乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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三流ヒーローとヒロイン

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夜通し休まずガレオンに向かう道中、ターバルナ領までやって来た。
妖術師との対決で心身共にボロボロだが、グズグズしていては次の刺客?ジークさんの怒りの沸点がどんどん下がっていってしまう。

飛ぶように駆けていくクロの大きな背中にしがみつきながら、私はジークさんからのお怒りを回避出来ないものかと思案していた。
が、名案は全く浮かばない、とほほ。
死地に赴く兵のように暗澹たる気分だ。
仕方ない、コソコソしようが何をしようが、怒鳴られることに変わりはない。
ならば、小細工せずに和やかに笑って正面突破だ。
そう自身に言い聞かせて腹を括る。

裾野から次第に急峻となる山道を、クロは私の体重も感じさせずに駆け上っていく。

『ルナ、右手に見えて来たのがターバルナ大神殿だよ』

高く聳える山々を背景に、尖塔を四方に配置したドーム型の白亜の建物が見えてきた。
山と森林に囲まれた白は、夜の月に照らされて美しく、静謐な印象を与えていた。

「クロはジークさんと一緒にこの神殿で育ったのね」
『うん。でも、この姿になれたのは、ご主人さまの力が目覚めてからだよ』
「?それまで、クロはどうしていたの?」
『ご主人さまの魔力の中で寝ていたよ』
「魔力の中?」
『うん。ご主人さまの魔力はとても温かくて心地良いんだよ』

え?
何処かのお屋敷を吹っ飛ばした、あの力がですか?
うーん、今のクロなら爆風の中でも心地良く感じるのかもしれない。
成る程、ジークさんと謂わば一心同体ならば腹黒さも似ていて不思議はない、いや、寧ろ同じ黒さか。

『そろそろ神殿を過ぎるから、そうしたらここからご主人さまの所まで飛べるよ』

喜んで良いのかどうか、あと数分もすれば会いたかった?ジークさんの般若のお顔を拝見することになるのか。
そう考えると溜息しか出ない、はあ。 

クロは山道を軽快に走り山頂まで駆け上ると一旦止まり、私を背から下ろした。
月夜に照らされたクロの毛並みはとても艶やかだ。
動くたびに身体の筋肉がしなやかに波打っているようで、野生の豹はこんなにも美しいのかと改めて魅入ってしまう。

「クロはとても綺麗ね」

クロの深い青の瞳が大きく見開き、黒猫の時を彷彿とさせる小首を傾げる動作をした。

『ルナは嬉しい言葉をくれるから好きだよ』

そう言って、クロは目を細めて喉をグルグルと鳴らした。
クロの首の毛を撫でながら、私はクロの首筋に顔を埋めた。

「私もクロが大好きよ。沢山走ってくれてありがとう。疲れたでしょう。無理させてごめんね、休憩していこうか?」
『大丈夫だよ。ご主人さまが待っているよ。準備は良いかい?』

怒鳴ろうと手ぐすねひいて待っているのか、ホント怖いな・・・涙。
準備なんて良いわけないが、ここまで来たら仕方が無い。
私はひとつ深呼吸をして頷いた。

『ルナ、目を閉じて』

言われた通り目を閉じるとクロの鼻息が左瞼にかかり、次いでクロの温かくて柔らかい毛が触れた。
左眼が次第に熱を帯び、身体がフワフワ浮いているようで足裏が心許ない。
全身に靄が絡みついたような感覚があり、閉じた瞼の中、クロの綺麗な青い双眸が浮かび上がった。

『ご主人さまを思い浮かべて』

クロの優しい声がする。
ジークさんは今、何をしているのかな?
夜もかなり更けているから、もう眠っているかも知れない。
そう言えば、ジークさんの寝顔って見た事ないな。
苦しそうに目を閉じていた顔は見たことあるけれど。
また体調悪くなっていないかな?
竜毒さんに生命力吸われてないよね。

そんな事を考えていたら、眼前の青い瞳に甲冑姿の勇ましいジークさんが映し出されてきた。
おおー、厳しいお顔に甲冑姿とは、これもひとつの萌えーですね。
美人だがいつ見ても眉間に皺を寄せているジークさんに、思わず笑いが漏れてしまう。

「ジークさん、今度こそ、そこへ行きますよ。怒らないでね」

私の声が聞こえた様子のジークさんは、更に眉を吊り上げて怒り顔だ。
怒らないでってお願いしたのにー。
視線は合わないがこちらを振り返えり、何か怒鳴っているようだ。
と、その時、ジークさんの背後に何かが蠢いて見えた。

「ジークさん、後ろ!」

私が叫ぶよりも早く、ジークさんは振り向きもせずに持っていた剣で背後を薙ぎ払った。
何かと戦っているの?

『ルナ、行くよ』
「クロ、急いで!」

先程までは行きたくないとウダウダしていたが、そうも言っていられなくなった。
早くジークさんの加勢に行かなければ。
次の瞬間、身体が前のめりになり、でんぐり返しをするみたいに全身がぐにゃりと丸まってクロの青い瞳に吸い込まれていく。
転びそうな身体を支えようと前方に両手を伸ばした。
その手先から開けた空間に出たようで、少し生暖かい夜風を肌に感じる。
突然、身体に重力を覚え、伸ばした掌が地面に触れそうになった。

うひーっ、ぶつかるー!

しかし、手が地面を捉える前にフードを引っ張られ、後ろへ身体を放り投げられたと思ったらクロの背中に見事に着地した。
どうやらクロがフードを咥えてくれたらしい。 

辺りは甲冑を纏った兵士が、鬼のような角を持つ巨人と彼方此方で戦闘を繰り広げていた。
どちらのものともつかない怒声と悲鳴が月夜に響き渡り、夜の湿った土の香りに血の匂いが混ざっている。

ジークさんは何処?
焦って辺りを見回していると、背後から身体が震えるほどの咆哮が響き、振り向くと巨人が一体、こちらに突進して来るのが見えた。

ひーっ!!
デカいー、泣!!

『ルナ、しっかり捕まっていて!』

涙目の私は、言われた通りに必死でクロの背中の毛を掴んだ。
眼前に迫った赤い目の巨人を、あまりの恐怖に正面から凝視出来ず固く目を閉じる。
身体が浮き上がり、空を飛んでいるような錯覚を覚えたと同時に左側の空間に物凄い風圧を感じた。
思わず眼を開けると、巨人の拳がクロの身体の脇をすり抜けていた。
間一髪で巨人の攻撃を躱したクロは、背後に素早く回り込み相手の首に長く鋭い牙を突き立てた。
怒号のような悲鳴を上げながら巨人はのたうちまわり、一緒に噛み付いていたクロの身体も左右に大きく振れた。
私はしがみ付いている事が出来ず、クロの背中から地面に転がり落ちてしまった。
顔から地面に着地した為、唇が切れて血と土の味がする。

ぺぺーっ、不味いー涙。

口の中の血と土を吐き出していると、目の前に首からドス黒い血を流した巨人が赤い目をぎらつかせて此方を睨んでいた。

コイツ、まだ生きてるのかっ!!
こんのーっ!!

妖術師に切り裂かれた左掌の痛みも忘れて、私は夢中で魔力を募らせた。
たかが一発で倒せる相手ではない。
そう考え、巨人の傷めがけて光の爆撃弾を連続で放った。
クロに噛みつかれた傷が深かったのか光り玉を受け続けた巨人の首は吹っ飛び、その巨体は轟音を立てて地面に仰向けに倒れた。

や、やったー、倒れてくれたー。

残りの魔力量など考えもせず背水の陣で光り玉を使い続けた為、寝不足も相まって、もう立っている事も出来なかった。

『ルナ!!』

クロが叫んでいるが声がでない。
ひゅんっと風を切る音が耳元で聞こえ、額に痛みを覚えると同時に切られた前髪がパラパラと風に舞っていった。
鼻筋に温かい血が伝っている。
疲れて虚ろになった目に、狼の頭にニ本の角を生やした魔族が斧を振り上げている姿が映る。

・・・うーん、もう無理。
痛いかな、これ?

思考も追いつかず、ぼーっと斧が自身の頭に落ちて来るのを眺めた。
次の瞬間、お腹を後ろから強い力で引っ張られ、気付くと地面に背中から叩きつけられていた。
目の前には甲冑を纏った屈強な男の背中があり、狼男の斧を剣で受け止めていた。

「ギルアド!」

ジークさんが叫ぶと、竜巻を纏ったクロが狼男の首に喰らいつき首をへし折ると同時にジークさんの剣がその胴を真っ二つに切り裂いた。
大木が倒れる様な轟音の中、ジークさんがこちらを振り返える。

「ルナ!しっかりしろ!」

いやー、しっかり出来ません。
貴方、手負いの私を突き飛ばしましたね?
ヒーローだったら普通、ヒロインを抱きかかえながら敵に勝利するってのがセオリーなのでは?
ヒロインを容赦なく地面に叩きつけるヒーローっているのかねー。
助けてもらいながらも、心の中で厚かましく文句を垂れる。

我ら三流ヒーローとヒロイン。
私は大根ヒロインよろしく手足を投げ出し、大の字で地面に寝転んだ。
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