乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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仮初の婚約者生活 1

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「何処を見ているのですか?相変わらず周りが見えていませんね」

「うぐぅ・・・」



次の瞬間、私が持っていた模擬刀は勢いよく横に薙ぎ払われ、師匠の模擬刀の先が私の眼前に向けられていた。



「本日11回目の敗北でございます」



ヘトヘトの私は、痺れる右手を摩りながらがっくり膝をついた。

息もあがって声も出ない。

剣術を教えてもらうようになって3ヶ月、師匠のアルバートさんから一本も勝ちを取れない。

光と闇の二属性持ちのヒロインならば、色々とチートなスペックだろうと思っていたけれど、剣術のスキルは付加されていないらしい。

まあ、前世は空手黒帯でしたから、飛び道具なんかを使うよりは自分の身体一つで勝負!の方が私らしい。



それでも剣術を習おうと思ったのは、やはり死亡フラグ回避には色々な能力を身につけて損はないかなぁと。

私がジークさんの婚約者役になったのは、所詮、単なる警報器。

守られるのはジークさんであって、私ではないのだ。

であるからして、自分の命は自分で守らねばならない。

そこでジークさんにお願いして、剣の指導をしてくれる方を紹介してもらったのだ。



ジークさんは婚約記念にと、私専属の護衛さんを2人付けてくれた。

さすがはジークさん、護衛さんってところが私相手に外してない。

婚約記念の品?って普通もっと色良い物だと思うのよね、宝石とかドレスとか。

そう言った世間体も配慮も何も無い。

もうガチで体張って俺を守れって言われてるみたいだ。

俺の為に死ぬなーって聞こえはいいけど、その実、俺を守る為に死ぬなーって事よね。

まあ、偽装婚約だから今更ぐちぐち言ってもしょうがないですけど。



そんな訳で、付けてもらった護衛さんの一人がアルバートさんだ。

彼は元々ターバルナの神官さん達の護衛騎士だったそうで、40代のシブメンだ。

こげ茶色の短髪で、背丈もあり体格もがっしりしている。

真面目なお顔なのに笑うと目尻に皺が寄って、そのギャップがまた私好みで良いのだ。

だがしかし!

お師匠さんは初心者相手にも、全くと言うほど手加減してはくれない・・・泣。

お陰でこの3ヶ月、腕やら腹やら足やら、至るところに青アザが出来まくっている。

そして何よりも!この方既婚者なのでした・・・がっかり。

何とその奥さまこそが、もう一人の護衛さんなのです。

当然、人も羨む美男美女のセット。

奥さまのジェニファーさんは金髪碧眼の美人さんで、お人形さんの様な外見だが騙されてはいけない。

隠密のお仕事までこなせる凄腕護衛さんなのだ。

お仕事中はふたりとも夫婦というよりは同僚といった空気なのだが、休憩時間などではとても仲睦まじい。



「そろそろ休憩になさいませ」



ジェニファーさんがそう言ってお盆にタオルとグラスを乗せて差し入れてくれた。

陽射しが強い昼時、冷えたグラスの中で波うつ紅茶が涼しげだ。

私はグラスを受け取ると勢いよく紅茶を飲み干した。



ぷっはーっ!

冷たくて美味しい!

生き返るー!



ふと視線を向けると、ジェニファーさんからグラスを受け取ったアルバートさんは、目尻を下げながら嬉しそうに笑っていた。

くっそう、羨ましいカップルだ。

前世の私だって、あれ以上にイチャコラしてましたからねーだ。



と、また左眼が疼いたその時、視線の先のふたりが急に姿勢を正しこちらに向かってお辞儀をした。

振り返るとやはりジークさんがそこに居た。

相変わらず美人さんだが、表情筋が死んでいる。

ジークさんの通常運転中の顔だ。

この人、意地悪言う時とお酒飲んだ時だけ口元が少し上がる程度の笑いしかしないんだな。

地面に座って紅茶を飲んでる私に、片眉を上げてジークさんは口を開いた。



「打ち身だらけではないか」

「ええ、稽古中ですからね」

「しばらく剣の稽古は無しだ」

「はあ?!」



早いところ剣術のレベルを上げたいのに、休んでる暇などあるものか。

ジークさんを睨みながら拒絶の声をあげたが無視された。



「それ以前にやる事がある」

「やる事?」

「ルナ、お前ダンスは一通り出来るのだろうな?」

「ダンス?出来ませんよ?生きいてく上で不要なスキルの筆頭じゃないですか」

「ルナは貴族であろう?必須スキルだ」

「いやいや、貴族とは名ばかりで、ほぼ平民さんと同じです。生きていくのに踊りは必要ありませんね」

「今回は必要だ」



ええー、嫌だよ。

全身でイヤイヤオーラを放っているのに、ジークさんは問答無用で私を室内に引っ張り込んだ。

連れて来られたのはダンスホールだ。

吊り目の如何にもインテリですという感じの眼鏡をかけたマダムが、侍女さんと共に立っていた。



「本日よりお嬢さまのダンスの稽古を担当いたしますルディア・マイヤーと申します」



マイヤー先生はとても美しい姿勢の淑女の礼を見せてくれた。

社交界に出た事のない私は、本物の淑女の所作を知らない。

家にいた頃は、下級貴族同士、知り合いのパーティーに参加した事はあったけれど、洗礼されたものではなかった。

目の前のマダムの動きは、身体を起こす姿勢も指先までたおやかで美しい。

ぼーっと見惚れていると、ジークさんの声がして現実に引き戻された。



「見ての通り、直ぐ顔に出る田舎者だ。稽古をつけてやってくれ」



むっ!

言い方!

相変わらず口が悪いな。

私が顔に不快の文字を貼り付けていると、それを見たマイヤー先生はニッコリと微笑んだ。



「お嬢さまはとても素直なお心をお持ちのようですね。ですが、宮廷貴族を前に、それは自身を全て曝け出してしまう愚行となります」



うっ、ジークさんに言われると腹の立つ言葉も、淑女の鑑マイヤー先生に指摘されると自分が子供っぽくて恥ずかしくなる。



「殿下のお隣に立つ以上、ご自身を守る上でも貴族社会を生き抜く大切な技術がございます。少しずつ覚えていかれませ」



殿下のお隣云々はどうでも良いが、相手と渡り合う腹芸が必要なのは貴族社会に限った事ではない。

このマダムにかかれば、ジークさんすらやり込める事が出来る様になれるかも。



「分かりました。先生のご指導を賜りたく存じます」



私はゆっくりと膝を折り、淑女の礼を取った。

ふふふ、今に見ていろ腹黒美人め。

私を馬鹿にした事を後悔させてやる。

私は顔を上げると、マイヤー先生とジークさんに微笑みかけた。



「その意気でございますわ、お嬢さま。それでは早速、ダンスの稽古をいたしましょう。まず、ドレスに着替えていただきます」



私は控えていた侍女さんに連れられ、続き部屋で打ち身だらけの痛む身体と格闘しながらドレスを纏った。

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