乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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大神官バラーさま(2)

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侍従さんに案内されて、神殿の奥宮にあるバラーさまの執務室に通された。
先程祈りの間で大笑いしたバラーさまは、今は威厳を湛え、為政者然としてソファーに腰を落ち着けている。
向かいのソファーに座るよう促されたが、自分が血や土埃で汚れた格好をしている事に気付き躊躇してしまう。

「気にせず座りなさい」

私の心配を察して下さったバラーさまはそう言って、穏やかな顔をした。

「ここに来た理由があるのだろう?」

バラーさまは侍従さんが淹れたお茶を一口飲むと、ゆっくり私の目を見ながら聞いてきた。

おや?
ここに来た理由?
うーん、自分の運の無さにお祓いをして貰おうと来ただけですが・・・。

何となくその答えは不正解だと考えた私は、正解と思われる質問をしてみた。

「第三皇子殿下について教えていただきたいのです」
「何が知りたい?」

おっ?
正解か?

「怨嗟竜についてです。殿下を元のお姿に戻したのはバラーさまのお力と伺いました」

私の言葉に、一瞬、バラーさまの目が眇められ、殺気にも似た鋭い空気が彼の身体から放たれた。

あれ?
不正解だったのかな?

内心ヒヤヒヤしながらバラーさまの目を見つめる。
やがて、バラーさまは溜息をひとつ吐いて立ち上がった。

「来なさい」

殺気のような気配は消えたが張り詰めた緊張感は残ったまま、執務室の続き部屋に案内された。
室内は窓も無く調度品は簡素な木製の書架だけで、小さな倉庫みたいだった。
背後にいた侍従さんは部屋に入らずに続き部屋の扉を閉めてしまい、部屋にはバラーさまと私だけになった。
扉が閉まったのを確認したバラーさまが壁際に並ぶ書棚のひとつを手前に引くと、背後に何の変哲も無い灰色のレンガで出来た壁が現れた。

何するんだ?

バラーさまが静かに触れると、壁に赤い光を放つ魔法陣が浮かび上がってきた。
魔法陣は赤く光りながら広がり、一瞬大きく膨らみ真っ白な光を部屋一面に照らしたあと消滅した。 
その後には壁にぽっかりと空間が生まれ、部屋の空気を吸い込んでいるような風の音が聞こえた。

バラーさまに続いて真っ暗な空間に入る。
不思議なことに、バラーさまが歩くと数歩先の壁側にオレンジ色の丸い光が灯っていく。
魔鉱石か何かが反応しているのか?
どうやら階段があって降っていくようだ。
比較的狭い階段を、終始無言のバラーさまの後ろを追いて降りていく。

一体どこまで行くのだろう?

すると、唐突に階段は途切れ、目前にはまた灰色のレンガの壁が塞がっていた。

え?
行き止まり?

バラーさまは続き部屋の壁にしたのと同じように、ゆっくりと掌を壁に当てた。
先程見た赤く光る魔法陣が再び壁に浮かび、大きな白い光りを放って消えた。
魔法陣が消えた壁には、人ひとり通れる空間が現れた。
空間の先は薄暗くあまり良く見えないが、進んでいくと闇の中に仄暗く光る珠が空間に浮いているのが見えた。


何これ?
浮いている?

両手のひらに持てる程の大きさの珠は私たちに気付いたのか、急に抑揚をつけて光出した。
バラーさまが近付くとまるで喜んでいるかのように、光る珠は明滅しながら上下に動き出した。

え?
生きてるの??

バラーさまが手を翳すと、珠は動かなくなると同時にゆっくりと光が収束し辺りは暗闇に包まれた。

「我が同胞よ、その光を見せてくれ」

バラーさまが穏やかな声で告げ彼の掌から赤く灯る魔力が翳されると、珠はそれに応えるように赤く光った。
電気を帯びているようなバリッという音と共に、珠は白い光の帯となって水平に伸びていった。
白く横長い光から、まるでタンポポの綿毛のように幾つもの小さな光の球がふわふわと天井目指して浮かんでいく。
無数の光が夜空に浮かぶ星の如く輝いている。
前世のプラネタリウムのような、幻想的な光景だ。

息をするのも忘れて魅入っていると、バラーさまの手元の光の帯はゆっくりと形を変え、白銀の刀身を持つ剣となった。

これが・・・?

「怨嗟竜を封じた聖剣だ」

バラーさまの厳かな声が響く。
彼の右手に握られた聖剣は、生命を帯びているかのように光で漲っている。

「本来、封じる事は叶わぬとされていた。だが、何故かは分からぬが怨嗟竜となったジークを戻すことが出来た」

バラーさまは左手で刀身を撫でた。
それに応えるように聖剣は一瞬輝きを増した。

「彼奴が10歳の時、二つ下の義弟が目の前で自害したのを契機に怨嗟竜となった。本能のままに視界にあるもの全てを破壊しようとした。剣も魔術も歯が立たず、持ち得る武器はこれ以外に無かった。彼奴の命を屠るつもりでこの剣を振るった」

そして、ジークさんは運良く怨嗟竜から元に戻った。
バラーさまの瞳が揺れている。

「バラーさまは後悔していらっしゃるのですか?」

本当はジークさんを葬りたかったのかな?
こんな辛い運命から解放してあげたかったのかな?
・・・いや、迷っているんだ。
命を奪えば良かったのか、運命に抗う機会を与えるべきか。

「其方に覚悟はあるか?」

そう言って、バラーさまは聖剣の切先を私の眉間に向けた。
力強い視線だった。
中途半端な覚悟で関わるなと、その瞳が訴えている。
自分のように思い悩むからと。

でも、何で皆んなそう考えるんだろう?
命をかけないとならないの?
誰かの命を引き換えにしないと、ジークさんを助けられないの?
誰がそんな事言ったんだ?

「自分が死ぬ覚悟ですか?」

命をかけてジークさんを守ろうと考えるバラーさまに、私は段々腹が立って、こちらも負けじとバラーさまを睨む。

「そんなモノ持ち合わせていません」

私は右手で聖剣の切先を握り、視線の先から下にさげた。

痛い。

握り込んだ右手からは血が滴っているけれど、瞬きもせず余裕の顔で睨み続ける。
見据えた先のバラーさまも私から視線を逸らさなかった。

負けられない。
先に視線を外してなんかやるものか。

「バラーさまこそ、私を斬る覚悟があるのですか?」

私の言葉に、バラーさまの握った剣先がぴくっと動いた。

斬りたきゃ斬れば?

そう思ったその時、頭の中で声が響いた。

『ルナ!』

?!
初めて身体の中で響くジークさんの焦った声だった。
何で聞こえたんだ?

次の瞬間、私たちの居る空間が地響きと共に揺れだし、空を彩っていた星のような光は逃げるように霧散していった。
星が消え闇夜のような空間に鈍い破壊音が轟き、一瞬浮かび上がった赤い魔法陣が竜の鉤爪で引き裂かれた。
壊れた空間の大穴から、黄金の瞳を持つ巨大な黒いドラゴンが顔を覗かせた。

ジークさん?

いつも感じていたドラゴンさんの穏やかな魔力ではない。
瞳孔が大きく広がり、怒りを漲らせている。
金眼の黒竜は咆哮と共に、鋭い鉤爪で残りの空間を粉々に破壊した。
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