が業務を円滑に進めるための補佐を行う部下ですし」
「そういうのを秘書って言うと思うんですが……」
現世ではそういう認識だけど、あの世では違うのかもしれないと思い直し、付け加えた。
「私的には青龍さんって呼ぶより、秘書さんって呼ぶほうがしっくりくるんで、このまま秘書さんで通させてもらいます。そんなことより、いつまでなんですか?」
「いつまでって……。次の閻魔大王が決まるまでですが? 沙織がここに来たときにも説明したでしょう」
「されたことはされたけど、具体的に何日間とか何カ月間とか。そういう数字的な提示がないから言っているわけで」
「はっきりと分かるのであれば、ちゃんと伝えています。なにせ選定するにも十王は多忙ですし、適任者がみつからない」
少しは融通を利かせてはどうですか? と言いたげに青龍は溜息を吐いて、書類の束をトントンと整えた。
「ほら、今のうちに食事をしておかないと、裁判中にお腹が鳴ることになりますよ。早く休憩に行ってください」
「秘書さんは休憩取らないのですか?」
「僕はこの書類を変成王に届けた後で取りますので、お気になさらず」
早く行けと言わんばかりに、さらに書類をトントンする青龍。
「それとも、一緒に変成王のところへ行きながら、十王の裁判制度について勉強しますか?」
「……行ってきます」
そんな面倒くさそうなことを覚える気はさらさらないので、私は逃げるように外へと出ていった。
一ヶ月前。私は死んだ。
死んだというより、殺されたといったほうが正しいのかもしれない。
仕事に向かおうと駅のホームに立っていると、突然背中を押された。そこに入ってきた電車に轢かれ、死んだのだ。
自分を殺したヤツを呪ってやる、と念じながら現世を去ったはずなのに、気付けばごつごつとした山の道にいた。
ここがあの世の入口と知ったのは、前を歩く人間が全員白装束だったのと、そこら辺をうろうろしているのが赤鬼で、口々に『さっさと歩け亡者ども』と言っていたからだ。
赤鬼が言うように進んで行き、偉そうな爺さんの質問攻めを四回繰り返し、行きついた先が閻魔大王の部屋だった。
そこで青龍に会い、突然閻魔大王の代理とやらを押しつけられた。
「なんで私なんだ」
まったく理由が分からない。
生前弁護士なわけでも、警察だったわけでもない。
他人よりちょっとだけ正義感は強いが、どこにでもいる成人女性だ。
「しっかし、死んでもお腹って減るもんなんだ」
死んだら何も感じなくなるとか、よく分からないテレビ番組で言っていたのを聞いたことがある。
しかし話している人間やソースが、実際死んで体験した人間から出ているわけじゃないから、嘘であっても仕方がない。
空腹だけでなく眠気だってあるし、痛みだってしっかり感じる。違うのは、何をされても死なないこと。
「そういえば青龍も亡者なのかな?」
見た目は普通の子供で、そこら辺をうろうろしている鬼のように角があるわけでも、肌の色が明らかに人外のものというわけでもない。本当に『人』そのものだ。
「だとしたら、青龍は幼くして……」
そこまで考えてブンブンと頭を振って、浮かんだ思いを外へ追いやった。
「私には関係ない! じきに代理の役目を終えて、地獄に落ちるんだから!」
知ったところで、青龍が成仏出来たり、生き返るわけでもないのだ。
仮にその死を憐れむことで青龍が成仏出来るとしたら、私はあえて憐れむことを止めるだろう。
「青龍が突然消えたら、私はどうなってしまうのだろう」
このまま閻魔大王の代理を続けなくてはいけないのか、それともすぐさま地獄へ落とされるのか……。
そんなことを考えていたら、お腹がグゥ~と盛大に鳴った。
「うん、飯を食おう!」
あの世の食事に期待なんかしていなかったが、生前食べていたチェーン店の外食よりも美味しかった。
娯楽という娯楽がないここで、食事が唯一の楽しみといっても過言ではなかった。
地獄に落ちても、食事という楽しみがあれば耐えられるかな? なんて思ってもみたが、
「地獄の亡者の食事ですか? そんなもの与えられませんよ」
「デスヨネ……」
仕事終わりに青龍に聞いてみると、当たり前といったら当たり前だが、残念な答えが返ってきた。
そりゃそうだ。罰せられるのに、苦しみ以外のものを与えるというのもおかしな話だのだから。
「どうしてそんなこと聞くんです? 地獄に落ちるわけでもないのに」
「わけでもない、じゃなくて。今は閻魔大王の代理をしているけど、いずれは地獄へ落ちるんでしょう? だから、かな……いや、ちょっと気になって」
「ああ、なるほど」
ポン、と掌を打ちクスリと笑った。
「しかし気になるポイントが食事って」
「それはそれで気にはなっているんですが、なんというか、その」
正直に『ここでの食事が美味しすぎるから、地獄に落ちて食えなくなるのか気になって』なんて言えない。
語尾をすぼめてごにょごにょ言っていると、青龍はクスリと笑って目を細めた。
「まだ地獄へ落ちたときのことは考えなくていいと思います。来るべき時がきたときは、ちゃんとお知らせしますから」
「あ、はい……」
『来るべき時』
それは正式の閻魔大王が決まるときを言っているのか、青龍が成仏して私が追い出されるときのことを言っているのか。
どっちなの? なんてことは聞くことが出来なかった。
「一応言っておきますが、亡者といえども食べ過ぎれば太りますから。逆もしかり。それではお疲れさまでした」
青龍は軽く会釈をすると、さっさと部屋から出ていってしまった。
気のせいか、笑っていたような……。
「ま、まさかね……」
体型を隠すような服だったから、服がきつくなったとかの自覚は皆無だった。
しかし青龍の言葉が気になって、おそるおそる服の中に手を入れ、お腹を撫でてみた。
「う、うそぉ……」
このまま欲情のまま食べていったら、醜くブクブクに太ってお嫁に行けなくなってしまう。
それどころか、誰にも見向きされなくなってしまう。
「ダ、ダイエットしなくては!」
死んでいるから嫁には行けないし、出会いなんてないという事実に気付いたのは、ダイエットを始めて一ヶ月も過ぎた頃だった。
「次の亡者、入りなさい」
青龍に言われ、不貞腐れた表情を隠しもしない、でっぷりとしたお腹を突き出しながら中年の男が入ってきた。
『佐藤次郎、で間違いないか?』
「ああ」
佐藤という中年は私と顔も会わせず、そっぽを向いたまま答えた。
『罪状、殺人』
ここまで読み上げて、佐藤の顔をちらりと見た。
(このおっさん、どこかで見たことあるような?)
こんなアブラギッシュで臭そうなおっさんに、知り合いはいなかったはず。
仮にいるとしたら、仕事で出会った人間くらい。
仕事で出会った人間?
もう一度佐藤の顔をじっと見る。
『あっ!』
思わず声が出てしまい、ギロリと青龍に睨まれた。
『ご、ごほん! 佐藤次郎に聞く。お前は生前、泥沼建設で働いていたな?』
「そうだが?」
それがなんだ、と返事をする佐藤。
見覚えがあるなと思ったのは気のせいじゃなく、確かな記憶だった。私は仕事でこいつに会っていた。
『お前は誰を殺して地獄へ落ちた? 家族か? 同僚か? それとも見ず知らずの人間か?』
私の佐藤への印象は最悪だった。
仕事で佐藤の会社を訪れたとき、思いつく限りの言葉で罵られ、そこら辺にある物を投げつけられた。
そんな出会いだったせいか、こいつが誰を殺してここへ来たのか、ちょっとした興味で聞いてしまった。
青龍は一瞬止めようと口を開きかけたが、すぐに口を閉じてこちらの様子をじっと見守りだした。
「誰って。名前は覚えていないが、労基の若い女だったな。あいつがうちのうちに会社の監査に来たせいで、未払い残業代やら慰謝料やらで負債を抱えて潰れることになったんだ。殺してもまだ恨み足りないくらいだ!」
『……』
「ぱっとしない、いかにも喪女ですって女だった。死んだところで、悲しむ人間なんかいなかったんじゃないか? 俺は後悔なんかしてないぜ。むしろまだ恨み足りないくらいだ! あいつも地獄へ落ちて苦しんでいればいいのに!」
(こいつが、私を殺した犯人……!)
怒りで震えてくる。
そんな私に気付くことなく、佐藤はわっはっはっと豪快に笑い、憎しみに顔を歪める。
それを見ていると、さらに怒りで震えが止まらなくなる。
(この場で私と同じ目に遭わせてやりたい!)
殺してやりたいが亡者は死なない。
だが、死ななくても痛みを感じるのならば、私が味わった痛みと苦しみを味あわせてやりたい。
震えながらそんな佐藤を睨んでいると、佐藤は媚びた笑みを浮かべながら私に近づいてきた。
そして自分の懐からなにかを掴むと、素早くそれを私の着物の合わせに腕を突っ込み入れてきた。
「閻魔様よぉ、ここでは金がものを言うらしいじゃないか。これで俺を天国に送り出すか、一番軽い刑にしてくれないか? 足りないならまだまだあるんで」
そう言ってまた自分の懐に手を入れ、札束を掴んで私の懐へ押し込む。
「地獄の沙汰も金次第って、……ん? むにゅ?」
私の懐に手を入れたまま、佐藤は不思議そうに傾げて手を動かす。
そう、私の胸をムニュムニュと遠慮なく揉んでいたのんだ。
「は? 胸? この柔らかさ……。女!?」
『は?』と言いつつも、顔はニヤついている。手も引くどころか、そのままモミモミ続行中。
「なんだ。そうだったのかよ。声はおっさんだったから、てっきり男だと」
ムニュムニュムニュムニュ
これがマンガなら、佐藤の背景には『ぐへへ』という文字が書かれているだろう。
それぐらいヤニ下がってだらしない顔をしながら、胸を揉むことを楽しんでいた。
「もしかして、金よりもこっちのほうが良かったり? 俺、こう見えても生前はテクニシャンって言われて……」
ブチブチブチブチ!
私の中の何かが、盛大に切れた。
これが脳の血管が切れた音だったなら、生前だったら死んでいただろう。
『こ、こぉんのヤロぉーー!! 薄汚い手で私の胸を揉むんじゃねーー!!』
言うよりも早く、佐藤の腹に渾身の蹴りを喰らわす。
佐藤は不意を突かれたせいもあって、向こう側の壁まで一気に吹っ飛んでいく。
蹴りを喰らわせた勢いのまま、邪魔になっている前垂れ付きの帽子を投げ捨て、祭壇脇に置かれていたトゲトゲ付きの金棒を持って、まだ立ち上がれないでいる佐藤の元へ駆け寄った。
「おい佐藤! この顔に見覚えあるだろう!? お前が殺した、あの女だよ!」
「え? は? なんで!? 閻魔大王が、えっ?」
突き出した金棒で顔を上げさせ、喉元をグイと押さえつける。
佐藤は苦しいらしく、顔を歪ませ、肺にはいってくるべき酸素を求めてもがく。
「く、くるし……」
「苦しいか? そーか苦しいか。私はね、電車に轢かれて、即死出来なくて、もっと痛くて苦しい思いをしたんだよ」
喉元を押さえていた金棒を引き、振りかぶる。
「ぐちゃぐちゃにされるのって、すんごく痛いんだよ? 知ってた?」
にこやかに微笑んで、振りかぶった金棒を佐藤めがけて振り下ろした。
頭を狙わず、首から下を狙う。頭は最後だ。
「ぐあっ! やめてく、ぎゃあ! がああぁ!」
グシャ、と潰れる音と、赤い液体が噴き出す。
ああ、亡者でも生前と同じように赤い液体は出るんだなぁ、と変な感心をしてしまう。
「ねえ、私がこの世の中で嫌いなこと、二つあるの。なんだと思う?」
「し、知らねぇ……、ぐぎゃあ!」
首から下をミンチにされながらも、意識を失うことも死ぬことも出来ない。だから佐藤は痛さに耐えながら私の相手をするしかないのだ。
ぐちゃぐちゃになりながら唸り、赤い涙を流す佐藤。
スプラッタ映画でも、ここまで酷い映像はないだろう。あったらきっとクレームがつく。
「ひとつはセクハラ。性的なことしておいて、正当化しようとするやつ、大嫌いなの」
入社当時、仕事を教えてやるからと言われ、就業後に上司と残ったオフィス。
そこでされた性的なあれこれは、『訴えれば社会的に抹殺する』と上司からもその上の人間からも言われ、無かったことにされた。
それからも上司の異動があるまで、性的搾取は続けられた。今思い返しても気持ち悪いし、胸糞悪い。
「もうひとつは、賄賂。金で覆される理不尽さって、あんたには分からないでしょう?」
力を込めて、今まで無傷だった頭部に金棒を振り下ろす。
骨の砕ける音が、広い部屋の中に響く。
「ほんっと理不尽よね。小学校の合唱コンクールの伴奏者決めのとき、私のことを勝手にライバル視してた子の母親に、担任がこっそり金を受け取ってるのを見たわ。その後、伴奏者はその子に決まった。その子はまともな伴奏なんか出来なくて、コンクールは散々に終わったわ」
もう一回金棒を振り下ろす。骨と肉が砕ける音が響く。
「中学校の全国弁論大会の校内予選。発表後の投票では私が代表となることに決まっていたのに、翌日には次点となった子に変わっていた。いろいろ聞いてまわったところ、次点の子が集計をした係の子を買収してたって」
希望していた高校の推薦入学の条件に、校外における活動での入賞経験が含まれていただけに、当時かなり恨んでいた。
「大学入試。ランクを上げた第一希望の大学に、合格したのにも関わらず入学出来なかった。落ちた人の入学が決まったからよ。そう、分かるわよね? 裏口入学。そのせいで私を含めた何人かが落とされた」
佐藤からの声はない。呻きも喘ぎも聞こえない。
それでも私は肉片になった佐藤に金棒を振り下ろしながら話を続けた。
「なんで訴えなかったって? だって繰り下げで落とされた人たちって、貧しかったから。弁護士を雇ったところで、返り討ちにあってしまう。実際そう脅されたし」
貧乏が悔しいという思いより、金にものをいわせる腐った人間が憎かった。
理不尽さに悔しさと悲しさを胸に秘めてきたが、抑えるのにも限界というものが存在する。
「大学生になって出来た彼氏。結婚の約束までしてたのに、突然フラれた。問い詰めたら、友達だと思ってた女が『結婚してくれたら一生なんでも好きなもの買って上げる』と言ってくれ、実際に車を買ってもらったと吐いた。信じられる?」
絶え間なく金棒を振り下ろしていたせいか、ちょっと腕が疲れてきた。
もう顔も身体も分からなくなるほどぐちゃぐちゃになった佐藤を見下ろしながら、金棒を下ろし話を続けた。
「どんなに頑張っても、努力しても、愛情を注いでも、金のせいで全てが覆される。だから、金でなんでも自分の思うとおりにしようとする人間を、私は許せないし憎くて仕方がない」
じっと眺めていると、肉片はゴポゴポと泡を立てながら集まり、大きな肉片となり、やがて人の形を成した。
どんなに痛めつけても死なないし、永遠に拷問は繰り返される言われた理由は、この再生にあったようだ。
「自分がそんな目に遭ったら、相手を許せる? 諦められる? 泣き寝入りできる? 私は許せない」
再生しきった佐藤を冷たい眼で見下ろしながら、私はまた金棒を振り下ろした。
最初のときと同じように骨と肉の砕ける音を響かせながら佐藤はミンチになっていく。
トドメ、といわんばかりに転げ落ちていた佐藤の眼球を潰すと、大きな拍手と声がして我に返った。
「ブラボー! ブラボー! 見事です! これが見たかった……じゃなかった、いい拷問でした!」
「わ、私ったら、とんでもないことを……」
「いえいえ! こんなことになると分かっていて、沙織を閻魔大王の代理にしたんです。いやぁ、見事なイカレっぷり! それでいて偏屈な正義感! これでこそ地獄の大魔王です!」
「なにそれ……」
興奮気味に賞賛する青龍に、自分のことを棚に上げて引いてしまう。
「閻魔大王のリコール後、僕が暫く代理を務めていたんですが、息抜きに人間のする拷問でも見ようかと、浄玻璃鏡で現世を覗き見していたんです。その時沙織を見つけて、『この人だ!』ってビビっときたんです!」
「じょうはりきょう? いや、そもそも拷問って……」
「生前の罪を確認するための鏡です」
拷問の部分はスルーされたまま、青龍は端に置いてある大きな鏡を指す。
「初めて沙織を見たとき、私は雷に打たれたようになりました。無表情のまま相手を次々と……。あの無慈悲なまでに徹底的な行動に感激し、私は涙までしましたよ」
うっとりと思い返す青龍を『うへぇ』という気持ちで見ながら、そういえばと思うことがあったのを思い出した。
金にものをいわせてきた彼らは全員、後日包帯グルグル巻きの姿で怯えるように謝ると、どこか遠くへ引っ越していった。
大学に至っては、翌年に突然の廃校を決め、建物も残さず更地にして消えていった。
あれって、もしかして、もしかしなくても、私のせい?
たまに怪我をしていたり、服が汚れていたりと不思議に思ったあれは、そういった行いの……。
思い返して青ざめていると、改めて青龍が満面の笑みを浮かべて話し始めた。
「現世ではボウリョクは褒められた行為ではありませんが、地獄では必要なスキルです。それに加え、沙織の極度の賄賂嫌いは、閻魔大王にぴったりの悪癖といえます。賄賂を受け取ってホイホイ亡者を天国へ送り出していった前閻魔大王は、拷問に関しては文句のつけどころはなかったんですけどね」
ふぅ、とわざとらしく溜息をつく青龍。
いい拷問と言われようが、悪癖と言われようが、今はツッコミを入れる気分にもなれなかった。
それくらい、自分の隠された悪癖と暴力性にショックを受けていたのだ。
「次の亡者、入りなさい」
そう青龍が告げると、白装束を着た亡者がノソノソと大きな扉をくぐって入ってきた。
『伊藤花子、で間違いはないな?』
「そうです……」
『罪状、私的制裁および準強制淫行』
「は!? 私的制裁!? 私はなにも悪くないわよ! あの子達が私の言う事聞かないから、躾けするのにちょっと叩いただけだし!」
『ちょっと? 階段から落ちて全治三か月の入院をすることになっても?」
そう言うと伊藤はキッと私を睨んでさらに続けた。
「それに強制言淫行ってなに!? 同意のもとよ!」
『してもいないミスをでっちあげて、それを誰にも言わない代わりにって脅すことのどこが?』
自分よりも一回りも若い男相手に、色目を使ってもなびかないからとそんなことをするなんて、気持ち悪い限りだ。
相手にパートナーがいてもお構いなしなんて、色ボケBBAとしか思えない。
「失礼な! 彼らは私のこと『最高』って言ってくれたわよ! ねぇ、聞いたわよ? あんた、コレの有無で罪状軽くしてくれるんでしょ?」
そう言って色ボケBBAは親指と人差し指で輪を作って見せる。
「私の実家ってのが金持ちでね。冥銭を結構持たせてくれてたの。これ上げるから、ね? 特別に私を抱かせてもあげる」
色ボケBBAはクネクネとしながら近づいて、私の胸元にしな垂れかかってきた。
そして上目遣いで私を見て、エアキスをする。
『気持ち悪いんじゃボケ! 地獄の沙汰が金で動くと思うなよ、色ボケが!』
突き飛ばすと、ほげっ! と変な声を出して床に転がった。
『色ボケは衆合地獄で苦しんでろ!』
「ひ、ひどぉーい。こんないい女を突き飛ばすなんてぇ。一回抱けば、どれだけいい女かって分かるわよぉ」
ズリズリと床を這いずりながら近づくBBA。諦めが悪い。
「お金だっていっぱいあるのよ? ほら。だから……」
気持ち悪すぎて、胸糞悪すぎて、口より先に金棒が出た。
大きく金棒をスイングすると、BBAをゴルフボールのように打ち飛ばしていた。
BBAはそのまま扉にぶつかり、ぐしゃっと熟したトマトのように潰れて落ちた。
それをうっとりと見つめる青龍。
「ナイスショット。今度、地獄に亡者打ちっぱなしでも作りませんか?」
『作りません! 誰がそんなものを利用するんですか! 需要はあるんですか!? ほら、仕事しごと!』
ボコボコと泡を立てて再生するのを待って、赤鬼はBBAを部屋の外へと連れ出していくのを見守りながら、今日裁かなきゃいけない亡者の書類の束を見て、こっそりと溜息を吐いた。
「えー、絶対に流行りますって。ストレス解消にも、亡者の刑にもなるし、いいと思うんですが? ね、新・閻魔大王様」
そう言って青龍は、私を見てにっこりと微笑んだ。
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